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全ての魔法を極めた勇者が魔王学園の保健室で働くワケ

雪月 桜

保健室と謎の美女

「ここが保健室か……。なんだかんだ初めて入るけど、なかなか居心地いごこちの良い職場になりそうだな」

あれから、ルクスリアとヴェノの間に、何となく良い雰囲気がただよい始めたので、俺は気をつかって学園長室を後にした。

と言っても、“かれ合う男女の仲”というような甘いムードではなく、家族の団欒だんらんのような温かい空気感だったけどな。

そして、今は3次試験が行われている時間帯だけど、内容が筆記試験なので、俺の出るまくは無い。

というか、そもそも試験監督と受験生以外は、会場の教室に立入禁止だし。

そこで俺は、ようやく完成したという自分の職場を見学する事にした訳だ。

新学期から俺の根城ねじろとなる保健室に入り、部屋の中を見渡してみると、怪我人や病人の治療に必要な環境が充分に整っていた。

広々とした部屋の中には、十人分のベッドが並び、壁際には様々な資料や薬品等が収められた戸棚がある。

他にも担架や携帯用の救急箱、各種マジックアイテムなど、治療で扱う備品に抜かりは無い。

正直なところ、これほど潤沢じゅんたくな設備は必要ないとすら思うレベルだけど、いつまで俺が働くか分からないしな。

これから何年、何十年と続いていく事を想定するなら、備えがあるに越した事は無いか。

「……ん? この気配は……」

予想を超えた保健室の内装に、好き勝手な感想を抱いていた俺は、ふと隣の部屋に見知らぬ魔力を感じ取った。

この部屋の隣は、生徒のメンタルをケアするカウンセリングルームになっているけど、その主には会った事が無いんだよな。

たしか、今日か明日あたりに到着するという話だったはずだ。

となると、この魔力反応は、そのカウンセラーのものなのかも知れないな

同じ医療スタッフ同士、連携を求められる場面もあるだろうし、単純に同僚としての興味もある。

俺は、まだ見ぬカウンセラー(仮)に挨拶すべく、隣の部屋に向かう事にした。

まずは保健室を出て、数歩分の距離にあるカウンセリングルームの扉をノックする。

「……すみませーん、入っても良いですか」

「……っ!? ……えぇ、大丈夫よ?」

中に居る相手が誰なのか分からなかったから、念のため許可を求めたんだけど、何やら動揺させてしまったようだ。

部屋の中から、戸惑ったような気配と声が伝わって来た。

生徒も入学してない段階で、この部屋を訪れるやつなんて滅多めったに居ないだろうし、そう考えると当然の反応だよな。

まぁ、その辺も顔を合わせて話せば済む話だろうと、あまり深く考えずに、俺は扉を開けた。

そして――、

貴方あなたは……」

「お前は……」

と顔を合わせた途端とたんに、何故なぜか、一粒ひとつぶの涙がこぼれた。

そして、何故か相手のほおにも、一筋ひとすじしずくが伝っていた。

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