暗黒騎士物語外伝

根崎タケル

ハーピークエスト5

 翌朝になりシズフェ達はアルム王国を出発する。
 ここから先には、人が住んでいる場所はない。
 だから、色々と準備しなければならない。
 保存食に飲料水、野営の道具。
 これらを持って森に入るのである。
 荷物を持って行動するので、かなり体力を使う。
 この野外活動で一番必要な事は判断力だ。
 決して無理をしてはいけない。
 まだ、頑張れると思っても、無理をすれば、すぐに死んでしまう。
 この野外活動で一番頼りになるのはノーラである。
 山エルフと呼ばれるオレイアド氏族出身のノーラは野外活動が得意だ。
 シズフェも彼女がいなければ野外活動をしようと思わなかっただろう。
 ノーラとケイナを先頭に森の中を歩く。
 続いてシズフェにマディ、最後はレイリアとノヴィスの順番である。

「マディ。行けそう?」
「大丈夫だよ、シズちゃん。それに、これくらいでへばってたら、真の知識は得られないよ」
「確か、本ばかりを読んでも真の知識を得る事はできないだったっけ?」
「そうだよ。シズちゃん。引きこもってばかりじゃ駄目。本を読んだだけでなく、実際に外に出て見聞きしなければ、真の知識は得られない。だから、野外活動にも慣れなきゃいけないの」

 そう言ってマディは元気に歩く。

「それなら良いけど」
「そうそう、大丈夫。それに、シズちゃん。ここは思っていたよりも歩きやすいよ」

 マディは足元を見て言う。
 確かにマディの言うとおり、思っていたよりも歩きやすい。
 それは不思議な事であった。

「それは当然だ、シズフェにマディ。何度も大勢の人間が行き来したのだろう。簡単な道ができている。歩きやすいはずだ」

 話を聞いていたノーラが振り向いて言う。

「大勢の人間が? どういう事なの、ノーラさん?」
「言ったとおりだよ、シズフェ。おそらく戦士だろう、この歩き方は」
「戦士? アルム王国の人かしら?」
「それは、わからない。しかし、同じ所を何度も行き来するのだ。この先に何かがあるのは間違いないだろう」
「……」

 シズフェはノーラの話を聞いて考える。

(どういう事だろう?)

 ボルモスの話では、この先には巨人の遺跡があるぐらいであった。
 その場所にお金になるものは何もないと聞く。何度も行く程の場所とは思えない。
 シズフェは疑問に思いながら先を急ぐ。
 天気が良いためかゴブリンは遭遇する可能性は低い。これが、曇りか雨だったらゴブリンは姿を見せたかもしれない。
 だけど、油断すべきではないだろう。
 昼間でも活動する魔物はいるし、狼等の野獣もいる。
 野獣は魔法を使わないので、魔獣に比べて危険ではないが、それはあくまで比べての話だ。
 狼や熊には遭遇したくない。
 途中、昼食のために小休止を取り、シズフェ達は巨人の遺跡にたどりつく。
 まだ夕方ではないが、夜に行動するのは危険である。
 無理をすることはできない、今晩はここで過ごす。
 巨人の遺跡は、かつて神々と戦ったとされる巨人達が住んでいた場所の事だ。
 人間では運べないような巨大な石を組んで造られた建造物は殆ど壊れているが、人間が風雨をしのげる程度には残っている。
 シズフェ達は中に入ると火を起こして野営の準備をする。

「火を付けて良い場所があって助かりましたね」
「そうですね、レイリアさん。野営をするときに火を起こせる場所は重要ですから。ここなら緑人グリーンマンはいないでしょうし」

 レイリアが荷物を降ろしながら言うとシズフェは頷く。
 森で野営をする時は火の取り扱いに注意をしなければならない。
 こういった木々が豊かな所には緑人グリーンマンが住んでいる事があるからだ。
 緑人グリーンマンは姿や形だけなら人間に似ているが、体毛の代わりに葉っぱが生えている種族だ。
 大きさはゴブリンのぐらいの者から、巨人並みの大きさを持つ者もいる。
 彼らは木々が豊かな場所に住み、とても大人しい。
 だけど、怒らせれば、その者を許さず、必ず殺そうとする。
 彼らはとても強く、強力な魔法を使う。人間では、まず勝てないだろう。
 過去に耕作地を作るために、森を切り開こうとした国があった。
 しかし、森には緑人グリーンマンが住んでいたのである。
 その国は住処を荒らされた緑人グリーンマンの怒りを買い、市民全員が寄生木の呪いをかけられて滅んだそうだ。
 今でも、その国の跡地に行けば木を生やした人の死骸が転がっているらしい。
 そして、彼らを怒らせる事の1つに住処の近くで火を使う事がある。
 そのため、森の中で火を使う時は気を付けなければならない。
 この巨人の遺跡の中は木が生い茂っていない。さすがに緑人グリーンマンはいないだろう。

