全ての魔法を極めた勇者が魔王学園の保健室で働くワケ
ルクスリアの恋
「ここが、男子寮の職員エリアとなります。一番奥の部屋が空いていますので、自由に使ってください」
あれから、お互い何となく無言になってしまい、俺達は、あっという間に男子寮まで辿り着いた。
そして、エントランスにある階段を上って2階に上がると、ルクスリアが廊下の突き当たりを示して、そう言ったんだ。
「了解。ありがたく使わせてもらうよ」
「施錠は魔導錠を用いて行いますが、問題ありませんか?」
「あぁ、心配ない。扉を壊した方が手っ取り早いくらい、複雑な暗号にしておくよ」
ちなみに、魔導錠とは、各個人の魔力を利用した鍵の形式だ。
魔力の波長は人によって異なるため、色々な場面で個人の識別に利用されている。
まぁ、超一流の使い手なら魔力の波長を解析して模倣し、悪用したりも出来るんだけど、そのクラスになると他の形式の鍵も開けられる筈だから、気にしても仕方ない。
どうしてもと言うなら、登録する魔力を複雑に暗号化する事も出来るけど、慣れない奴がやると、自分でも開けられなくなるので注意が必要だ。
一般的には、魔導錠が最も複製困難な鍵だと言われているし、紛失や盗難の心配も無いので、警備が厳重な場所では好んで利用されている。
その代わり、魔力を読み取る機構の製作にコストが掛かるので、平民の家なんかでは使われてないけど。
「ふふっ、貴方の場合は侵入者を返り討ちにした方が早そうですけどね。……その、先程は、つい感情的になって、色々と本音をぶちまけてしまい、すみませんでした。気を悪くされたのではないですか?」
俺が口を噤んだのは、自分が不快な思いをさせた所為だと考えたのか、ルクスリアが申し訳なさそうに様子を伺ってくる。
けど、コイツに下手に出られると調子狂うんだよなぁ。
ぜんぜんキャラに合ってないし、そもそも、そんな理由で黙った訳じゃない。
「別に不快な思いなんてしてねぇよ? むしろ、感心というか、尊敬というか、とにかく、お前の忠誠心に色々と考えさせられてな。それで何も言えなくなってただけさ」
実際、故郷や同族を見捨てた今の俺からしたら、国のために尽くす彼女の姿は眩し過ぎる。
正直、羨ましいくらいだ。
「……でしたら、もう少しだけ付き合って頂けますか? 先程は私の話を聞いて貰いましたが、今度は貴方の話が聞きたいのです。かつて魔王様と戦い、これから同じ道を歩んでゆく、貴方のことを」
「……何を期待してるか知らないけど、特に面白い話は無いぞ?」
ルクスリアの真っ直ぐな視線に、茶化す事も出来ず、俺は扉を開けて中へ促した。
どうやら、既に必要最低限の家具は搬入されているようで、部屋の中には真新しいベッドや、机、椅子、空っぽの棚なんかが置かれていた。
壁には、大きめの収納スペースもあり、全体的に広々としているが、風呂もトイレも台所も無いワンルームだ。
どうやら、その辺は全て共有らしいな。
取り敢えず、部屋の明かりを点け、空気を入れ替えるために窓を開けた。
ひんやりと澄んだ夜風が頬を撫でて、部屋に流れ込む。
そして、ここから見える夜景を一望して、クルリと振り返った。
「……ん? そんな所で何してんだ? 早く入ってこいよ」
ルクスリアは、何故か入り口の所で顎に手をやり、何事かを考え込んでいた。
そして、極めて真剣な顔で口を開く。
「いえ、よくよく考えたら、プライベートで異性の部屋を訪れるのは初めてだと思いまして。それも、こんな遅い時間に。なので、大切な初体験を捧げる相手が魔王様でなくて良いのか。このまま何となく雰囲気で押し倒されたりしないかと自問自答しておりまして」
「真面目な顔して、なに馬鹿なこと言ってんだか……。用が無いなら、俺は寝るぞ」
そう言って、ベッドに倒れ込むように、うつ伏せになり、枕に顔を埋める。
あ~、めっちゃ柔らかくて良い匂いがする。
どうやら、ここの職員は家政婦さんまで、一流らしいな。
それに引き換え、コイツときたら。
まぁ、見るからに仕事人間だし、魔王一筋だから男慣れしてないのは分かるけど、もう少し何とかならないものか。
「冗談ですよ。魔王様が認めた貴方の事は、それなりに信用してますから。それに、これは、あくまで身辺調査の一環。つまり仕事の延長ですから、ノーカウントです」
