全ての魔法を極めた勇者が魔王学園の保健室で働くワケ
正々堂々
「……待って。私なら、ここにいるから」
元パーティーメンバーを人質にするという悪辣な所業に、悲しげな表情を浮かべつつ、アイネが姿を現した。
魔力の流れを見る限り、どうやら例の【羽衣】という魔法も解除しているらしく、完全に丸腰の状態だ。
その足取りに迷いは無いものの、無防備な身体を晒す恐怖までは、流石に拭い切れないようで、離れていても緊張が伝わって来る。
魔族の少年を庇って、このまま大人しく言いなりになるのか、それとも何か起死回生の腹案があるのか。
少なくとも、上辺からは伺い知れない。
「……いいわ、そこで止まって。私に盾突いた、この雑魚を〆るのは、お望み通り後回しにしてあげる。どうせ、いつでも殺せるし。まずは、自信過剰で、良い子ちゃん振ったアンタをグチャグチャにしなきゃね♪」
少女は毒ナイフを懐に仕舞うと、左手で少年を掴んだまま、右手を開いてアイネに向ける。
そして、アイネが動けないのを良い事に、見せ付けるようにして、上級魔法の発動に取り掛かった。
魔法陣を描く速さからして、もう少し時間が掛かるだろうが、迂闊に動けば再びナイフを抜くだろう。
そして、この距離なら、アイネが届くよりも先に少年が死ぬ。
「貴方が気に入らないのは私でしょう? 彼は解放してあげて」
この状況でも、毅然とした態度で要求するアイネ。
普通なら声が震えても可笑しくない場面だが、その言葉には少年を案じる強い意志だけが滲んでいた。
まるで恐怖を感じていないかのような、堂々とした振る舞いに、魔族の少女が舌打ちする。
「……私が気に入らないのは人間よ。そして、人間に怯える魔族、人間を受け入れる魔族、人間を愛する魔族、その全てが気に食わない。だから、魔王学園に入るの。いつか魔王となって、この国の在るべき姿を取り戻すために」
いかにも革命派と通じていそうな発言だけど、多分コイツは白だな。
少なくとも、今の所は。
もしも革命派に属しているなら、こんな所でバカ正直に自分の主義主張を暴露したりしないだろう。
どうぞ落としてくれと言っているようなものだ。
スパイ工作にしろ、破壊活動にしろ、まずは内部に深く食い込まないと意味が無いんだから。
「……分かりません。なぜ、そこまで人間を憎むんですか?」
「……ふんっ。そんなこと、アンタに教える義理は無いわ。それに、ほら、とうとう完成したわよ?」
少女が右手を翳すのは、完全となった魔法陣。
風属性の上級魔法、【スパイラル・サイクロン】。
それは、魔力の供給が絶たれるまで、永遠に対象を閉じ込めて切り刻む竜巻を作り出す魔法。
しかし、あの女なら、死体を細切れにするまでやりかねないな。
たとえ、そうなっても俺なら回復が可能だけど、受験者が死亡した時点で試験監督が強制介入する手筈となっている。
そこで魔法の停止を促して、受験者の回復、及び回収を行う訳だが、交戦者が試験監督の指示に従わない場合は、力づくで取り押さえた後、相手は失格となる。
その可能性を考慮して、いつでも動けるようにと構えた俺だったが、ある気配に気付いて構えを解いた。
……まぁ、あれだけ中級魔法を撒き散らして、今度は上級魔法を放とうってんだから、そりゃあ目立つよな。
ただし、そこで退避ではなく介入を選ぶのは、コイツくらいだろうけど。
「……力を示せと言われた場で、同族を人質に取り、戦闘を放棄するなんて、魔族の風上にも置けない。……試験の趣旨にも反してる」
「……くくっ。アハハハハ! まさか、こんな所で魔界の姫様と会えるなんてね!」
「魔界の……姫様? それじゃあ、あの子が……」
そう、アイネのピンチに颯爽と駆け付けたのは、魔界の頂点に君臨する魔王の愛娘、月の司祭ルミナリエだった。
その小さな手には、凶悪な存在感を放つ黒銀の大鎌が握られており、肩には漆黒の鴉が止まっている。
「それで? 大好きな魔王が愛した人間を痛めつけるのは、娘として許さないって? それとも、アンタ自身が人間を愛しちゃってるとか? どっちにしても下らないけど♪」
司祭というより、むしろ死神という二つ名が似合いそうな、ルミナリエに対して、心の底からバカにしていると確信できる口調で挑発する少女。
アイツ、ひょっとしたら俺よりも勇者なんじゃなかろうか?
