なかむら先生の怪しい歴史授業 ~人生残酷物語~ (注) 残酷描写はありません。

なかむらふみじ

第3話 少年よ拙速を貴べ!

中村教授という詐欺師に騙されてとんでもない卒業テーマにつかまされたショックを引きずりながら研究室にやってきた僕。また、研究棟の入り口で同期のマドンナまなちゃんと出会った。

「大丈夫?顔色悪いよ?」

「ああ、ありがとう。卒論のテーマがね、なかなかえぐくてね。『天皇と軍隊』だって。」

「すごい、炎上しやすそうなテーマだねえ。すごい勉強になりそう。」

「まなちゃんはどうなの?」

「え?卒論のテーマ?唐代の漢詩だよ。ただ、もう先輩がある程度筋道立ててるテーマなんだよね。みんな4月から7月までは卒論よりは就活頑張れっていってくれてて...そっちはどう?」

「え、『お前レベル低すぎるから卒業できないだろう』って。」

「・・・、ブラック研究室だね。」まなちゃんは、かわいらしく眉をひそめて言った。

「まあ、間違いなくそうだね。」僕はさらに肩を落とした。

「私、これからオンライン説明会あるから図書館いくんだ。じゃあね。」

まなみちゃんは、シャンプーの良い匂いを漂わせながら颯爽と去っていった。ああ、輝かしい未来へと向かうまなみちゃんの後ろ姿がまぶしい。ただ、少し考えるところはある。8月から2月の半年しか研究に時間が使えず、レールもひかれたテーマならあまり試行錯誤の経験も積めないだろう。それって十分に学んで大学を出たことになるのかな?少し中村教授に染まってきちゃったかな?



さて、研究室に向かうと珍しく巨乳美人の廣瀬さんが仁王立ちになって待ち構えていた。

「昨日軽く作ってくれた研究プラン見たわよ。ちょっと一回中村先生と話をしましょうか?」僕に軽く声をかけるとどすどすと歩いて教授室に向かう。

「はい、ありがとうございます。」これから一体何がはじまるというのだろうか?不穏な空気しか漂っていない。



朝のおだやかな光が窓から差し込む教授室。中村教授は可愛いデザインのマグカップでコーヒーを楽しんでいるところだったようだ。

「どうしたの?二人して?」少し驚いて、メガネ越しの小さな目が大きく見開かれている。

「先生、彼の卒論テーマの修正をお願いします。」廣瀬さんは単刀直入だ。

「まあ、修正するほど具体的なものを与えたつもりもないけど?どうしたのかな?」先生はつゆほども動揺せずいう。

「彼にこのテーマはいささか以上に荷が重いです。実際に彼が昨日作った研究計画を見てください。」廣瀬さんは僕になんの前置きもなく、昨日まとめきれなかった研究計画を中村教授に見せた。

「えっ、いやっ、それ完成させたものというわけでも...」僕は、教授から学力が低い認定を受けて卒業が遠のく事態を避けたかった。が、教授はその紙をろくに見もせず口を開いた。

「君...、私は正直驚いたよ。えらいね。君は速さの重要性を理解している。兵は拙速を貴ぶというけれど、君はそれを体現したわけだねえええ」中村教授は感心している。あれ?僕褒められている?

「いや、こんなに悲惨な出来栄えでも早いというだけで許されてしまうよね。」うん、やっぱり僕は褒められていなかったね。



「なんでそんなに反応が薄いんだい?速さの重要性を示す事例は歴史上枚挙にいとまがないんだよ。」

「はあ。」思わず何の意味もない相槌を打ってしまう私。

「どうした。気のない返事だな...。」中村教授はため息。隣で廣瀬さんが大きなため息をして腕と足を組む。こんな失礼な態度とるなんて...廣瀬さん素敵です(美人補正)!!



「自分の準備が100%でない状態で相手を急襲する事例というのは多い。例えば信長の尾張統一戦争というのはカウンター×速攻の組み合わせでできていたんだ。」




「信秀他界時、信長の勢力は名古屋ー萱津ー津島から南に限られていた。西のラインは大高と末森だ。正直今の名古屋市と、あま市、津島市、愛西市くらいしかなかったんじゃないかな?」

「こうしてみると、信長の初期勢力圏ってかなり限られていたんですね。」と僕。

「そうだね。信秀にたまっていた反感、今川による工作活動で信長はしょっぱなから大ピンチだったんだね。そんな中、信秀他界直後に事件が起こる。」中村教授が続ける。

 「1552年、信秀他界と前後して、鳴海城主で信秀の家臣であった山口教継が今川方に寝返った。1552年4月、信長はこれを討つため兵800で那古野を出陣しました。その行動は素早く、あっという間に相手の本拠地鳴海城近くの三の山に進出した。」

「ここでようやく山口氏が迎撃に出てきた。待って各砦から手勢を繰り出して包囲するつもりだったのかもしれないが。山口教吉が鳴海から、北にある赤塚に1,500の兵で出陣して来た。おそらく、少し高台にいる信長軍をおろしてから戦おうと考えたんだろう。これを見て信長も果敢に赤塚に進軍し、両者は先陣を繰り出して戦闘に突入した。兵力に2倍の差があるにもかかわらず、この戦いは引き分けに終わった。顔見知り同士の戦いという側面もあったので、最後は捕虜交換で終えて、信長は那古野に引き上げていった。」

