聖女と最強の護衛、勇者に誘われて魔王討伐へ〜え?魔王もう倒したけど?〜

みどりぃ

19 冒険者登録は薄い本?

「それで、なんでこんなトコにいるんだよ?」

 ルストがリーネの護衛になった翌日。
 ルストはラクス達に連れられ、冒険者ギルドへと訪れていた。

「いやだな、お金が無いからに決まってるじゃないか」
「お前……勇者なのに金欠なのか?」
「……昨日の晩まではそれなりにあったんだけどね?」

 憐れむように言うルストに、ラクスは頬を引き攣らせて返す。

 昨晩、あれからラクスはルストが旅に参加する事を大いに喜び、そのまま歓迎会と称して料理や酒を好きなだけ頼めと言い放ったのだ。
 とは言えもともとそう言う話ではあったものの、やはり気持ちの問題だろう。ラクスは高価な酒も構わず頼めと言い、それにパーティメンバーは喜色を浮かべてウェイトレスを呼びつけた。

 だが当然人間の胃には限界がある。既に多くの料理を頼んでいた事もあり、女性陣はそう時間が掛かる事なく箸を置いた。
 が、やはりと言うべきか、止まらない者も居た。

「いくらなんでも食べすぎじゃないかな?あんかに食べれる人間見た事ないよ。しかもあんな小さな子まで……」
「ムムは成長期なんだ」
「限度ってあると思うんだ」

 そう、ルストとムムだ。
 リーネは行き倒れのルスト達を拾って食堂に行った事もありなんとなく察していたものの、ルストは全メニューを2周するに至るまで食べた。そしてそれに追随したのがなんとムムである。
 
 これには嬉しさと酒精で浮かれていたラクスもスッと冷静になった。他のメンバーも少し引いたようにその光景をただ見ていた。

「まぁいいや。それで、冒険者に登録して小銭稼ぎってとこか?」
「そうだね。アンジェリカもまだ時間が必要だし、それまでに少しね」

 食事に満足したルストは、まずリーネとの護衛についての契約内容を詰めた。その間に、ラクスとアンジェリカは今後の予定を話していたのである。
 
 それにより、おおよそ1ヶ月程は聖国に滞在する見通しとなった。
 そしてその間にのんびりするのも体裁が悪く、また腕も鈍ると言う話になり、冒険者登録をする事となったのだ。

「確か便利屋みたいなもんだろ?まぁもともと似たような事してたし、俺は構わねぇよ」
「へぇ、そうなんだ。その話も聞きたいな」
「また今度な」

 ラクスとルストがそんな話をしながら並んでいると、やっと列の先頭になった。受付のギルド職員である女性が営業スマイルで話しかけてくる。

「お待たせ致しました。今日はどのような……」
「あ、はい。冒険者登録をしたいと思いまして。……って、あの?」

 そんな営業スマイルを真っ向から天然スマイルで迎え撃ったラクスに、受付嬢が硬直した。
 それをラクスが不思議そうに首を傾げながら問いかけると、頬を赤らめてハッとしたように再起動する。

「はっ、あっ、す、すみません。えと、冒険者登録ですね」
「はい。僕と彼の2人です」
「か、かしこまりました。ではこちらの用紙に記入をお願い致します」

 手渡された用紙を物珍しそうに見ながらペンを受け取るラクスを、ルストは用紙を手に取りながら半眼で睨む。それに気付いたラクスは首を傾けた。

「ん?どうしたんだい?」
「いやお前、やべぇな。なんつーか、女性に刺されたりしたことねぇのか?」
「ははっ、そんなに柔な鍛え方してないけど」
「いやそうじゃなく……まぁいいや」

 きょとんとするラクスを無視してルストは用紙に目を落とす。
 受付嬢の方もしっかりと切り替えたのか、再び営業スマイルを装備していた。プロだ。
 そこには実に簡易的な項目が並び、名前や年齢、戦闘スタイルーー剣士や魔法使いなどーーの記入項目と、注意事項が綴られていた。

「シンプルだな」
「そうだね。ちょっと驚いたよ」

 目を丸くする2人。注意事項も罪を犯せば除名する、節度ある行動を心掛けろ、といったどこでも適用されるような内容ばかりだ。
 唯一少し変わっていると言えば命の保証が無いという項目くらいだが、それも戦闘職ならどこでも変わらないだろう。

「あはは、あまり細かく記入しても皆さんあまり見て下さらないので……」
「なるほどな。こんだけ登録の基準が低いと、そういう練度の低い輩も多いってワケか」

 苦笑いの受付嬢に、ルストは歯に布着せない言葉で納得したように頷く。その言葉を拾った周囲の冒険者達がルストを睨みつけ、ラクスは苦笑いを浮かべた。

「まぁまぁ、それよりホラ、さっさと書いてしまおうよ」
「……ん。書いたぞ」
「あ、早いね。…………よし、僕もこれでよしと」
「ありがとうございます。では登録した証をご用意するのでしばしお待ちください」

 そう言って用紙を別の職員に渡して、ルスト達の後ろに並ぶ人の対応を始める受付嬢をなんとなく見ながら下がる2人。
 
「それにしても、女性陣が全員登録済みとはね」
「剣士と魔法使いはともかく、聖女までしてやがったしな。……はぁ、変な聖女を主人にしちまったもんだ」

 沈黙を嫌った訳ではないだろうが、ラクスがなんとなく口にした言葉にルストも頷く。
  ここにパーティの女性陣が居ない理由はシンプルで、全員すでに登録をしていたからであった。
 昨日の酒が残って二日酔いのクロディーヌとリーネの事もあり、今日は登録だけとなったので、女性陣は宿に残っている。
 ちなみにリィンが無事なのは15歳という酒が飲めない年齢につき飲酒はしていないからだ。

