聖女と最強の護衛、勇者に誘われて魔王討伐へ〜え?魔王もう倒したけど?〜
11 聖女の思惑と始まる決闘
大教会の裏にある広場にて、数名のシスターがバタバタと走り回っていた。
広場は休憩所も兼ねており、設置してあった椅子や机などを避難させる為である。
「さて、アンジェリカ様。リーネ様との決闘はどのように?」
「リーネ様は間違いなく聖力が底をついてるはず。回復も支援も無いわ」
聖法で最も一般的でありイメージされるのが治癒聖法だ。
しかし聖法には他にもいくつかの種類がある。
アンジェリカが最も得意とする対象の能力を向上させる支援聖法。
主に対魔法の効果ながら対物理もある防御聖法。
そして、極めて会得出来る者の少ない珍しいものでは解呪聖法など多岐に渡る。
直接的な攻撃に関してはリーネ独自で編み出した攻撃聖法くらいしか無く、主に魔法の分野となる。が、戦いにおいて聖法の存在は大きい。
「あの近衛の無礼な男は聖力を持っているようには見えなかった。だから相手は攻撃しか出来ないわ」
戦いは当然攻撃あってのものだが、聖法により戦略は大幅に広がる。その選択肢があるかないかで戦い方が大きく変わるのだ。
「でしたら、序盤はリーネ様の魔力が切れるまで凌ぐ形を?」
「いえ、それはありえないわ」
妥当であると思われる戦法を提案したパークスに、アンジェリカは迷いなく却下の言葉を返す。
それを不快に思うでもなく、しかし首を傾げるパークス。
「あの女……リーネ様の魔法は耐えるなんて考えじゃ簡単に押し切られるの。何で聖女じゃなく魔法使いじゃないのか分からないくらい強力なのよ」
噂には耳にしても直接見た事のないパークスは「考え過ぎでは」と思うも、彼がアンジェリカに意見する事はない。
近衛として彼女に尽くす事を至上とする彼にとっては、彼女の意見こそが最も優先されるのだから。
「では……」
「えぇ、いつも通り思い切り攻めてちょうだい」
本来『近衛』に第一に求められるのは聖女を守る力である。
それに伴い、盾使いや防御に長けた地の魔法使いなどが過去に最も多く近衛に就いてきた。
敵を討つ力は聖女を守っている間に増援すれば良い。まずとにかく、咄嗟の危機からだろうと聖女を守る事が最優先されるのである。
しかしアンジェリカが採用した『近衛』のパークスはそれに当て嵌まらない。
S級冒険者である彼の武器は大剣。人為的な犯罪等を取り締まる事が主となる騎士と違い、魔物といった人外の敵とも戦う事の多い冒険者は殺傷能力の高い武器を好む者も多い。
その中でも特に破壊力に特化したのがパークスである。
端正な顔立ちに似つかわしくない膂力をもって、己の身長はあろう大剣を振り回し大型の魔物を屠る姿から、『豪剣』の異名がつく。
そんな彼を近衛としたのは彼女なりの思惑があっての事だ。
「かしこまりました。ちなみにあの男については?」
「リーネ様に攻撃を仕掛ければ盾となるべく勝手に割って入るでしょう?」
「なるほど、さすがでございます」
アンジェリカは内心で「脳筋め」と吐き捨てつつ頷く。
彼は腕っぷしと顔の良さで大抵の問題が片付く為、深く考える事が苦手な側面があった。
そのおかげで簡単に高い実力を持つ彼を近衛に引っ張りこめ、更にはここまで心酔させる事が容易ではあったのだが、しかしもう少し思慮深くなれないかという思いは拭えない。
(でも、そんな日々もあと少しの辛抱だわ)
下向く気持ちを勇者の方を見て持ち上げる。
勇者ラクス。魔王への切り札としての意味を持つ各国が認定した称号である『勇者』。
現時点での実力が誰にも負けない強さ、という訳ではないが、いずれ最強に至る潜在能力を有する事。
そして実際に有する力においても、大陸でも上位の実力と実績を兼ね備える者。
それらを併せ持つ者に与えられる称号なのだ。
今代の勇者であるラクスはオールラウンダータイプであり、剣術、魔法、聖法を高い次元で扱う。
個々の技能はその道の最高峰には一歩劣るも、それらを兼ね備えた戦闘スタイルは如何なる敵であっても対応する臨機応変さを持つ。
そしてアンジェリカは〝知っている〟。彼がいずれ魔王を討伐する事を。
その末に手にするのは莫大な報酬、そして最高の名誉と地位。
この世界において、魔王討伐とはこれ以上ない功績なのだ。
(はぁ〜、ラクス君かっこいい!最高!)
