神様のいないセカイ(Novel Version)

Pt.Cracker

EX【ある王族の話】燃える炎の輪

 ハータム・アテシュは小さなオアシスを中心に、多民族が集った素朴な集落だったという。
 集落が国となった成り立ちは、こう伝えられている。


 ――その昔、砂漠にはひとつの国さえ呑み込んでしまう大きな鯨がいた。
 砂の鯨が集落を呑み込みそうになった時、集落から勇敢な一人の若者が立ち上がり、鯨を真っ二つにした。真っ二つになった鯨の中から現れた美しい女性は若者に大層感謝し、若者は女性に一目惚れする。そして二人は結ばれ、集落は二人を中心に小さな国となった――と。


「下らねえ伝説だな」

 鈍く光る金髪の少年が木に寄りかかり、林檎を頬張る。
 伝説を語るのは少年の妹で、王城の敷地内にある木陰で建国の伝説を描いた本を読んでいた。ハータム・アテシュの王子と姫である。

「どこが? 素敵なお話じゃない」

「わっかんねぇかなぁ。都合が良すぎるだろ。んな、鯨をぱっかーんって真っ二つにしたら美女が出て来て、結婚しましょう?」

「ちょっと! ひとの読書を邪魔しないでよ!」

 笑いをもらす兄に、妹は本を閉じ、険しい瞳で視線を合わせる。

「つまり、何が言いたいわけ?」

「伝説は伝説ってことさ」

 少年は妹の剣幕にもお構いなしで飄々とした表情を浮かべ、もう一度林檎にかじりつく。

「伝説で良いじゃないの。ロマンチックなお話だし……」

「ミルヤムは甘いなぁ。ハータム・アテシュ建国の話は、伝説でしか世間一般に語られてないんだ。真実をそこから読み取るくらいしないと、大人になっても他人に騙され続ける羽目になるんだぜ」

「はぁ?」

「しかたねぇなぁ」

 少年は一息で残りの林檎を食べ終え、芯を投げ捨てる。妹ミルヤムは「下品ね!」と怒るが、少年はお構いなしに妹の頭を軽く叩き、妹の手から本を奪い取ってページを開いて見せる。

「可愛い妹だから教えてやるけど、伝説のその鯨ってのはナセルトゥールのことで、集落に圧力をかけたんだ。勇敢な若者は集落の代表みたいなモンで、ナセルトゥールは娘をやるから俺たちの言うことを聞けって、国を作った」

 ミルヤムは呆れて溜め息を吐いたが、同時に、兄の言う伝説の真実に興味を持った。

「なんでそれがナセルトゥールだっていうの? ナセルトゥールみたいな力のある国なら、新しく国を作らせるより、他の国みたいに集落を潰して土地を奪っちゃえば良かったじゃない」

「はは、ミルヤムはバカだなぁ」

「ば、バカってなによ!」

「いいか? まず、俺たちの先祖はナセルトゥール人だ。それくらいは知ってるだろ。だから今でも王族間の結婚や交流が絶えない。母ちゃんと双子で生まれた叔母さんも、ナセルトゥール皇帝の妾になっただろ」

「せめて母上って言いなさいよ。母上」

 兄の乱暴な言い回しを注意するが「気にしない、気にしない」と笑顔で応える。これでも一応は次期国王だと言われているのに、どうしてこうも粗野なのかと呆れる。
 妹のツッコミも気にせず、少年は本を数ページめくって再び語り出す。

「それで、何で土地を奪わず国にしたか? ってぇと、ハータム・アテシュは小っせぇオアシスしかねぇド田舎だ。ナセルトゥールが吸収していった他の国は資源が豊富だが、集落は資源に乏しかった。そしたら、吸収してもそこの土地を養っていけねぇんだよ。土地を管理するには、それなりにカネも資源もかかるの。けど、他国と交渉したりすんのに土地や人材なんかの都合が良かったんだろうな。一番は〝鯨〟って表現があるように、ナセルトゥールが昔から他の国から恐れられてきた面があるってとこだ。間を取り持つ国があれば人の出入りから輸出入、政治的な面を円滑にできるから、集落を国に仕立て上げたってわけだ」

「なるほど?」

「つまり、この伝説は精一杯美化されたおとぎ話ってわけ」

「もう! ロマンスが台無し!」

 ミルヤムは兄に奪われた本を取り返し、すたすたと去って行く。

「ほんと、情けねぇ国だよな。いつまでもナセルトゥールに媚び売って……」

 少年は、妹にナセルトゥールの皇子ダミアンとの婚約話が上がっていることを知っていた。だからこそ、妹にこの国の歴史を知って欲しかった。

(ハータム・アテシュは腐った国だ)

