神様のいないセカイ(Novel Version)

Pt.Cracker

Episode1 神様がいなくなった日(1/2)

 あの日までは、信じていた。
 神様はいると、ぼくは信じていた。


 ――砂漠の中にある平和な国、エラ・シムー。そこは信仰心の厚い人々が暮らし、水と、植物、鉱石、生活に必要な全ての資源に富み、その恵みは国を守護する四女神によってもたらされると信じられていた。
 そんな国の一角に、少年ミカとその両親の三人で食卓を囲い、久し振りの一家団らんを楽しむ姿があった。
 母のイマーンは、質素ながらも普段より豪勢な料理を食卓に運び、最後に大きな鶏肉の乗った皿を中央に置いた。

「じゃーん。ミカの好きなチキンティカよ」

「ど、どうしたの? 鶏肉なんて」

「今日はミカの誕生日でしょう? ちょっと奮発しちゃったわ」

 この辺りでは、動物の肉は祭礼以外では滅多に食べられない。一般人に向けて市場でそのまま売られることはないため、母はわざわざこの日のために用意していたのだろう。

「ああ~、そうか。今日でミカは十歳になるんだったか」

 父、ボクデンは少年にもわかってしまうほど、わざとらしく驚いた風に言った。
 防衛軍の隊長を務める父は、国境などの遠方の警備で一年のほとんどは家にいないが、誕生日の度に合わせて帰って来てくれているのをミカは知っていた。

「えへへ、そうだよ。ぼく、もう大人だもん」

「実は父さんから、誕生日プレゼントがあるんだ。なにかわかるかい?」

「まあまあ。なんでしょうね」

 母のはしゃぎようを見るからに、きっとプレゼントを選ぶのに母も関与したのだろう。父はミカの前に紙とリボンで丁寧に包まれた小包みを置いた。

「開けてごらん」

「なんだろう?」

 ミカは小包みに手を伸ばし小包みを両手に持つ。少し照れくさくなって顔を上げると、包みを開けるのを今か今かと待つ父と母の優しい眼差しがあり、更にこそばゆい気持ちになる。思い切ってリボンを解くと、銀細工のペンダントが姿を現わした。

「あっ! スカラベのお守りだ!」

 親が子にペンダントやイヤリングなどの装飾品を誕生日にプレゼントするのは、魔除けになると伝えられ、エラ・シムーでは十歳、十五歳の誕生日プレゼントとしては一般的なものである。
 銀細工はスカラベを模しており、あしらわれた大きなラピスラズリが黄金を含んで美しく煌めいている。

「これはね……いつまでもミカが健康でいられるように、そして、父さんと母さんとミカがずっと一緒にいられるように願いがこめられているんだ」

 エラ・シムーの信仰とは別の国の信仰から生まれた意味だが、スカラベは再生と復活の象徴、健康の祈りとして知られている。更には、ラピスラズリは健康と幸運を授ける石とされ、砂漠の国々では親しまれているものだ。誰が見ても、愛する者への最高の贈り物だとわかる装飾だ。

「ミカ、着けてみせてちょうだい」

「うん!」

 ミカはペンダントの紐を持ち、首の後ろで結んでみせた。銀細工は暖かみを帯びた光をたたえ、胸元で揺れる。ミカはそれを誇らしく感じた。

「どうかな?」

「ウフフ、似合ってますよ」

「男前が上がったな」



 その晩、ミカは幸福な気持ちで床に就いた。
 しかし、喜びが覚めやらぬあまりなかなか寝付けず、しばらくは目を閉じたまま起きていた。
 水でも飲めば落ち着くのではと思い、布団から出て居間へ行こうと足を運ぶと、父と母の声が聞こえ、邪魔しないようにそっと柱の影から顔を覗かせる。
 真剣な表情で机の上の紙を睨む父と、心配そうな母。喜びから一変し、不安な気持ちがこみ上げてくる。