「別に、そこの拘りは興味ないけど。……それで、俺の何が聞きたいんだ?」
体は起こさず、寝返りを打って仰向けになり、顔だけルクスリアの方に向ける。
少し失礼な格好だけど、横になった途端に起き上がる気力を失ってしまったので勘弁してほしい。
どうやら、転生の影響で思ったよりも疲労が溜まっているらしいな。
「そうですね。基本的なプロフィールは、こちらで勝手に調査できるので、貴方自身しか知らない事を中心に聞きたいです。例えば……何故、貴方は勇者になったのですか?」
勇者……ねぇ。
最初の内は、そう呼ばれるのも悪くなかった。
それまでの努力が、ようやく認められた気がして。
だけど、今となっては忌々しい響きにしか聞こえないな。
「……別に、なりたくてなった訳じゃない。俺は、ただ大切なものを守りたかっただけだ。そうして戦ってるうちに、聖剣の使い手として選ばれた。それから周りが勝手に勇者と呼ぶようになったって訳だ」
俺の言葉に棘が宿っているのを感じたのか、ルクスリアが悲しそうに目を伏せた。
しかし、首を横に振って、すぐさま気持ちを切り替えたようで、既に動揺の色は無い。
「……そうですか。貴方にも色々と複雑な事情があるのですね。ところで、聖剣とは、どのような物なのですか? 魔王様と話していた時にも少し触れていましたが、呪われた偽物だったとか」
これ以上、踏み込むのは良くないと思ったのか、あっさりと話題を変える、ルクスリア。
こういう繊細な心の機微を正確に察して、気遣い出来る当たり、さすが魔王の側近だな。
まぁ、ヴェノの代わりに魔界を統治しているらしいし、人の上に立つ者としては必須の能力か。
「聖剣に関しては、あの時に話した事が、ほぼ全てだぞ? 人界に代々受け継がれてきた秘宝。調和の聖剣エクスベリオン。乱れた摂理を正し、均衡を保ち、相容れないものを融和させる力を持つとされる聖なる剣。だけど、俺が手にしたのは、呪いに蝕まれた偽物だった。それによって強大な力を得たものの、魔族への憎しみを増幅され、魔族を殺すための殺戮人形に仕立て上げられたのさ」
「そんな貴方を救ったのが魔王様だったのですね? 転生という神業を成し遂げてまで」
「あぁ、ヴェノには、どれだけ感謝しても足りないよ」
「……ですが、せっかく呪いも解け、魔族との争いも終わりを迎えたのに、なぜ貴方は人界に帰ろうとしないのですか? 入学試験だって、まだ3ヶ月も先ですし、少しくらい里帰りしても――」
「人界に俺の帰るべき場所は無い。それが全てだ」
これに関しては、いくら聞かれても答える気はない。
そんな意志をハッキリ感じ取ったのか、ルクスリアは無理に追求をしなかった。
「……そう言えば、魔王様が言っていましたね。私単独では貴方の相手は荷が重いと。どうです? ここは手合わせをして勝った方が何でも命令できるというのは?」
代わりに、重くなった空気を散らすように、おどけた口調で提案をしてきた。
その挑戦を受ける気は無いけど、気遣いはありがたく頂戴しようか。
「やめとけ、やめとけ。相手は例の鎖を引き千切った馬鹿力の持ち主だぞ?」
「断魔の鎖ですね。あれって、本当に力で壊したんですか? ……実は、貴方の魔力特性とやらが関係してるのでは?」
ほう、流石に目の付け所が良いな。
確かに、あれを砕いたのは、俺の魔力特性によるものだ。
だけど、その内容まで話してやる義理は無い。
せいぜい頑張って、自力で謎を解いて貰うとしよう。
「さぁ、どうだろうな? それにしても、あんな便利なマジックアイテムが発明されてるなんて驚いたぞ。100年前には無かったからな」
「貴方が相手だと、全く拘束になって無かったですけどね。私も魔力には自信がありますけど、あれほど容易く脱出するのは不可能です」
「……そういや、お前の増幅器官って、何処にあるんだ?」
ルクスリアの身体には、特に人間との差異が見受けられない。
まぁ、肌は青白いけど、それは魔族全体に共通した特徴で増幅器官とは関係ないしな。
「あー、もしかして、私のようなタイプは見た事ないんですか? ……ちょっと、待ってて下さいね」
ルクスリアは、そう言って、おもむろにシャツのボタンを下から外し始めた。
「……って、ちょ、いきなり何やってんだ!」
あまりの驚きで、思わずベッドから起き上がる。
「何って……シャツを脱いでるだけですけど?」
