聖女と最強の護衛、勇者に誘われて魔王討伐へ〜え?魔王もう倒したけど?〜

みどりぃ

10 2人の聖女

「何なのよあの男っ!」

 大教会の裏庭に向かう道中、アンジェリカは自室に立ち寄って叫ぶ。
 『聖女』の自室という頑丈で防音機能のある部屋に金切り声が響いた。

「ルドニーク様も何で追い出さないの?!私は聖女よ!?あんな無礼者がこの大教会に立ち入るなんて……!」

 金銀の細工が施された小物や家具といった豪華ながらも少し目に痛い部屋、その机の上にある水飲みのグラスを叩きつけた所で叫ぶ勢いを落ち着かせる。
 しばし肩で息をしていたアンジェリカ。

「でも、これからあの男も決闘に参加する……なら、存分に叩きのめせばいいのよ……!」

 冷静になってきたアンジェリカは、少しずつその形の良い口元を歪めていく。

「そうよ、リーネは恐らく聖力は残っていない。あの男を痛めつけても治す手立てはないはず!そして……」

 『異端聖女』のリーネと並ぶ『聖女』としてのアンジェリカ。
 彼女の〝まさに聖女だ〟と評されている清楚な振る舞いや笑顔は大変人気がある。

 だが、今の彼女を見れば熱心な信者などは卒倒するだろう。

 口元を醜悪に歪め、眼を三日月のように細く笑う姿はまるで物語に登場する悪魔のようだった。

「ラクス様……お待ちしておりました…!前世から、長くお慕いして、やっと今日から共に歩む事が出来ます……!」

 そう。私は、この時の為にこれまでの苦痛に耐えてきた。 間抜けな民衆どもに愛想を振りまき、ヒロインに敵対する悪役のリーネと同じ立場という屈辱に耐え、下心の透けて見える男を『近衛』として側に控えさせるという苛立ちを堪えてきた。

 それも全て、〝この世界の主人公〟たる勇者ラクスと結ばれる為。

 だが、気になる点はあった。

「どこで間違えたか、それともバグか……勇者様の仲間が違ったり、妙な男がリーネの近衛になっているけど……」

 本来なら、勇者の仲間である魔法使いと剣士は男のはずだ。 共にイケメンであり、実力は最初は大した事はなくとも、ヒロインである私に見染められればそれなりに強くなる男達。

 だが、現れたのは2人とも別人で、しかも女だ。
 乙女ゲームのイケメンに囲まれるという設定から逸脱しており、しかも見たところ実力は本来いるはずの男達よりもかなり高いように見える。

 そしてあの無礼者である男、ルスト。
 どこかで見た事があるような気はしたが、しかしあのような髪色のキャラクターは思い出せないし、ストーリーには出てこない。

 また、ヒロインの能力値や名声を高めれば、反比例して悪役のリーネの評価が下がる設定のはずであり、それが勇者来訪までに一定まで進めば、誰も彼女の『近衛』 になりたがらない。 つまり、そもそも決闘そのものが発生しないはずだった。

 そのはずなのに、居ないはずのキャラクターの乱入と、それにより決闘のイベントが発生した。

「……まぁいいわ。名声も実力も十分高めたし、負けるはずがないわ」
  そんなありえない状況に取り乱したが、しかし帳尻を合わせる事は十分可能。
 
 こちらの名声に応じて強くなる『近衛』は、現実を見れば大陸でも極少数のS級冒険者。
 当然、実力は最高峰。
 
 恐らくは今現状の勇者よりも僅差で強いであろう『近衛』パークスに、アンジェリカの支援聖法が加わればまず負ける事はない。

 はっきり言って、勇者パーティ相手にも勝利を収める事が可能だとアンジェリカは考えている。

「ふふ……待っててね、ラクス様……」

 〝この世界〟のヒロインである彼女は、桃色の瞳を昏く濁らせて嗤った。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「バカじゃないの?!」

