全ての魔法を極めた勇者が魔王学園の保健室で働くワケ
初対面の再会
「……あれから100年ですか。こうして貴方と再会できる時を心待ちにしていましたよ、勇者シルク。もっとも、この姿で向かい合うのは初めてですから、貴方からすれば初対面という感覚が強いでしょうが」
学園長室と書かれた扉の前に転移した俺がドアを開くと、まるで聞き覚えのない声に出迎えられた。
その親しげな声の主は、俺を見るなり重厚な木製デスクから腰を上げ、真紅のカーペットを歩いて、こちらに向かってくる。
その歩みは、この部屋の豪華な内装に見劣りしない堂々たる風格を備えていた。
「……お前が、あの、魔王ケルヴェノム?」
「えぇ、お久しぶりです。そして初めまして。これが偽りの無い私の真の姿です」
わざわざ確認するまでもなく、目の前の人物が俺の知る魔王であると理解はしている。
彼の身体から滲み出る魔力は、間違いなく100年前に感じたものと同じだから。
けれど、それでも、聞き返さずには居られなかった。
何故なら――、
「ちっさ……」
俺の倍近かった体躯は見る影も無く、俺の腹の高さに魔王の頭があったから。
「ちょっと、貴方! 魔王様に無礼でしょう!」
怒りの形相で掴み掛かってくるルクスリアを片手間で捌きながら、俺は魔王の全身をマジマジと見つめた。
外見の年齢も身長に比例して低下していて、12歳くらいの子供にしか見えないぞ。
その上、可愛らしい顔立ちをしていて声も高めなので、一見して男か女か判断がつかない。
そして、青白い肌は相変わらずだけど、禍々しい存在感を放っていた、“く”の字型の2本の角は、短くて先が丸い円錐状に変わってるな。
逆に髪や瞳の色は全く変わっていない。
100年前にも見た、月のような銀髪と、血のように赤い瞳の組み合わせだ。
ただし、前髪がぴょこんと跳ねて反り返っている。
いわゆる、“アホ毛”という奴だな。
……と、俺の視線に気付いたのか、魔王が頬を赤く染めて、恥ずかしそうに頭を押さえる。
「あはは……。何故か、この姿だと髪の癖が強くなるんですよね。みっともなくて、すみません」
「いや、別に可愛くて良いと思うぞ? って、男なら嬉しくないか。……男で合ってるよな?」
「どちらも良く言われますけど、男ですよ。それと、ルクスリアさん。彼の事は気にせず、楽にして下さい」
「ハッ! 了解しました!」
今にも噛み付きそうな勢いで突っかかっていたルクスリアが、一瞬で動きを止め、その場で直立不動になった。
その顔には、一切の不満も浮かんでいない。
心の中では、まだ怒りが収まってないだろうに、さすがは魔王の側近という事か。
そして、いつの間にか、赤いフレームの眼鏡を付けている。
見たところ光は屈折していないようなので、気分を仕事モードに切り替えるための小道具だろうか。
というか、俺も、いい加減に着替えた方が良いな。
今までは魔法が阻害されてたから仕方ないけど、いつまでも血みどろの格好じゃ落ち着かないし。
俺は魔法で簡単な服を作り、ボロボロの服と入れ替えて、魔王に向き直った。
「さすが、良い部下を連れてるな」
魔王の事になると、すぐ興奮するのは玉に瑕だけど。
「そうですね。ルクスリアさんは、私には勿体ないくらい優秀な方ですよ。別件で手が離せない私に代わって、魔界の統治に奔走してくれていますから」
……ほう?
魔王が魔界の統治よりも優先する別件……ねぇ。
「それって、実質的な魔界の支配者じゃないか。そんなに信頼してるんだな」
「はい、このタイミングで、ルクスリアさんに愛想を尽かされたらと思うと、ゾッとしますね」
冗談めいた口調ではあるが、ただの世辞という訳では無さそうだ。
さっきの別件とやらが関係してるのか。
「そ、そのような御言葉……身に余る光栄でしゅっ!?」
魔王からの惜しみない絶賛と、緊張により噛んだ羞恥で、顔から火が出そうなほど真っ赤になっているルクスリア。
主従そろって、良く照れる奴らだ。
普段は血の気が無いから、肌の赤みが余計に強調されて、バレバレだぞ。
「でも、そんなに信頼してる部下なら、俺の事を話しておいてくれよ。危うく変質者として処刑される所だったぞ」
「それは謙遜が過ぎるでしょう? いくら、ルクスリアさんといえど、単独で貴方の相手をするのは荷が重いかと」
魔王の言葉に、ピクリと反応するルクスリア。
右腕としてのプライドに障ったか?
