神様のいないセカイ(Novel Version)
Episode1 神様がいなくなった日(2/2)
――捕虜として鉱山で働かせられ、早くも半年が経った。
労働部屋は男女に分かれており、捕えられてからミカは母親と離ればなれになってしまったが、辛うじて大切にしていたスカラベのペンダントは所持を許され、その存在がミカを支えた。
初めの内は恐ろしさと不安と、過酷な労働に心が折れそうだったミカも、同じ労働部屋の捕虜たちと接する内に徐々に慣れていった。
常に監視付きの生活とはいえ、健康体で働けるなら、一応の寝床と、食料、水は日々決められた量だけ配給され、労働の報酬も頑張り次第では多少なりもらえる。一週間に一度はバザーで自由に買い物を許され、若者を対象に、ナセルトゥール人の使う言語を教わる機会も与えられた。逆らわなければなんとか生きていける環境だったのは不幸中の幸いとも言える。
ただし、老人や体に欠損がある者など、不健康で働けなくなった者は虐げられ、無理をさせられて死んでしまうことはしょっちゅうあった。中には、見世物のように兵士に殺される者もいた。毎日、次は自分がああなるのでは、と、労働部屋で休憩する捕虜たちの横顔は、いつも暗い。
いつものように鉱山の奥で、つるはしを持って鉱石を採掘する。
毎日が労働のせいで筋肉痛や擦り傷、手はマメだらけで、労働の苦しみは癒えないが、手を止めれば監視役の軍人に暴力を受けたり、食事を抜かれるといった酷い仕打ちを受けるため、必死につるはしを降り続ける。
「……ふーっ、いててて」
労働者の青年は、監視が近くを離れたことをいいことに、重たいつるはしを地面に置いて痛む腰をさすった。
監視がない数分くらい休めばいいものを、隣で鉱石を掘るミカという少年は手を休めることなくつるはしを振るっていた。手のひらは潰れたマメだらけで、見ていられない。そわそわと忙しなく気にする様子を見せ、ついには声をかけた。
「おい、ガキ」
少年に声をかけると、少年はびくついてこちらを見る。
顔色を見ると、唇は水分を失い、カサカサだ。青年の妹はナセルトゥールの侵略に遭う前に飢餓のために命を失っていたためか、ミカの健気な姿を哀れに思った。
「ここの残りはオレがやる。積んだ石を向こうに運んでくれないか」
「あ……は、はい!」
コンテナなら下に車輪がついており、同じ力仕事だとはいえ、つるはしで鉱石を掘り出す作業よりは楽だろうと考えた。
監視役が戻ってきたのを横目に、青年はつるはしを持ってそれらしい動きをして見せる。
「ん、あれはジオさんだな」
監視役の顔を見るなり、つるはしを動かす速度を落とした。
「いいかガキ。ジオさんはここの連中にしちゃ珍しく、話のわかる人だ。何かあれば、ジオさんに言えよ。あの人は、オレたちの言葉も話せるからな」
青年はジオという兵士に頭を下げる。ジオはそれに気付き、人の良さそうな笑顔で返した。これまでも彼が監視に付いていたことはあったが、そんな寛容な軍人もいるのかと、ミカは感心した。
ミカは気を取り直して鉱石の積まれたコンテナを掴み、トロッコのある部屋まで押して行く。コンテナは生半可な力で押してもびくともせず、数歩進んだだけで息が切れそうになる。それを数度繰り返す内に、腕が千切れそうに痛み、喉は焼け付くように渇いて痛んだ。
小休憩をしようとふらふらと壁際へ寄りかかると、どっと疲れが押し寄せて、足の力が抜けてしまう。
これまでも「もうだめか」と思う瞬間はあったけれど、今度こそは蓄積された疲労に勝てそうになかった。手足の力を抜こうとしたところ、誰かにそっと傾いていた頭が支えられ、水の入った革袋が口元に差し出される。
「キミ、無理しちゃだめだよ」
さっき、ジオと呼ばれていた監視役の兵士だ。水はカラカラに乾いた喉を通り、全身に行き渡った。一口の水だけで生気が戻るようだった。
「あ、ありがとう」
ようやく絞り出したお礼の言葉に、ジオは優しい笑顔で応えた。
聞くと、さっきの青年がミカのことを気にしてやってくれと彼に頼んだらしい。
「そろそろ、今日の労働は終わりだよ。監督からキミの分の日当を貰ってくるから、ここで待ってて」
数分後、言った通り、ジオが給金袋を持って戻って来た。
袋をちらと見ると、いつもの給金より少し多い。
「こんなに、ぼくが?」
むしろ、いつもより成果が出せていないのだから、給金は減るはずだ、と、給金袋の中から多いと思った分だけ出して、ジオに渡そうとする。ジオは自分の胸元に突き出された銭を軽く押し戻す。
「これは紛れもない、キミのお給料だ。成長期なんだ、今度、このお金で体力のつくものでも買って食べるといい」
ジオはそう言って、足元の覚束ないミカを支えて労働部屋へ戻る道を手伝った。
