なかむら先生の怪しい歴史授業 ~人生残酷物語~ (注) 残酷描写はありません。

なかむらふみじ

第1話 恐怖っ生存者ゼロの中村ゼミ配属!「少年よまずはバットをふれ」

王坂大学文学研究科のぼろぼろの学舎前は、ゼミ配属発表を見に来た学部4年生でにぎわっていた。まだ少し寒さの残る3月末の大阪。桜の舞う中、僕の人生は終わった。
「じゃあね。大変だろうけど中村ゼミで頑張ってね。」同期のマドンナ、まなちゃんが手を振って離れていく。つい、まなちゃんの魅力いっぱいの後ろ姿を目で追ってしまう。

僕はいったいどこで人生を間違えたのか?中学はトップクラス、高校はそこそこの成績で、関西では超有名、国内でもそれなりに有名な王坂大学に入学した。そこからもひたすら平均的な成績を修めて、ゼミの予備配属では在学中100回は異性に言い寄られたであろうアイドルのまなちゃんと同じ空間を共有してきた。意識の高いまなちゃんと同じ研究室に入って刺激を受けた僕は、そろそろ始まる就活に向けて全力で準備中だったのだ。まあ、外資受けるほど意識はたかくないのよ。

もちろん。ゼミの配属には多少のあたり外れはある。厳しい先生のゼミに配属されれば、就活は制限されるだろうし、ゆるすぎるゼミに配属されればガクチカのネタに困る。だが、僕が引いたのは、最悪の中でも最悪の配属先だったのだ。

「おい、お前、中村ゼミだったんだって~?」のんびりとした声が聞こえた。友達の川崎だ。特になにもしない大学生活を共に過ごした貴重な学友も、さすがに笑顔が引きつっている。
「数年に一度しか学生が配属されない地獄のゼミだっていうのにな~?なんでお前が選ばれたんやろう?」

そう。僕は中村ゼミに配属になったのだ。そのゼミは、数年に一度しか学生は配属されず、しかも必ず問題児が配属になるゼミとのうわさだ。毎年留年生は発生するのだから、問題児といっても留年とか成績不良とかそういう次元の問題児ではない。そして、きまって配属された問題児はどこへともなく消えていき、卒業する姿を見ることはないという。

「そんな、ことって。。。。」僕の無難な人生もここで終わりなのか。

ゆっくりと、日本史研究科棟の4F西端にある中村ゼミの門戸をたたいた。
「どうぞ。」中から野太い男の声が響いた。どうも、中村先生らしい。
「失礼します。」恐る恐る扉を開ける。そこには、窓側を背にして大きな椅子に腰かける中村教授の姿があった。ちょんまげを切り落とされた落ち武者のような光輝く頭頂部。その頭頂部の周りからばさばさの髪が散らばっている。眼光の鋭さはまるで戦場帰りに日本刀を肩に引っ掛けて騎乗でかけて来る武士のようだ。そういえばそんな絵あったな。
「君か。今年配属になったのわ。まあ、かけたまえ。」応接室のような重厚なソファーにどっしりと腰をかけて足を組む尊大な男。
「ありがとうございます。これから1年よろしくお願い致します。」どんなに性格が悪い人間が相手でも僕は頭を下げて下げて下げまくる。そうして生き残ることで、自分の人生をネクストステップへとつながるのだ。教授の一言は衝撃的なものだった。
「え、君みたいなレベルの人間が学部を1年で卒業するつもりなの?」
「・・・・・・・」僕は絶句して言葉が出ない。
「やめときなよ。君みたいなクズ、社会に出ても何の役にもたたないから。うちでしっかり人間を鍛えてスキルを付けたうえで初めて卒業すればいいんじゃない?」ぼりぼりと禿げ頭を掻く中村教授の姿が鬼に見える。震える声で僕は抵抗する。
「先生、こういう言い方は失礼かもしれませんが、言わせてください。私はこれまで先生が出会ってきた生徒とは少し事情が違うと思います。」
「ほう。続けて。」鋭い眼光で先生がにらみつけて来る。
「私は、とれるだけの授業は全てとりそのすべてでA以上の評価を得てきました。」
「全部Sってわけじゃないんだねー。」教授は大きく後ろに伸びをして、合いの手を入れる。
「飲食のバイトでも、欠勤なく健全に勤めあげました。」堂々と胸を張る僕。
「はあ、なんか良く分からんのだけど、何が言いたいの?」教授は鼻の頭を掻いている。
「僕は、先生がこれまで扱ってきた学生とは違います!」憤激して僕は机をたたいた。
「先生が何と言おうと、私は今年度の終わりに学位をとり、職を得て卒業してみせます。」僕は胸をたたいて教授に対して宣言した。
「まあ、そんなこと言ってるようじゃなあ。そもそも君は死ぬ気で挑戦した経験はあるのかね?」教授はあきれ顔で言う。
「僕は常識的な範囲で大学生が一般的にやるといわれていることをそつなくこなしてきただけです。誰かからとやかく言われる筋合いなんてありません。」まなちゃんの可愛らしい笑顔が走馬灯のように脳内を駆け巡る。だめだ、こいつと話しているだけで自我が...。
「あははははっははははあはっ」教授は爆笑する。
「君はバッターボックスに立ったことすらないようだね。バッターボックスに立たない奴は、成功のチャンスすら与えらえないものなのにねー。」と教授。
「はあ?」僕は突拍子もない
「挑戦した数だけ、人は成長するものなのだよ。いつもこのゼミにくる学生には見せている表だ。」教授はごそごそと書棚から一枚の紙を引っ張り出してきた。

