全ての魔法を極めた勇者が魔王学園の保健室で働くワケ

雪月 桜

約束

「……そろそろ落ち着いたか?」

「は、はい……。急に、泣き出したりして、すみませんでした」

所々ところどころ、声を詰まらせながら、何とか謝罪の言葉をしぼり出したアイネは、恥ずかしそうにうつむきつつ、コクリと頭を下げた。

結局、アイネが泣き止むまでに要した時間は、ほんのわずかだったけど、こんなシチュエーションに遭遇そうぐうした経験が皆無なので、途方とほうもなく長く感じたぞ。

アイネが平常心を取り戻したのを確認して、思わず安堵あんど溜息ためいきらしたくらいだ。

もちろん、アイネにさとられないように、コッソリと、だけど。

「気にする必要も、謝る必要もありませんよ、アイネさん。悪いのはシルクさん唯一人ただひとり、それで全て丸く収まります」

「……後半に対しては物凄く突っ込みたいけど、前半については同意だな。確かにビックリさせられたけど、逆に言えば、それだけだ。大した迷惑は掛けられてないんだから、あんま気にむなよ?」

「……はいっ。いつまでも、ウジウジしてるのは、私らしくないですからね!」

まだひとみは赤いし、張り上げた声も少し空元気からげんきっぽいけど、ひとまず調子が戻ったようで何よりだ。

とはいえ、まだ根本的な解決には至っていない……どころか、何が原因で、こうなったのかも分かってないんだけどな。

「ちなみに、どういう切っ掛けで泣き出したのか、聞いても大丈夫か?」

「デリカシーが無いですよ、シルクさん。貴方あなたには分からないかも知れませんが、女の子には月に1度、精神が不安定になる時期が――」

「いや、俺だって、それくらいは知ってるわ! つーか、お前こそ、もっと遠回しな表現で伝えろ! 少しはオブラートに包め!」

「うぅ……」

見ろ、さっきまでとは別の理由でアイネが真っ赤になってんじゃねぇか!

この、いたたまれない空気をどうしてくれるんだ!

「……ふむ、冗談で場をなごませようとしたのですが、どうやら失敗だったようですね」

「場を和ませようって時に、そんなきわどい話題をチョイスするやつがあるかっ。……というか、そういう肉体的な不調が原因なら俺に見抜けない訳ないだろ?」

曲がりなりにも、魔王学園の校医を務めてんだからさ。

「なるほど、それもそうですね。むしろ、そんな時は本人にもだまって勝手に治しそうです」

「いや、一刻いっこくを争う容態ようだいでも無い限りは、ちゃんと確認するぞ? 確かに、細かい事情は、取りえず治してから話した方が手っ取り早いとは思うけどな」

とはいえ、死にたがってる奴を、そうとは知らずに治療して逆恨さかうらみされたらかなわんしなぁ。

少なくとも、俺は“死にたい奴は勝手に死ね”ってスタンスだ。

命だけ助けた所で、俺の知らない所で改めて自殺されたら助け損だし、助けたソイツが別の悲劇を生む可能性だってある。

そういった事を起こさないためのフォローやアフターケアまでけ負ってたら、身体がいくつあっても足りないし。

……実際、そんな無茶を続けた挙げ句に死んじまった、お人好しを知ってるからな。

まぁ、逆に親しい間柄の相手だったり、助ける理由があれば殴ってでも生かすけど。

特に学園関係者については、魔王から直々に依頼されてるからな。

助ける理由も、助けない理由も【自分のため】ってのは、エゴ丸出しで、人によっては嫌悪感を抱くだろう。

それでも、俺は、この生き方を変えるつもりは無い。

……だから、あの【約束】を真の意味で果たす日は、もう永遠におとずれないのかも知れないな。

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