全ての魔法を極めた勇者が魔王学園の保健室で働くワケ

雪月 桜

使い魔

「シルクさん……。あの人は、もしかして。……って、そんな訳ないよね?」

ミラノによる強制転移から、わずか数秒後。

俺はアイネの魔力を目印にして、彼女の近くまで再び転移した。

しかし、アイネは俺の転移に気付いていないようで、はからずも彼女のひとり言を盗み聞きする形となった。

「……アイネ?」

「ひゃわぁぁぁっ!? シ、シルクさん? 何で、ここにっ?」

「いや、何でも何も、さっきの転移の後に自力で来ただけだ。教会から広場まで移動する時にも見せただろ、転移魔法」

「あ、あぁ。なるほど、そうでしたね……ん? でも、どうして、わざわざ私の所に?」

「あー、それは、ほら、何となく心配だったから?」

「あははっ。何で疑問形なんですか? でも、ありがとうございます。……私、故郷では下から数えた方が早いくらい、戦闘が苦手で。正直、不安だったんです。だけど、シルクさんが来てくれて、少し緊張がほぐれました」

心配というのは、主にアイネが引き寄せるであろうトラブルの事だけど、一応、彼女自身の事も含まれている。

とはいえ、これが試験で、彼女が受験者である以上、俺の力を貸す訳にはいかない。

俺の仕事は、あくまでも試験を円滑えんかつに進め、そして穏便おんびんに終わらせる事だ。

そのために、波乱が予想される彼女の近くに来た訳だけど、良く考えたら声まで掛ける必要は無かったな。

適当に気配を消して尾行びこうすれば良かった。

だけど、いまさら離れるのは明らかに不自然だし、試験監督だとバラすのも変に意識させそうだよなぁ。

……うん、完全に対応を間違えた。

取りえず、このまま受験者のフリをして、同行するか。

「……シルクさん?」

「っと、悪い。ちょっと考え事をな。それにしても、意外だな。確か、地元では太陽の巫女みこと呼ばれてるんだろ?」

「えぇっと、それは、まぁ、そうなんですけど。でも、それは別に特別な事じゃなくて。私が暮らしてる里では、婆様ばばさまが皆に異名いみょうを与えるんです」

「なるほど、つまり強さは関係ないと。でも巫女って事は何かしらの祭事にでも関わってたのか?」

「えと、そ、そんな感じです!」

何やら曖昧あいまいな笑みを浮かべて誤魔化されてしまった。

まぁ、積極的に語りたくない事情なんて、誰しも持ってるもんだしな。

深く追及した所で、お互いに良い事は無さそうだ。

「ちなみに、戦闘が苦手って話だけど、どんな魔法が使えるんだ?」

だから、早急に別の話題に切り替える。

こんな事で気疲れさせたら申し訳ないしな。

それに、この話題なら、たとえ隠したい魔法があっても、言わなきゃ良いだけだし、問題ないだろう。

「まともに使えるのは身体強化と、その応用だけですね。他はほとんど制御が出来なくて。それと里には魔法を使える先生が居なかったので、魔王学園に入ったら、たくさん勉強して、色々な魔法を制御できるようになりたいです!」

「学園で学びたい事が明確になってるのは良い事だな。教官から教わる事を漫然と吸収してるだけだと、いくら才能があっても開花しないし」

ふーむ、だけど今の話を聞く限りだと典型的な近接タイプだな。 

遠距離魔法の素養がある奴は、何も教わらない内から手足の様に制御できるものだし。(といっても、もちろん初級魔法から少しずつだが)

身体強化と、その応用まで身に着いてるのに、他は全く駄目となると、学園で理論を学んでも、習得できる遠距離魔法は、せいぜい中級がせきの山だろう。

……というのが、一般的な統計から導き出される推測なんだけど。

何となく、この子には当てまらない気がするんだよな。

「ありがとうございます。……でも、本当なら――」

「ホホーッ」

「わっ!? びっくりした……」

アイネのセリフをさえぎって、彼女の頭の上に現れたのは、白いフクロウだ。

恐らく、アイネの使い魔だろうが、彼女が呼び出した様子も無いのに、何で急に出てきたんだ?

しかも、コイツ、鳴き声がメチャクチャ棒読みなんだけど。

その上、目も閉じてるし、つばさの広げ方も中途半端だし、やる気があるのかと言いたい。

……その割には不自然に強力な魔力も感じるしな。

「こらっ、また勝手に出てきて。だめでしょ、バド。戻りなさいっ」

「そのフクロウ、“バド”って名前なのか? 自発的に出てくる使い魔なんて初めて見たぞ」

「はいっ、私の家名のバードウェイから取りました。あとは相棒バディもじったものでもありますね。勝手に出てくるのは里でも、この子だけだったんですけど、やっぱり私が未熟なせいでしょうか?」

「……どうだろうね。少なくとも、俺は使い魔を生んで無いから、いい加減な事は言えないな」

ちなみに、使い魔は主人の魂を分けた分身のような存在だ。

だから記憶も五感も共有していて、逆らう心配もない。

ただし、使い魔が攻撃されると本体の魂にもダメージが伝わってしまうので注意が必要だ。

後遺症のようなものは無く、反動も時間経過で回復するものの、一時的に戦闘力が大幅ダウンするからな。

……それにしても、主人の命令無しに動く使い魔か。

いや、それだけじゃない。

『こらっ、また勝手に出てきて。だめでしょ、バド。戻りなさいっ』

先程のアイネの言葉。

それほど迫力は無かったが、使い魔に対してハッキリと“命令”している。

にもかかわらず、バドは平気な顔でアイネの頭に居座いすわったままだ。

それと、ずっと気になっていた事がある。

それは、アイネの魔力の波長に僅かなノイズが見られる事だ。

だけど、ここまで観察した限り、アイネの体調には異常が見られないし、本当に些細ささいな乱れだから、気のせいかと思っていた。

しかし――、

白フクロウが出てきたタイミング。

不可解な魔力のノイズ。

勝手に出てくる使い魔。

これだけ要素が重なると、アイネの置かれた状況について、ある仮説が浮かんでしまう。

あまり気分の良い想像ではないし、当たっていたら厄介やっかいな火種になりかねないな。

「……あんまり、困らせるなよ?」

そう言って、俺は白フクロウをでた。

初対面の相手に体を触られても、特に警戒することなく、されるがままだ。



「ッ?」

流石さすがに、ここまで干渉されると気が付くか。

だけど、もう作業は終わったし、気取けどられた感触もない。

これなら、大丈夫だろう。

「少しフリーダムすぎるけど、良い使い魔だな」

「……えへへっ。ありがとうございます!」

さて、後は、この仕掛けが活躍しない事を祈るしかないな。

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