「戻ったぞ、みんな木の実を取って来た。夕食に使えるだろう」
「それから、みんな! この近くに湧水が出ていたぜ!!」

 見回りに行っていたノーラさんとケイナが戻ってくる。

「本当に?! じゃあ、ちょっと体を洗いにいくかな」

 シズフェは少し嬉しくなる。
 今朝から、ずっと歩いて汗をかいた。身体を拭きたかった。

「水浴びか。俺はいいや」

 横になっているノヴィスが言う。
 ノヴィスは体を洗わなくても平気な性格だ。
 シズフェには信じられない事である。

「もう、ノヴィス! 身体は洗える時に、洗っておくべきよ! 貴方、すっごく臭い時があるわよ!!」
「おいおい、何を言ってるんだ。シズフェ。一流の戦士になら、体を洗わない事に慣れる方が普通だろ。何日も城壁の外にいる事だってあるんだからな。水浴びなんて贅沢だぜ」

 ノヴィスは手をひらひらと振って答える。
 シズフェはそれを聞いて黙る。
 一理あると思ったからだ。
 今のように野外活動においては何日も水浴びできない事がある。
 だから、ノヴィスの言う通り体を洗えない事に慣れるべきかもしれなかった。
 もっとも、ノヴィスの場合はただの風呂嫌いの可能性があった。

「まあ、良いじゃねえか、シズフェ。水浴びに行こうぜ」
「ちょっと! ケイナ姉! ノヴィスがいる前で裸にならないで!!」

 ケイナが服を脱ぎ出すとシズフェは慌てる。
 ケイナは裸ですごすのが好きだ。
 シズフェはケイナと一緒に暮らしているが、部屋にいるときは何も着ていない時が多い。
 注意をしても聞かないので、最近はほったらかしにしている。
 外で裸にならないだけましだろう。
 しかし、今はノヴィスがいる。夫以外の男性に裸を見せてはいけない。

「別にノヴィスなら良いぜ。前にも見せた事があるし」
「ぶっ!!!!」

 ケイナが言うとノヴィスが吹き出す。

「もう、ケイナ姉。それは子供の時の事でしょ。今はもう違うんだから、駄目だよ。さあ、行こう」

 シズフェは溜息を吐きながら言う。
 シズフェとケイナとノヴィスは一緒に育った仲だ。
 子どもの頃は裸で一緒に水浴びをした。
 もっとも、子供の頃とは違うのだからいい加減にしてほしいとシズフェは思う。
 身体を洗い、夕食の準備をするとやがて夜になる。
 夕食はアルム王国で手に入れた物とノーラが取って来た果実である。
 持って来た物は干しパンに干果にチーズ。
 干しパンは固いのでお湯を沸かして少しふやかさないと食べにくい。
 この干しパンは美味しくないが、それでも何もないよりマシであった。

「さて、食事も終わったし、交代で休みましょう」

 シズフェがそう言うと全員が頷く。
 休むときは火を絶やさないように、誰かが番をしなければならない。
 それに、魔物が襲って来る可能性もある。
 そのため一応、簡易的な警報装置を作っておいた。
 縄を遺跡の周りに張って、もし何かが通ったら、音が鳴る仕組みだ。
 感知能力が高いノーラがいるから大丈夫だと思うが、念の為だ。
 そして、くじ引きで休む順番を決める。

「それじゃあ、俺は休ませてもらうぜ」

 ノヴィスは横になると、すぐにいびきをかき始める。

「すごいね。もう、寝てる」

 マディは感心するようにノヴィスを見る。

「これも才能よね……」

 シズフェもノヴィスに感心する。
 休める時に休んでおく、戦士の鉄則だ。
 ノヴィスは間違いなく戦士の才能がある。
 何でも食べて、シズフェのように水浴び出来ない事に不平を言わない。
 見習うべきであった。
 そして、交代で休む。
 時間がたち、シズフェの番をした後、レイリアに替わる。
 そして、横になってうとうととしている時だった。
 紐に結んでいた木の枝がカラカラと鳴り出す。

