全ての魔法を極めた勇者が魔王学園の保健室で働くワケ
決着と……
「ッ!?」
今まさに突撃せんと構えていたアイネが、何かに怯えたように全力で飛び退いた。
頭で考えた動きではなく、無意識に身体が反応したという様子だ。
直後、アイネの立っていた枝が水の塊に打ち付けられ、ミシリと音を立てて圧し折れる。
回避が後1秒でも遅れていたら、撃ち抜かれていたのはアイネ自身だっただろう。
背後からの奇襲を狙っていたはずが、逆に先制攻撃を受ける形となり、アイネは悔しげに歯噛みする。
しかし、そんな暇は無いとばかりに、ルミナリエの追撃が襲い掛かった。
「くっ、このっ!」
乱立する木々を遮蔽物として利用しながら必死に逃げるアイネ。
そんな彼女を執拗に追い詰めているのは、水属性の初級魔法――【水球】だ。
そう、何の変哲も無い、ただの初級魔法である。
しかし、その数と質が異常だった。
本来であれば、大した威力を持たない筈の初級魔法。
しかし、ルミナリエの放つ水球は、魔族の少女が放った中級魔法と同等の破壊力を誇っている。
そんな厄介な水球が、まるで雨のような勢いで降り注ぎ、周囲の幹や枝を次々と抉り取っていくのだ。
このまま続ければ、5分も経たないうちに辺りが更地になるだろう。
「ルナちゃん、容赦なさすぎぃっ!」
「……これでも瞬殺しないように、最低限の手加減はしてる。それに、これくらいは乗り越えないと、魔王学園では生き残れない」
……まぁ、一理あるな。
革命派の対抗戦力を整えるため、そして魔界の未来を担う人材を育てるため、魔王様は結構、鬼畜なカリキュラムを用意してるみたいだしなぁ。
それに、入学直後から命懸けのイベントも控えてるらしいし、充分な実力が無いなら不合格になった方が本人のためだ。
「あーもう、上等だよっ! これくらいの試練なんて、婆様の修行に比べたら大したこと無いんだから!」
半ばヤケクソ気味に自らを鼓舞して、気合を入れるアイネ。
そんなアイネを見て、僅かに微笑んだルミナリエは、静かに鎌を掲げる。
「……そう? なら追加する」
「えっ、ちょ、まっ!?」
「……待たない」
ルミナリエが勢い良く鎌を振り下ろす。
次の瞬間、それまでの倍の数の水球がアイネに殺到した。
「きゃあああ!?」
もはや、攻撃が苛烈過ぎて、肉眼ではアイネの姿を確認できない。
加えて、周囲一帯にルミナリエの魔力が充満しているせいで、アイネの魔力まで捉え難くなっている。
朧気に感じる魔力の活性具合から察するに、何とか生きてはいるようだけど……。
おっ、これは?
「……しまった」
どうやら、ルミナリエも気付いたようだ。
アイネが敢えて羽衣を解除し、気配と魔力を遮断した事で、撒き散らした自分の魔力に完全に紛れてしまった事に。
いくら気配感知に優れたルミナリエでも、この環境で相手の位置を探るのは困難だろう。
ルミナリエも魔法を停止して、キョロキョロと辺りを見回すが、アイネの姿は見当たらない様子。
とはいえ、アイネの事だから、逃げたという訳ではないだろう。
木々の影か、あるいは茂みの中か、どこかしらに身を潜めて、機を窺っているに違いない。
再び背後を取られないよう、油断なく辺りを警戒するルミナリエ。
しかし、アイネは、一向に姿を見せない。
やがて、辺りを埋め尽くしていた魔力が霧散し、ルミナリエが気配を探ろうとした瞬間――、
「ハァァァッ!」
裂帛の気合いと共に、アイネが姿を現した。
それも、ルミナリエの正面方向の茂みから。
「……フッ!」
あまりにも愚直な突撃に、多少は面食らったようだが、それだけで硬直するルミナリエでは無い。
すぐさま鎌を一閃し、それに合わせて水球が乱れ舞う。
ところが――、
「セイヤッ!」
アイネに向かって放たれた水球は、その小さな拳で尽く弾かれていく。
良く見れば、その両手はゴツゴツとした岩に覆われていた。
いかにも原始的で無骨なグローブは、もしや羽衣の応用だろうか?