「だけって何だよ、大問題だろ! 羞恥心ってもんが無いのか!」
「裸になった訳でもないのに、ウブですねぇ。あっ、ひょっとして、期待しました?」
「してねぇし!」
「と言いつつ、視線を逸らす事もなく、バッチリ見てるんですよねぇ」
そう言いながら、どんどんボタンを外していく、ルクスリア。
そして、胸の下辺りまでボタンを外した所で、パサっとシャツを開いた。
「ちょ、おまっ!? ……えっ、なんだそれ」
ルクスリアの暴挙に慌てて目を塞いだ俺だけど、一瞬だけ見えた腹部に違和感を覚えて、瞼を開く。
そして、惜しげもなく晒された、お腹を見ると、スッと切れ目の入った、おへその辺りから胸元に掛けて、何かの紋章が浮かんでいた。
それは薄らと発光していて、微力ながら魔力も放っているようだ。
もしや、これが、ルクスリアの増幅器官?
色々な魔族を見てきたけど、こんなタイプは初めて見るぞ。
「そ、そのぅ。流石に、そこまで見られると恥ずかしいのですが」
あまりにも物珍しくて、至近距離からマジマジと観察していると、頭上から僅かに震えたような声が聞こえた。
反射的に顔を上げると、真っ赤になったルクスリアが瞳を潤ませて、ぷるぷるしていた。
「わ、悪いっ! つい夢中になって!」
「つい夢中にって……。どれだけ、私のおへそに見惚れてたんですか? へそフェチなんですか?」
「眼鏡の件といい、お前は何でもかんでもフェチに繋げ過ぎだからな?」
それに、俺は別に、おへそに興味なんて……。
「ほらっ! やっぱり見てるじゃないですか!」
「……ハッ!? べ、別に、改めて良く見たら、ビックリするくらい形が整ってて、切れ長の綺麗なおへそだな、とか思ってねぇから!」
「思ってるじゃないですか! 形までバッチリ見た上での感想じゃないですか!」
「うっせぇ! 元はと言えば、お前が急に脱ぎ出して見せ付けたんだろうが!」
「私は親切で紋章を見せただけです! まさか、おへその方に食い付くなんて思わないじゃないですか!」
そのままギャーギャーと喚き散らしていた俺達だけど、暫くして力尽きた。
「……ぜぇぜぇ。……はぁ。貴方なら、きっと魔王様とも、こんな風に対等に話せるんでしょうね……」
「……なんだ……急に……」
荒れた息を整えながら、脈絡のないルクスリアの言葉に反応する。
「私は……貴方が羨ましくて、そして妬ましいです。あんなに気さくで……楽しそうな魔王様は初めて見ました。しかも、渾名で呼ぶ事も許されて……。それに引き換え、私は何処まで行っても優秀な部下でしかなく、あの御方の特別にはなれないんですから……」
常に強気で、自信満々。
今まで、ルクスリアに抱いていたのは、そんな印象だ。
だから、そんなルクスリアが弱音を吐くなんて思いもしなかった。
出会って数時間で何を知った気になってるんだという話だけどな。
「……お前、ヴェノの事が好きなんだな。敬愛する主として、だけじゃなく、一人の男として」
「……えぇ。ですが、私の前に立ちはだかる壁は、あまりにも高く、願いが叶うとは到底、思えません」
……まぁ、相手は、あの魔王様だからな。
その立場を考えれば、ライバルになる女性は多いだろうし、求められる能力も高いだろう。
そして、仮に願いが成就したとしても、王妃として多大なプレッシャーと向き合う事になるだろう。
そんな未来を思うと、心が折れそうになるのも理解できる。
だけど――、
「諦めるつもりは微塵も無いんだろう?」
「……はい」
そう、たった数時間の付き合いだけど、ルクスリアという女性の強さは充分に分かってる。
コイツは、どれだけハードルが高くても、諦めるような奴じゃない。
「だったら、気の済むまでチャレンジすれば良いじゃないか。どれだけ壁が高くたって諦める必要なんかない。俺も恋愛関係は疎いから、アドバイスとかは出来ないけど、愚痴や弱音なら聞いてやれるし、心が折れそうになったら、いくらでも励ましてやるからさ」
コイツが良い奴だってのは、もう分かってるし、魔王との仲も良好そうだった。
それは、あくまで主と配下の関係かも知れないけど、だからこそ、応援してやりたい。
そう思ってたんだけど――、
「……そうですよね! 既婚者だけど愛さえあれば関係ないですよねっ!」
「ああ、そうさ! たとえ既婚者だって………………ん?」
コイツ、いま、なんて言った?
