神様のいないセカイ(Novel Version)

Pt.Cracker

Episode2 血塗られた手(1/2)

「この穀潰しが!!!」

 ミカが鉱山内部から外へ出ると、兵士の怒号がとどろいた。驚きのあまり肩をすくませ、何があったのかと、そろりと壁の間から声のした方を覗く。

「エラ・シムーの人間は毎朝お祈りばかりで、なんもできやしねぇ役立たずばかりだな! 本当なら、お前ら全員生かしちゃいねぇんだ。メシと寝床があるだけでもカンシャしろよ!」

 兵士は何度もうずくまっている相手を固い具足の底で蹴りつける。
 周囲の労働者は見て見ぬ振りをして、誰も助けようとはしない。兵士に逆らえば、次は自分が罰せられるからだ。
 一体誰が、と心配になって首を伸ばし目をこらすと、ミカとさほど年齢の変わらない少年である事がわかる。そしてこの辺りで珍しい色の金髪は、彼がサーマという名の少年だと認知させた。

(サーマが! でも、ここでぼくが出て行っても……)

 サーマは同郷で年齢が近いこともあり、特別仲良くしていた。伝染病ではないとはいえ、病弱な様子の彼を嫌う労働者も多いが、ミカはサーマに仕事や食事の内容を優しく教えてもらったこともあり、慕っているのだ。
 兵士もサーマの病弱な様子と、珍しい色を良く思っていないのだろう。これまでも、ここまで酷くはなかったが、サーマに対して石を投げたり、わざとぶつかって転倒させたりと、他の捕虜たちと比べて頻繁にちょっかいを受けているようだった。
 この状況で子供一人が鎧を着込んだ大人相手に敵う見込みはない。それでも、友達を見捨てて良いのかと、ミカは逡巡しゅんじゅんの末に力強く手のひらを握り締めた。

(やっぱり、放っておけないよ……!)

 ミカは思い切って、兵士目掛けて飛び出して行った!

「やめろぉーーーっ!」

 叫び声に、ミカへと周囲の視線が集中する。ミカは全体重をかけて兵士に体当たりを食らわせ突き飛ばした。
 兵士は鎧の重みのお陰か、数歩よろめいただけだったが、サーマから離すことに成功しただけでも上出来だった。

「ミカ?!」

 サーマは兵士との間に庇うように割って入ったミカの姿に驚き、心配の声を上げた。体勢を立て直した兵士の顔が、見る見る内に赤くなる。

「えぇい! なんだ、お前は! 邪魔をするな!」

 自分よりも遙かに背の高い大人に高圧的に見下ろされ、どなられ、押し潰されそうな気分になる。慣れたつもりでも、泣きそうな衝動が込み上げ、体中が震える。
 ……そんな時、ミカはふと父ボクデンの言葉を思い出した。

『自分可愛さに友を見捨てるような人間にはなるな』

 家族で出掛けた先で、少年たちが集団でイジメを行っている様子を見かけ、父がいじめっ子たちをいさめた後に言った言葉だ。
 友達を見捨てないことが当たり前だと思っていたミカだったが、いざ、自分が窮地に立たされると、ほんのわずかでも迷いが生じることを知った。
 父の言葉が後押しとなり、ミカは決意した。自然と体中の震えも止まった。ミカは勇気を振り絞って兵士に言い放った。

「サーマは……サーマは体が弱いんだ!!! おじさんは、弱いものをイジメて恥ずかしくないの?!」

 勇気を振り絞ってひねり出した言葉は大きく響き渡り、少し離れた場所にいる労働者たちも、ミカの声に注目した。兵士は大勢の視線に怯んだ様子を見せたが、人差し指をミカに向けて、大声で笑い出した。