しかし、そんな魔族の少女に対する、ルミナリエの反応は――、
「……かわいそう」
バカにされた怒りでもなく、相手を見下した嘲りでもなく、純粋な同情だった。
「……ハァ?」
案の定、相手の額には青筋が浮かび、その口元がヒクヒクと引きつっている。
そりゃあ面と向かって言われた本人は煽られたとしか感じないよな。
第三者から見たら、ルミナリエが本気で少女の事を憂いていると分かるけどさ。
「……何が貴方をそこまで歪めたの? 人間に親を殺されたの?」
相変わらず、無表情で眠たそうな瞳の割に、グイグイと踏み込んで行くな!
地雷原を裸足で駆け回るような所業に見てるこっちがハラハラするんだけど!
「うっさいわねぇ! こっちは人質を握ってんのよ!? ……えっ」
「……もう取り返した」
その言葉通り、ルミナリエの足元には、魔族の少年が横たわっていた。
少女が怒りに我を忘れた瞬間を狙って、転移魔法で引き寄せたようだ。
自分と接点を持たない相手を転移させるのは、普通の転移よりも、一段上の難易度になるんだけど、アッサリと成し遂げたな。
どれだけ優れた空間認識能力を身に着けてるんだか。
「な……ん……」
あまりにも呆気なく、あまりにも理不尽に、あまりにも隔絶した力の差を見せ付けられて、開いた口が塞がらない少女。
そんな彼女を尻目に、ルミナリエは視線をアイネに向けた。
「……ここから先は貴方の番。正々堂々の戦いなら横槍を入れる気は無い。外野に邪魔はさせないから、好きに決着を付けると良い」
「あ、ありがとうございます!」
「……同じ新入生候補。敬語は要らない」
「……うん、分かった!」
魔界の姫様と呼ばれる相手から対等な関係を望まれて嬉しかったのか、今までで一番の笑顔を見せるアイネ。
やっぱり、学生同士の遣り取りは、こういう爽やかなものでないとな。
いい加減、ドロドロした恨みや憎しみにはウンザリしてたので、余計に輝いて見える。
しかし、そんな青春の一幕を塗りつぶすかのように、暗い影が辺りに広がった。
元パーティーメンバーを人質にするという悪辣な所業に、悲しげな表情を浮かべつつ、アイネが姿を現した。
魔力の流れを見る限り、どうやら例の【羽衣】という魔法も解除しているらしく、完全に丸腰の状態だ。
その足取りに迷いは無いものの、無防備な身体を晒す恐怖までは、流石に拭い切れないようで、離れていても緊張が伝わって来る。
魔族の少年を庇って、このまま大人しく言いなりになるのか、それとも何か起死回生の腹案があるのか。
少なくとも、上辺からは伺い知れない。
「……いいわ、そこで止まって。私に盾突いた、この雑魚を〆るのは、お望み通り後回しにしてあげる。どうせ、いつでも殺せるし。まずは、自信過剰で、良い子ちゃん振ったアンタをグチャグチャにしなきゃね♪」
少女は毒ナイフを懐に仕舞うと、左手で少年を掴んだまま、右手を開いてアイネに向ける。
そして、アイネが動けないのを良い事に、見せ付けるようにして、上級魔法の発動に取り掛かった。
魔法陣を描く速さからして、もう少し時間が掛かるだろうが、迂闊に動けば再びナイフを抜くだろう。
そして、この距離なら、アイネが届くよりも先に少年が死ぬ。
「貴方が気に入らないのは私でしょう? 彼は解放してあげて」
この状況でも、毅然とした態度で要求するアイネ。
普通なら声が震えても可笑しくない場面だが、その言葉には少年を案じる強い意志だけが滲んでいた。
まるで恐怖を感じていないかのような、堂々とした振る舞いに、魔族の少女が舌打ちする。
「……私が気に入らないのは人間よ。そして、人間に怯える魔族、人間を受け入れる魔族、人間を愛する魔族、その全てが気に食わない。だから、魔王学園に入るの。いつか魔王となって、この国の在るべき姿を取り戻すために」
いかにも革命派と通じていそうな発言だけど、多分コイツは白だな。
少なくとも、今の所は。
もしも革命派に属しているなら、こんな所でバカ正直に自分の主義主張を暴露したりしないだろう。
どうぞ落としてくれと言っているようなものだ。
スパイ工作にしろ、破壊活動にしろ、まずは内部に深く食い込まないと意味が無いんだから。