「いやぁ、シルクさんに背中を押して貰えて、私も自信が持てました! そうですよね。相手は魔王様なのですから、妾の1人や2人いた所で問題ないですよね!」
「ちょ、ちょっと待て! ヴェノって、もう嫁がいるのか?」
「へっ? いまさら何を言ってるんですか? 奥方様は勿論、お子様もいらっしゃいますよ? でも、その上で、シルクさんは言ってくれましたよね。壁が高くても諦める必要なんかない。気の済むまで、チャレンジすれば良いって」
知らねぇぇぇ!
誰が既婚者相手に、別の女をけしかけるか!
えっ、大丈夫だよね?
ヴェノとか、その嫁さんとかに怒られたりしないよね?
「あっ、ちなみに、奥様にもヴェノって呼ばれてるんですよ、魔王様」
どうでもいいわ!
けど、納得した、あの時、ヴェノが笑ってたのは、そういう事だったのか。
嫁と全く同じセンスで渾名を付けてたら、そりゃあ笑うよな!
「さて、そうとなれば、明日から忙しくなりますね! 私、もう帰って寝ます! 今夜は、お付き合い頂き、ありがとうございました!」
「ちょ、待て! 俺は、そんなつもりで言ったんじゃ……あぁ」
あっという間に遠ざかるルクスリアの背中を見て、俺は誓った。
今後、ルクスリアの話を聞くときは、二度と迂闊に同意しないよう気を付けようと。
あれから、お互い何となく無言になってしまい、俺達は、あっという間に男子寮まで辿り着いた。
そして、エントランスにある階段を上って2階に上がると、ルクスリアが廊下の突き当たりを示して、そう言ったんだ。
「了解。ありがたく使わせてもらうよ」
「施錠は魔導錠を用いて行いますが、問題ありませんか?」
「あぁ、心配ない。扉を壊した方が手っ取り早いくらい、複雑な暗号にしておくよ」
ちなみに、魔導錠とは、各個人の魔力を利用した鍵の形式だ。
魔力の波長は人によって異なるため、色々な場面で個人の識別に利用されている。
まぁ、超一流の使い手なら魔力の波長を解析して模倣し、悪用したりも出来るんだけど、そのクラスになると他の形式の鍵も開けられる筈だから、気にしても仕方ない。
どうしてもと言うなら、登録する魔力を複雑に暗号化する事も出来るけど、慣れない奴がやると、自分でも開けられなくなるので注意が必要だ。
一般的には、魔導錠が最も複製困難な鍵だと言われているし、紛失や盗難の心配も無いので、警備が厳重な場所では好んで利用されている。
その代わり、魔力を読み取る機構の製作にコストが掛かるので、平民の家なんかでは使われてないけど。
「ふふっ、貴方の場合は侵入者を返り討ちにした方が早そうですけどね。……その、先程は、つい感情的になって、色々と本音をぶちまけてしまい、すみませんでした。気を悪くされたのではないですか?」
俺が口を噤んだのは、自分が不快な思いをさせた所為だと考えたのか、ルクスリアが申し訳なさそうに様子を伺ってくる。
けど、コイツに下手に出られると調子狂うんだよなぁ。
ぜんぜんキャラに合ってないし、そもそも、そんな理由で黙った訳じゃない。
「別に不快な思いなんてしてねぇよ? むしろ、感心というか、尊敬というか、とにかく、お前の忠誠心に色々と考えさせられてな。それで何も言えなくなってただけさ」
実際、故郷や同族を見捨てた今の俺からしたら、国のために尽くす彼女の姿は眩し過ぎる。
正直、羨ましいくらいだ。
「……でしたら、もう少しだけ付き合って頂けますか? 先程は私の話を聞いて貰いましたが、今度は貴方の話が聞きたいのです。かつて魔王様と戦い、これから同じ道を歩んでゆく、貴方のことを」