「恥ずかしくないか、だと……? はっはっは! おかしなことを言うガキだな!!! 捕虜のくせに説教とは。夢でも見ているのか?」

 兵士は「いいか!」と周囲にもはっきりと言い聞かせるように言う。

「ここは既に帝国のものだ。お前たちの国ではない! 敗者は勝者に従うのが、この国の教えだ。その点、そこら辺にいる連中はよく知ってる」

 言われて、これまで心配そうに様子を見ていた労働者たちは視線をそらす。

「病弱ならなおさら! ロクな労働力にもならない上に、いつどんな死に方をしても、誰も気にも留めんだろう! ……どけっ!!!」

 兵士はサーマをかばうミカを蹴り飛ばし、再びサーマに手を上げる。

「おいっ、そこまでにしとけ」

 不意にかけられた声に、兵士は手を止めて振り返った。声の主は、彼よりも身分の高い軍人のようだった。胸元には青の刺繍が施された勲章が光る。

「ただでさえ人手不足なんだ。あまりいたぶって、使い物にならなくなると上がうるさい」

「チッ……ああ、わかってるよ!」

 兵士は腕を下げ、不服そうに少年二人をにらんだ。

「覚えとけ、ガキ。弱者は強者にかなわねぇんだよ……どこの世界でもな!」

 恐らく、自分のことを含めて言ったのだろう。ナセルトゥールでは、それが普通なのだ。
 騒動が収まり、兵士の目がなくなったところでミカはサーマを助け起こした。

「サーマ、大丈夫?」

「うん……かばってくれて、ありがとう」

 サーマはさっきから苦しそうに数度乾いた咳をしており、握った手のひらも弱々しい。しかし、彼は遠慮してミカの手を離れ、自力で起き上がってみせた。
 サーマの体を見ると、足や腕、背中から血がにじんでいた。地面に顔を押さえつけられていたのか、顔には小石で切ったような痕もある。

「ひどいよ……サーマは体が弱いのに!」

「働けないのは事実さ。ごめんよ、僕のせいでみんなまで悪く言われて……」

「そんな! 悪いのは、サーマじゃないよ!」

「あはは、年下のキミに励まされるなんて、情けないな」

 サーマの何もかもを諦めたような力のない笑顔はどうしようもなく悲しく、ミカは言葉が出なくなる。サーマにはもっと、心から楽しく笑ってほしい。どんな言葉をかけようかと悩む数秒、「ねぇ、ミカ」とサーマから声をかけてきた。

「エラ・シムーの人たちが守りたかった神様は……信仰は、間違っていたのかな。だから、神様は僕らを救ってくださらないのかな」

「サーマ……」

 エラ・シムーの平和は、数百年、四女神によって守られていたという。誰もが信じていた平和だった。母も、父も、誰もが、四女神の加護を信じて日々を祈ってきた。サーマもまた、その一人だったのだろう。
 いくら故郷がなくなろうと、これまでの習慣は抜けきらない。信じたものを、簡単に捨てることも出来なかった。
 ミカは首から下げたペンダントをそっと握り締める。もう片方の手でサーマの手を取り、誤魔化すように笑ってみせた。

「部屋へ、戻ろう。サーマも疲れたでしょ?」

「…………うん」

 どんなに辛くても、時間は過ぎてしまう。
 自分にこの状況を打破する力があれば――ミカは、強く願った。



 労働部屋は簡素な造りになっており、労働者はいつでも監視できるように鉄格子の向こうに詰められていた。敷かれているのはわらで編まれたむしろで、眠る時はそれにくるまって眠るようになっている。ただ、夜は冷える上に労働者と同じ数が用意されているわけではないため、下手をすれば奪い合いになることもある。ミカがここへ来た時よりは労働者の数は大分減り、今は奪い合いになることは珍しいくらいだが、寂しさすら感じさせた。
 監視の兵士がミカとサーマが戻って来たのを確認すると、厳重に閉じられた鉄格子の向こうへ二人を通した。

 部屋にはまだ半数以上の労働者が戻って来ていないようだった。やけに目立つ青年が中央に鎮座しており、陽気な口調で話しかけてきた。

「なんだよ、シケたツラしてんなぁ。またヘマしちまったのか?」

 サーマの表情、というよりは体中の傷を見て言ったのだろう。

「そんなところです。イツハークさんくらいですね、こんな状況でも陽気でいられるのは」

 サーマはイツハークと目を合わせないまま、彼の横を通り過ぎる。
 どうやらサーマはイツハークが気に入らないらしく、いつもトゲのある言葉を選んでいるようだ。

「おいおい。そりゃ、ないぜ。俺だって、これでも重労働でヘトヘトなんだぞ。ガキの倍は、働かせられてら」

 冗談交じりに言うため、到底疲れているようには見えなかった。
 イツハークという人物は、ミカたちに合わせてエラ・シムーの言葉を話してくれるが、外国の出身のようだった。
 ナセルトゥール人の言語を流ちょうに話すことから、その周辺の出身であると推測できるが、そもそもエラ・シムーの言語を操るあたりから、ナセルトゥール軍の幹部と似通っている、むしろ、軍人なのではないか、スパイではないのか、という噂が流れていた。サーマもそういった節からイツハークを嫌っているような素振りを見せている。
 しかし、周囲の人間にまで気を配り、言葉が通じない相手や自分を嫌っている相手、誰にでもへだたりなく、時には助け、気さくに話しかけるイツハークに対して友好的に思い、この労働部屋のリーダー格として慕う者もいる。ミカもその一人だ。
 床に座り込むと、途端にどっと労働の疲れが押し寄せる。ミカは空いているのを良いことに、大の字になってむしろの上に寝転がった。

