全ての魔法を極めた勇者が魔王学園の保健室で働くワケ

雪月 桜

魔王の願い

「……革命派?」

「えぇ、人間との和睦わぼくかかげる現在の政府に不満を持つ者の中でも、特に危険な思想を持つ集団です。なにせ100年前、私と貴方が戦うことになった背景にも、革命派が絡んでいたのですから。……残念ながら、その事実が判明したのは、貴方を死なせてしまった後の話ですけどね」

応接室に案内された俺は、ルクスリアがれてくれた茶と手作りの菓子を楽しみつつ、適度な世間話で盛り上がった後、魔王の切り出した本題に耳を傾けていた。

それは、罪悪感や後悔といった苦い感情がにじむ語り口だったが、魔王は最強というだけで全知でも全能でもないのだ

少なくとも俺を殺した事に対して責任を感じる必要はないのに、まったく、お人好ひとよしにも程がある。

「気にするな……と言った所で、お前は納得しないだろうから、あえて、こう言わせて貰うよ。俺を殺した罪は同時に、俺を終わらせてくれたこうでもある。既につぐないは済んでるんだから、これ以上、俺が望むことは何も無いぞ? むしろ、転生までさせてもらったんだから、俺が恩返しする側だって言っただろ? もう忘れちまったのか?」

魔王に対して感じた呆れを吐露とろした上で、後腐あとくされなんて微塵みじんもないと、ニヤリと笑い掛ける。

その甲斐かいあってか、少しは気が晴れたようで、魔王は柔らかい笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。シルクさん」

それにしても、まさか、あの戦いが仕組まれたものだったなんてな。

だけど、そう考えると、色々な事に納得がいくのも事実だ。

「俺も、おかしいとは思っていた。歴代最高の力を持つと言われた魔王が人間との共存を表明しているのに、辺境の小さな街や村が魔族に襲われてたんだから。仮に魔王が人間を裏切ったのなら、人界を丸ごと焼き払えるだろうに、やる事がみみっちいってな」

「そうですね。というか、そもそも魔王の政治は絶対王政。そして、魔族は力を何よりも重視する種族です。なので、最強として君臨くんりんした魔王に逆らう者など、今までは居なかったのですが。……正面から下剋上げこくじょうを挑む場合は別として」

「だけど、革命派は正々堂々と戦いを挑むでもなく、こそこそと裏で暗躍あんやくしてるって訳か。それに、おかしな事は他にもあった。長年、人界じんかいの秘宝として厳重に管理されてたはずの聖剣が偽物だった事とか。俺たち勇者パーティーが動いた訳でもないのに、辺境の魔族の街や村が壊滅してた事とか」

「聖剣については、こちらでも情報をつかんでいませんが、辺境の件については調べが付いています。どうやら、襲われたのは人間と友好な交流関係を結んでいた地域のようですね」

「人間との共存を望まない革命派の仕業しわざか。……しかも、ご丁寧に勇者パーティーに責任を押し付けやがって、一部の魔族が復讐ふくしゅうに走ったんだよな。そうして人界に踏み入った魔族は、全て勇者パーティーで始末した。そんな事が続いたものだから、魔族は人間に対する憎しみをつのらせ、人間は魔族に対する恐怖でパニックを起こし始めた。結果、魔王をたねば未来はない、なんて馬鹿げた結論に辿り着いて、俺が魔王と戦うことになった。その頃には仲間も全員、死んでたし、呪いの影響も末期になってたから、俺も当然の事だと思ってたな」

万が一、魔王を討ててしまったら、人間を否定する革命派が政権を握り、ますます苦しくなるだけなのに。

まぁ、当時は、そんな事情を知らなかった訳だけど。

「そう言えば、あの呪いは魔族に対する憎しみを増幅させて、力に変換するものですよね?」

「あぁ、魔族に対して特効があったから、最初は本物の聖剣だと信じて疑わなかったな。ようやく違和感を抱いた頃には、もう呪いの侵蝕しんしょくが脳まで及んで、手放せなくなってた」

おそらく、革命派としては俺に魔王を討って欲しかったんだろうけど、当てが外れたな。

想定よりも俺が弱かったのか、それとも魔王が強かったのか、あるいは、その両方か。

ともかく革命派の目論見もくろみは失敗し、魔王を倒す手立てを失ったという事だ。

「それで、俺が死んだ後、革命派は何をしでかしたんだ?」

「……何も」

「えっ?」

「あれから革命派は、何も動きを見せていないんです。それこそ、この世から忽然こつぜんと姿を消してしまったかのように。だから、この100年は至って平和でしたよ。魔界の歴史上、るいを見ない程に」

