全ての魔法を極めた勇者が魔王学園の保健室で働くワケ

雪月 桜

魔法生命体

「……うっ!? ウァァァッ!?」

突然、胸を押さえて叫び出したのは、魔族の少女。

その苦しみようは尋常じんじょうでなく、明らかな異常事態だと判断できる。

くそっ、まさか初仕事が、こんなイレギュラーとはな!

心の中で毒突どくづきつつ、隠蔽いんぺい魔法を解除して、邪魔が入らないよう周囲に結界を張る。

それから、少女のそばに転移して、近くで倒れていたアイネの肩に手を当てた。

「えっ……シルクさん……!?」

「ルミナリエ! アイネの治療を頼む!」

「……任せて」

俺が隠蔽魔法を解いた時点で存在を察したのか、あるいは最初から気付いていたのか、ルミナリエの顔に驚きは無い。

そして、俺がアイネを転移で飛ばすと、危なげなくキャッチして、傷の回復と解毒に取り掛かった。

魔族の少年は単に気絶してるだけみたいだから、念のために結界だけ張って放置する。

「……さてと。コイツの身体で、いったい何が起きてるんだ?」

痛みに暴れる少女を魔法で拘束こうそくして、その身体に触れる。

それから意識を集中して、体内の様子を探った。

すると、脳の辺りに妙な反応を見つけた。

いや、厳密に言うと、脳と同じ座標に重なり合うようにして、非物質的な何かが、こびり付いている。

「どう見ても、コイツが元凶だな」

禍々まがまがしい魔力を放っているので、魔法に類する力だとは思うが、こんなモノは初めて見るな。

しかし、これの正体が何であろうと関係ない。

現在進行形で身体に害を与えている異物なら、俺の魔力で問答無用に無力化できるはずだ。

しかし、“ソレ”は俺が魔力を流し込もうとした瞬間、まるで意思を持った生き物のようにうごめいて、少女の身体から抜け出した。

そして、そのまま何処どこかへ飛び去ろうとしているが、俺の張った結界に阻まれている。

侵入者しんにゅうしゃを寄せ付けないために用意した結界だったけど、思わぬ形で役に立ったな。

それにしても、命の危機を察して逃げた……という事は、コイツは使い魔に似た魔法生命体という事か。

しかし、使い魔なら創造主と同じ魔力を宿しているはずだし、主に害を与えたりもしない。

つまり、異質な魔力を放って少女を苦しめていたアイツは該当がいとうしないという訳だ。

恐らくは、何者かが独自の魔法で生み出した魔法生命体だろうな。

「シルクさんっ!」

「……終わった」

俺が元凶の正体について、あれこれ考えていると、すっかり調子を取り戻した様子のアイネが駆け寄って来た。

続けて、ルミナリエがトコトコと近付いてきて……そのまま俺の鳩尾みぞおちに頭突きして来る。

教会で初めて会った時の事を思い出しつつ、またかよ、何なんだよ、と思っていると、上目遣うわめづかいでジ〜っと見つめられた。

……これは、もしかして、あれか?

お願いを聞いたんだから、キチンとめろ的な話か?

「えっと、助かったよ、ルミナリエ。ありがとう」

確信が持てないまま、お礼を口にして、ついでに頭をでてみる。

前回は、これで満足したみたいだし、少なくとも嫌がられる事は無いはずだ。

お願いの対価として相応ふさわしいかは、良く分からないけど。

「……んっ」

いつもより少しだけ弾んだ声を上げてうなずくルミナリエ。

良く見れば、表情もわずかにゆるみ、嬉しそうに微笑ほほえんでいる……ような気がする。

どうやら、この対応で正解だったらしい。

「もう、ルナちゃん! そういう事は後にしなよ。今は、それどころじゃ無いでしょ?」

「……うらやましいなら、アイネもして貰えば良い。シルクはテクニシャンだから、アイネには刺激が強いかもだけど」

おい、誤解を招くような言い方するな。

俺は普通にでてるだけだ。

……という抗議を口にする前に、アイネが過剰かじょうな反応を見せる。

「べ、別に、私は……。というか、シルクさんもシルクさんです! いくら呼んでも出て来てくれないし、ようやく会えたと思ったら、私をルナちゃんに押し付けて、女の子の身体をペタペタ触ってるし、ホント何なんですかっ」

「お前も人聞きが悪いこと言うなよ。俺は試験の邪魔になると思って隠れてただけだ。それと、コイツの身体を触ってたのは異常の元凶を突き止めるためだぞ」

そう言って、今も結界を破ろうと体当たりしている(実体は無いので微妙な表現だが……)謎の魔法生命体を指で示す。

「それは、まぁ、そうかもしれませんけど……」

一応、ただのセクハラでない事には気付いていたようだが、それでも不満は消えない様子だ。

まぁ、アイネからしてみれば、協力を約束したパートナーが期待を裏切った、試験が終わってからノコノコと現れたように見えるだろうしな。

納得がいかないのも無理はない。

とはいえ、その辺の詳しい事情説明も後回しだ。

とうとう結界を破る事をあきらめたのか、謎の魔法生命体が、こちらに殺気を向けてきた。

術者の俺を殺せば、結界が消えると気付いたのだろうか。

そして、不定形のもやのような存在から、実体を持った姿へと変化していく。

「……倒す?」

相手の準備が整う前にケリを付けようと思ったのか、ルミナリエがかまを構える。

しかし、俺は首を横に振った。

「この場の事だけを考えるなら、それでも良いけど、後の事まで考えたら、ここで捕らえて情報を引き出しておきたいな。もしかしたら、他の受験者にも同じモノがいてるかも知れないし」

「……確かに」

「あの、だったら私も手伝います!」

「いや、アイネとルミナリエは魔族の二人を連れて結界の外で待機してくれ。俺がやつを取り逃す可能性に備えてな。ついでに、使い魔を飛ばして誰かに連絡しておいて欲しい」

そう頼んだものの、二人の顔には明らかに不満が浮かんでいた。

俺だけ残して自分たちは逃げるという事に抵抗があるのだろう。

「……私は、足手まとい?」

あー、なるほど、そう来たか。

確かに、ルミナリエにとっては、プライドの問題もあるよな。

だけど、その発想は根本的に間違っている。

「実力以前の話さ。こういうのは、俺の“仕事”だってこと。あと付け加えると、生かして捕らえるなんていう細かい手加減は、お前の魔力特性には向いてないだろ」

「……何で知ってるの?」

「魔王と同じだから」

「…………」

ルミナリエの顔が驚きに染まる。

どうやら、図星だったらしい。

「ごめん、本当は鎌を掛けただけ」

「…………」

ルミナリエの顔がジト目に変わる。

どうやら、ちょっと怒ったらしい。

手に持った本物の鎌を首に掛けられる前に話をまとめよう。

「まぁ、そんな訳で、よろしく頼むわ。万が一の備えが必要ってのも本音だしな」

「……行こう、アイネ。どうせ、シルクは殺したって死なない」

プイッと顔をそむけ、魔族の少女を魔法で浮かせて、歩き出すルミナリエ。

そして、魔族の少年を囲う結界を八つ当たりの様に破壊して、彼も同じように浮かせて運んで行く。

「えっと、あの、シルクさん! ぜったい後で色々と聞かせてもらいますからね!」

そんな彼女と俺の顔を交互に見つめて、アイネが慌てて後を追った。

「物分かりの良い奴らで助かるな。……後始末は大変そうだけど」

そんな事を呟きながら、俺は完全に変化をげた【敵】に向き直った。

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