朝昼晩

8.キャバクラ編 ★体験入店

オープンしてから最初のお客さんが入ってくるまで10分もかからなかった。
男性スタッフの「いらっしゃいませ〜!」という大きい声がフロアに響き、ビクッとしてしまった。


椅子に座っていた女の子の1人が呼ばれ、表情を変えずにフロアへと出ていった。
私はドキドキしながら先程店長に教えてもらった作法などを頭の中で復習していた。




15分程経った頃、バックヤードに店長がやってきて、


「次、みつきちゃんいってみようか。」


「は、はい。」


緊張しながら店長の後をついていく。


「みつきさんでーーーす!お願いしまーす!」


そう言って元気よく紹介された後、一人のお客さんの横に座った。


「みつきです。よろしくおねがいします。」


「はい・・・。」


テーブルを見ると焼酎が減っていたので、


「お酒、おかわり作ってもいいですか?」


と聞いた。


「うん。」


とだけ言ってこちらを見ている。


お酒を作りながら、何か話さなきゃ何か話さなきゃと焦っていたが、何も言えずにいた。


「どうぞ・・・。」


と、作り終わったお酒をお客さんに渡したがお客さんは無言で受け取った。


「・・・・・。」


「・・・・・。」


何か話さなきゃというのが頭にいっぱいになって、何も話せずにいた。


5分ほど沈黙が続いた後


「あのさぁ、今日は天気がいいですね、とかお名前なんて言うんですか?とか何でもいいから喋れよ。こっちは金払ってんだから。」


「す、すいません・・・。」


「・・・・・。」


「・・・・。」


「悪いけど、チェンジで。」


「チェンジ・・・?」


「チっ。」


「あの・・・_」


と言いかけた瞬間


「おい!店長!チェンジしてほしいんだけど?」


大きな声でお客さんが怒鳴った。


ホールに立っていた店長が駆け足で近寄ってきて、


「どうなさいましたか?」


と屈みながらお客さんに問いかけた。


「どうしたもこおうしたも、キャバ嬢のくせに一言もしゃべんねえんだけど?」


「大変申し訳ありません、本日初出勤でして。チェンジさせてもらいますね。」


そう言うと店長が手招きしているので、


「失礼します・・・。」


といって席を立った。
その後は違う子が席に付き楽しそうに会話していた。


「大丈夫?話せなかった?」


「はい・・・何か話さないとって思ったら焦っちゃって・・・。」


「はじめてだもんね。仕方ないよ。やっていけそう?」


「うーん、どうでしょうか・・・。」


苦笑いする私に店長が、


「でも、お酒を作るときの手際は良かったよ。」


「本当ですか?」


「うん、初めてだとなかなかうまくできないことかもいたし、大丈夫だよ。そういえばさ、お昼の仕事は接客だったよね?」


「はい、接客でしたが・・・。」


「仕事中さ、お客と話したりしないの?」


「たくさんお話してました。」


「でしょ?同じ感じでいいと思うよ。わからんけど・・・(笑)」


「同じ・・・感じ・・・。」


「話なんてさ、適当でいいんだよ。ま、滅気ずに次もいこっか。」


「はい・・・。」


「次呼ぶまで座っててね。」


「はぁ。」


椅子に座ると自然にため息が出てきた。
別にやりたくてやってるわけじゃないし。


今日、頑張ったら辞めようと思った。


「みつきちゃん、行くよ!」


店長がバックヤードに来て私を呼んだ。
私は慌てて支度した。


「みつきさんでーす!おねがいしまーす!」


大きな声で紹介された後私はお客さんの席についた。


「みつきです。よろしくおねがいします。」


「よろしくね!あ、今日始めてなんだって?なんでキャバクラで働いてんの?」


いきなり聞かれてとっさに嘘を着くこともできずに、今までの経緯を素直に話した。


「えええ!!!??結構ぶっ飛んでるね!?」


「ですよね!?私もそう思うんですけど・・・。」


「いや、いや、みつきちゃんもだよ!彼氏に言われて素直に働くなんてなかなかぶっ飛んでるよ!」


「そ、そうでしょうか・・・。(苦笑い)」


「でもさ、面白い。俺、よくキャバクラ色んな所行くんだけど初めて聞いた志望動機。(笑)」


と、終始私の話に笑ってくれた。


「この話さ、他のお客さんにも言ったほうがいいよ。本当に面白いから。だって、家を買うためってね・・・。ブハ」


少し失礼な気もするが、笑ってくれて何よりだった。
そして、はじめは怒られて始まったので少し安心した。


「あ、ごめん・・・かなり遅いタイミングになったけどお酒なんか飲んでいいよ!」


「本当ですか・・・!?ありがとうございます!!!」


正直、飲んでいいですかなんて聞くのも嫌だったし、貰えると思っていなかったので嬉しかった。


「じゃ、じゃあ緑茶ハイいただきますね。」


「どうぞ、どうぞ。」


「お願いします!」


「はい、ただいま〜!」


といって店長が小走りでやってくる。


「緑茶ハイお願いします。」


「ありがとうございます!少々お待ち下さい。」


そう言うとまた小走りで去っていったかと思えば数秒でグラスをもって出てきた。


「おまたせいたしました!緑茶ハイです。」


「それじゃ、乾杯!」


とお客さんが言って乾杯した。


それから数分、他愛もない話をしていたら


「みつきさんお願いしまーす!」


と店長が呼んでくれたので


「では、失礼します。ありがとうございました。」


といって席を立った。




「みつきちゃん!できたじゃん!しかもドリンクもオーダーできたし!やったね!」


「はい、なんとか・・・!」


「この調子で頑張ってね!」


その後、次から次へとくるお客さんを接客していった。