ただの身体強化で、ルミナリエの水球に耐えられる訳が無いし、あんな魔法を見たことも無いから間違いないとは思うけど……。
というか、そもそも【羽衣】なんて魔法も、俺は知らないんだけどな。
この100年で新たに開発された魔法は、あらかた調べた筈だし……となると、アイネのオリジナルだろうな。
系統としては身体強化に分類される魔法なんだろうけど、いったい、どんな魔法なのやら。
「ルナちゃん、覚悟!」
俺が、あれこれと推測を重ねているうちに、ルミナリエの目前まで迫っていたアイネ。
そのままの勢いで拳を突き出し、ルミナリエの胴を狙う。
しかし、対するルミナリエは、鎌で迎撃する素振りもなく、いつものように眠たげな瞳で待ち受けるのみ。
まるで、アイネの拳が見えていないかのような振る舞いだ。
だが、勿論そんな甘い話ではなく、ルミナリエは、ただ見極めていただけだ。
カウンターを打ち込む、最適のタイミングを。
「……【ブラスト】」
ルミナリエの小さな胸に、アイネの拳が触れる寸前、ポツリと呟かれた一言。
相変わらず、小さいのに良く響く、天使のような囁きは、目の前のアイネにとっては死神の宣告に聞こえたかもしれない。
……いや、むしろ何も聞こえなかったという可能性が高いか。
なにせ、ルミナリエが言葉を放つと同時に、彼女を中心とした突風が生じ、アイネは悲鳴を上げることも出来ずに、後方に吹き飛ばされたのだから。
そうして数秒間の滞空の後、アイネは飛び出して来た茂みの手前で、背中から地面に叩き付けられた。
「かはっ!? ……けほっ、こほっ」
肺の空気を強制的に排出させられ、盛大に咳き込みながらも、必死に呼吸を整えるアイネ。
それから潤んだ瞳を拭い、ルミナリエと視線を交わす。
「今のは……」
「……風属性の初級魔法――ブラスト。殺傷力のない突風を生み出すだけの魔法だけど、相手と距離を取る時に便利」
まぁ、普通は少し後退るレベルの威力なんだけどな。
人体を吹き飛ばすレベルの強風を生み出すなんて、並の使い手では不可能だ。
「何とか目の前までは辿り着けたのに……。結局、一撃も入れられなかったか」
分かりやすく、肩を落として自嘲するアイネ。
ブラスト自体には殺傷力が無いし、地面に叩き付けられたダメージも、それほど残っているようには見えなかったが、どうやら先程の強引な突撃で魔力を使い切ったようだ。
加えて、両手が不自然なくらい傷だらけになっている。
ルミナリエの水球は完璧に防いでいたようだけど……もしや羽衣の影響か?