そんな勇者の妻になるのは『聖女』である私。
その為にすべき事は分かっている。後はそれをミスなくこなしていくだけ。
表には出さず内心興奮するアンジェリカ。最も気になる事は〝ストーリー〟になかった無礼な男の存在だが、しかしそれもこの決闘で片がつく。
「あ、リーネ様」
思考に耽るアンジェリカの耳に広場のスペースを確保したシスターの呟きが届いた。
そして扉の方に視線を向けると、美しい金糸のような髪を揺らしてこちらに歩を進めるリーネが。
その後ろにはまるで絵の具に漬けたような鮮やかさに欠けた黄色の髪で顔が半分隠れた覇気の無い男。
「来ましたね、無礼者」
「卑怯者には言われたかねぇよ」
しかも、生意気。
髪の隙間から覗く紫の瞳にやはり既視感を感じるも、それ以上の苛立ちがそれを隠す。
しかし彼の言葉には引っかかるものが。
「卑怯者?私がいつ卑怯な真似をしたと言うのですか?」
「…………ふぅん?」
見定めるような視線を向ける男に不快指数が高まる。
聞いておいてなんだが、やはり問答するだけ無駄だと話を切り上げようとして、
「無駄話は終わってからにしましょう?」
冷たい微笑を浮かべるリーネにセリフをとられた。
「……そうね」
同意するアンジェリカだが、しかしリーネのこの対応は意外でもあった。
アンジェリカはリーネが勇者パーティに興味がなく、更に言えばアンジェリカ自身に好意に近い意志を持って譲ろうとしていると思っていたのだ。
事実それは間違いではない。それなのに、この敵意は何だ。
「何を戯言を!つまらん勘繰りはよさないか!」
そこで割って入るパークス。
近衛として主に対する罵倒を遮ろうとする、実に素晴らしい忠犬ぶり。
だがしかし、その声音に違和感を感じたアンジェリカは横目にパークスを見やる。
(これは……焦り、かしら?…………っ、まさか?!)
嫌な予感にかられて口を開こうとしたアンジェリカ。
だが、先にリーネの言葉が木霊す。
「戯言?……ふふ、何のことかしら?私は無駄話は辞めて、マリーが傷つけられた憂さ晴らしがしたいだけですよ?」
「ふ、ふんっ……良かろう。すぐに始めようではないか」
微かに口籠るパークスに、アンジェリカは確信し、同時に怒りを覚えた。
(まさかマリー様を傷つけたのはこのバカ冒険者?!何してんのよこいつっ?!)
怒りに言葉を失うとはこの事か。
思わず拳を握り、もしこの場に2人しか居なければ思い切りぶん殴っていただろう。
(くっ、ラクスくんを見て舞い上がってたわ!冷静に考えてマリー様を傷つけるなんて身内の犯行、しかも手練れ!……つまり、こいつくらいのもの!)
