聖女と最強の護衛、勇者に誘われて魔王討伐へ〜え?魔王もう倒したけど?〜
2 行き倒れから始まる出会い
「そうは言われましても……あぁっ、待ってくださいリーネ様!」
「すぐ戻るからっ!」
「そう言っていつも戻るの遅いじゃないですか!今日こそは逃がしませんよ!」
光を弾くような金の髪を揺らして走る女性とそれを追うシスター。
そんな2人が教会から飛び出していく光景を、道行く人々は笑って眺めている。
「おっ、リーネ様!こないだは助かったぜ!」
「なら良かったわ!またいつでも言ってちょうだい!」
「リーネ様、いい加減に大人しくしてないとマリーさんキレちゃうよー!」
「大丈夫よ、マリーは優しいもの!」
すれ違う人々と猛ダッシュですれ違い様に挨拶をしながら駆けるリーネに、シスター服を着た壮年の女性――マリーが必死に食い下がる。
「そう思うなら優しさに応えてお待ち頂けませんかねリーネ様?!あ、加速?!ちょっ……待てっつってんだろ!」
「うわ!マリーさんがキレた!」
「52歳の走るフォームじゃねぇぞあれ!」
「また51だよ誰だこら覚えとけよ!」
「やべぇ逃げろぉ!」
教会の前に突如訪れた喧騒。遠目に見ていた住民達も可笑しそうに笑いながら見たり、リーネやマリーに声援を飛ばしたりと楽しそうにしている。
それを、教会の窓から見下ろす1人の女性がいた。
「ふん……リーネさんには品位というものが無いのかしら?」
「仰る通りかと、アンジェリカ様」
薄い桃色の髪を手で払いながら後ろに立つ騎士風の男に吐き捨てる。
アンジェリカと呼ばれた女性は微かに幼さを残した整った容姿で、かわいらしいと誰もが言うであろう庇護欲を誘う顔立ち。
だが、その髪色と同じ色を持つ瞳には狡猾ささえ感じる鋭さがあった。
「ですが、それもこの度の選定まででしょう」
「そうね。ふふふ…」
少女のような微笑みは、しかし老婆の魔女のように見る者の背筋を凍らせるような恐ろしさがあった。
「ふぅ……やっと逃げ切れたわ。今日はさすがにマリーも本気だったわね……」
肩で息をしながら後ろを振り返るリーネは、マリーを撒いたと確信して安堵の溜息をついた。
近頃は白髪も増えてきて、それが似合う柔和な微笑みが素敵な幼い頃からの付き人。そんな彼女が血走った目でキレッキレのフォームで追いかける姿は実に恐かった。
昔から優しく、時に厳しく育ててくれた母のような存在である彼女には、この歳になってもまだ迷惑をかけてしまうなと苦笑いを浮かべる。
「ごめんねマリー。でも、今回は特にムリなの」
だが、今回ばかりはどうしても逃げざるを得なかったのだ。
半年程前に認定された勇者。その勇者が魔王討伐にあたり、勇者の出身国でもあるシュヴァリア王国がパーティメンバーを集っていたのはここ聖国ホーリィにも情報は届いていた。
だが、勇者であるラクス・ハーディは自らパーティメンバーを探すと言い始めたのだ。
すでに魔法使いと剣士を仲間にしているらしいのだが、回復魔法を使えるメンバーが居ない事から回復魔法を含めた聖法の扱いに長けた聖国に仲間を探しに来る事となった。
そしてその勇者一行の到着が、まさに今日なのである。
「はぁ……」
追いかけっこで肺に溜まった二酸化炭素と一緒に憂鬱さを吐き出し、賑やかな声が聞こえてくる街中へと歩き出した。
「…………え?」
そして、目の前に倒れている青年と少女を見て固まった。
「ありがとーございますっ!」
「死ぬかと思った……助かった」
「はぁ……」
数十分後。街中にある定食屋で、青年と少女は周囲の注目を集めながらも完食した。
その横で呆れ半分といった視線を送るリーネ。
「兄ちゃんと嬢ちゃん、えらい食うねぇ」
店主の言ったように、注目を浴びていた理由は2人の脇に積み上げられた皿だった。
5人前は食べたであろう少女と、その数倍は食べた青年に感心半分、驚嘆半分の視線が集まっていた。
「もーいっしゅうかんくらいたべてなかったんですもん!」
「いや2週間くらいだろ?」
「普通逆に胃がビックリして食えないと思うんだけど……」
満足そうに腹を撫でる2人にリーネは呆れたように言う。
途中まで手元にある財布の中身で足りるのかと戦慄していたが、嬉々として箸を進める2人を止めようとも思えなかった。
結局明らかに所持金を上回る食べっぷりを見せた2人に、リーネはとっくにツケを頼むと決めていた。
「ありがとーおねぇちゃん!あたしムム!よろしくです!」
「ふふ、私はリーネ。よろしくね」
「リーネ……?」
少女――ムムの満開の笑顔に思わず頬を緩めるリーネ。そのムムの横で青年が何かを思い出すように虚空に視線を放り投げる。
そんな青年にリーネは内心で「お前も挨拶と感謝くらいしろや」と吐き捨てる。が、堪えて自分から切り出す。
「えっと、あなたは?」
「……………」
しかし青年は黙り込んだまま腕を組む。眉根を寄せて思い出そうとしているようだが、それより先にやる事があんだろとリーネの眉にもシワが寄る。
「……ねぇ、君。名前くらい名乗りなさいよ」
「……あぁ!聖女リーネか!」
ここでやっと青年がリーネに視線を向けた。どうやらリーネの事を聞いた事があったらしく、それを思い出していたようだ。
「……そうよ。それで、あなたは?」
「確かに聖女らしくねぇな……聞いた以上に庶民感溢れてるわ。噂は本当だったんだな」
「…………」
なかなか名乗らない青年に、もはや名前なんてどうでも良くなるリーネ。青筋を浮かべて拳を握り締めるリーネに、周囲の店主や客が慌て出す。
結構短気な所がある事を知っている住民達は、宥めるように青年とリーネの間に割り込んだ。
「ま、まぁまぁリーネ様!きっと悪気はないんですよ、マイペースなだけですって」
「ほら、聖女様と知って名乗るのが恐れ多くなったのかも!」
「『異端聖女』とか、あと『井戸端聖女』だっけ?史上最高に威厳のない聖女とかゆー」
その周囲のフォローを一瞬で消し去る言葉をさらりと告げる青年。
ピシリと周囲が凍りつき、そして恐る恐るリーネの方を見る。
「あ……あ……あんたねぇ……!」
ぷるぷると震えて怒りを堪えているリーネに、そそくさと客は席に戻っていく。店主は頭上にハテナマークを浮かべるムムを抱えて距離をとる。
「あ!あとあれか、『暴力聖女』!一体何したらそんな名前で呼ばれるんだよ?」
「その身に理由を教えてあげるわよっ!」
そんな周囲に構わずトドメの一言を放つ青年の頬に、リーネの鋭い右ストレートか突き刺さった。
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