「うーん、さすがに勢力差2倍で平地で勝つのは難しそうですね。」

「注目点は、後背の末森などの動静が明確でない中で、鳴海のすぐ手前まで攻め込んで決戦している点だ。信長にはこういった前のめりの姿勢が目立つ。が、想像してほしい。」中村教授が私に真剣なまなざしを向ける。

「危険なのは山口氏が1500の手勢をその日のうちにまとめて繰り出すことができた点だ。鳴海周辺から集めた手勢だけで1500になるとは思えないから今川の援軍もいたのかもしれない。だけど、これ信長が攻め込まれる立場だったらどうだろうか?」

「うーん、とっさに集められる兵力に二倍差がある相手に攻め込まれると、周りの反信長派の織田氏が黙ってみてなさそうですよね。」と僕。

「そうなんだよ。この話のポイントは急襲で相手の不意を突いたということだけじゃない。急襲することで勢力が大きい相手に主導権を握らせないことに成功しているんだよ。」中村教授はよくできましたというように急襲の効果を説明してくれた。

「なるほど。」

「ほかにも事例はあるよ。」僕がうなづくと嬉しそうに中村教授はほほ笑む。

「萱津合戦もそんな例の一つだね。赤塚の合戦が一段落したころ、清州の織田大和守家の家老坂井氏が信長に牙をむいた。清州の近くにあった、松葉城主織田伊賀守と深田城主織田信次=信長の叔父を虜としました。1552年8月15日のことだ。結果として、信長の勢力下でありかつ実母の出身地であった萱津は敵の包囲下に。重要な財源である津島にも敵の手がのびた。

 なんと、信長はこれに対して8月16日に那古野から出陣。中村で叔父の信光と合流後、萱津で坂井甚介と戦いこれを打ち取ってしまった。柴田勝家の功績だったと言われている。余勢をかって、松葉、深田を奪還して信長の勢力は伸長したんだよ。」

「翌日に攻め込んだんですか!」

「そう。普通、合戦で大将というのはなかなか討ち死にしないんだ。だけど、この合戦では相手の大将が普通に死んでいる。おそらく、翌日の急襲を想定していなかったんだろうね。相手の態勢が定まらないうちに討つ。これも急襲のだいご味と言えるだろう。」



「今日は信長の話をしたけれども、ユリウス・カエサルだってチンギス・ハンだって脊髄反射的な速さで勝ちをつかんだ実績が非常に多い。逆に間に合わずに苦杯をなめさせられた事例だっていっぱいある。君は今一つ大事なことを学んだんだよ。」中村教授は分厚いフレームのメガネ越しに見える小さな目をさらに細めて言う。

「なるほど確かに。お話を伺っている範囲だと、速攻には相手の対応策を練る時間をそぐことができて、十分な兵の募集・防備の充実を不可能にすることで、不十分な状態の相手をたたくことができるという効果があるわけですね。」僕はうなずいた。

「君の卒論計画は確かにくそかもしれない。だけどこれをベースに私や廣瀬君がコメントせざるを得ない。なぜなら、私たちにはこの卒論テーマを君に与えた時の腹案程度しか手元にないからだ。時間が経てばたつほど私や廣瀬君のようなプロの考えるアイデアが磨かれていってしまって、君が卒論の方針を自分の手で創意工夫することは難しくなるだろう。こういことを積み重ねて遠い道のりかもしれないが君の力で卒論仕上げていこうじゃないか。」中村教授は僕に右手を差し出した。



「先生、ありがとうございます。僕、頑張ります。」僕が素直に感動して右手を差し出し返したその時、

「いや、ちょっと待ってください。」廣瀬さんが、腕と足を解き反撃しはじめた。

「今の話はそもそも、彼のレベルに卒論テーマがあっていないことへの解決策になっていませんよね。それにたとえ話も不十分です。信長の速攻には反面リスクもあって実際に信長はこれで結構痛い目見てますよね?信長はその失敗を吸収するリソースを持っていたわけで。そういう話を無視して速攻はすばらしいという結論ありきで話すのはいかがでしょうか?」

「ん・・・?そうかな?君はどう思う?」突然僕に話を振られても困るんだが。

「ああ、あなたはもう行ってもいいわよ。」廣瀬さん、僕に退場宣告。

「はい。わかりました。」美人の言うことは絶対とうなづく僕。

「君、素直だねぇ。僕の言うことはあんなに疑うのに...。」心底感心する中村教授。

「先生、私の主張を聞いてください。」冷たく突っ込む廣瀬さん。後は、二匹の猛獣が戦う声だけが教授室から響いてきていた。まあ、どちらかというと廣瀬さんが教授を攻め立てる声が響いていた。



しかし、僕はどうして廣瀬さんのように明晰に中村教授に反論できないのだろうか?その日、豊中の図書館でぼんやり就活サイトのエントリーボタンを押しながら物思いにふけってしまった。

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