 一方で、救護室で雷の如き怒声が響いていた。
 アンジェリカの自室よりも防音性が低い救護室は音を全て防ぐ事は叶わず、廊下を歩いていた通りすがりのシスターがビクッと肩を震わせる。

 その怒声を間近で受けたルストは、耳を押さえてしゃがみ込んでいた。

「う、うるせぇ……」
「アンタがバカな事してるからよ!何勝手に宣戦布告してくれてんのよ!決闘なんて出来るはずないじゃない!」

 こめかみに青筋を浮かべて捲し立てる彼女に、ルストは耳の痛みから眉間にシワを作りながら返す。

「いや、だって絶対犯人あいつらだろ。やられたらやり返す。当然だろ?」
「そういう問題じゃないわよ!もう聖力が残ってないのに!」

 リーネは魔力も扱える。
 即ち魔法も使える聖女として『異端聖女』と評されているが、しかし当然と言うべきか主力は聖法だ。
 
 彼女の聖力を10とするならば魔力は7あるかないかであり、6年間に撃退してきた相手も魔法も使いはしたが聖法での戦いがメインである。

 聖法の中には敵を攻撃する種類もある。とは言え、それはリーネが独自で編み出したものなので一般的には存在しないが、とにかく彼女の本領はそこにあるのだ。

「しかも相手はS級冒険者のパークスとアンジェリカ様なのよ!?はっきり言って勇者パーティを相手にした方がまだマシだわ!」

 大陸有数の冒険者であるS級冒険者。
 その称号を持つパークスはその中でも中堅に位置しており、純粋な一対一ならば聖王の抱える聖騎士団の団長にも勝る。
 そんな彼に『聖女』の支援聖法が上乗せされれば、大陸でも勝てる相手は片手で足りるだろう。

「万全でも勝てるが分からないのに……あぁもうこのバカっ!」

 もし聖力が万全であれば、やり方次第では闘えたかも知れない。
 そう言えるだけの実力をこれまでの努力で身につけた自信はある。
 
 この世界には魔物という脅威が蔓延っている。
 未だに確認されていない種類もいる程に多種多様な種が存在し、その力も上から下まで幅広い。
 そしてその上の脅威ともなれば、単体で小国ならば容易く滅ぼす事さえ出来る。

 そのような脅威に傷ついた人々を癒す、というのがこの世界における『聖女』の役割だ。

 だが、リーネは傷ついた人々を見るのが嫌だった。

 『聖女』の立場が、傷つくのを待つように思えてしまったのだ。
 毎日何人もの民が傷を負って治癒聖法を求めてリーネの前に現れるのを見ている内に、彼女は決心した。

――私が、傷つく人が生まれる前に、その脅威を払ってみせる。

 そうと決めた彼女は、自身に宿る魔力の扱いの訓練を始めた。
 聖王のもとに足を運び、聖国魔法隊の紹介をもらって魔法を指導してもらった。
 お忍びで冒険者に登録して、魔物相手に実戦もした。
 魔法を使う事で身についた感覚を聖法に当て嵌め、聖法での攻撃を可能とする術を編み出した。

 そうして身についた実力は、自他共に認める所。『近衛』を付けることを国が諦めたのが何よりの証拠である。

「あぁ、アンジェリカ様は絶対全力で来るわ……」

 そして、そうした訓練を始めた時点で〝本来の役割を担う聖女〟の選出もルドニークに頼んだ。
 実際は『聖女』を辞退すると言ったのだが、リーネ程の治癒聖法を使える者が居ない為却下された事による、いわば妥協案である。

 それにより選ばれたのがアンジェリカだ。

 彼女の成長にはリーネも舌を巻いた。
 あっという間に、リーネには及ばずとも他のシスターをはじめとした聖法使いでは太刀打ち出来ない治癒聖法を身につけた。
 
 そして直接戦闘に出る場面が無い為目立ちにくいが、支援聖法に至ってはリーネを上回るレベルにまで至っている。

 その立ち振る舞いや可愛らしい笑顔は民から〝聖女はこうでなきゃ〟とリーネに悟す者も居る程で、実際リーネも同感だった。
 こうして心置きなく魔物を屠り、民の脅威を少しでも減らさんと闘う事に専念出来た。