「あなた、それは……?」

「……召集令状だ。どうやらこの辺りにも、戦火が広がってきているらしい」

 母、そして柱に隠れているミカは愕然とした。

「召集……じゃ、じゃあ、あなたも戦場へ?」

「そういうことになる」

 父ボクデンは防衛という名目で戦火が迫った場合は出陣しなくてはならない立場にある。

「そんな。何年も平和だったというのに、どうして今?」

 周辺の国は資源を奪い合い、滅び、強豪国に吸収されていったにも関わらず、エラ・シムーは女神の加護で平和が続いていると、平和であればあるほど信仰を厚くしていた。一家もまた、女神が延々と国を守ってくれると信じていた。

「……なに、大丈夫さ。私達には神様がついている。負けるはずがない」

「でも、心配だわ。あなた……」

「そう不安がるな。お前が不安がっていたら、ミカに不安がうつる。すぐ帰れるさ」

「ええ、ええ……ごめんなさい。あなたに神のご加護がありますように。私は、信じて待ちますわ」

 夫婦は不安を打ち消そうと、互いの身を抱き寄せた。
 ミカは聞かなかったことにしようと、足音を立てないようにそっと寝床へ就く。

(戦争……)

 戦争という悲しい出来事の存在をお伽噺のように感じていたミカも、さっき見た両親の真剣な表情に、これから良からぬ未来が訪れることを予感した。



 翌日、父はいつものように仕事で遠征に行くと言って家を出た。
 ミカと母は、毎日欠かさず国と父の平和を祈った。



 ――しかし、父は帰って来なかった。

 一ヶ月経った頃、街中でナセルトゥール帝国がエラ・シムーへ侵攻しているという話が広まっており、戦争について何も知らされずに不安と不満を抱く民が増え、戦火に怯え、隣国へ身を寄せる人の数も日に日に増え、徐々に街は閑散としていった。
 砦としての役割を持っていた隣の町が侵略されたのを切っ掛けに、ミカの父ボクデンが率いた防衛軍が敗北したことが伝わり、避難の指示が下された。
 だが、上層部から国民に下された指示があまりにも遅く、多くの住民の避難の間もなくナセルトゥールの軍隊は街に足を踏み入れた。
 とうとうミカの周辺で、ナセルトゥールの軍に捕まった者がいるという噂が聞こえてきた。母イマーンはそのような事態になっても未だボクデンが死んだとは信じられず、避難せずに夫を待つことを決めていた。

「イマーン、ミカ!」

 ミカが赤ん坊の頃から世話になっている隣家のチッポラおばさんが、風呂敷を背負った姿で玄関から顔を覗かせる。外には避難の準備を万端に整えた、チッポラおばさんの息子夫婦とその子供たち三人がおばさんを待っている。

「あたしたちはもう行くよ。あんたたちはどうするんだい」

 なんなら一緒に避難しよう、と声をかけてくれたのだろう。しかし、イマーンはその申し出を断った。

「私は、ここに残ります」

 チッポラはイマーンの口から出る答えを予想していたのか、静かに頷いて、じっと彼女の瞳を見て、なだめるように言い聞かせた。

「イマーン……気持ちはわかるけど、ボクデンはあんたたち母子の安全を一番案じてると思うよ。ナセルトゥールの人間は、エラ・シムーの人間とは考え方が違うんだ。もしもここまで踏み込まれたら、どうなることか――」

「ありがとう、チッポラさん。でも私は夫の帰りを待ちたい。ナセルトゥールの軍人なら、防衛隊の夫の顔を知っているかもしれません。もし会う機会があるのなら、夫の行方を教えてもらいたいんです」

