例え世界を敵に回しても復讐を果たす

ワールド

第5話 悪夢と待ち続ける男


「ローク! 起きろぉ! 朝だぞ」
「起きて、朝ご飯を食べて村の手伝いを速く終わらせて遊ぼ」
「ふふ、寝顔も可愛い」

 なんだ、もう朝か。あれ? 俺は確か怪我をして……そのはずなのに。
 勇者に負けてズタボロにされたのに。
 すっかりと怪我が完治している。治療をしてくれたのか。
 いや、それにしても傷跡が残っていない。

「どうしたんだよ、ローク! そんな朝からしけた面してよ!」
「悪い夢でも見てたの? 何か汗を凄い汗をかいているけど」
「それは可哀想ね……でも、安心してこれから楽しい事が待っているから」

 目覚めた俺は三人の顔を見て感激する。
 そうだ、俺にはいつまでもこの三人が付いている。
 だから、安心してこれからも。

「貰っていくぞ……」

「やめろ!」

 体中が痛い。夢を見ていたのか。しかも最後に同じ空間にあの勇者がいた。
 気持ち悪い。正に悪夢を見ていた。
 思わず声を出してしまい、寝ているベッドから起き上がる。
 シーツが汗で濡れている。というか、どれほど寝ていたのだろう。

 体が包帯で巻かれている。怪我をした直後よりは痛みも緩和されている。
 自室の部屋には花が置いてあった。
 だが、少し枯れそうである。初めの方は世話をしていた事が分かる。

 静かにベッドから降りてリビングの方に行く。
 それにしても、この静寂の雰囲気は初めてだ。
 いつもはあの三人の誰かが来てくれるのに。

「おはよう、あれ?」

 両親もいなかった。閉鎖的なこの空間。
 村の何処かに出掛けているのかな?
 でも、見当が全くつかない。
 お腹が減ったな、何か食べ物でも……ん?

 空腹に耐えきれず何か食べ物を探している時だった。

 食卓を囲んでいるテーブルの上に一枚の紙が置いてあった。
 ズラッと文字の羅列が並んでいた。
 読めない……という事ではない。儀式を受けてからナイルから貰った本。
 そこに、外の世界の教育を学んだ。
 きっとニーナ達はそれを参考にしたんだろう。しかし、書き置きにしては文章量が多い。

 手に取ってそれを読む。
 そこに書かれていた内容。
 俺は信じられないとばかりに体を震わせている。

『ロークへ この手紙を貴方が読んでいる時はもう私達はこの村にはいません。突然、決めた事で申し訳ありません。ロークが眠っている間に色々と考えました。ですが、やっぱり王国への憧れと勇者様の強いお誘いは断れませんでした。本当ならロークとしっかり話し合ってからきめたかったのです。しかし、時間がなかったからこのような形となってしまいました。私達は勇者トウヤ様と一緒にアレースレン王国へ向かいます。ですけど、これはお別れではありません。また、成長した姿を見せて貴方の前に現れたいと思います。貴方を愛する三姉妹より』

 まじかよ。俺の眠っている間に何が起こっていたんだ。
 そして、両親達も付き人としてアレースレン王国に向かって行ったと知る。
 完全に置いて行かれた。よく周りを見ると、大量の金貨と食料が置いてあった。
 これがその対価としい訳か? ふざけるな! こんなもので……許せるわけが。

 怒りが抑えきれない。その中で三枚のメッセージカードが床に落ちる。
 置かれていた紙切れより、もっと華やかなもの。
 それを屈んで拾い、書かれていた文章を読む。

『悪いな、ローク! 村に残りたかったがあのクソ勇者の強引さには敵わなかった……あんまり手紙とか書くの得意じゃねえけど、これだけは言っておくぞ! 必ずまたここに戻って来る! だから、お前もしっかり怪我を治して、修練に励めよ! ……本当は一緒に行きたかったが、今度は胸を張って一緒に行こうぜ! ニーナより』

 ニーナ、相変わらず元気がいいな。
 手紙でもそれが伝わってくる。
 だけど、凄く勇気と元気が貰える。いつも言葉は荒いが芯が通っている。
 よし、帰ってくる間にニーナと同じぐらいに渡り合えるぐらいに鍛えておくか。

『ローク、ごめん! 一緒に行こうと思ったのに行けなかった。だけど、安心して。これはお別れじゃなくて一つの試練だと思ってる。変わり映えのない毎日だったけど、凄い新鮮な気持ちなの。だから、待ってて。ロークも今度はあの憎たらしい勇者を倒せる様に頑張ってね。シャノンより』

 シャノンは外の世界に行く事が楽しみな様子。
 手紙からそれが伝わってくる。あぁ、言われなくても倒して見せる。
 世界を救うとか何とか知らないけど、俺はみんなの事が第一だ。
 だから、絶対に強くなって見せる。

『ローク……ごめんなさい。断ったんだけどあの勇者様が聞かなくて……でも、安心して! 手紙の下の方に錬金術のレシピを書いておいたから。これは、筋力が増加したり魔力が増強されたり、様々な効果があるの。詳細はまた別の紙を添付させておくから、それを読んでね。ちゃんとご飯とかしっかり食べてね。作ってあげられないのは申し訳ないけど……食材とか作り方は書いておくから。また、次に会った時にね。フローレンより』

 フローレン姉さんは世話好きである。
 それが手紙でもしっかりと反映されている。
 錬金術はやった事がないけどこの際だからやってみようかな。
 それと、俺の為にここまでやってくれてありがとう。

 三人の個人の手紙を読んで。俺はもう一度頑張る気力が湧き出てきた。
 そうか、戻って来る。これは別れではない。
 胸の高まりが止まらない。絶望しかけたが、ここからが本当のスタートである。

 強くなるために。俺は手紙を握り締めて、必ず越えて見せると誓う。
 そして、いつか……自分も王国に。三人と一緒に。

 でも、俺は気付いていなかった。もう既に何もかも遅かったという事に。



 それから俺はたった一人での特訓が続いた。
 貰った剣を毎日振り続け、村の手伝いもしながら。
 少し寂しかったが、それでも三人の事を思えば我慢が出来た。
 しかし、村の様子を見て何だか疎外感があった。

 挨拶をしても逃げられるように振舞われる。
 そして、酷い時には無視された。
 あれ? 気が付かなかったのかな? 