それでも表情ひとつ変えないのは大したものだけどな。
「今の俺は聖剣を持ってないんだぞ? 過大評価されても困る」
「と言っても、アレは呪いに侵された偽物でしょう? あんな紛い物が無くても……いえ、むしろ無い方が、貴方は強い。違いますか?」
……見抜かれてたのか。
所有者の俺ですら、偽物と気付いたのは呪いに侵された後だったのに。
そのせいで手放す事も出来ず、アイツらを――。
……まぁ、それはそうと、本物の聖剣なら魔王の拳を受けた程度で粉砕されたりしないだろうし、気付くのも当然と言えば当然か。
「確かに、呪いのせいで俺の魔力特性が飼い殺しになってたのは事実だ。だけど、一応、呪いの力で魔法の出力自体は大幅に上がってたんだぞ? それでも、お前には通じなかったけどな」
「魔法の出力アップなんて、貴方の魔力特性の効果に比べたら些細な事でしょう? 呪いから解き放たれた、今の貴方は、あの時よりも遥かに強い。貴方と対極の魔力特性を持つ私が断言します」
「……やれやれ。そう言えば、あの時から俺の【力】の正体には気付いてたんだったな」
これだけ正面から言い切られると、反論するのも馬鹿らしい。
それに、もはや魔王と敵対する理由も失せた事だし、実力を隠す意味は無いか。
「それと、貴方の事は可能な限り伏せておきたかったものですから。ルクスリアさんにも話しませんでした。転生など、余計な混乱を招くだけですからね」
「……それもそうだな」
世の中の価値観を根底から覆しかねないし、そもそも俺が死んだ時点で再現性は失われている。
手の届かない夢を見せるくらいなら、黙っておいた方が賢明だ。
というか、よくよく考えたら、転生が成功するかどうかも分からなかった訳だしな。
「それにしても、先程は本当に驚きました。貴方の魔力が学園の女子寮に突然、現れたんですから。しかも、そのまま女子寮に滞在していましたし。この学園に来たなら、すぐさま私に会いに来ると思っていたのですが」
「そうしたいのは山々だったけどな。転生して早々に、怖いお姉さんに捕まっちまったもんで。魔法も封じられたから転移も出来なかったし」
「ふんっ。あれほど、あっさりと拘束を解いておいて何を今更」
「いや、そりゃあ力技で、どうにかするのは簡単だけどな。余計な騒ぎを起こしたら悪いかなと思ってさ。周囲の状況も探りたかったし、ひとまず対話で乗り切ろうかと。結局、面倒になって諦めたけど」
「といいますか、そもそも、貴方が女湯なんかに転生して来るからイケないんですっ」
「俺だって、好きで女湯に転生した訳じゃねぇよ!」
「…………えっ? という事は、もしや男湯をお望みで? そして、あわよくば魔王様との混浴を狙って!?」
「お前は、いったい何を言ってるんだ?」
「そ、そんなの羨ま……じゃなくて不純です! 男同士でなんて……男同士で、なんて……」
なにやら、顔を赤らめて、ブツブツと呟きながら、自分の世界に入ってしまったルクスリア。
……うん、なんか、もう放っておいた方が良さそうだ。
というか、今のコイツに関わりたくない。
「それで、実際のところ、何で転生先が女湯だったんだ? 確か、俺の望む場所に転生するんじゃなかったのか?」
「えぇ、その筈なんですが……。シルクさん、貴方は死の直前に何を考えていましたか?」
「えっ? そりゃあ、まぁ、俺を呪いから救ってくれた恩人と再会して、恩返しでも出来ればと思ってたよ」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
おい、あまり迂闊に照れるな。
ルクスリアが興奮した様子で、俺達をチラチラと見てるから。
「それで? 何か分かったのか?」
「ああ、はい。恐らくは、ただの誤差でしょうね。貴方は私と再会することを願って眠りについた。とはいえ、私という個人を転生先の目印にするのは無理があったのだと思います。それで僅かに座標がズレて、同じ学園の敷地内に転生したのかと」
「……要するに運が悪かったってことか?」
「端的に言えば、そうなりますね」
「……だとさ。お前の敬愛する魔王様が直々に冤罪だと証言してくれたぞ」
「そ、それはその……。疑って、すみませんでした」
妄想世界にトリップしていたルクスリアが、ようやく正気に戻り、大人しく謝罪してくる。
流石に魔王様の御言葉なら反論する気も起きないか。