労働部屋は男女に分かれており、捕えられてからミカは母親と離ればなれになってしまったが、辛うじて大切にしていたスカラベのペンダントは所持を許され、その存在がミカを支えた。
初めの内は恐ろしさと不安と、過酷な労働に心が折れそうだったミカも、同じ労働部屋の捕虜たちと接する内に徐々に慣れていった。
常に監視付きの生活とはいえ、健康体で働けるなら、一応の寝床と、食料、水は日々決められた量だけ配給され、労働の報酬も頑張り次第では多少なりもらえる。一週間に一度はバザーで自由に買い物を許され、若者を対象に、ナセルトゥール人の使う言語を教わる機会も与えられた。逆らわなければなんとか生きていける環境だったのは不幸中の幸いとも言える。
ただし、老人や体に欠損がある者など、不健康で働けなくなった者は虐げられ、無理をさせられて死んでしまうことはしょっちゅうあった。中には、見世物のように兵士に殺される者もいた。毎日、次は自分がああなるのでは、と、労働部屋で休憩する捕虜たちの横顔は、いつも暗い。
いつものように鉱山の奥で、つるはしを持って鉱石を採掘する。
毎日が労働のせいで筋肉痛や擦り傷、手はマメだらけで、労働の苦しみは癒えないが、手を止めれば監視役の軍人に暴力を受けたり、食事を抜かれるといった酷い仕打ちを受けるため、必死につるはしを降り続ける。
「……ふーっ、いててて」
労働者の青年は、監視が近くを離れたことをいいことに、重たいつるはしを地面に置いて痛む腰をさすった。
監視がない数分くらい休めばいいものを、隣で鉱石を掘るミカという少年は手を休めることなくつるはしを振るっていた。手のひらは潰れたマメだらけで、見ていられない。そわそわと忙しなく気にする様子を見せ、ついには声をかけた。
「おい、ガキ」
少年に声をかけると、少年はびくついてこちらを見る。
顔色を見ると、唇は水分を失い、カサカサだ。青年の妹はナセルトゥールの侵略に遭う前に飢餓のために命を失っていたためか、ミカの健気な姿を哀れに思った。
「ここの残りはオレがやる。積んだ石を向こうに運んでくれないか」
「あ……は、はい!」
コンテナなら下に車輪がついており、同じ力仕事だとはいえ、つるはしで鉱石を掘り出す作業よりは楽だろうと考えた。
監視役が戻ってきたのを横目に、青年はつるはしを持ってそれらしい動きをして見せる。
「ん、あれはジオさんだな」
監視役の顔を見るなり、つるはしを動かす速度を落とした。
「いいかガキ。ジオさんはここの連中にしちゃ珍しく、話のわかる人だ。何かあれば、ジオさんに言えよ。あの人は、オレたちの言葉も話せるからな」
青年はジオという兵士に頭を下げる。ジオはそれに気付き、人の良さそうな笑顔で返した。これまでも彼が監視に付いていたことはあったが、そんな寛容な軍人もいるのかと、ミカは感心した。
ミカは気を取り直して鉱石の積まれたコンテナを掴み、トロッコのある部屋まで押して行く。コンテナは生半可な力で押してもびくともせず、数歩進んだだけで息が切れそうになる。それを数度繰り返す内に、腕が千切れそうに痛み、喉は焼け付くように渇いて痛んだ。
小休憩をしようとふらふらと壁際へ寄りかかると、どっと疲れが押し寄せて、足の力が抜けてしまう。
これまでも「もうだめか」と思う瞬間はあったけれど、今度こそは蓄積された疲労に勝てそうになかった。手足の力を抜こうとしたところ、誰かにそっと傾いていた頭が支えられ、水の入った革袋が口元に差し出される。
「キミ、無理しちゃだめだよ」
さっき、ジオと呼ばれていた監視役の兵士だ。水はカラカラに乾いた喉を通り、全身に行き渡った。一口の水だけで生気が戻るようだった。
「あ、ありがとう」
ようやく絞り出したお礼の言葉に、ジオは優しい笑顔で応えた。
聞くと、さっきの青年がミカのことを気にしてやってくれと彼に頼んだらしい。
「そろそろ、今日の労働は終わりだよ。監督からキミの分の日当を貰ってくるから、ここで待ってて」
数分後、言った通り、ジオが給金袋を持って戻って来た。
袋をちらと見ると、いつもの給金より少し多い。
「こんなに、ぼくが?」
むしろ、いつもより成果が出せていないのだから、給金は減るはずだ、と、給金袋の中から多いと思った分だけ出して、ジオに渡そうとする。ジオは自分の胸元に突き出された銭を軽く押し戻す。
「これは紛れもない、キミのお給料だ。成長期なんだ、今度、このお金で体力のつくものでも買って食べるといい」
ジオはそう言って、足元の覚束ないミカを支えて労働部屋へ戻る道を手伝った。
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