2番目のお客さんでウケた話をするたびに大ウケして、ドリンクを頂いたり、場内指名までしてくれたりと忙しくも楽しい時間が過ぎていった。


そして時間はあっという間に朝の3時。


店内にいた最後のお客さんが帰った後、証明と音楽が消え看板が店内にしまわれた。


薄暗い店内で他の女の人たちは黙々と着替えて順番に帰っていった。


そして私も着替えて立って待っていると


「もうちょっとまっててね。あ、そこ座ってて。」


と店長がいうので店長の隣にちょこんと座った。


「おまたせ。今日は忙しかったね。どうだった?初めての仕事は。」


「最初、とっても緊張しました・・・けど、2番めのお客さんからコツが段々分かってきてなんとか・・・。」


「細かい話は置いておいて、まず給料渡すね。」


「あ、はい。」


「ごめんね、最初にいうべきだったんだけど、うちは体入の時給は2500円なんだよ。21時から3時まで6時間だからまず15000円ね。」


「ありがとうございます・・・。」


「で、あとはバックだけど1000円のドリンク6杯、場内指名2本で合計2600円ね。全部合わせると、17600円だね。」


「結構貰えるんですね・・・。」


「で、ここからが本題ね、どう?続ける?」


「・・・。」


「正直に話すね、みつきちゃんはこの仕事向いてると思うよ。」


「・・・え!?」


「いやー、一回目のお客さんのときはダメタこりゃと思ったけどその後からなかなか良かったし。」


「そうですか・・・。」


まさかだった。
絶対自分には無理だろうなと思っていたので、もしやる気があったとしても断られると思っていた。


でも、やりたくなかった。
それなりに会話は弾んだが、ところどころ馬鹿にされるような言い回しがあったりと、その度に嫌な気持ちになった。


好きでやってるわけじゃないのに・・・。


「俺さ、ついこの間ここに移動してきたんだ。」


「は、はい?」


「このお店系列でさ、違う店舗にいたけど移動してきたんだ。お店を立て直してくれってさ。」


「は、はぁ・・・。」


そんなこと言われてもという顔をしていた私に


「だからさ、協力してくれないかな?」


「えぇ!?!?」


「正直、今のままじゃだめなんだ。今は年末だからお客さんが入っているけど、年明けからは不安で仕方ない。」


「そ、それを私に言われても・・・。」


「そこをなんとか・・・!いまのうちには派手な子しかいないからみつきちゃんみたいな子が必要なんだ!」


一体どうしたらいいのだろうか。
辞めようと思ったけど・・・・。


「一応、やってみます・・・。」


「本当!?助かるよ。俺ができることは何でもするから!」


「よろしくおねがいします・・・。」


あぁ、またやってしまった。
頼られると断れないのは私の悪い癖だ。


「で、時給のことなんだけど・・・本当は1500円スタートなんだけど無理言っちゃったから2000円スタートでいいかな?」


「あれ?でもさっきは2500円って・・・。」


「これも正直にいうね、求人票に出してる時給っていうのは稼いでる子の時給上げてるんだよね。だからよく時給5000円ってかいてあるところに行っても5000円貰えるわけじゃなくて、ある程度稼げるようになってきたら時給が5000円に上がるって話なんだよね。」


「そうなんですか・・・。」


「そうしないと女の子こないからさ・・・。」


「そうなんですね。」


「で、時給だけど、上がるタイミングは自分の稼いだ合計金額で変わるからね。今説明してもあれだからなれてきたら説明するよ。」


「はい・・・。」


「早速で悪いけど、明日から来れるかな?できれば31日まで出てもらいたいんだけど・・・。元旦と1月10日まではお店閉めるけどね。」


「流石に彼氏に相談しないと行けないので、帰ってからでもいいですか?」


「うん、もちろん。じゃ、連絡先教えてもらってもいい?ラインやってる?」


「あ、はい。」


店長が私のQRコードを読み取って連絡先を交換した。


「じゃ、次からは俺に連絡してね。」


「はい。」


「お疲れさま、もう帰っていいよ。帰り気をつけてね。」


「お疲れさまでした。」


そういってお店をでた。


外に出ると、シーンとした夜の街に私一人だけいるような感覚があった。
実際にはポツポツと人がいるのだが、大概の人は酔っ払いでうずくまってたり、道端に吐いたりしているような人だった。


疲れていたのか、駅に行って気がつく。


「あ、電車まだ動いていない・・・。」


始発まで時間があったので駅前のマックで電車を待つことにした。


「ホットコーヒーのMください。」


あたたかいコーヒーを受け取り、2階の飲食スペースにあがった。


席に座り一息着き、スマホをみる。


彼からの連絡はなかった。
心配ではないのだろうか。


元カレはそれはそれは束縛が激しく、自分以外の男性と話すだけで期限が悪くなるようなひとだったので不思議だった。
元カレといっても初めての彼氏で長く交際していたし、なにより他を知らなかった。


そんな束縛に疲れていたから、今の彼氏を選んだ理由の一つでもあるけど。


「束縛は一切しない。だから俺にもしないでね。」


なんて言われたのを今更思い出す。
当時は大人だから余裕があると思っていたが、はたしてそうなのだろうか。


なんだか疑わしかった。


”帰ります。”と連絡しようか迷ったが、やめた。


店内は結構広く、壁がガラス張りで外が見えた。


窓の外をぼーっと見ていた。


時間が立つのは早い。
暗かった外は少しずつ薄暗くなって、明かりがさして来ている。


人も少しずつ増えてきた。


始発の時間が来たので、お店を出て家に帰った。



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