全ての魔法を極めた勇者が魔王学園の保健室で働くワケ

雪月 桜

タイムアップ

貴方あなたは……」

「アンタ、なんでっ!?」

「……」

困惑こんわくするアイネと、動揺どうようする魔族の少女、そして無言のルミナリエ。

3人の視線を浴びた魔族の少年は、いまだ血の気の引いた顔だったが、この場の主導権を主張するように、ふてぶてしい笑みを浮かべた。

「……おいおい、お前が言ったんだぜ? 『足を引っ張るしか能が無いなら、そうやってつくばってなさい?』ってな。だから……お望みどおり這い蹲って……足を引っ張ってやったのさ」

つまりは毒ナイフで刺された時の意趣返いしゅがえし、という訳か。

しかし、得意気で挑発的な視線を向ける魔族の少年に、それほど余裕は無さそうに見える。
 
まだ毒の影響が抜けきっていないのか、立ち上がることも出来ない様子だし、魔力の反応もひど希薄きはくだ。

まぁ、だからこそ相手に気配をさとられなかった、という側面もあるだろうし、一長一短いっちょういったんだな。

「このっ、人間なんかに救われた、恥晒はじさらしの死にぞこないのくせにっ!」

つかまれた足を必死に振って、少年から逃れようとする魔族の少女だが、これまでの負傷と顔面ダイブのダメージで力が入らないらしく、なかなか振りほどけない。

ちなみに、頼みの毒ナイフは、足を引っ張られた時に手元から放り出されている。

俺は近くのしげみに飛んで行った所まで見えたけど、本人は気付いてないだろうな。

その時は地面に叩きつけられて、それどころじゃ無かったはずだし。

「……くくっ、お前だって、その“人間なんか”に負けたんじゃねぇの? 全身ズタボロじゃねぇか」

「うるさい!」

「グッ!?」

とうとうごうやした魔族の少女が、つかまれていない方の足で少年をり付けた。

いくら魔族の少女が弱っていると言っても、少年だってコンディションは最悪に近い。

結果として、足の拘束こうそくはアッサリと解かれ、少女は晴れて自由の身となった。

対する少年は、再び気を失ってしまったらしく、片手を伸ばした格好で、グッタリとしている。

「……ハァ……ハァ。本当に、どいつもこいつも私の邪魔ばかり。でも、これで本当に、おしまいね?」

倒れた少年には目もくれず、魔族の少女は毒に苦しむアイネを冷たく見下ろした。

それから、辺りを見回して、ナイフが見当たらない事を確認すると不機嫌そうに舌打ちする。

だったら、自らの手で事を済ませようと考えたのか、アイネの細くて白い首筋に手を伸ばす。

アイネも、このままでは締め殺されるとさとっているようで、必死に藻掻もがこうとするが、逃げる事はおろか寝返りを打つことすら、ままならない。

「……ねぇ、このままだと死んじゃうよ? 助けなくて良いの?」

アイネに馬乗りになり、両手を首にえた状態で、魔族の少女が問い掛ける。

その相手は、当然ルミナリエだが、別に彼女を気遣きづかったセリフでは無いだろう。

むしろ、取り乱す彼女の姿が見られない事に落胆らくたんしているように見える。

「……さっきも言った。私が手を出す必要は無い」

いつもと変わらぬ無表情。

いつもと変わらぬ眠たげなひとみ

いつもと変わらぬ平坦な声。

決して強がっている訳ではなく、心の底から平常心を保っていると、嫌でも理解させられる。

「つまんないの」 

魔族の少女は負けしみのように吐き捨てて、今度はアイネに視線を向ける。

「ねぇ、最期さいご命乞いのちごいの一つでも聞かせなさいよ。そうすれば、せめて楽にかせてあげるわよ?」

どうやら、魔族の少女は最後の最後まで相手をなぶるのが趣味らしい。

あるいは、ルミナリエにあしらわれた腹いせだろうか。

それとも…………。

まぁ何にせよ、そんな要求に屈するアイネではない。

「……私は……最後の最後まで……足掻あがき続ける。……ぜったい……あきらめないから」

その言葉を体現するように、懸命けんめいに手を伸ばすアイネ。

しかし、自分の首にえられた少女の手を何とか掴んだものの、けるまでには至らない。

「……ばっかみたい。そんな抵抗したって何の意味もないのに。あそこで倒れてる男もそう。無駄に歯向かった所で、痛い目を見るだけなのに」

何故、そこで辛そうな表情を浮かべるのか。

何故、アイネの首から手を離したのか。

何故、涙をこらえるように天をあおいでいるのか。

そう思ったのは、俺だけじゃなかっただろう。

しかし――、

「……これで終わり」

その疑問は、突然、響いて来たかねの音にさえぎられた。

ルミナリエが呟いたように、これは一次いちじ試験の終了を告げる合図だ。

最後に大きななぞが残ったものの、これで波乱の一次いちじ試験も一区切ひとくぎりりか――と思った次の瞬間。

少女の身に、異変が起こった。

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