「みなさん。起きて下さい!!」

 レイリアの声で全員起きる。

「どうした? レイリア?」
「音が鳴りました。ケイナさん。何かが入って来たかもしれません」

 シズフェはノーラを見る。
 しかし、ノーラは首を振る。

「何も感じなかった。しかし、武器を取った方が良い。もしかするとアレが入って来たのかもしれない。だとすればマズイ」

 横顔を火に照らされたノーラの顔は真剣であった。
 シズフェ達は各々武器を取る。
 さすがに鎧を着る暇はない。
 それぞれ壁を背に警戒する。
 その時だった。強烈な風を感じる。

「来るぞ! シズフェ!!」

 ノーラが叫ぶ。
 シズフェは風を感じる方に盾を構える。
 そして、次の瞬間、強い衝撃を受けて倒れる。
 見ると子牛ほどもある、真っ黒な犬のような魔獣が盾に喰らいついている。

黒妖犬ブラックドッグ!! 魔法で気配を消していたな!!」

 叫ぶとノーラは矢を黒妖犬ブラックドッグに向けて放つ。
 黒妖犬ブラックドッグは盾を離すとヒラリと後ろに下がり、矢を躱す。
 動きが早い。

「こんにゃろう! よくもシズフェを!!」
「気を付けろ! ケイナ! 奴は影を操る!!」

 ケイナが早い動きで黒妖犬ブラックドッグに迫ると、ノーラがケイナに注意を促す。
 しかし、それは一歩遅く、黒妖犬ブラックドッグから黒い靄が噴射される。
 黒い靄がケイナを襲う。

「くそ!!見えねえ!!」

 黒い靄に纏わりつかれ、目標を見失ったケイナは何もない場所に槍を突く。

「危ないケイナさん!!」

 レイリアはケイナ姉を庇う。
 見えなくなったケイナを黒妖犬ブラックドッグが襲ったのだ。
 黒妖犬ブラックドッグがレイリアに体当たりしてそのままケイナと共に吹き飛ばされる。

「魔力の風よ! 縛りの枷となれ!!」

 マディが黒妖犬ブラックドッグに向けて魔法を放つ。
 しかし、特に動きを制限された様子はない。

「嘘! 抵抗された!!」

 マディは悲鳴を上げる。
 力も、素早さも、魔法抵抗も高い。強敵であった。

「ノーラさん! お願い相手を壁に誘導して!!」
「シズフェ! 策があるのか! わかった!!」

 ノーラは矢を連続で放つ。
 黒妖犬ブラックドッグは矢を避けて壁へと行く。

「ノヴィス! 突っ込んで!!」
「おうよ!!」

 ノヴィスは大剣を掲げて黒妖犬ブラックドッグに突っ込む。
 黒妖犬ブラックドッグは当然避けようとする。
 だけど、逃がすつもりはない。

「レーナ様! 御加護を!!」

 シズフェは黒妖犬ブラックドッグの逃げる方向に魔法の盾を作る。
 盾が壁となり、黒妖犬ブラックドッグの逃げ場を塞ぐ。

「ガアアアアアアアア!!」

 黒妖犬ブラックドッグは黒い靄をノヴィスに放つが、視界を塞いだ所で逃げ場をなくしているので意味がない。
 そのままノヴィスの大剣が黒妖犬ブラックドッグを貫く。

「うおおおおおおおおおおおお!!」

 ノヴィスは黒妖犬ブラックドッグを剣に刺したまま持ちあげると石の床に叩きつける。
 起き上がったケイナとレイリアが槍とメイスを掲げて加勢する。
 黒妖犬ブラックドッグはなおも動こうとするが3人の攻撃によって動かなくなる。

「何とか勝てたわね……」

 シズフェ警報装置を見ながら言う。
 気付かなければ全員やられていただろう。
 ノーラの感知能力をごまかしたが、魔獣とはいえ獣だ。警報装置には気付かなかったようであった。

「こんな、魔獣がいるなんて。他にも、まだ、いるかもしれないわね」
「いや、シズフェ。 黒妖犬ブラックドッグは群れて行動しない。それに縄張り意識が強いから、他の黒妖犬ブラックドッグはいないだろう。こいつを倒したのなら、逆に安全のはずだ」