本来であれば、喜ぶべきことだ。

歴代の王達が誰一人としてせなかった快挙を為し遂げたと言っても過言じゃない。

だけど、魔王は胸を張って誇るどころか、こうべを垂れて沈んでいた。

「お前は、まだ何も終わってないと考えてるんだな? これが、一時の平穏……いや、あらしの前の静けさだと」

「その通りです。この100年、魔界は確かに平和でした。……いえ、あまりにも平和すぎたのです。革命派の妨害ぼうがいが鳴りを潜めた事で、人間との関係も少しずつ改善され、彼らとの交流を経て魔族にも変化が起きました。力こそ全てという価値観は次第に薄れつつあり、気性の穏やかな魔族が増え、娯楽や芸術といった新たな文化も人界から取り入れています。しかし、その対価として、魔族の力は100年前よりも確実に低下している」

「そんな状況で、革命派が動き出したら、止められる者が居ないって事か? けど、お前がいるだろう?」

「この100年、革命派は静かに牙をいでいたのだと思います。だからこそ、中途半端に事件を起こす事はしなかった。尻尾を掴まれれば、一気に根絶やしにされるという不安があったのでしょう。けれど、今となっては、どれだけの力を蓄えているか、想像も付きません。彼らは私の全力を知らないでしょうが、それは、こちらも同じ。この状態で激突した時、私が勝てるという保証は、どこにもありません」

「確かに、そうかもな。だけど、革命派をそれだけ警戒してるんだ。お前の事だから当然、手は打ってるんだろう?」

勿論もちろんです。そのために、この魔王学園を新たに設立したのですから」

「……なるほどな、さっき言ってた別件というのは、その事か。革命派に対抗する戦力を整えるために、魔王が自ら用意した育成の場という訳だ」

「はい、その通りです。設備、教材、サポート体制、教官陣など、必要なものは全て手配しました。既に魔界全土、そして人界の一部からも出願を頂いています。そして、3ヶ月後には、記念すべき第一期生を選定する入学試験が行われる予定です」

「ふーん、万事順調みたいで何よりだ」

残る問題は、革命派の動きが全く読めない事か。

魔王の言うように、力を蓄えるために潜伏してるなら、活動再開は宣戦布告と同義だ。

確実に魔王を討つ準備が済んだという事だろうから、一気に仕掛けてくるに違いない。

そうなれば、悠長ゆうちょうに育成してるひまなんか無くなる。

逆に魔王学園の運営が続けば続く程、革命派の下剋上は難しくなり、やがてあぶり出されて、一網打尽いちもうだじんにされるだろう。

つまり、魔界の未来は、この学園の成否にかっているという事だ。

「そこで、シルクさんに、お願いしたい事があります。貴方にも、この学園の運営にたずさわって頂きたいのです」

「俺が? 無茶を言うなよ。教官なんてがらじゃないぞ?」

「いえ、シルクさんに頼みたいのは、医療スタッフです」

「……そうか。確か魔族は回復魔法の扱いが苦手だったな?」

「はい。回復魔法には繊細な魔力コントロールが必要となりますが、魔族は【増幅器官ブースター】があるために細かい魔力操作は難しいのです」

「その分、人間よりも遥かに強い魔法が使えるけどな。初めて知った時は得意不得意がハッキリ別れてて面白いと思ったもんだ」

ちなみに、【増幅器官ブースター】というのは、その名の通り体内の魔力を増幅させるもので、魔族の身体の一部に現れる。

例えば、魔王だったら、2本の角が増幅器官ブースターだ。

他にも翼や尻尾など色々な形があるが、基本的に、人間に無いものは全て増幅器官だと思って間違いない。

「もちろん、全く使えない訳ではないのですが、生徒達や教官陣の命を安心して預けられると確信できるレベルの使い手は見つかっておらず、頭を抱えていたのです。ですが、貴方の魔力特性なら回復魔法との相性も抜群でしょう?」

「まぁ、俺なんかよりも遥かに回復魔法を極めてた奴を、一人知ってるけどな。ソイツと比べたらつたないけど、充分、役には立てると思うぞ」

それに、ソイツは、もう何処にも居ないしな。

「ありがとうございます! ただ、お願いしておいて今更ですが、よろしいのですか? 人界に帰らなくて。たとえ知り合いが居なくても、貴方の故郷は――」

「なぁ、魔王。あれから100年で、人間は変われたか?」 

あえて魔王の言葉をさえぎって、質問に質問で返す。

しかし、魔王に気分を害した様子はなく、むしろ気まずそうな表情を浮かべた。

「……それは、ご自分の目で確かめるべきだと思います。私から言える事は何も……」

「……そうか」

敵としてではあったものの、誰より濃密な時間を過ごした相手だから、嫌でも気付いてしまった。

魔王が返答をこばんだのは、人間の可能性を信じているという意思の現れだと。

同時に、今はまだ、その時が来ていないのだと。

「シルクさん。私は――」

「分かってる。だけど、俺は、もう人間に期待していない。だからこそ、医療スタッフの件は引き受けるよ。魔界の未来を担う生徒達が、人間と同じ末路を辿たどらないようにな」

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