 気を取り直して俺は日々の剣の鍛錬の他にも。
 フローレン姉さんから貰ったレシピを元に薬を作成。
 本当に天才だと思った。忠実に作成したそれは効果がすぐに出る。
 これで、さらに鍛錬の効率性が上がる。

 他にもさらに本で知識を高めたり、魔術の勉強も始めた。
 帰って来る三人の為に、俺は自分自身を磨き続けた。

 そして、時間はあっという間に一年が過ぎた。
 年齢も18歳から19歳になった。
 だけど、全く音沙汰はなかった。帰って来る気配が全くない。
 この一年間で剣の腕も上がった。

 ひたすら、大木などを斬り続けてきた。手に豆が出来ても、それが潰れても。
 今までやってきて貰った事も全て一人でこなした。
 料理もフローレン姉さんには敵わないが、それなりに上達した。

 身長も伸びて男らしくなったのかな? 早く会いたい。
 ニーナには、この上達した剣の腕を見せたい。
 シャノンには、表情が凛々しくなって男らしくなった所を自慢したい。自分で言うのも何だけど……。
 フローレン姉さんには、料理を披露したい。錬金術に関して聞きたい事もある。

 母さんや父さんも帰って来ない。何をしているんだろう。

 だけど、俺は信じ続ける。必ず帰って来る。
 手紙にはしばらくしたら帰って来ると書いてあった。
 期間は分からない。時間はかかるかもしれない。

 でも、約束は守ってくれる。信じるというのが大切。
 俺は今日も立ち上がり、剣を振り続けるだけだ。


 だけど、時間だけが過ぎ去っていった。

 俺はひたすら待ち続けるだけ。
 正直、辛くなってきた。本当に帰って来るのか?
 俺の中にもしもの可能性が生まれる。
 もしかすると、今頃三人は……いやいやそんなはずはない。

 約束したんだ。あれだけ想いが通じ合っていたのに。
 でも、それが俺の一方的な願望だったのかも。

 仮に本気だったら起こしてでも連れていくはず……なのか?

 疑心暗鬼の状態に陥るともうそこから抜け出せない。
 今は誰も励ましたり、言葉をかけてくれる人もいない。
 村の人達とはそう言えば全然話していない。
 行く当てがないから仕方がない。でも、ニーナ達がいなくなってからの村の様子は変だと思う。

 覇気も活気もない。
 まさか何か勇者とナイルが裏で何かしているのか。
 そこまでする価値があるとは思えないけどな。

 一年前と比べて教養が身に付いてから。
 様々な可能性を考えるようになった。
 本で得た知識が正確とは思えない。
 だが、信憑性はあった。俺は外の世界を知らない。

 勇者という存在自体が正義と決めつけられている。
 それは大きな間違い。
 あれだけ勇者に殴られた俺が言うのだから。

 もしかすると、ニーナ達は勇者に……いや、考えるのはよそう。

 こうして、待っている時間だけが過ぎていく。
 そして、遂にあの勇者がこのトリス村に現れてから二年が経った。

「……20歳になった」

 お祝いにたった一人で酒を飲んでいた。
 初めて飲むアルコールは身に染みた。
 ほんのりと酔いが回った時。この誰もいない寂しいリビング。
 祝ってくれる人は誰もいない。本来ならここに、ニーナが、シャノンが、フローレン姉さんが、母さんが、父さんがいるのに。

 二年経っても誰も帰って来なかった。
 テーブルに顔を密着させながら、俺は前を見つめる。
 酔ってるのかな? 俺は、外の風に当たりたいと思った。
 時間帯は夜。月の光に照らされる祭壇を見る。

 二年前ここで儀式を行った。
 自然と俺は涙が溢れてきた。
 体も心も成長したと思ったのに、俺は弱かった。
 恥ずかしさとか、男らしさとか関係ない。
 純粋に寂しくて、三人に誰かに縋りたかった。
 今まで孤独を味わった事がなかったからか。初めて味わう長い一人の時間に耐えられなかった。

 もう帰ってきてもいいでしょ。お願い、頼むから……俺は会いたい。

「ロークここにいたのか」

 急に呼ばれて体をビクッとさせる。
 久しぶりに話しかけられて俺は涙を拭きとる。

「どうした」
「いや、さっき手紙があった」
「……!? 本当、なの?」
「あぁ、二年振りに帰って来るらしい……あの勇者様とお前が待っている三人だ」

 やったぁ……やっと、やっと帰って来るのか。
 俺は体全体で喜びを表現する。
 村人に渡された手紙。それをすぐに開ける。
 何が書いてあるのかな。二年振りだからな、きっと色々と伝えたい事もあるだろう。

 だけど、そこに書かれていた内容。

『久しぶりに村に帰ります。以上です。』

 思いの他に簡潔だった。まぁ、やっと会えるからいいか。
 俺は、手紙を大切に保管してその帰りを待っていた。

 だけど、帰って来た三人はもう俺の知っている三人ではなかった。

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