「ま、分かってくれたら良いよ。特に被害もなかったしな」
「あ、ありがとうございます」
「さて、いつまでも立ち話では申し訳ないですし、そろそろ座りましょうか。ルクスリアさん、お茶と菓子をお願いします」
魔王の一言で、話は一区切りとなり、俺達は隣の応接室へと場所を移した。
学園長室と書かれた扉の前に転移した俺がドアを開くと、まるで聞き覚えのない声に出迎えられた。
その親しげな声の主は、俺を見るなり重厚な木製デスクから腰を上げ、真紅のカーペットを歩いて、こちらに向かってくる。
その歩みは、この部屋の豪華な内装に見劣りしない堂々たる風格を備えていた。
「……お前が、あの、魔王ケルヴェノム?」
「えぇ、お久しぶりです。そして初めまして。これが偽りの無い私の真の姿です」
わざわざ確認するまでもなく、目の前の人物が俺の知る魔王であると理解はしている。
彼の身体から滲み出る魔力は、間違いなく100年前に感じたものと同じだから。
けれど、それでも、聞き返さずには居られなかった。
何故なら――、
「ちっさ……」
俺の倍近かった体躯は見る影も無く、俺の腹の高さに魔王の頭があったから。
「ちょっと、貴方! 魔王様に無礼でしょう!」
怒りの形相で掴み掛かってくるルクスリアを片手間で捌きながら、俺は魔王の全身をマジマジと見つめた。
外見の年齢も身長に比例して低下していて、12歳くらいの子供にしか見えないぞ。
その上、可愛らしい顔立ちをしていて声も高めなので、一見して男か女か判断がつかない。
そして、青白い肌は相変わらずだけど、禍々しい存在感を放っていた、“く”の字型の2本の角は、短くて先が丸い円錐状に変わってるな。
逆に髪や瞳の色は全く変わっていない。
100年前にも見た、月のような銀髪と、血のように赤い瞳の組み合わせだ。
ただし、前髪がぴょこんと跳ねて反り返っている。
いわゆる、“アホ毛”という奴だな。
……と、俺の視線に気付いたのか、魔王が頬を赤く染めて、恥ずかしそうに頭を押さえる。
「あはは……。何故か、この姿だと髪の癖が強くなるんですよね。みっともなくて、すみません」
「いや、別に可愛くて良いと思うぞ? って、男なら嬉しくないか。……男で合ってるよな?」
「どちらも良く言われますけど、男ですよ。それと、ルクスリアさん。彼の事は気にせず、楽にして下さい」
「ハッ! 了解しました!」
今にも噛み付きそうな勢いで突っかかっていたルクスリアが、一瞬で動きを止め、その場で直立不動になった。
その顔には、一切の不満も浮かんでいない。
心の中では、まだ怒りが収まってないだろうに、さすがは魔王の側近という事か。
そして、いつの間にか、赤いフレームの眼鏡を付けている。
見たところ光は屈折していないようなので、気分を仕事モードに切り替えるための小道具だろうか。
というか、俺も、いい加減に着替えた方が良いな。
今までは魔法が阻害されてたから仕方ないけど、いつまでも血みどろの格好じゃ落ち着かないし。
俺は魔法で簡単な服を作り、ボロボロの服と入れ替えて、魔王に向き直った。
「さすが、良い部下を連れてるな」
魔王の事になると、すぐ興奮するのは玉に瑕だけど。
「そうですね。ルクスリアさんは、私には勿体ないくらい優秀な方ですよ。別件で手が離せない私に代わって、魔界の統治に奔走してくれていますから」
……ほう?
魔王が魔界の統治よりも優先する別件……ねぇ。
「それって、実質的な魔界の支配者じゃないか。そんなに信頼してるんだな」
「はい、このタイミングで、ルクスリアさんに愛想を尽かされたらと思うと、ゾッとしますね」
冗談めいた口調ではあるが、ただの世辞という訳では無さそうだ。
さっきの別件とやらが関係してるのか。
「そ、そのような御言葉……身に余る光栄でしゅっ!?」
魔王からの惜しみない絶賛と、緊張により噛んだ羞恥で、顔から火が出そうなほど真っ赤になっているルクスリア。
主従そろって、良く照れる奴らだ。
普段は血の気が無いから、肌の赤みが余計に強調されて、バレバレだぞ。
「でも、そんなに信頼してる部下なら、俺の事を話しておいてくれよ。危うく変質者として処刑される所だったぞ」
「それは謙遜が過ぎるでしょう? いくら、ルクスリアさんといえど、単独で貴方の相手をするのは荷が重いかと」
魔王の言葉に、ピクリと反応するルクスリア。
右腕としてのプライドに障ったか?