「これは、戦国大名が交戦した回数と、動員兵力の成長率を整理した表だ。」

【合戦数と動員兵力の拡大率】
1.上杉謙信
出陣合戦数:約40回ほど。うち、直接的な敗戦はほぼない。
動員兵力:栃尾城の戦い 推定400 ⇒ 手取川の戦い 推定20000
成長率:50倍

2.北条氏康
出陣合戦数:約22回ほど。うち、敗戦は7、8回程度。
動員兵力:第一次国府台合戦 約2万 ⇒ 第二次国府台合戦 約2万 
成長率:1倍

3.武田信玄
出陣合戦数:約20回ほど。うち、3回程度の敗北
動員兵力:桑原城の戦い 推定3000  ⇒ 三方ヶ原の戦い 30000ほど
成長率:10倍

4.今川義元
出陣合戦数:約10回。最期の戦い以外には負け戦なし。
動員兵力:駿河・遠江衆 4000 ⇒ 桶狭間の戦い直前 20000ほど
成長率:5倍

5.織田信長、本人出陣のものに限る
出陣回数:約37回。うち、8回程度は敗北。上洛戦後はほぼ年2ペースで出陣。
動員兵力:稲生の戦い 700 ⇒ 有岡城の戦い 50000
成長率:70倍

6.毛利元就
出陣回数:約33回。うち、敗北は4回程度。
動員兵力:有田合戦 850 ⇒ 第二次月山富田城の戦い3万5千
成長率:40倍

7.長曾我部元親
出陣回数:約20回。うち、敗北は3回程度。
動員兵力:長浜の戦い 1000 ⇒ 十河城の戦い 35000
成長率:35倍


僕は思わずつぶやいた。
「だいたい、数十倍になる場合っていうのは30回は戦場に立ってるんですね。」
「そうだ。でも、戦国時代は負けたら死んでしまうこともある。あるものは、30回戦場に立つことすら許されず死んでしまう。さて、そこで質問なんだが、これらの武将のように命を危険にさらして、財産失う覚悟で戦場に臨んできたかね?そんなことはないだろうねえ。君の緩み切ったその性根で一体何を実社会でつかもうというのかね?」

僕はだまるしかなかった。

「確かに君の言う通り、私のところにはとんでもない学生が来ることが多いよ。だが、君みたいになんの主体性もなく一般常識にしがみついて無価値な人生を送ってきたような奴はいなかったねえ。」あきれた顔で中村教授が言う。

「まあ、せいぜい学んでくれ、このゼミで。席に関しては後ろに立っている廣瀬さんの指示にしたがってくれ。彼女が君の直上の先輩だからね。」

僕は目の前が真っ暗になった。変な教授に新卒カードを使って楽々就活するチャンスをつぶされるストーリーを想像した。だけど違った。目の前の教授に自分の薄っぺらな人生を否定されるなんて思いもしなかった。川崎と戯れてまなちゃんを鑑賞していた私のつまらない大学生活の根本を否定されるなんて。これからどう生きれば...。

「君、こっちよ。」ただ、今だけは何をすればいいかがわかる。目の前の美人のお姉さんにいざなわれるようにして席についた。こんなに配属人数が少ないのに、この研究室には8人ぐらいの人がいた。山のようにつまれた資料の谷間で必死に研究に取り組んでいるようだ。

「先生に何か言われた?」廣瀬さんは、色白ふっくら美人といった感じだ。ちなみに、服を着ていてもそのボリューミーな双丘がまぶしい。あんな鬼みたいな教授の下にいるべき人のように見えない。
「いえ。大丈夫です。僕は負けずに就活をがんばります...」
「ねえ?君もあの表見せられたんだよね?」にっこり笑って廣瀬さんがのぞき込んでくる。
「ええ。戦った数に応じて成長するっていう...」はにかみながら言う。
「あれ、おかしいのよ。気が付いた?」美人の廣瀬さんは可愛く笑いながら首を傾げた。
「はい?」
「ねえ、そもそもさ。あの表、大きく領地を伸ばした大名しか集計してないわよね?じゃあ、大和の国人筒井順慶とか、奥羽の南部氏とか同だたのかしらね?彼らは、領土自体は成長していないでしょうが、しょっちゅう戦っていたと思うわよ。内乱も含めてね。」
「え・・・・それは・・・・。」
「戦えば成長するってもんじゃないってことよ。あと、相手の言うことをきちんと考えながら聞かないとね。」ウィンクする圧倒的な巨乳美人。
「ちなみに、先生の専門近代史だから...。」苦笑しながら廣瀬さんは言う。

この瞬間決めた。僕はあんないい加減な教授の言うなりになんてならない。

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