「……何を期待してるか知らないけど、特に面白い話は無いぞ?」
ルクスリアの真っ直ぐな視線に、茶化す事も出来ず、俺は扉を開けて中へ促した。
どうやら、既に必要最低限の家具は搬入されているようで、部屋の中には真新しいベッドや、机、椅子、空っぽの棚なんかが置かれていた。
壁には、大きめの収納スペースもあり、全体的に広々としているが、風呂もトイレも台所も無いワンルームだ。
どうやら、その辺は全て共有らしいな。
取り敢えず、部屋の明かりを点け、空気を入れ替えるために窓を開けた。
ひんやりと澄んだ夜風が頬を撫でて、部屋に流れ込む。
そして、ここから見える夜景を一望して、クルリと振り返った。
「……ん? そんな所で何してんだ? 早く入ってこいよ」
ルクスリアは、何故か入り口の所で顎に手をやり、何事かを考え込んでいた。
そして、極めて真剣な顔で口を開く。
「いえ、よくよく考えたら、プライベートで異性の部屋を訪れるのは初めてだと思いまして。それも、こんな遅い時間に。なので、大切な初体験を捧げる相手が魔王様でなくて良いのか。このまま何となく雰囲気で押し倒されたりしないかと自問自答しておりまして」
「真面目な顔して、なに馬鹿なこと言ってんだか……。用が無いなら、俺は寝るぞ」
そう言って、ベッドに倒れ込むように、うつ伏せになり、枕に顔を埋める。
あ~、めっちゃ柔らかくて良い匂いがする。
どうやら、ここの職員は家政婦さんまで、一流らしいな。
それに引き換え、コイツときたら。
まぁ、見るからに仕事人間だし、魔王一筋だから男慣れしてないのは分かるけど、もう少し何とかならないものか。
「冗談ですよ。魔王様が認めた貴方の事は、それなりに信用してますから。それに、これは、あくまで身辺調査の一環。つまり仕事の延長ですから、ノーカウントです」
「別に、そこの拘りは興味ないけど。……それで、俺の何が聞きたいんだ?」
体は起こさず、寝返りを打って仰向けになり、顔だけルクスリアの方に向ける。
少し失礼な格好だけど、横になった途端に起き上がる気力を失ってしまったので勘弁してほしい。
どうやら、転生の影響で思ったよりも疲労が溜まっているらしいな。
「そうですね。基本的なプロフィールは、こちらで勝手に調査できるので、貴方自身しか知らない事を中心に聞きたいです。例えば……何故、貴方は勇者になったのですか?」
勇者……ねぇ。
最初の内は、そう呼ばれるのも悪くなかった。
それまでの努力が、ようやく認められた気がして。
だけど、今となっては忌々しい響きにしか聞こえないな。
「……別に、なりたくてなった訳じゃない。俺は、ただ大切なものを守りたかっただけだ。そうして戦ってるうちに、聖剣の使い手として選ばれた。それから周りが勝手に勇者と呼ぶようになったって訳だ」
俺の言葉に棘が宿っているのを感じたのか、ルクスリアが悲しそうに目を伏せた。
しかし、首を横に振って、すぐさま気持ちを切り替えたようで、既に動揺の色は無い。
「……そうですか。貴方にも色々と複雑な事情があるのですね。ところで、聖剣とは、どのような物なのですか? 魔王様と話していた時にも少し触れていましたが、呪われた偽物だったとか」
これ以上、踏み込むのは良くないと思ったのか、あっさりと話題を変える、ルクスリア。
こういう繊細な心の機微を正確に察して、気遣い出来る当たり、さすが魔王の側近だな。
まぁ、ヴェノの代わりに魔界を統治しているらしいし、人の上に立つ者としては必須の能力か。
