全ての魔法を極めた勇者が魔王学園の保健室で働くワケ

雪月 桜

不埒者?

「――ところで、ルクスリア。いくら遮音しゃおん結界を張っているとはいえ、視界までさえぎってる訳じゃないから、お前の醜態しゅうたいが丸見えになってるんだけど……。いい加減、泣き止んだらどうだ?」

「ふぁ?」

女の子座りの体勢でルミナリエに抱きついていたルクスリアが、俺の言葉に間抜けな反応を示した。

しかし、彼女はくさっても魔王の右腕。

辺りをぐるりと見渡して、瞬時に状況を把握はあくすると、スッと立ち上がり、キリッと表情を引き締めた。

すると、彼女にそそがれていた無数の視線が、そそくさと散っていく。

「……コホン。シルクさん、指摘して頂いた事には感謝しますが、こういう時は気をかせて人目をさえぎるものでは無いでしょうか?」

照れ隠しのつもりか、わざとらしく咳払せきばらいしたルクスリアが、うらみがましい目つきで、こちらをにらんで来る。

まぁ、いくら視線を鋭くした所で、ほお羞恥しゅうちに染まっているから、全く怖くないんだけどな。

むしろ、微笑ほほえましい気分になるくらいだ。

「無茶を言うなよ。さっきのり取りは外に聞こえてないんだぞ? そして、お前が泣きながらルミナリエに抱きついてた。こんな状態で目隠しまでしちまったら、俺が結界の中でやましい事をしてると疑われるだろ?」

音が遮断された空間。

何故なぜか泣き出した女。

やがて、その姿すら闇に閉ざされ、擬似的ぎじてきな密室に男が1人と女が2人。

はたから見たら犯罪の絵面しか浮かばないだろう。

しかも、その被害者は魔王の右腕と魔王の娘。

どちらも無抵抗で乱暴されるような、か弱い少女ではないが、そんなシチュエーションが出来上がったというだけで、スキャンダルには充分だ。

あの温厚な魔王ヴェノでも流石さすがにブチ切れて、俺が殺されるかも知れない……というのは冗談だけど。

「それなら、貴方あなただけ外に出て視界を遮断してくれれば良かったのでは?」

「…………言われてみれば、そうだな」

『それじゃあ、お前の号泣ごうきゅうシーンが見られないじゃないか。滅多に見られない貴重な場面なのに勿体もったいない』と言いそうになって、寸前で何とか抑え込んだ俺。

そのせいで、返事の前に微妙な間が出来てしまったけど、どうやら“反論の余地が無いか考えていたのだろう”と思われたらしく、追及はまぬがれた。

ふぅ、危ない危ない。

「……ルクスリア。いくら恥ずかしいからって、八つ当たりは良くないと思う。確かに、シルクは優しいけど、あんまり甘え過ぎるのは駄目」

「うっ……。はい、すみませんでした」

なんて不謹慎ふきんしんな事を考えていると、何故か、ルミナリエが味方してくれていた。

それ自体は嬉しいんだけど、ちょうど不埒ふらちな思考に及んでいた所なので、優しいとか言われると微妙に居たたまれない。

「……そういえば、私達と別れた後、あれからどうなったの?」

気遣いから話を切り替えてくれたのか、あるいは単に疑問を解消したかっただけなのか、別の話題を提供してくれた、ルミナリエ。

俺としても、この空気を引っ張るつもりは無かったし、ルクスリアも同じ気持ちだろう。

俺達は素直に流れに乗り、アイネにした説明を、もう1度繰り返した。

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