「……分かりません。なぜ、そこまで人間を憎むんですか?」
「……ふんっ。そんなこと、アンタに教える義理は無いわ。それに、ほら、とうとう完成したわよ?」
少女が右手を翳すのは、完全となった魔法陣。
風属性の上級魔法、【スパイラル・サイクロン】。
それは、魔力の供給が絶たれるまで、永遠に対象を閉じ込めて切り刻む竜巻を作り出す魔法。
しかし、あの女なら、死体を細切れにするまでやりかねないな。
たとえ、そうなっても俺なら回復が可能だけど、受験者が死亡した時点で試験監督が強制介入する手筈となっている。
そこで魔法の停止を促して、受験者の回復、及び回収を行う訳だが、交戦者が試験監督の指示に従わない場合は、力づくで取り押さえた後、相手は失格となる。
その可能性を考慮して、いつでも動けるようにと構えた俺だったが、ある気配に気付いて構えを解いた。
……まぁ、あれだけ中級魔法を撒き散らして、今度は上級魔法を放とうってんだから、そりゃあ目立つよな。
ただし、そこで退避ではなく介入を選ぶのは、コイツくらいだろうけど。
「……力を示せと言われた場で、同族を人質に取り、戦闘を放棄するなんて、魔族の風上にも置けない。……試験の趣旨にも反してる」
「……くくっ。アハハハハ! まさか、こんな所で魔界の姫様と会えるなんてね!」
「魔界の……姫様? それじゃあ、あの子が……」
そう、アイネのピンチに颯爽と駆け付けたのは、魔界の頂点に君臨する魔王の愛娘、月の司祭ルミナリエだった。
その小さな手には、凶悪な存在感を放つ黒銀の大鎌が握られており、肩には漆黒の鴉が止まっている。
「それで? 大好きな魔王が愛した人間を痛めつけるのは、娘として許さないって? それとも、アンタ自身が人間を愛しちゃってるとか? どっちにしても下らないけど♪」
司祭というより、むしろ死神という二つ名が似合いそうな、ルミナリエに対して、心の底からバカにしていると確信できる口調で挑発する少女。
アイツ、ひょっとしたら俺よりも勇者なんじゃなかろうか?
しかし、そんな魔族の少女に対する、ルミナリエの反応は――、
「……かわいそう」
バカにされた怒りでもなく、相手を見下した嘲りでもなく、純粋な同情だった。
「……ハァ?」
案の定、相手の額には青筋が浮かび、その口元がヒクヒクと引きつっている。
そりゃあ面と向かって言われた本人は煽られたとしか感じないよな。
第三者から見たら、ルミナリエが本気で少女の事を憂いていると分かるけどさ。
「……何が貴方をそこまで歪めたの? 人間に親を殺されたの?」
相変わらず、無表情で眠たそうな瞳の割に、グイグイと踏み込んで行くな!
地雷原を裸足で駆け回るような所業に見てるこっちがハラハラするんだけど!
「うっさいわねぇ! こっちは人質を握ってんのよ!? ……えっ」
「……もう取り返した」
その言葉通り、ルミナリエの足元には、魔族の少年が横たわっていた。
少女が怒りに我を忘れた瞬間を狙って、転移魔法で引き寄せたようだ。
自分と接点を持たない相手を転移させるのは、普通の転移よりも、一段上の難易度になるんだけど、アッサリと成し遂げたな。
どれだけ優れた空間認識能力を身に着けてるんだか。
「な……ん……」
あまりにも呆気なく、あまりにも理不尽に、あまりにも隔絶した力の差を見せ付けられて、開いた口が塞がらない少女。
そんな彼女を尻目に、ルミナリエは視線をアイネに向けた。
「……ここから先は貴方の番。正々堂々の戦いなら横槍を入れる気は無い。外野に邪魔はさせないから、好きに決着を付けると良い」
「あ、ありがとうございます!」
「……同じ新入生候補。敬語は要らない」
「……うん、分かった!」
魔界の姫様と呼ばれる相手から対等な関係を望まれて嬉しかったのか、今までで一番の笑顔を見せるアイネ。
やっぱり、学生同士の遣り取りは、こういう爽やかなものでないとな。
いい加減、ドロドロした恨みや憎しみにはウンザリしてたので、余計に輝いて見える。
しかし、そんな青春の一幕を塗りつぶすかのように、暗い影が辺りに広がった。
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