蹲み込んで頭を掻きむしりたくなるような衝動を覚える。浮かれて監視の目を緩めてしまった自分の間抜けさを心底呪う。
「……………」
目を伏せて怒りを堪えるアンジェリカに冷めた視線を向けるルスト。
そんな彼らに知ってか知らずかいつも通りの柔らかな雰囲気のまま数歩前に進み出たルドニークが口を開く。
「では審判は私が。この決闘は勇者殿に力を見て頂く大切な闘いではあるが、しかし共にこの国の重要な人材でもある」
それどころじゃないのに!と内心で吠えるアンジェリカに構わずルドニークは言葉を続ける。
「故に、命の奪う事は禁止とする。よろしいですかな」
頷くリーネ、ルストとパークス。一拍遅れて歯噛みしながら頷くアンジェリカを見回して、すっと右手を掲げるルドニーク。
「よろしい。ではこれより聖女同士の決闘を始める。……始め!」
広場は休憩所も兼ねており、設置してあった椅子や机などを避難させる為である。
「さて、アンジェリカ様。リーネ様との決闘はどのように?」
「リーネ様は間違いなく聖力が底をついてるはず。回復も支援も無いわ」
聖法で最も一般的でありイメージされるのが治癒聖法だ。
しかし聖法には他にもいくつかの種類がある。
アンジェリカが最も得意とする対象の能力を向上させる支援聖法。
主に対魔法の効果ながら対物理もある防御聖法。
そして、極めて会得出来る者の少ない珍しいものでは解呪聖法など多岐に渡る。
直接的な攻撃に関してはリーネ独自で編み出した攻撃聖法くらいしか無く、主に魔法の分野となる。が、戦いにおいて聖法の存在は大きい。
「あの近衛の無礼な男は聖力を持っているようには見えなかった。だから相手は攻撃しか出来ないわ」
戦いは当然攻撃あってのものだが、聖法により戦略は大幅に広がる。その選択肢があるかないかで戦い方が大きく変わるのだ。
「でしたら、序盤はリーネ様の魔力が切れるまで凌ぐ形を?」
「いえ、それはありえないわ」
妥当であると思われる戦法を提案したパークスに、アンジェリカは迷いなく却下の言葉を返す。
それを不快に思うでもなく、しかし首を傾げるパークス。
「あの女……リーネ様の魔法は耐えるなんて考えじゃ簡単に押し切られるの。何で聖女じゃなく魔法使いじゃないのか分からないくらい強力なのよ」
噂には耳にしても直接見た事のないパークスは「考え過ぎでは」と思うも、彼がアンジェリカに意見する事はない。
近衛として彼女に尽くす事を至上とする彼にとっては、彼女の意見こそが最も優先されるのだから。
「では……」
「えぇ、いつも通り思い切り攻めてちょうだい」
本来『近衛』に第一に求められるのは聖女を守る力である。
それに伴い、盾使いや防御に長けた地の魔法使いなどが過去に最も多く近衛に就いてきた。
敵を討つ力は聖女を守っている間に増援すれば良い。まずとにかく、咄嗟の危機からだろうと聖女を守る事が最優先されるのである。
しかしアンジェリカが採用した『近衛』のパークスはそれに当て嵌まらない。
S級冒険者である彼の武器は大剣。人為的な犯罪等を取り締まる事が主となる騎士と違い、魔物といった人外の敵とも戦う事の多い冒険者は殺傷能力の高い武器を好む者も多い。
その中でも特に破壊力に特化したのがパークスである。
端正な顔立ちに似つかわしくない膂力をもって、己の身長はあろう大剣を振り回し大型の魔物を屠る姿から、『豪剣』の異名がつく。
そんな彼を近衛としたのは彼女なりの思惑があっての事だ。
「かしこまりました。ちなみにあの男については?」
「リーネ様に攻撃を仕掛ければ盾となるべく勝手に割って入るでしょう?」
「なるほど、さすがでございます」
アンジェリカは内心で「脳筋め」と吐き捨てつつ頷く。
彼は腕っぷしと顔の良さで大抵の問題が片付く為、深く考える事が苦手な側面があった。
そのおかげで簡単に高い実力を持つ彼を近衛に引っ張りこめ、更にはここまで心酔させる事が容易ではあったのだが、しかしもう少し思慮深くなれないかという思いは拭えない。
(でも、そんな日々もあと少しの辛抱だわ)
下向く気持ちを勇者の方を見て持ち上げる。
勇者ラクス。魔王への切り札としての意味を持つ各国が認定した称号である『勇者』。
現時点での実力が誰にも負けない強さ、という訳ではないが、いずれ最強に至る潜在能力を有する事。
そして実際に有する力においても、大陸でも上位の実力と実績を兼ね備える者。
それらを併せ持つ者に与えられる称号なのだ。
今代の勇者であるラクスはオールラウンダータイプであり、剣術、魔法、聖法を高い次元で扱う。
個々の技能はその道の最高峰には一歩劣るも、それらを兼ね備えた戦闘スタイルは如何なる敵であっても対応する臨機応変さを持つ。
そしてアンジェリカは〝知っている〟。彼がいずれ魔王を討伐する事を。
その末に手にするのは莫大な報酬、そして最高の名誉と地位。
この世界において、魔王討伐とはこれ以上ない功績なのだ。
(はぁ〜、ラクス君かっこいい!最高!)