「ぼくたち、いつまでこんな生活が続くんだろう……」

 イツハークはミカのぼやきに笑い、苦悶くもんの表情を浮かべたかと思うと、真剣な目で「希望は、ある」と呟いた。

「え?」

「お前たちがまだ……神サマでも信じているなら、いずれ近いうちに、な」

 イツハークの真意は分からなかったが、ミカは「希望を捨てるな」と励ましてくれたのだろうと受け取った。



                                △▼△▼△▼



 翌日。労働者たちは変わらず鉱石の運搬に駆り出されていた。
 日は傾き、ミカは労働を終えて鉱山の中から出て来たところを見つけて、サーマが駆け寄って来た。

「ミカ! 今日の労働はもう終わり?」

「うん。終わったところ。サーマは?」

「丁度、終わったところだよ」

 そう言ったサーマは、屈託のない笑みを浮かべていた。ミカは内心、またサーマがいじめられているのではないかと心配していたが、杞憂きゆうだったようだ。

「今日はいつもの乱暴な主任が体調を崩したみたいで、代わりの人が、明日は行商が来る日だからって、少し日当を多めにくれたんだ」

「わぁ、良かったね!」

 もしかすると、ジオがサーマたちの働く現場主任の代行をしたのかもしれない。先日、成長期だからと日当をオマケしてくれたことを思い出した。

「うん。明日は一緒に、美味しいもの買いに行こう」

「早く明日にならないかな。芋のスープだけだと、すぐお腹空いちゃうもん……」

 労働部屋では毎日朝晩二度の食事が配給されるが、豆や芋がほんの少しだけ入った味のないほとんど水のスープ、それと時折、固いパンやリゾットといった質素なものばかりだった。以前、一度だけナセルトゥール皇帝ダミアンが、元エラ・シムーの王宮を別荘に造り直した際に宴が行われ、残り物の肉や料理が労働者たちに振る舞われたことがあったが、それ以来、豪勢なものは口にしていない。

「寝床も、スープも、ないよりはマシだけどね」

 中には、監視兵に逆らって配給にありつけず、飢餓で死んでいった同じ部屋の労働者も幾人かいたため、ミカたちにとっては切実な話だ。
 質素な配給の中で労働者がなんとか力仕事のできる体力を保てているのは、週に一度連れて行ってもらえるバザーで、貯めた日当から食事を購入するからだと言っても過言ではない。
 ただ、購入する食事と言っても日持ちのしない食料は持ち歩けず、固いパンやビスケットのような微々たるものだけだ。そのいずれも、水がなければ喉に詰まらせてしまうことがあるため、貯めた金銭は水に使う分や、水を入れる袋を買う分も必要だった。
 手持ちの分なら、水を我慢すれば肉の香草焼きが買えるかもしれない。以前にバザーで見かけた、美味しそうな料理を頭に描きながらミカはサーマと二人、労働部屋へ戻ろうと帰路へついた。
 労働部屋への通路へ差しかかる手前で、青い勲章を胸に着けた軍人がやって来た。

「失礼。君、ミカといったな」

 サーマとの会話を聞いていたのだろうか。ミカの前で立ち止まった背の高い軍人は作ったような笑みを浮かべてミカの名前を呼んだ。
 どこか見覚えのある顔に、ミカは警戒した。ジオを除き、ナセルトゥールの軍人には良い思い出がないからだ。

「イマーンさんの、息子さんだね?」

「……そうだけど……」

 まじまじと、軍人の顔を見る。鉱山で働かせられる前に見たかもしれないと、記憶をたどっていく。

(この人は確か――あの日、ぼくと母さんを家から追い出した……)

 エラ・シムーがナセルトゥールに侵略されたあの日、部下の兵士たちと、エラ・シムーの民を嘲笑ちょうしょうしていた男だと、ミカは思い出した。
 サーマも隣で警戒する様子を見せ、後ろでミカの服のはしを引っ張った。

「私はファヒムという。軍では中佐の位置に就いている者だ。イマーン……いや、君のお母さんのことで、大切な話がある。すでにお母さんは呼んである。君の友人には悪いが、これから一緒に付いて来てくれないか」

「母さんが……?」

「ああ。お母さんと会うのは、久し振りだろう? 君にとっても、良い機会だと思うが。三人で話がしたいんだ。来てくれるね?」

「…………」

 あの時、大好きな故郷を嘲笑した男が一体何を企んでいるのか、どう転んでも嫌な気分でしかなかったが、ミカは母の無事を確認したかった。
 ミカの考えていることは筒抜けだったのだろう、サーマはさっきよりも強く、「行ってはいけない」と警告を込めて、ミカの服のはしを強く引っ張る。

「……わかりました」

 サーマの警告を押しのけてでも、ミカは母の安否が知りたかったのだ。サーマはミカの服から手を離し、心配そうな眼差しを向けた。

「ミカ……気を付けて」

「……うん」

 ファヒム中佐は満足げににこりと笑い、見張りの休憩所に待たせてある、と、ミカを連れて行った。

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