全ての魔法を極めた勇者が魔王学園の保健室で働くワケ

雪月 桜

太陽の巫女

「いっけない! 遅刻、遅刻ぅ! ……きゃあ!?」

「うぉっと!? ――おいっ、そっちは大丈夫か? どこか怪我けがした所は?」

慌てて教会から飛び出そうとした俺は、同じく慌てて教会に飛び込んで来た赤髪の少女と正面からぶつかり、思わず尻餅しりもちをついた。

もちろん、この程度で怪我するようなやわきたえ方はしてないが、相手は別だ。

すぐさま立ち上がった俺は、倒れたままの少女に駆け寄り、手を差し出した。

「いたたたた……。えっと、はい大丈夫です。少し、お尻がジンジンしますけど、すぐに治ると思います」

素直に俺の手を取った少女は、ルビーのような赤い瞳をうるませ、苦笑しつつも、危なげなく立ち上がった。

この様子を見る限り、どうやら本当に怪我は無さそうだな。

医療スタッフの身で生徒(仮)に怪我させてたら、ヴェノにも合わせる顔が無い。

「それは良かった。ゴメンな、急に飛び出して」

「いえいえ! 私の方こそ、不用心に飛び込んで、すいませんでした! 手を貸してくれて、ありがとうございます!」

手を重ね、礼儀正しく、お辞儀して、ニコリと笑顔を浮かべる少女。

その立ち振る舞いは妙に様になっていて、先程の慌ただしい姿とは、まるで別人だ。

それにしても、この子は、一体いつの時代の人間だろう?

あの登場の仕方は、さながら、100年前に流行はやってた娯楽小説のヒロインみたいだったぞ。

良く見たら、着てる服も赤と白の振袖ふりそでだし……何故か、ミニスカートだけど。

そんな俺の視線に気付いた彼女は、いったい何を思ったのか、その場でクルリと回って見せた。

「えへへっ。可愛いでしょう? 試験に気合が入るようにって、婆様ばばさまが新調してくれたんです。……って、そうだ! 試験会場って、ここで合ってますか!?」

やっぱり入学試験の受験者だったのか。

このタイミングで、遅刻とか言ってたから、そうだと思った。

だけど、何をどう勘違いして、教会が会場だと思ったのやら。

「残念だけど、会場はここじゃない。それと集合時間まで、あと1分だ」

「えぇっ!? 大変じゃないですか! 貴方あなたも受験者ですよね? 落ち着いてる場合じゃないですよ!?」

……ん?

ああ、そうか。

そう言えば、俺も現代なら学生をやってても、おかしくない歳なんだっけ。

100年前なら、俺くらいの歳の奴は何かしらの職にいてたからなぁ。

これも平和な時代になった証だろうか。

まぁ、そもそも、この学園は歳に関係なく入学できる訳だけど。

「いや、俺は……って、そんな話をしてる時間は無いな。……仕方ない。悪目立ちするのは嫌だけど贅沢ぜいたくは言ってられないか」

俺のせいで、この子まで遅刻したら洒落しゃれにならないし。

「あの何を言って……きゃっ!?」

「すまん、手を借りるぞ」

「握ってから言わないで下さい!」

少女の苦情を甘んじて受けつつ、転移の魔法陣を描く。

そして、先日に顔合わせした、とある教官の魔力を目印にして、行き先を指定する。

「跳ぶぞ」

「へっ、わぁぁぁ!?」

まばゆい光が俺と少女の身体を包み、全身の感覚が消失する。

そして、一瞬の停滞の後、俺の視界は緑に埋め尽くされていた。

ここは、第2演習場の前にある広場。

奥に見えるのは、学園の敷地の一角をめる広大な樹海である。

そして、周囲からは動揺に満ちた喧騒けんそうがザワザワと聞こえてきた。

「お、おい。あの二人、いきなり現れたぞ! まさか転移魔法か!?」

「バカ言うなよ。人間なんかに、そんな超高等魔法が使えるわけ無いだろ? 魔族ですらほとんど使い手がいないんだぞ?」

「そ、そうよ。それに、そんな魔法が使える術者なら、いまさら学園に通う必要なんて無いわ!」

「そ、そうだよな! どうせ隠蔽いんぺい魔法か何かで隠れてたに決まってらぁ」

「……まったく、おどかさないでよね。弱い癖に目立ちたがり屋なんだから」

うーん、これはまた予想どおりの反応だ。

ヴェノからあらかじめ聞いてはいたけど、人間と交流を持つようになっても、魔族の優越感は相変わらずらしい。

まぁ実際、一対一で戦えば、ほぼ間違いなく魔族が勝つからな。

増幅器官ブースターの有無は、それだけ戦力差に直結するという事だ。

とはいえ、戦闘以外の分野では人間の魔法も馬鹿に出来ないし、単純な優劣で語れる問題じゃ無いんだけど。

それに、どんな事にもは付き物だし。

「こらー! そこの二人! 遅刻ギリギリッスよ! 早く列に加わるッス! あと、周りの連中も私語はつつしむッスよ!」

整列した生徒達の前で大声を張り上げている短髪の女は、魔王学園の教官、ミラノだ。

何故か家名は伏せられてしまったが、別に興味もないので聞かなかった。

根っからの体育会系で体力馬鹿。

俺よりも年上だが、先に雇われたという理由でセンパイと呼んでくるし、タメ口を使わないとねるという良く分からない奴。

人間という理由で突っかかってこないのは有りがたいけど、常に高いテンションで絡んで来るので、鬱陶うっとうしいことに変わりはない。

今のも、俺に気付いた上で列に並べと言ったんだろうな。

どうやら完全に面白がっているらしい。

俺は、本来なら森に入って待機する予定だったけど……良いだろう、その茶番に付き合ってやる。

少し気掛かりな事もあるしな。

「行くぞ」

「……えっ、あっ、はい」

少女の手を引いてうながしたものの、転移魔法を経験するのは初めてなのか、まだ微妙に放心気味だ。

この状況で騒がれたり、質問攻めにされるよりはマシだから、別に良いけどな。

そうして俺達が列に並んだのを見届けると、ミラノは再び声を口を開いた。

「それではっ、まず試験内容の確認から始めるッスよ! 一次試験の内容は、この森で行われるバトルロイヤル! 合格の最低ラインは、試験終了まで生き残ること! ただし、細かい評価基準は明かしません! 皆さんは、ただ思うがままに【力】を示して下さい! 万が一、他の受験者をっちゃっても、優秀な医療スタッフが待機してますので、ご心配なく! とはいえ、相手を殺すのが、どんな評価に繋がるのか、キチンと自分で考えるッスよ! それでは最後に、行動の指針となるヒントを出しましょう! この魔王学園は、魔界の未来を担う人材の育成を目的として作られています! その意味を良く考えて、試験にのぞんで下さいッス!」

そこから二、三点の注意事項・連絡事項を挟んで、ミラノは大きく息を吸った。

そして――、

「それでは、一次試験、スタートッスぅぅぅ!」

試験の開始を高らかに宣言した。

次の瞬間、俺達全員の身体が光に包まれる。

そして、足元には転移魔法陣が浮かぶ。

森中に仕掛けておいた目印の座標に、受験者を送り込むためだ。

「あのっ! 私はアイネ・バードウェイです! 故郷では【太陽の巫女みこ】と呼ばれてました! お互い頑張りましょう!」

「おう。俺はシルク・スカーレット。また後で会おうぜ」

「…………えっ? その名前って――」

少女の言葉は、そこで途切れ、俺の感覚も闇にさえぎられた。

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