全ての魔法を極めた勇者が魔王学園の保健室で働くワケ
心優しい愚か者
俺が、どうやって話を偽ろうかと、必死に頭を捻っている間に、ルクスリアが核心へと近付いていく。
不味い、とにかく適当に誤魔化さないと!
「あー、ルクスリアも、そうなのか? 実は俺も同じ事を考えてたんだ。でも、それは、きっと頻繁に手紙の遣り取りをしてたからじゃないか? それで、お互いの存在を身近に感じていたから、久々に会った実感が湧かないだけだろ。つまり、気のせいって事さ。だって、現に俺と会ったのは3ヶ月ぶりな訳だしな」
頭に浮かんだ言葉を、そのまま繰り出しているせいで、不自然なほど早口になってしまう。
そんな俺を怪訝そうな顔で見つめて、何やら考え込むルクスリア。
「……それほど頻繁に手紙の遣り取りをした覚えは、ありませんが……。それに、覚えが無いと言えば、女子寮に入った記憶も無いんですよね。まぁ、この学園に着いた時点で意識が朦朧としていたので、単に記憶が抜け落ちているだけかも知れませんけど……」
どこか納得のいかない顔で、うんうんと唸り続けるルクスリア。
このままだと、真相に辿り着くのも時間の問題か。
取り敢えず、落ち込んでいたルクスリアの気分を紛らわせる、という当初の目的は達成できた事だし、さっさとヴェノの所に向かおう。
敬愛する魔王様の顔を見れば、些細な違和感なんて吹き飛んで、そのまま忘れてくれるに違いない。
そう思って、俺は自分とルクスリアを転移させようとした。
しかし――、
「……シルクさん、私に何か隠し事をしていませんか?」
何かを閃いた様子のルクスリアの、鋭い眼光に貫かれる方が僅かに早かった。
何とか全神経を集中させて、動揺を表に出す事は避けられたものの、そのせいで転移のタイミングを逃してしまう。
「……そりゃあ、お前と知り合って、まだ3ヶ月程度だからな。しかも、こうして直接、話すのは、まだ2日目だ。隠し事の一つや二つは当然だと思うけど?」
暗に、お前だって俺に全てを曝け出している訳じゃないだろう? と問い掛ける。
気の弱い相手なら、これで引き下がってくれるんだろうが、流石に魔王の右腕に通じると期待するのは楽観が過ぎるか?
そして、案の定、ルクスリアの視線が揺れる事は無く、真っ直ぐに俺を射抜いてくる。
彼女自身を羞恥心から庇うためとはいえ、隠し事をしているのは事実なので、妙に居心地が悪く、俺は思わず目を逸らしてしまった。
そんな決定的なリアクションを見たルクスリアは、ハァ……と深い溜め息を吐き、呆れたように口を開く。
「本当に、貴方という人は……。そんな態度を取っていたら、思い当たる節があると言っているようなものじゃないですか。どうせ隠すなら、もっと上手く隠して下さい」
「め、面目ない……」
少し理不尽なものを感じなくもないが、言っている事は尤もなので、素直に頭を下げる。
すると、彼女は相変わらず呆れたようでありながらも、どこか慈愛に満ちているような、不思議な笑みを浮かべていた。
「……それに、こんな馬鹿な女のために、慣れない嘘を吐いてまで余計な重荷を背負って。本当に愚かな人です」
「ん? 何か言ったか?」
唇の動きで、何か喋っているのは辛うじて分かったが、読唇術の心得など持ち合わせていないので、内容は不明だ。
しかし、俺の疑問を無視するように、くるりと振り返ったルクスリアは、自分だけ先に転移の魔法陣を描いてしまう。
「何でもありませんよ。あ……とう……います」
「……アイツ、また聞こえない声で何か言ったろ」
白々しい言い逃れと共に、転移で去って行ったルクスリア。
その最後の瞬間に言い残した言葉の断片が、いったい何を意味するのか。
それを知るのは、ずっと後になってからの事だった。
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