 ノーラは黒妖犬ブラックドッグを見降ろしながら言う。

「そういう事だ。さっさと休もうぜ」

 ノヴィスは何事もなかったかのように再び横になる。

「そうだぜ、シズフェ。気にしても仕方がねえぜ」

 ケイナもあくびをして横になる。

「2人とも魔獣の死体があるのに、よく眠れるね」

 マディはあきれた顔で言う。

「そうね、羨ましいわ。でも確かにそうね、気にしても仕方がないわ。私達も休みましょう。マディ」
「そうだね、シズちゃん。それにしても、これが魔女の使い魔にもなる黒妖犬ブラックドッグなんだ。初めて見たよ」
「魔女の使い魔?」
「うん、魔女の使い魔。前に読んだ本によると、魔女は黒妖犬ブラックドッグを使役する事があるらしいの。主に番犬にするみたい。だから、魔女の館や城に行った時は黒妖犬ブラックドッグに気を付ける必要があるらしいよ」
「そう、番犬に使われるの……」

 番犬に使われると聞いて、シズフェは気になる。
 それは、この事件の核心に繋がるかもしれない事であった。
 シズフェはそんな事を考えながら、再び休むのだった。






 翌朝になり、シズフェ達は巨人の遺跡を後にする。
 日の光があるうちに進まなければならない。

「地図によると、目的の場所までもうすぐだな」

 先頭を歩くノーラが言う。

「案外近いな。たった一晩野営するだけでたどりつける。ハーピーももっと人里離れた場所に捕えておけば良いのに馬鹿だぜ」
「まったくだぜ、ケイナ姉。だが楽でいいや」

 ケイナとノヴィスは気楽な声を出す。
 しかし、シズフェとマディとレイリアは浮かない顔をする。
 ケイナの言う通り、ハーピーならもっと人が来ない場所に捕えられるはずであった。
 こんなにもアルム王国に近い。これでは助けて下さいと言わんばかりである。
 それが疑問であった。

「シズちゃん。この道、歩きやすいね」
「そうね、まるで前に誰かが通ったみたいだわ」

 シズフェは今歩いている所を見ながら言う。
 間違いなく、前に誰かがここに来たのだ。
 しかも、その人達は巨人の遺跡で野営したようだ。
 実はシズフェ達の前に誰かが野営した後があったのである。
 そして、彼らは黒妖犬ブラックドッグに襲われなかったようなのだ。
 それは、なぜか?
 シズフェ達は歩く。
 やがて、切り立った崖の下へと出る。

「行き止まり?」
「いや違うぞ、シズフェ。上を見ろ」

 ノーラに言われて上を見る。
 崖の中ほどの所に木を組んで作られた何かがある。

「あれは何でしょうか?」

 レイリアは首を傾げる。

「おそらく、あそこに捕えられているのではないか?」

 ノーラの言葉に全員頷く。

「フィネアス君! もしかして、そこにいるの?!!」

 シズフェは大声で叫ぶ。

「そこに誰かいるのですか?」

 すると、木で組んだ物から返事がある。小さい声だが確かに聞こえた。

「サルミュラさんから! 貴方を助けて欲しいと依頼を受けました!!」
「母さんから?!!」

 すると、木で組んだ物から誰かが顔を出す。
 ここからだと遠いが、間違いなく人間の少年である。

「今、助けるわ! 待ってて!!」

 シズフェはそう言ってノヴィスを見る。

「ああ、縄ならここにあるぜ」

 ノヴィスが背中の荷物から縄を取り出す。
 これぐらいの長さが有れば、あそこまで届くだろう。

「待て! シズフェ! 何かが来る!!」

 ノーラは慌てた声を出す。
 その後、突風が吹く。
 風がやんだあと木を組んだ物の上に何かが立っている。
 人間の女性のような姿をしているが腕と下半身が鷲になっている。
 
 ハーピー。

 そう呼ばれる種族だ。
 突然飛来して来たハーピーはシズフェ達を冷たい視線で見る。

「我が名はケライア。偉大なる風の眷属である。我らが王子を連れ去ろうとする。貴様達は何者だ?」

★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★

更新です。
平日は思った以上に執筆できないです(´-ω-`)

ブラックドッグはバーゲストと呼ぶべきかどうかで迷いました。
どちらが良いですかね?

コメント

  • 根崎タケル

    更新、ただの書き直しなので少し早めに終わらせたいのですが、難しいですね。

    2
コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品