それでも表情ひとつ変えないのは大したものだけどな。
「今の俺は聖剣を持ってないんだぞ? 過大評価されても困る」
「と言っても、アレは呪いに侵された偽物でしょう? あんな紛い物が無くても……いえ、むしろ無い方が、貴方は強い。違いますか?」
……見抜かれてたのか。
所有者の俺ですら、偽物と気付いたのは呪いに侵された後だったのに。
そのせいで手放す事も出来ず、アイツらを――。
……まぁ、それはそうと、本物の聖剣なら魔王の拳を受けた程度で粉砕されたりしないだろうし、気付くのも当然と言えば当然か。
「確かに、呪いのせいで俺の魔力特性が飼い殺しになってたのは事実だ。だけど、一応、呪いの力で魔法の出力自体は大幅に上がってたんだぞ? それでも、お前には通じなかったけどな」
「魔法の出力アップなんて、貴方の魔力特性の効果に比べたら些細な事でしょう? 呪いから解き放たれた、今の貴方は、あの時よりも遥かに強い。貴方と対極の魔力特性を持つ私が断言します」
「……やれやれ。そう言えば、あの時から俺の【力】の正体には気付いてたんだったな」
これだけ正面から言い切られると、反論するのも馬鹿らしい。
それに、もはや魔王と敵対する理由も失せた事だし、実力を隠す意味は無いか。
「それと、貴方の事は可能な限り伏せておきたかったものですから。ルクスリアさんにも話しませんでした。転生など、余計な混乱を招くだけですからね」
「……それもそうだな」
世の中の価値観を根底から覆しかねないし、そもそも俺が死んだ時点で再現性は失われている。
手の届かない夢を見せるくらいなら、黙っておいた方が賢明だ。
というか、よくよく考えたら、転生が成功するかどうかも分からなかった訳だしな。
「それにしても、先程は本当に驚きました。貴方の魔力が学園の女子寮に突然、現れたんですから。しかも、そのまま女子寮に滞在していましたし。この学園に来たなら、すぐさま私に会いに来ると思っていたのですが」
「そうしたいのは山々だったけどな。転生して早々に、怖いお姉さんに捕まっちまったもんで。魔法も封じられたから転移も出来なかったし」
「ふんっ。あれほど、あっさりと拘束を解いておいて何を今更」
「いや、そりゃあ力技で、どうにかするのは簡単だけどな。余計な騒ぎを起こしたら悪いかなと思ってさ。周囲の状況も探りたかったし、ひとまず対話で乗り切ろうかと。結局、面倒になって諦めたけど」
「といいますか、そもそも、貴方が女湯なんかに転生して来るからイケないんですっ」
「俺だって、好きで女湯に転生した訳じゃねぇよ!」
「…………えっ? という事は、もしや男湯をお望みで? そして、あわよくば魔王様との混浴を狙って!?」
「お前は、いったい何を言ってるんだ?」
「そ、そんなの羨ま……じゃなくて不純です! 男同士でなんて……男同士で、なんて……」
なにやら、顔を赤らめて、ブツブツと呟きながら、自分の世界に入ってしまったルクスリア。
……うん、なんか、もう放っておいた方が良さそうだ。
というか、今のコイツに関わりたくない。
「それで、実際のところ、何で転生先が女湯だったんだ? 確か、俺の望む場所に転生するんじゃなかったのか?」
「えぇ、その筈なんですが……。シルクさん、貴方は死の直前に何を考えていましたか?」
「えっ? そりゃあ、まぁ、俺を呪いから救ってくれた恩人と再会して、恩返しでも出来ればと思ってたよ」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
おい、あまり迂闊に照れるな。
ルクスリアが興奮した様子で、俺達をチラチラと見てるから。
「それで? 何か分かったのか?」
「ああ、はい。恐らくは、ただの誤差でしょうね。貴方は私と再会することを願って眠りについた。とはいえ、私という個人を転生先の目印にするのは無理があったのだと思います。それで僅かに座標がズレて、同じ学園の敷地内に転生したのかと」
「……要するに運が悪かったってことか?」
「端的に言えば、そうなりますね」
「……だとさ。お前の敬愛する魔王様が直々に冤罪だと証言してくれたぞ」
「そ、それはその……。疑って、すみませんでした」
妄想世界にトリップしていたルクスリアが、ようやく正気に戻り、大人しく謝罪してくる。
流石に魔王様の御言葉なら反論する気も起きないか。
「ま、分かってくれたら良いよ。特に被害もなかったしな」
「あ、ありがとうございます」
「さて、いつまでも立ち話では申し訳ないですし、そろそろ座りましょうか。ルクスリアさん、お茶と菓子をお願いします」
魔王の一言で、話は一区切りとなり、俺達は隣の応接室へと場所を移した。
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