 イマーンも頭ではチッポラの言い分が冷静で的確であるということは分かっていた。しかし、どうしても最悪の事態を考えたくないという思いが勝っていたのだ。

「そうかい。うまく行けばいいけどね……捕まったら酷い目に遭うって噂もあるんだ。考えが変わったら早く逃げるんだよ」

 ええ、とイマーンは了解し、自分を見上げていた息子に「ミカ」と声をかけた。

「ミカは、チッポラさんご一家と避難なさい」

「どうして? 母さんを置いて行けないよ」

「チッポラさんの言う通り、危険かもしれないわ」

「母さんが残るなら、ぼくも残る! ぼくだって、父さんが心配なんだよ」

「……チッポラさん……」

 イマーンは困惑して、チッポラを見た。

「……そこまで言うなら、強く止めることはないだろう。でもね、イマーン。あんたが無理にでもこの子を連れて行けって言うなら、あたしは連れていくけど、どうなんだい?」

 ミカはチッポラの言葉に、母が自分を見捨ててしまうんじゃないかと不安になって、曇った表情の母を見上げた。

「母さん」

 イマーンは、息子の訴える目に息を呑んだ。
 息子と離ればなれになるのは、とても辛い。もしもに備えて、ミカだけでも避難してくれたら……複雑な心境であったが、イマーンは自分の気持ちに嘘をつけるほど器用ではなく、気付けば頭を横に振っていた。

「いいえ……」

 チッポラはふうっ、と勢い良く溜め息をついて、イマーンの肩を力強く抱いた。

「お互い、無事に再会できることを祈るよ。エラ・シムーの加護がありますように」

 それはチッポラの、最大限の励ましだった。続いて、屈んで、ミカをぎゅっと抱きしめる。
 泣きそうな顔の母と、痛みを堪えるような表情を見せるチッポラおばさんに、ミカは最後の別れのようだと悲しくなった。おばさんは「じゃあね」と二人に手を振り、背負った風呂敷の結び目をきつく握り、一家と共に去った。



 それから間もなく、ナセルトゥールの軍隊は街を占拠した。
 ――ミカたちの知らない言語が飛び交い、ナセルトゥールの軍隊が街中をかっ歩する。
 占拠した後、ナセルトゥールの軍隊がすぐに住民に危害を加えることはなく、街に残った住人たちは息を潜めながら、誰もが当たり障りなく過ごそうと務めた。そして夫の行方を聞こうとしていたイマーンであったが、言語の壁が阻み、下手に動いてはミカが危険にさらされるのではと、他の住人と同様に何を成すでもなくミカと共に息の詰まりそうな時間を過ごした。
 そして、ナセルトゥールの占拠から五日。早朝に二人の住む家の扉が乱暴に開けられ、ナセルトゥールの軍人が踏み込んで来た。

「だっ、誰です!」

 朝食の用意をしていた母は、無礼な来訪者に叫ぶ。
 制止する間もなく次から次へ軍人数人が家へと押し入り、あっという間に二人を拘束し、縄で腕を縛り上げた。

「は、放せ!」

「ミカっ!」

 女子供の力では、鍛えられた軍人の腕から逃れることはできなかった。
 軍人たちは何かを二人に向かって喋ったが、二人には分からない。
 この場に居る軍人の中でもひときわ位の高そうな男が、他の軍人を制止して叫んだ。

「戦争に加担した者の家族を捕えよとの命だ。大人しくついて来い!」

 二人にも分かる、母国の言葉だ。イマーンは「あの!」と、位の高そうな軍人に話しかけようとしたが、彼女の腕を縛り上げている縄が乱暴に引っ張られ、悲鳴を上げる。

「母さんを放せ!」

 母の苦しそうな悲鳴にミカは憤怒した。
 ミカは縛られた縄が皮膚深く食い込むほど大きく暴れたが、足を蹴られ、床に倒れこんだ。

「お前もだ! 大人しくしろ! 敗戦国のガキが!」

「おい、それは言い過ぎだろう」

 ククク、と嘲笑混じりの言葉にミカは腹を立て、軍人をにらみつける。わざと二人に理解できる言葉で言ったのだから尚更だ。

「私としても手荒な真似はしたくない。大人しく従ってもらおう」

「……人殺しっ……」

 軍人に囲まれ、二人は用意されていた質素な荷車に押し込まれる。
 二人の前に、同じく捕虜としえ捕えられた、ひどい有様のエラ・シムーの民の姿が幾人かあり、ミカは自分の目を疑った。
 まだ言葉も喋れない子供から、歩くことさえままならない老人まで。返り血がついた者、血を流す者、体の一部が欠損した者、泣きわめく者……
 これまでの自分の生きた世界では見たこともないセカイが目の前に広がり、この先にあるものが暗いものなのだと、幼い少年に悟らせるには十分な光景だった。
 荷車は沈黙の内に、捕虜たちを鉱山にある労働施設へと運んで行った――



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