例え世界を敵に回しても復讐を果たす

ワールド

第7話 崩れた幸せ


「勇者様と三人の幸せを祝って!」

 あれから時間が経って夜を迎えた。
 トリス村はトウヤと三人の結婚式が行われた。
 どうやら、あの勇者は欲張りのようだ。
 重婚自体は認められている。だけど、正直言って気持ち悪い。
 ベッタリと三人はあの勇者に密着している。

「トウヤ! ほら、もっと食べろ! 今日はご馳走だ……とは言ってもあの城で食べてたものと比べたら大したことねえけど」
「でも、これだけの人に祝福されるのってやっぱり嬉しい」
「ふふ、かっこいいですよ、トウヤさん……これからずっと幸せな生活を」
「あぁ、そのつもりだ! 今日、この場所を選んだのもお前達の故郷だったからかな? それと、決別しておかなければならない存在もいたからな」

 俺は、少し離れた位置で勇者とのやり取りを聞いていた。
 明らかに俺を意識している。本当に性格が悪い。
 ムカつくのがその本性に気付かなかった周りもそうだ。
 ナイルは洗脳されていないと言っていた。だけど、全く信用ならない。

 祝福の輪の中には入らず、俺はこの場から立ち去ろうとした。
 誰があんな場所で騒ぐかよ。きっともう俺は……。

「あぁ、おい、ナイル! 例のあれだ」
「……今ここでやるのですか?」
「そうだな! ちょうどいい! 見せしめになるしな」

 ん? 今度は何が始まる? 俺は、後ろを振り向く。

「な……おい、まさか、そんな」

 台車で縛られて裸の状態で運ばれてくる人物。
 それは俺に手紙を渡して三人が帰ってくる。それを知らせて来た村人。
 ということは、あれは自分の善意で行ったのか。
 だとしたら……あの人がああなっているのは俺のせい?

 俺は急いで駆け寄る。

「ちょっと、どうしてこんな事になっているんですか?」
「……お前か、悪いな」
「いや、何で謝るんですか? あの手紙は……」

「そいつは契約を破って独断で情報をロークに伝えた……いいか? こういう行動は【拷問】の刑だ」

 独断? あぁ、そういうことか。
 でも、どうして勇者にバレた? 誰かが密告しなければならない。
 また裏切られたのか。俺と同じでこの人も。

「勇者様! お約束……頂戴したいです」
「……おい、なんでお前がまさか!?」
「ようやく気付いたか? そう……この事実を知らせたのは」
「ママ、お腹空いたよ」
「大丈夫、これで私達は助かるわよ」

 俺は全てを察してしまう。こ、この野郎! どこまで腐ってやがる!
 そう、この人の家族を脅して様々な供給を止めていた。
 よく見れば母親とその娘はやせ細っていた。
 しばらく何も食べていないのか。ここまでする必要があるのか。

 そして、隣で縛られている男性は表情が青ざめていた。

「おい……俺だ! 助けてくれ!」

 悲痛の叫びで男性は家族に助けを求める。
 しかし、その母親と娘はもう既に見放していた。

「ごめんなさい、貴方! もう耐えられないの」
「どうして……俺は何か悪いことしたのか?」
「貴方の軽率な行動で、食料もお金も全て奪われたの……でも、貴方を差し出せば多額のお金と食べ物が手に入るって言うんだから……」
「パパ……ごめんなさい、もうお腹が空いて耐えられないの」
「食料だったら幾らでも手に入れてきてやる! だから、俺を見捨てないでくれ」

 届かない叫びだった。もう誰もが俺には汚く映っている。
 何なんだよ、愛していたんじゃないのかよ。
 そして、俺にも隣の男性にも突き刺さる言葉を放つ。

「もう信用出来ないわ」
「……っ! 俺達が過ごしてきた日々は偽りだったのかよ」
「だって、愛だけじゃお腹は膨れない、幸せだけじゃ満たされない……だから、さようなら」
「という訳だ! お前達はもう終わりだ……この村から出て行って貰おう」

 勇者のその一言。男性はもう放心状態になっている。
 あぁ、もう駄目だ。俺もこの人にも味方がいない。
 体全体の力が抜けてしまう。
 裏切られて見捨てられてその辛さがこいつらに分かるのか?

「ふざけるな……」
「何だ? また歯向かうのか?」
「ふざけるなって言ってんだよ! お前だけじゃない! そこの三人も村の人達も! 全員狂っている! こんなのが許されるはずがないだろ!」
「それはトウヤに勝ってから言えよ! この愚図、雑魚」
「あーあー言い訳なんて男らしくないわね」
「見損なったわ、ローク……」

 もういい。こいつらはもう救いようがない屑だ。
 俺は、下を俯きながら泣いてしまう。
 これは再会による感激の涙としたかったのに。
 今の俺の涙はそんな生温いものではない。

 こいつらをどうにかしてやりたい。
 人の気持ちを弄びやがって。
 俺の中に復讐心が生まれる。短絡的だろう。だけど、我慢の限界を越えていた。
 拳を握り締めながら、俺は囲まれる。
 どうやらあのクソ勇者の護衛らしい。俺達を村から追い出すつもりだ。