「聖剣に関しては、あの時に話した事が、ほぼ全てだぞ? 人界に代々受け継がれてきた秘宝。調和の聖剣エクスベリオン。乱れた摂理を正し、均衡を保ち、相容れないものを融和させる力を持つとされる聖なる剣。だけど、俺が手にしたのは、呪いに蝕まれた偽物だった。それによって強大な力を得たものの、魔族への憎しみを増幅され、魔族を殺すための殺戮人形に仕立て上げられたのさ」
「そんな貴方を救ったのが魔王様だったのですね? 転生という神業を成し遂げてまで」
「あぁ、ヴェノには、どれだけ感謝しても足りないよ」
「……ですが、せっかく呪いも解け、魔族との争いも終わりを迎えたのに、なぜ貴方は人界に帰ろうとしないのですか? 入学試験だって、まだ3ヶ月も先ですし、少しくらい里帰りしても――」
「人界に俺の帰るべき場所は無い。それが全てだ」
これに関しては、いくら聞かれても答える気はない。
そんな意志をハッキリ感じ取ったのか、ルクスリアは無理に追求をしなかった。
「……そう言えば、魔王様が言っていましたね。私単独では貴方の相手は荷が重いと。どうです? ここは手合わせをして勝った方が何でも命令できるというのは?」
代わりに、重くなった空気を散らすように、おどけた口調で提案をしてきた。
その挑戦を受ける気は無いけど、気遣いはありがたく頂戴しようか。
「やめとけ、やめとけ。相手は例の鎖を引き千切った馬鹿力の持ち主だぞ?」
「断魔の鎖ですね。あれって、本当に力で壊したんですか? ……実は、貴方の魔力特性とやらが関係してるのでは?」
ほう、流石に目の付け所が良いな。
確かに、あれを砕いたのは、俺の魔力特性によるものだ。
だけど、その内容まで話してやる義理は無い。
せいぜい頑張って、自力で謎を解いて貰うとしよう。
「さぁ、どうだろうな? それにしても、あんな便利なマジックアイテムが発明されてるなんて驚いたぞ。100年前には無かったからな」
「貴方が相手だと、全く拘束になって無かったですけどね。私も魔力には自信がありますけど、あれほど容易く脱出するのは不可能です」
「……そういや、お前の増幅器官って、何処にあるんだ?」
ルクスリアの身体には、特に人間との差異が見受けられない。
まぁ、肌は青白いけど、それは魔族全体に共通した特徴で増幅器官とは関係ないしな。
「あー、もしかして、私のようなタイプは見た事ないんですか? ……ちょっと、待ってて下さいね」
ルクスリアは、そう言って、おもむろにシャツのボタンを下から外し始めた。
「……って、ちょ、いきなり何やってんだ!」
あまりの驚きで、思わずベッドから起き上がる。
「何って……シャツを脱いでるだけですけど?」
「だけって何だよ、大問題だろ! 羞恥心ってもんが無いのか!」
「裸になった訳でもないのに、ウブですねぇ。あっ、ひょっとして、期待しました?」
「してねぇし!」
「と言いつつ、視線を逸らす事もなく、バッチリ見てるんですよねぇ」
そう言いながら、どんどんボタンを外していく、ルクスリア。
そして、胸の下辺りまでボタンを外した所で、パサっとシャツを開いた。
「ちょ、おまっ!? ……えっ、なんだそれ」
ルクスリアの暴挙に慌てて目を塞いだ俺だけど、一瞬だけ見えた腹部に違和感を覚えて、瞼を開く。
そして、惜しげもなく晒された、お腹を見ると、スッと切れ目の入った、おへその辺りから胸元に掛けて、何かの紋章が浮かんでいた。
それは薄らと発光していて、微力ながら魔力も放っているようだ。
もしや、これが、ルクスリアの増幅器官?