 ハータム・アテシュの王子として生まれた少年イツハークは、次期国王としての教育を受ける中、他国に媚びへつらい甘い蜜をすするばかりの自国に嫌悪感を抱いていた。
 国を革命するための知識をあらゆる場所から探り、子供ながら政治に介入することも度々あったが、国内での多くはナセルトゥールを中心に物事が決まることに気付き、建国の伝説の真実にたどり着いたのだ。
 そのナセルトゥールがならうべき国であるならまだ良かった。ナセルトゥールという国は、どこまでも残忍で非道な皇帝が支配する国だ。
 公には伏せられているが、ナセルトゥールへ嫁いで行ったという叔母は皇帝との子を出産後、子と共に暮らしたいと望んだだけで皇帝に殺されてしまったという。
 ダミアン皇子に関しても皇帝同様に良い噂を聞かない。最近耳にしたのは、貧民を数十人奴隷として買ったと思えば、殺し合いをさせたという話だ。
 ミルヤムには王族としての作法以外、最低限しか教育をさせない方針の愚かな父王と臣下に、イツハークは苛立つ。周囲に気付かれないように、さりげなく政治についてを説いているが、架空の物語を好む平和主義な妹が過酷な現実に目を向けるようになるには足りなかった。
 妹の婚約まで間もなく、一刻も早く状況を良くする方法を考えなければならない。

「くそっ、どうしてこんなに無力なんだ!」

 イツハークは考えながら歩く内に自分の立場がもどかしくなり、手近にあった木に八つ当たりした。
 木は大きく揺れ、頭上でがさがさと大きな葉を揺らす。

「お困りのようですね」

 誰もいなかったはずの木の後ろから、緑の服をまとった中性的な外見の人が姿を現わす。

「?! は?」

 いくらその人が細身でも、木の幅は大人が隠れられるような程度ではなかった。
 向き合ったその人の左目は眼孔が剥き出しで、真っ暗だった。妹が見たら、悲鳴を上げて一目散に逃げ出しそうな見た目だ。
 王城の敷地内に兵士も付けず、自由に動き回れる人間は限られている。

「あんた、一体?」

 気付かれないよう、護身用に腰に差していた小刀にそっと手を伸ばす。

「レライハ、と申します。そう警戒しないでください。ただの能力の売り込みです」

「不法侵入者がどの面下げて言うんだよ」

「私なら、あなたの思い描く革命のお役に立てます」

「なんで」

 何で、革命を企てていることを知っているんだ、とイツハークはいぶかしんだ。直接誰かに言ったわけでもなく、わかりやすい行動を取った記憶もない。まるで心でも読んでいるかのようなその人の態度に、イツハークは面白い、と笑いをもらした。

「ふん。で? 何が欲しいんだ」

「ふふ、察しが良くて助かります。……そうですね」

 ゆっくり、その人の右目がイツハークの顔の左側へと動く。

「ではその綺麗な左眼を」

 ――言うと思った。イツハークは、彼の眼孔を見た時から、そんな予感がしていた。

「まさか、お前、悪魔か悪霊か?」

「勘も良いのですね。私は人をやめた者ですから、そのような類いになるのでしょう。それなりの力もあります。いかがです?」

「魅力的な誘いで悪いが、保留にしてくれ。俺は自分の目が気に入ってる。やすやすとはやれん。自分の足で行けるところまで行ってやるさ」

「どうぞ、お好きに。気が変わったなら、どうぞレライハと私の名を呼んでください。その左眼と引き換えに、力を貸しましょう」

 イツハークは気の変わることなどあるものかと苦笑いした。レライハの言葉が終わると、一瞬で目の前にいた彼の姿は消え、奇妙な視線だけが残った。

(なるほど、いつでも見てるってわけか)

 一度は断ったが、切り札として取っておけるのならそれもまた悪くはない気がした。しかし、書物の中に出てくる悪魔という存在は、人の運命を見越して契約者を選ぶという。それは、イツハークにとって、自分の力だけでは革命を成功させることはできないという暗示にも似たものだ。

(――自分で自分を信じなけりゃ、一体何を信じろってんだ)

 ……未来はわからない。だからこそ、未来に賭けて人は生きるのではないか。イツハークは自分の中で燃えたぎる情熱を信じた。

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