「……そんな事ない。見て」
アイネの言葉を否定するように、ふるふると首を振ったルミナリエが、自分の胸の下あたりを指差した。
いったん疑問を棚上げにして、俺もルミナリエに意識を向ける。
すると、服の一部に小さな穴が空いており、その奥の青白い肌が少し赤くなっていた。
「……拳は当たっていなかったけど、圧力は僅かに届いてた。10発程度とはいえ、水球の直撃も捌いてたし、充分に及第点。……まぁ、かなり強引だったから、そこは要改善だけど」
「る、ルナちゃん……」
感極まったように立ち上がり、覚束ない足取りでルミナリエに向かって歩き出すアイネ。
――しかし、
「……えっ?」
何が起こったのか分からない、という困惑が、アイネの口から漏れる。
当然だ、何せ自分の脇腹に、いつの間にかナイフが刺さっていたのだから。
「……あはっ。余裕ぶって止めを刺さないから、こんな事になるのよ」
ゆっくりと振り返った、アイネの目の前にあったのは、意識を失った筈の魔族の少女の、狂喜に歪んだ笑顔だった。
今まさに突撃せんと構えていたアイネが、何かに怯えたように全力で飛び退いた。
頭で考えた動きではなく、無意識に身体が反応したという様子だ。
直後、アイネの立っていた枝が水の塊に打ち付けられ、ミシリと音を立てて圧し折れる。
回避が後1秒でも遅れていたら、撃ち抜かれていたのはアイネ自身だっただろう。
背後からの奇襲を狙っていたはずが、逆に先制攻撃を受ける形となり、アイネは悔しげに歯噛みする。
しかし、そんな暇は無いとばかりに、ルミナリエの追撃が襲い掛かった。
「くっ、このっ!」
乱立する木々を遮蔽物として利用しながら必死に逃げるアイネ。
そんな彼女を執拗に追い詰めているのは、水属性の初級魔法――【水球】だ。
そう、何の変哲も無い、ただの初級魔法である。
しかし、その数と質が異常だった。
本来であれば、大した威力を持たない筈の初級魔法。
しかし、ルミナリエの放つ水球は、魔族の少女が放った中級魔法と同等の破壊力を誇っている。
そんな厄介な水球が、まるで雨のような勢いで降り注ぎ、周囲の幹や枝を次々と抉り取っていくのだ。
このまま続ければ、5分も経たないうちに辺りが更地になるだろう。
「ルナちゃん、容赦なさすぎぃっ!」
「……これでも瞬殺しないように、最低限の手加減はしてる。それに、これくらいは乗り越えないと、魔王学園では生き残れない」
……まぁ、一理あるな。
革命派の対抗戦力を整えるため、そして魔界の未来を担う人材を育てるため、魔王様は結構、鬼畜なカリキュラムを用意してるみたいだしなぁ。
それに、入学直後から命懸けのイベントも控えてるらしいし、充分な実力が無いなら不合格になった方が本人のためだ。
「あーもう、上等だよっ! これくらいの試練なんて、婆様の修行に比べたら大したこと無いんだから!」
半ばヤケクソ気味に自らを鼓舞して、気合を入れるアイネ。
そんなアイネを見て、僅かに微笑んだルミナリエは、静かに鎌を掲げる。
「……そう? なら追加する」
「えっ、ちょ、まっ!?」
「……待たない」
ルミナリエが勢い良く鎌を振り下ろす。
次の瞬間、それまでの倍の数の水球がアイネに殺到した。
「きゃあああ!?」
もはや、攻撃が苛烈過ぎて、肉眼ではアイネの姿を確認できない。
加えて、周囲一帯にルミナリエの魔力が充満しているせいで、アイネの魔力まで捉え難くなっている。
朧気に感じる魔力の活性具合から察するに、何とか生きてはいるようだけど……。
おっ、これは?
「……しまった」
どうやら、ルミナリエも気付いたようだ。
アイネが敢えて羽衣を解除し、気配と魔力を遮断した事で、撒き散らした自分の魔力に完全に紛れてしまった事に。
いくら気配感知に優れたルミナリエでも、この環境で相手の位置を探るのは困難だろう。
ルミナリエも魔法を停止して、キョロキョロと辺りを見回すが、アイネの姿は見当たらない様子。
とはいえ、アイネの事だから、逃げたという訳ではないだろう。
木々の影か、あるいは茂みの中か、どこかしらに身を潜めて、機を窺っているに違いない。
再び背後を取られないよう、油断なく辺りを警戒するルミナリエ。
しかし、アイネは、一向に姿を見せない。
やがて、辺りを埋め尽くしていた魔力が霧散し、ルミナリエが気配を探ろうとした瞬間――、
「ハァァァッ!」
裂帛の気合いと共に、アイネが姿を現した。
それも、ルミナリエの正面方向の茂みから。
「……フッ!」
あまりにも愚直な突撃に、多少は面食らったようだが、それだけで硬直するルミナリエでは無い。
すぐさま鎌を一閃し、それに合わせて水球が乱れ舞う。
ところが――、
「セイヤッ!」
アイネに向かって放たれた水球は、その小さな拳で尽く弾かれていく。
良く見れば、その両手はゴツゴツとした岩に覆われていた。
いかにも原始的で無骨なグローブは、もしや羽衣の応用だろうか?