色々な魔族を見てきたけど、こんなタイプは初めて見るぞ。
「そ、そのぅ。流石に、そこまで見られると恥ずかしいのですが」
あまりにも物珍しくて、至近距離からマジマジと観察していると、頭上から僅かに震えたような声が聞こえた。
反射的に顔を上げると、真っ赤になったルクスリアが瞳を潤ませて、ぷるぷるしていた。
「わ、悪いっ! つい夢中になって!」
「つい夢中にって……。どれだけ、私のおへそに見惚れてたんですか? へそフェチなんですか?」
「眼鏡の件といい、お前は何でもかんでもフェチに繋げ過ぎだからな?」
それに、俺は別に、おへそに興味なんて……。
「ほらっ! やっぱり見てるじゃないですか!」
「……ハッ!? べ、別に、改めて良く見たら、ビックリするくらい形が整ってて、切れ長の綺麗なおへそだな、とか思ってねぇから!」
「思ってるじゃないですか! 形までバッチリ見た上での感想じゃないですか!」
「うっせぇ! 元はと言えば、お前が急に脱ぎ出して見せ付けたんだろうが!」
「私は親切で紋章を見せただけです! まさか、おへその方に食い付くなんて思わないじゃないですか!」
そのままギャーギャーと喚き散らしていた俺達だけど、暫くして力尽きた。
「……ぜぇぜぇ。……はぁ。貴方なら、きっと魔王様とも、こんな風に対等に話せるんでしょうね……」
「……なんだ……急に……」
荒れた息を整えながら、脈絡のないルクスリアの言葉に反応する。
「私は……貴方が羨ましくて、そして妬ましいです。あんなに気さくで……楽しそうな魔王様は初めて見ました。しかも、渾名で呼ぶ事も許されて……。それに引き換え、私は何処まで行っても優秀な部下でしかなく、あの御方の特別にはなれないんですから……」
常に強気で、自信満々。
今まで、ルクスリアに抱いていたのは、そんな印象だ。
だから、そんなルクスリアが弱音を吐くなんて思いもしなかった。
出会って数時間で何を知った気になってるんだという話だけどな。
「……お前、ヴェノの事が好きなんだな。敬愛する主として、だけじゃなく、一人の男として」
「……えぇ。ですが、私の前に立ちはだかる壁は、あまりにも高く、願いが叶うとは到底、思えません」
……まぁ、相手は、あの魔王様だからな。
その立場を考えれば、ライバルになる女性は多いだろうし、求められる能力も高いだろう。
そして、仮に願いが成就したとしても、王妃として多大なプレッシャーと向き合う事になるだろう。
そんな未来を思うと、心が折れそうになるのも理解できる。
だけど――、
「諦めるつもりは微塵も無いんだろう?」
「……はい」
そう、たった数時間の付き合いだけど、ルクスリアという女性の強さは充分に分かってる。
コイツは、どれだけハードルが高くても、諦めるような奴じゃない。
「だったら、気の済むまでチャレンジすれば良いじゃないか。どれだけ壁が高くたって諦める必要なんかない。俺も恋愛関係は疎いから、アドバイスとかは出来ないけど、愚痴や弱音なら聞いてやれるし、心が折れそうになったら、いくらでも励ましてやるからさ」
コイツが良い奴だってのは、もう分かってるし、魔王との仲も良好そうだった。
それは、あくまで主と配下の関係かも知れないけど、だからこそ、応援してやりたい。
そう思ってたんだけど――、
「……そうですよね! 既婚者だけど愛さえあれば関係ないですよねっ!」
「ああ、そうさ! たとえ既婚者だって………………ん?」
コイツ、いま、なんて言った?
「いやぁ、シルクさんに背中を押して貰えて、私も自信が持てました! そうですよね。相手は魔王様なのですから、妾の1人や2人いた所で問題ないですよね!」
「ちょ、ちょっと待て! ヴェノって、もう嫁がいるのか?」
「へっ? いまさら何を言ってるんですか? 奥方様は勿論、お子様もいらっしゃいますよ? でも、その上で、シルクさんは言ってくれましたよね。壁が高くても諦める必要なんかない。気の済むまで、チャレンジすれば良いって」
知らねぇぇぇ!
誰が既婚者相手に、別の女をけしかけるか!
えっ、大丈夫だよね?
ヴェノとか、その嫁さんとかに怒られたりしないよね?
「あっ、ちなみに、奥様にもヴェノって呼ばれてるんですよ、魔王様」
どうでもいいわ!
けど、納得した、あの時、ヴェノが笑ってたのは、そういう事だったのか。
嫁と全く同じセンスで渾名を付けてたら、そりゃあ笑うよな!
「さて、そうとなれば、明日から忙しくなりますね! 私、もう帰って寝ます! 今夜は、お付き合い頂き、ありがとうございました!」
「ちょ、待て! 俺は、そんなつもりで言ったんじゃ……あぁ」
あっという間に遠ざかるルクスリアの背中を見て、俺は誓った。
今後、ルクスリアの話を聞くときは、二度と迂闊に同意しないよう気を付けようと。
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