 そんな彼女にリーネは感謝していた。その為、今回の勇者来訪にあたりアンジェリカが勇者パーティに加わろうとしている事を察してリーネは退こうとも思った。
 
 だが、ルドニークはそれを良しとしなかった。

 リーネが思うに、あの狸爺は『選ばせる』事でより強く恩を抱かせようとしているのだろう。
 人は用意されるより選んでも良いと言われた方が納得出来、有難く思うものである。

 それにリーネの想いとは裏腹に、アンジェリカはリーネの事を好ましく思っていない事は彼女自身察していた。
 どこか張り合うような、それでいて見下すような態度を感じていたのだ。
 
 その為、ただ退くという行為はかえって反感を買うかも知れないと考え、会談に参加することに頷いたのである。

「予定が完全に狂ったわ……!もう、バカっ!」

 会談に参加し、それっぽい理由で辞退。これがリーネの描いていた流れだ。

 万が一実際に決闘となってしまえば面倒な事になる。 決闘は喧嘩とは違う。聖国ならではの女性同士の決闘では強制ではないが、本来決闘は命を賭ける。
 さすがに『聖女』同士の決闘で命まではとる訳にはいかないだろうが、『近衛』は別だ。

 『近衛』は会談に連れていくつもりはなかった。
 付き人によるあまりの恐怖につい青年を巻き込んだが、もともと決闘になる前に辞退するつもりでもあったし「まだセーフ」だと思っていた。
 それなのに、

「アンタは殺されるかも知れないわよ?!バカじゃないの!?」

 目の前の男は挑発付きで決闘に持ち込みやがったのだ。
 怒鳴らずにはいられなかった。

「バカバカうるせぇな。お前はいいのかよ?」
「何がよ?!」
「大事な人を殺されかけた相手に、何もしないでいいのか?」
「っ……!」

 リーネは言葉を詰まらせる。だって言えるはずが無い。仕返ししたい、なんて。

「このままじゃ何食わぬ顔で逃げてくだけだ。その前に、落とし前つけさせる。何かおかしな話か?」
「…………でも、アンジェリカ様達は強いわ。私はともかく、アンタは死ぬかも知れない…」
「はっ、バカだな。こんな素性も知れない男、利用すればいいだろ?」
「そうはいかないわよ!」

 軽口を叩くようにへらっと笑うルストに、リーネはぴしゃりと返す。その言葉に、ルストは目を細める。
 口元は軽薄さが見えるように緩んだままなのに、その瞳はまるで見定めるような、見透かすような。
 それでいて眩しい光を見るようだった。

「…………何よ?」
「いや……」

 その瞳にリーネは自覚が無い程に小さな懐かしい、に近い感情を抱きつつも、怪訝そうに返す。
 それにルストは目を逸らしながら曖昧に呟くが、すぐにまたリーネに視線を戻して笑う。

「まぁ心配すんな。逃げ回るのは得意だからな、勝てるかはともかく、簡単には死なんって」
「だから………はぁ、もういいわ」

 そんなお気楽な言葉に反論しようとして、しかしリーネは観念したように溜息をついた。
 
 普通ならば断固として頷かない。
 
 だがーー何故かは分からないが、あの紫の瞳に、不思議と気を許してしまう。

 その理由を考えるよりも早く、ルストが口を開いた。

「よし、じゃあ行くか」

 そう言って救護室を後にするルスト。
 
 リーネはベッドで眠るマリーに視線を向けて数秒。グッと拳を握りしめ、踵を返して扉に向かう。

 廊下に出て、裏庭へと続く道の正反対側に進んでいるルストを呼び止め、場所を知らないなら先に行くなと怒鳴りながら、リーネ達はアンジェリカ達が待つ裏庭へと歩いていった。

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