 ちなみに酒は成人とされる16歳から許可される。もっとも、貴族などは社交界でそれ以前から飲むことを黙認されているが、勇者パーティには貴族は居ない為あまり関係のない話である。

「でも、綺麗な女性に仕えられるなんて良い事なんじゃないかい?」
「あんだけ酔い潰れるまで飲む女を綺麗と躊躇いなく言うのは難しいと思うぞ」

 昨晩、最も多く酒を飲んだのはリーネである。それでもクロディーヌよりは長く意識を保っていたが、やはり最後には潰れてしまい、ルストが抱えて宿に運んだ経緯があった。
 初めての仕事が呑んだくれた主人の運搬かよ、と溜息をついたのは記憶に新しい。

「あはは……でもルストもかなり呑んだのに平気なんだね?」
「弱くはないからな。ラクスはいまだに弱いみてぇだな?」
「うっ……仕方ないだろ?それでも、潰れないように飲む事は出来るようになったよ」

 そんな会話をしていると、受付嬢から呼ばれた。
 カウンターに向かうと、ルストとラクスにそれぞれ一枚のカードを手渡される。
 鉄の板に文字を削って名前が書かれており、右端にはAからEまでのアルファベットが縦に並び、Eの文字の横にチェックマークが削られて印字されていた。

「そちらが登録を証明する証明書になります。無くされたら再発行に銀貨一枚を頂戴しますのでご注意下さい」
「このアルファベットは?なんかEにチェックがあるけど」
「それは現在のランクを示したものになります。依頼を達成やその内容等を考慮してランクアップしていく仕組みですね」

 受付嬢の説明によると、実力や依頼に対しての姿勢、依頼人からの評価を考慮して加点式で評価が累積していくらしく、またあまりに目にあまるようなら減点もある。
 また、現在の取得点数やランクアップへの点数基準は公表されない。減点された冒険者からのクレームを避ける為等が主な理由である。 他にはランクのひとつ上の依頼までしか受注出来ないとの事だったが、少しの期間の小遣い稼ぎだからあまり関係ないとルストは軽く聞き流していた。

「では登録は完了しましたが、何か質問はございますか?」
「僕は別に」
「あぁ……大した話じゃねぇんだが、Sランクは無いのか?」

 ラクスが首を横に振りながらルストを確認するようにチラと見ると、ルストは聞いておきながら本当に興味が無さそうに質問した。

「S級冒険者様には、新しく金の証明カードが手渡されるのでこちらには記載されてないんです。もっとも、S級にまで至る方は本当に一握りなのですけどね」
「ふーん。ちなみに今俺がS級に勝てばS級になれんのか?」
「あははっ、そうですね。もしそんな事になればそうなります。S級は多少の人格云々よりも、とにかく圧倒的な実力が必要になりますから」

 いわく、S級とA級以下を隔てるのは隔絶された実力差であり、S級に至る程の実力があれば多少の人格の問題も黙認されるまであるという。
 ちなみに実力者が騎士等に転職したりしないよう、確実に手元に置きたいが為にかなりの待遇もされるとの事。

「そっか、まぁ駆け出しの俺にゃ関係ねぇ話だな。もう質問は無い、ありがとな」
「いえ。ぜひA、またはS級にまで上り詰めてください。お二人の活躍を楽しみにしております」

 受付嬢のお辞儀を横目に見つつ冒険者ギルドを後にした2人。
 扉を開けて外に出ると、頬を撫でる涼しい風がいかにギルド内が活気によるものであろう暑さがあったのかを教えてくれた。

「……ルスト、S級になれるね」
「あれは俺じゃなくリーネの勝利だろ。もし俺だとしてもならねぇよ、めんどくせぇ」
「はは、ひどいな。S級目指してる冒険者さんに謝りなよ」

 アンジェリカの『近衛』となって活動はしなくなっていたようだが、S級冒険者のパークスを倒したことを言うラクスに、ルストは心底嫌そうに吐き捨てる。
 だがルストからすれば注目を集める高位のランクは面倒事の種にしかならないというイメージしか持てなかった。

「それよか、お前が勇者ってバレなかったな」
「苗字は書かなかったからね。ラクスって名前もそんな珍しいものでもないし」
「バレたらS級になれたんじゃねぇか?」
「あはは、正直あまり興味ないかな」
「てめ、よく俺に謝れとか言えたな。今度勇者がA級以下にゃ興味ねぇって言ったってギルドで叫んでやる」
「ちょっ?!辞めてくれ、やりかねないから怖いよ!」

 そんな会話をしながら宿に戻る2人を、2階の部屋の窓から覗き込むのはリーネとクロディーヌ、リィンだ。

「あの2人、知り合いなの?」
「なんか昔会った事あるみたいッスね」
「ふーん。だとしたら、かなり仲良しだったみたいね」
「……薄い本出せるレベル」
「「え゛っ!?」」

 微笑ましく見ていたリーネとクロディーヌが、リィンの発言にギョッとしている横で、ムムは訳が分からないように首を傾けるのであった。

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