 殺されないだけまし……と思うなよ。

 許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。
 殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。

 心の中で復唱しながら俺は遂に完全に壊れる。
 近付いてくる護衛を吹き飛ばす。
 何だこの力は感じた事もない。湧き出てくるそれは俺を支配しようとしていた。

 ――――そう言えばいつの間にか落ち着いている。
 体中が熱かったのにそれがなくなっている。
 あいつに飲まされた薬の効果。悔しいが効果は見事だった。
 時間が経てば俺は死ぬはずだった。だけど、今の所は何ともない。
 それどころか力が漲っている。

「おい、どうしたんだ? はやく捕らえて追い出せ」

 風? 俺の周りに風圧が発生したのか。
 起った現象に戸惑いながら。立ち上がって来る勇者の護衛共。
 俺は、軽く舌打ちをしながら大声で怒鳴る。

「近寄るな! 分かった、出て行けばいいんだろ! もうこんな村こっちから願い下げだ!」
「お、おい! そんな口の聞き方だとまた何かされるぞ」
「貴方もこいつらに媚びる必要性はないでしょ! 俺達はもう……必要とされてないんですよ! だったら、自分から脱退した方がいいと思います」

 俺は高い位置で食事をしている勇者一行を睨み付ける。
 やばいな、世界を救う勇者に敵対している。
 怖いな、やってしまったな。だけど、不思議と恐怖は感じない。

 絶対に見返してやりたい。どうにかしてやりたい。
 その復讐心による憎悪が俺を強くしているのか。
 だったらもう言いたいことを伝えるだけだ。

「ニーナ! もう俺も知らないよ……王国に行って太ったんじゃないか? まぁ、そのまま太ってブクブクと女らしさがなくなればいいんじゃないかな? 元々、乱暴で口も悪かったしお似合いじゃないか?」
「あ、ローク……てめぇ!」
「あと、シャノン! 昔から思っていたけどやり方が汚いんだよ……今回だって、どうせただ楽をしたくて強い方に付いて行ったんでしょ? それで本当に満足なのかい? 幸せなの? 本性は腹黒くてどうしようもない性悪女さん?」
「……はぁ?」
「フローレン……もう姉さんってつける義理もないね! 穏やかとか何とか言っているけど、そんなの嘘だったようだね? 後さ、厚化粧過ぎない? そうか! 年齢的に一番上だからそれで誤魔化さないとね! 本当に心だけじゃなくて見た目も劣化してるね」
「ちょっと今の発言……取り消しなさい」

 あーあー言っちまったな。血が繋がっていない赤の他人だからいいか。
 三人は俺の挑発に怒ったのか。
 詰め寄って来るが、俺は無視をする。

「母さんと父さんも! 俺を道具として見てなかったんだろ? だったら用済みの使えない道具としてもうここから去るよ……だけど、覚えといてね! 次会ったときはもうタダでは済ませないよ」
「おいおい、ここまで育ててやったのにその口の聞き方はないだろ?」
「そうよ! 少しは感謝の気持ちぐらい」
「黙れ!」

 それにしても俺の本当の親は誰なんだ? 今は何をやっているんだ。
 まぁいいや。どのみちこいつらとはお別れだ。
 最後に言いたい奴はもちろんあいつだ。


「最後に、お前は本気で許さない」
「……それでどうするんだ? 今のお前じゃ絶対に勝てない、というか今後も」
「あぁ、そうかもな」
「それに、私は王国を守り、世界を救い、皆の者から愛されている……調子に乗るなよ? お前など、私の力と王国の力ですぐに潰せる」
「……潰したければ潰せばいい! そう簡単にやられるつもりもないけどな」

 俺は後ろを振り返った。もう顔も見たくない。
 隣で壊れた人形のように動かなくなった村人。
 その台車を引きながらここから立ち去ろう。

「今日からお前は勇者に歯向かった罪として……世界の全員が敵となるだろう! 可哀想だな、お前にもう味方などいない」

 動きを止める。我ながら酷い顔をしている。
 何も信じられないような表情。
 死人のような瞳。色が全くついていない。
 灰色で何も見えていないようなもの。

「それならそれでいい……でも、覚えておけよ? 例え世界を敵に回しても俺は絶対に……お前達を許さない!」
「ほぉ、それは楽しみにしといてやる」
「い、いいのかよ!? トウヤ」
「ここで殺しといた方がいいんじゃない?」
「あれだけ言われたら我慢が出来ないかもですね」
「いや、せいぜい見といてやろうじゃないか? 最後の足掻きというやつを」

 やってやる。必ずお前達に復讐してやる。
 この瞬間から。俺のもう一つの戦いが始まった。
 今度は守るんじゃない。壊すだけの戦い。
 そして、俺のこの授かったスキルは少しずつ変化していった。

 復讐と憎悪の気持ちが膨れ上がったことによって。

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