ただの身体強化で、ルミナリエの水球に耐えられる訳が無いし、あんな魔法を見たことも無いから間違いないとは思うけど……。
というか、そもそも【羽衣】なんて魔法も、俺は知らないんだけどな。
この100年で新たに開発された魔法は、あらかた調べた筈だし……となると、アイネのオリジナルだろうな。
系統としては身体強化に分類される魔法なんだろうけど、いったい、どんな魔法なのやら。
「ルナちゃん、覚悟!」
俺が、あれこれと推測を重ねているうちに、ルミナリエの目前まで迫っていたアイネ。
そのままの勢いで拳を突き出し、ルミナリエの胴を狙う。
しかし、対するルミナリエは、鎌で迎撃する素振りもなく、いつものように眠たげな瞳で待ち受けるのみ。
まるで、アイネの拳が見えていないかのような振る舞いだ。
だが、勿論そんな甘い話ではなく、ルミナリエは、ただ見極めていただけだ。
カウンターを打ち込む、最適のタイミングを。
「……【ブラスト】」
ルミナリエの小さな胸に、アイネの拳が触れる寸前、ポツリと呟かれた一言。
相変わらず、小さいのに良く響く、天使のような囁きは、目の前のアイネにとっては死神の宣告に聞こえたかもしれない。
……いや、むしろ何も聞こえなかったという可能性が高いか。
なにせ、ルミナリエが言葉を放つと同時に、彼女を中心とした突風が生じ、アイネは悲鳴を上げることも出来ずに、後方に吹き飛ばされたのだから。
そうして数秒間の滞空の後、アイネは飛び出して来た茂みの手前で、背中から地面に叩き付けられた。
「かはっ!? ……けほっ、こほっ」
肺の空気を強制的に排出させられ、盛大に咳き込みながらも、必死に呼吸を整えるアイネ。
それから潤んだ瞳を拭い、ルミナリエと視線を交わす。
「今のは……」
「……風属性の初級魔法――ブラスト。殺傷力のない突風を生み出すだけの魔法だけど、相手と距離を取る時に便利」
まぁ、普通は少し後退るレベルの威力なんだけどな。
人体を吹き飛ばすレベルの強風を生み出すなんて、並の使い手では不可能だ。
「何とか目の前までは辿り着けたのに……。結局、一撃も入れられなかったか」
分かりやすく、肩を落として自嘲するアイネ。
ブラスト自体には殺傷力が無いし、地面に叩き付けられたダメージも、それほど残っているようには見えなかったが、どうやら先程の強引な突撃で魔力を使い切ったようだ。
加えて、両手が不自然なくらい傷だらけになっている。
ルミナリエの水球は完璧に防いでいたようだけど……もしや羽衣の影響か?
「……そんな事ない。見て」
アイネの言葉を否定するように、ふるふると首を振ったルミナリエが、自分の胸の下あたりを指差した。
いったん疑問を棚上げにして、俺もルミナリエに意識を向ける。
すると、服の一部に小さな穴が空いており、その奥の青白い肌が少し赤くなっていた。
「……拳は当たっていなかったけど、圧力は僅かに届いてた。10発程度とはいえ、水球の直撃も捌いてたし、充分に及第点。……まぁ、かなり強引だったから、そこは要改善だけど」
「る、ルナちゃん……」
感極まったように立ち上がり、覚束ない足取りでルミナリエに向かって歩き出すアイネ。
――しかし、
「……えっ?」
何が起こったのか分からない、という困惑が、アイネの口から漏れる。
当然だ、何せ自分の脇腹に、いつの間にかナイフが刺さっていたのだから。
「……あはっ。余裕ぶって止めを刺さないから、こんな事になるのよ」
ゆっくりと振り返った、アイネの目の前にあったのは、意識を失った筈の魔族の少女の、狂喜に歪んだ笑顔だった。
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