そんな勇者の妻になるのは『聖女』である私。
その為にすべき事は分かっている。後はそれをミスなくこなしていくだけ。
表には出さず内心興奮するアンジェリカ。最も気になる事は〝ストーリー〟になかった無礼な男の存在だが、しかしそれもこの決闘で片がつく。
「あ、リーネ様」
思考に耽るアンジェリカの耳に広場のスペースを確保したシスターの呟きが届いた。
そして扉の方に視線を向けると、美しい金糸のような髪を揺らしてこちらに歩を進めるリーネが。
その後ろにはまるで絵の具に漬けたような鮮やかさに欠けた黄色の髪で顔が半分隠れた覇気の無い男。
「来ましたね、無礼者」
「卑怯者には言われたかねぇよ」
しかも、生意気。
髪の隙間から覗く紫の瞳にやはり既視感を感じるも、それ以上の苛立ちがそれを隠す。
しかし彼の言葉には引っかかるものが。
「卑怯者?私がいつ卑怯な真似をしたと言うのですか?」
「…………ふぅん?」
見定めるような視線を向ける男に不快指数が高まる。
聞いておいてなんだが、やはり問答するだけ無駄だと話を切り上げようとして、
「無駄話は終わってからにしましょう?」
冷たい微笑を浮かべるリーネにセリフをとられた。
「……そうね」
同意するアンジェリカだが、しかしリーネのこの対応は意外でもあった。
アンジェリカはリーネが勇者パーティに興味がなく、更に言えばアンジェリカ自身に好意に近い意志を持って譲ろうとしていると思っていたのだ。
事実それは間違いではない。それなのに、この敵意は何だ。
「何を戯言を!つまらん勘繰りはよさないか!」
そこで割って入るパークス。
近衛として主に対する罵倒を遮ろうとする、実に素晴らしい忠犬ぶり。
だがしかし、その声音に違和感を感じたアンジェリカは横目にパークスを見やる。
(これは……焦り、かしら?…………っ、まさか?!)
嫌な予感にかられて口を開こうとしたアンジェリカ。
だが、先にリーネの言葉が木霊す。
「戯言?……ふふ、何のことかしら?私は無駄話は辞めて、マリーが傷つけられた憂さ晴らしがしたいだけですよ?」
「ふ、ふんっ……良かろう。すぐに始めようではないか」
微かに口籠るパークスに、アンジェリカは確信し、同時に怒りを覚えた。
(まさかマリー様を傷つけたのはこのバカ冒険者?!何してんのよこいつっ?!)
怒りに言葉を失うとはこの事か。
思わず拳を握り、もしこの場に2人しか居なければ思い切りぶん殴っていただろう。
(くっ、ラクスくんを見て舞い上がってたわ!冷静に考えてマリー様を傷つけるなんて身内の犯行、しかも手練れ!……つまり、こいつくらいのもの!)
蹲み込んで頭を掻きむしりたくなるような衝動を覚える。浮かれて監視の目を緩めてしまった自分の間抜けさを心底呪う。
「……………」
目を伏せて怒りを堪えるアンジェリカに冷めた視線を向けるルスト。
そんな彼らに知ってか知らずかいつも通りの柔らかな雰囲気のまま数歩前に進み出たルドニークが口を開く。
「では審判は私が。この決闘は勇者殿に力を見て頂く大切な闘いではあるが、しかし共にこの国の重要な人材でもある」
それどころじゃないのに!と内心で吠えるアンジェリカに構わずルドニークは言葉を続ける。
「故に、命の奪う事は禁止とする。よろしいですかな」
頷くリーネ、ルストとパークス。一拍遅れて歯噛みしながら頷くアンジェリカを見回して、すっと右手を掲げるルドニーク。
「よろしい。ではこれより聖女同士の決闘を始める。……始め!」
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