賭狩《トガリ》

緋月セト

1stゲーム「神と奴隷のゲーム」

《私立令皇学園しりつれいおうがくえん
 今年で創立100年を迎え、富豪名家の子女が通う格式ある由緒正しき学園。
 上位者が下位者を虐げる典型的なスクールカーストが存在するここではスポーツや学力のほか、あるモノで生徒の優劣が決目られている。

 スクールカーストと言われたら、容姿に長けた者達が弱者を陥れるのを思い浮かべるだろうが、ここじゃそうは行かない。
 この学園では、そのヒラエルキーすらも『あるモノ』によって一瞬で逆転する。

「はいストレートー」
「げっ、また君月の勝ちかー」
「相変わらず強いよねー、さすが次期トランプゲーム統括委員長ってとこ?」
「まだ迅アイツには勝てないけどね」

───それは、賭博ギャンブル

「ポーカーなら絶対勝てるって!」
「それはどうかなー、あいつブラックジャック以外のゲームも余裕で強いし」
「だとしても、今年の統括委員長は粒揃いだよな。透形君なんか一年で統括委員入りだろ?」

 常識から隔離されたこの世界では、容姿の良し悪しや腕っ節の強さなどはステータスに過ぎず、勉学や賭博の強さで全てが決まる。
 しかし、ギャンブルで全てが決まるこの学園でも、覆せない上下関係は存在する。

「『ポチ』、カステラと紅茶買って来て」
「……」
「へ ん じ は ?」
「っ……分かりました……」
「あ、じゃあ俺ランチパックな」
「私もー、よろしくねポチー」
「……はい」
「さ、続きをしましょうか♪」
「そんでさっきの続きなんだけどさー」

 『ポチ』と呼ばれた少年が外に出ると、扉の中から生徒達の笑い声が漏れて来る。彼は差し詰め、『奴隷』と言ったところだろうか。
 そして先程も言った通り、この学園には『階級制度』が存在する。
 去年、彼は賭けに大敗し奴隷となった。



***



「やあ、■■■君……いや、今は君月巳羽きみづきみうの奴隷ポチだったかナ?」
「………」
「おー怖、そんな睨まないでヨォ。まぁ、俺達賭博統括委員に手ェ出したらどうなるか、解らないキミじゃ無いだろうけどサ」

 この学園でのギャンブルは、賭博管理委員会とばくとうかついいんかいと呼ばれる組織がギャンブル全体を管理しており、各賭場に5人ずついる統括委員会とうかついいんかいが各管轄エリアを収めている。
 壁に背を預けた少年は、肩書きを『トランプゲーム統括委員長』、名を透形迅とおがたじん
 1年前に『ポチ』を叩きのめし、彼から人としての名前と『生活』を奪った張本人だ。……もっとも、彼は賭けを楽しんでいただけだが。

「『納金』が出来ないのは一千万歩譲って仕方ないとして、出資者パトロンの1人も作れないんじゃ、奴隷から『家畜』に仲間入りダヨ?」

 「ただでさえ非協力傾向者なんだから、しっかりしてくれよネ」と、彼は露骨な嘲りを込めて紙袋を『ポチ』に投げ渡す。
 彼は受け取った袋の中を確認すると、先ほど賭場で注文された品物と───10枚束にされた万札が入っていた。

「なんで───」
「どうせ巳羽とその取り巻きから言われたんだろ?本来はNGだけど、俺ァキミが底辺からどうのし上がって来るのか楽しみデネ。買い物も済ませたんだし、サッサと戻ったら?」
「いやそうじゃなくて───」
「じゃあの」

 彼の声を聞き入れる事なく、迅は踵を返して『ポチ』の前から去っていく。
 『ポチ』は呆然としていると廊下を行き交う他の生徒達から痛い視線が飛んで来るため、彼は足早に賭場へ戻って行った。



***



「ただいま帰りました……」
「あ、おかえり〜……そうそうポチ。あのさぁ私ィ、足がむくんで来ちゃったなぁ〜」
「ッ!!」
「おいポチ、巳羽さんが困ってんだろ」
「さっさとついてあげなよォ〜」
「っ……はい、ただ今……!」
「はぁ〜楽チン楽チン」

 いつの時代でも階級は絶対だ。その不変の掟に逆らう事など、絶対にあってはならない。
 逆らえば管理委員会からの報復が待っているし、例え逆転しようにも、とてつもない金額の『奉納金』が請求されるからそれも無理。
 要するに、『詰み』なのだ。

「ロイヤルストレートフラーッシュ!」
「うおおマジかよ!」
「イカサマ仕込んでんじゃね?」
「まっさかー、奴隷じゃ無いんだしさー」

 巳羽が零した一言を皮切りに、周囲に居座る彼女の取り巻き達がドッと笑い出す。
 例え悔しくても、彼女達の『奴隷』である彼に言い返す権利は無く、ただただ歯を食いしばる事しか出来なかった。
 だからこそ───

「オラ、しっかり働けよ『ミケ』」
「ホント。『奴隷』の分際で栗崎君に買われるなんて、烏滸がましいにも程があるんだから」
「それな。ありがたく思えよ奴隷ちゃん」
「……」

 絶望と失意に溺れる中、僕は彼女との出会いを果たす事が出来たのかもしれない。

「(綺麗だ……)」

 全てを投げ捨てた僕にとって、強い意志を宿した彼女の瞳……彼女の存在は、巳羽の付けている悪趣味な装飾品よりも輝いて見えた。



***



「迅!こりゃ一体どう言う了見だァ!」

 左頬に傷を負った青年・黒木司佐は、机の上に脚を乗せる迅を怒鳴りつける。
 それもその筈、管理委員会の一般生徒への肩入れは原則禁止されているからだ。にも関わらず、迅は一般生徒に資金を貸出した。本来ならそれは、許されざる行為と言える。
 しかし、当の本人は司佐の剣幕にも怯まず、飄々とした態度で肩をすくめる。

「るっさいなァ、俺ァ彼ポチの出資者になっただけで肩入れはしてないヨ?管理委員とて出資者になる事自体は禁止されてないし」
「屁理屈はいいんだよ!とにかく、テメェは本来禁止されてる事をしたって自覚はあるのかって聞いてんだ!」
「じゃあ証拠は?そんな単純な頭してるから単純なやり取りしか出来ない『ダイスゲーム』を統括してるんじゃ無いのカナ?黒木クン」
「テメェ……!覚悟は出来てんだろうな!」
「……口の利き方には気を付けろヨ?脳筋野郎」

 迅は飄々とした態度を崩さず、逆に司佐はギリリと歯噛みする。しかし両者は依然睨み合っており、一式即発に思われた次の瞬間───

「お辞めなさい」

 生徒会室に凛とした声が響き渡り、迅と司佐の視線が声のあがった方に集中する。

「私達生徒会は生徒達の模範となるにべき存在です。その者達が我先に争うとは。一体どう言う了見です?二人とも、恥を知りなさい」

 振袖を着た少女はピシャリと告げ、同時に舌打ちした二人はゆっくりと自分の席に戻る。
 二人が椅子に腰掛けると、彼らを含む5人の『統括者』に囲まれた少女は、まるで歌声のような美しい声で宣言する。

「さぁ、最高に熱く、最狂にイカれたギャンブルを始めましょう」

 この学園では、勉学やスポーツの他にギャンブルの強さで全てが決まる。
 その決まりは絶対であり、決して覆る事のない不変の理ことわり。勝者には『幸福』を与え、敗者には『絶望』を与える。
 勝てば天国、負ければ地獄。



【次に賭けるは、己が命か他者の命か】

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