全ての魔法を極めた勇者が魔王学園の保健室で働くワケ

雪月 桜

小悪魔カウンセラー

「それにしても驚いたわ。いくら魔族が回復魔法を苦手としているからって、まさか人間を校医にするなんてね。魔王様も思い切った人選をさるというか。……魔族ばかりの職場で居心地は悪くない?」

同僚としての相互理解そうごりかいと親交を深めるべく、適当な雑談にきょうじていた俺達だけど、ふとアインストが、こちらを案じるような眼差まなざしで問い掛けて来た。

恐らくは、カウンセラーとしての習慣だろうな。

「なんだ、着任して早々にカウンセリングか? 随分ずいぶんと仕事熱心な事だな。……ひとまず今の所は問題ないぞ。魔王直々の指名とあって、表立って不満をらすような教官やスタッフは居ない。心の中で、どう思ってるかは知らないけどさ。ただ、数少ない例外を除いて積極的に絡んでくるやつも居ないから、歓迎はされてないのかもな」

「そう……。生徒だけじゃなくて、教官やスタッフのメンタルケアも私の役目だから、困った事があれば何でも相談してね? 自分で言うのも何だけど、里では頼れるお姉さんとして大人気だったんだから♪ もちろん、口だってかたいから、クライアントの秘密は必ず守るわよ?」

茶目ちゃめたっぷりにウインクして、口元に人差し指を当てて見せるアインスト。

その際、彼女のつややかな金髪と豊かな双丘そうきゅうわずかに揺れる。

俺の意識が思わず、そこに吸い寄せられ、慌てて目をらしたものの、その事に目聡めざとく気付いた彼女は気分を害した様子も無い。

それどころか、あざやかな翡翠色ひすいいろひとみで挑発的な視線を送り、大人の余裕を見せつけてくる。

良く見れば、腰の辺りから生えているコウモリのような羽も、手招きするようにユラユラと揺れてるし。

これだけ容姿に優れた美女が、気さくな態度で接してくれたら、そりゃあ人気になるだろうな。

その上、誰にも打ち明けられないような悩みを真摯しんしに受け止めて、親身しんみに相談に乗ってくれるんだから。

この妖艶ようえん色香いろかまどわされて、恋の病に掛かった男が何人いることやら。

いや、なんなら同性すらも被害にってちているかもしれない。

メンタルケアに来た患者かんじゃのメンタルを撃ち抜いてたら世話ないぞ。

「……アンタに弱みを握られるのは怖いから極力きょくりょく、自分で何とかするよ。ここに来るのは最後の手段って事で」

「あら、残念。……このくらいじゃビクともしないのね」

おい、この女、いま何か言ったろ。

「もしかして、何か仕掛けてたか?」

俺が気付かないレベルの精神干渉魔法とか相当だぞ。

魔法の兆候ちょうこうだけじゃなく、悪意も感じられなかったから、大事には至らないと思うけどさ。

「まっさか〜。大切な同僚を洗脳して従順なワンちゃんに変えちゃおうなんて、そんな大それた事は考えてないわよ?」

「誰も、そこまで具体的な事は言ってないけどな!」

「テヘッ♪」

コイツ……相変わらず悪意は感じないけど、からかい甲斐がいのある玩具おもちゃが見つかったって顔に書いてあるぞ。

これ程の実力があるなら、魔王学園には多大な貢献こうけんをしてくれるかもしれないけど、個人的に警戒しておいた方が良いかもしれない。

「……お前、性格悪いとか小悪魔とか言われたことないか?」 

「そんなこと言われたのは初めてよ? だって普段は、こんな風に誰かをからかったりしないし」

「いや、どうして俺だけ、こんな目にわなきゃいけないんだ……」

せっかく美女から特別扱いされてるのに、全く嬉しくないんだけど。

「そうねぇ……。何となく、前にも、こんなり取りを交わした気がするから……かな」

「……それって、どういう――」

「失礼しまーッス! 学園長の命により、このミラノ、重要参考人を連行して来たッス! さぁさぁ楽しい尋問じんもんタイムッスよぉ!」

俺の言葉は、空気を読まずに割り込んで来た教官ミラノによって、はかな霧散むさんさせられた。

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