ゾンビアニ

Tusk

第2話 鉄柵

 時期的には、そろそろ秋になる頃だろうか。

 数百年前に文明を失い、情報網や通信手段が途絶えてしまったこの時代では、年号や暦といった情報を正しく知ることは難しい。

 とはいえ、夏であろう頃に故郷を旅立ったリクトとタイガは、恐らく2か月近くは東に向かって歩き続けている。

 そしてこれまで、2人が道中で命を落とさずに済んできたのは、他人から生きるための糧を奪ってきたからに他ならなかった。


 2人は、太陽が沈む時間帯が近づくと、付近にある民家や廃墟を探し出して、その日の宿としている。

 そして、見つけた場所に住んでいる者がいれば、様々な手段で食料や金品などを分けてもらっているのだった。

 もちろん、その手段は強引な方法であることもある。

 この時代で生きるためには、時に他人から力づくで奪う事も必要なのだ。


 そしてこの日も、2人が道中の付近を探索していたところ、何やら教会のような場所にたどり着いたのだった。

 そこは、教会らしき建物と、宿舎の様な建物が隣り合わせで建っており、庭を含めた広い敷地が高い鉄柵で囲まれている。


「なんだろう、ここ……? 教会かな? 庭があるけど、綺麗に整ってる……。 誰か住んでいるのかな?」

 リクトは、その場所を鉄柵越しに注意深く観察していた。

 すると、その庭にある小さな花畑の中に、白いワンピースを着た少女の姿を見つけた。


「やっぱり人が住んでる! 見てよ、タイガ兄ちゃん! お花畑の中に女の子が居るよ!」

 リクトはタイガに向かって語り掛けるが、もちろんゾンビのタイガに話は通じていない。

 話しかけても、ただ「フゥフゥ」と息を荒げて突っ立っているだけだ。

 もちろん、リクトはそんな事は分かっているが、いつもこの調子で語り掛けているのだった。


「よし……。あの女の子に、声をかけてみるね!」

 リクトは、鉄柵越しで少し距離が離れていたが、少し声を大きくして、その少女に声をかけた。

「こんにちは!」

 突然に聞こえる呼び声に少女は少し驚いたが、周りをキョロキョロと見回すと、すぐに鉄柵の外にいるリクトの姿に気が付いた。

 すると少女は、宿舎の様な建物の方を確認してから、足早にリクトの元へと駆け寄ってきた。


「こ、こんにちは……」

 駆け寄ってきたその少女は、恐らくリクトと同じくらいの年齢と見える。

 真っ白な肌に、ひどく痩せた体、少しボサボサとしたロングヘア。

 しかし、つぶらな瞳で、赤く紅を指したような唇……

 美しい顔立ちだ。


「やぁ! 君はここに住んでいるのかい?」

 その少女は、何やら怯えた様子であったが、リクトはお構いなしに話しかける。

「はい。」

「ふぅん……。他にも誰か住んでいるの……?」

「えっと、はい……。 ここには、私のほかにもたくさんの人が住んでいます。」

「へぇ……。君の家族?」

「いえ、家族もいますが……、いろんな人がいて……」

「ふーん、そうなんだ。何人くらい住んでるの?」

「……」

 しかし、リクトが次々と話しかけると、少女は俯いて黙り込んでしまった。


「ねぇ、ここに住んでいる人は何人くらい? ……あれ? どうしたの?」

「……」

「あれ? おーい! 聞いてる?」

「……」

「おーい! 答えてよ! おーい!」

「ここから、……って下さい。」

「え? なに?」

「ここから立ち去ってください!」

 少女が強い口調でそう言った瞬間・・、リクトの足元に矢の様な物が飛んできて、地面に突き刺さった。

「うわ! 危ね!」

 リクトが驚いて、宿舎らしき建物の方に目を向けると、2階の窓から覆面をした男がこちらの方にボウガンを向けていた。

 どうやら、威嚇の意味でボウガンの矢を放ってきた様だ。

「なんだ?アイツ……。」

 リクトは、ボウガンを向ける覆面の男を睨みつけるが、少女は焦ってリクトをこの場から立ち去らせようとする。

「早く立ち去ってください! ここには、武器を持った男の人がたくさん居るんです。 こうして話していると、きっとアナタは殺されてしまいます!」

「え? 殺される? ……なんで?」

「ここに住んでいる人たちは、決して外から来た者を受け入れません。そして、この場所に関わろうとする他所者には、容赦なく攻撃します。……だから、危険です!」

「え? 話すだけでダメなの? なんで?」


 ボウガンを向けられ、威嚇されているにも関わらず、リクトは平然と会話を続けようとする。

 それを見て少女はさらに焦り、

「逃げて!」

 ……とだけ言い放って、宿舎に向かって走り去っていく。


「……え? ちょっと! まって!」

 リクトは少女を呼び止めようとするが、少女は振り向きもせずに宿舎に駆け込んでしまった。


 すると、それを確認したかのように、教会の扉から神父の様な男が姿を現し、リクトの方に向かって歩いてきた。

「……? あのおじさんがここの神父さんか?」


 神父の様な男はリクトに近づくと、リクトに向かって鉄柵越しに布袋を放り投げた。

 布袋は ドサ! という音を立てて地面に落ちる。

 どうやら、布袋の中にはいろいろなものが入っており、それなりの重量があるようだ。


「それを持って、ここから立ち去りなさい。」

 神父の様な男が言った。


「おじさん、だれ? ここの神父さん?」

「そんな事を答える義理はない。」

「なんで? ちょっと話しかけただけなのに……。」

「ここでは、傷つけられた者たちがお互いに助け合って暮らしている。 そして、外から来た者に災いや争いを持ち込まれる事を、皆が恐れているのだ。」

「……ふ~ん。」

「おおかた、君は宿と食料を求めてここに来たのだろう? その布袋には、食料と水と、僅かだが金品も入っている。 ここから町まではそう遠くない。 悪いが他をあたってくれないかね?」

「ちぇ! ちょっと女の子に話しかけただけなのに、感じ悪いなぁ。」

「私は、君がまだ少年だから、“手荒な真似をしない”という意味で言っているのだ。 こちらの言い分を聞いてくれないのなら、強引な手段に出ても良いのだよ……?」

「……」


 リクトは、その神父の様な男を黙って睨みつける。

 今ここで、タイガの制御装置のスイッチを切って、暴走させることも考えていた。


……しかし。

「はいはい。 わかりましたよ! そんじゃ、食料とお金はありがとうございます!」

 そう言い残し、リクトはタイガを連れてその場所を後にした。


「……なんだ、この場所? 変な奴らだなぁ」

 リクトがそうボヤキながら後ろを振り返ると、神父の様な男がまだ、リクト達が立ち去る姿を監視していた。

 そして、相変わらず宿舎の2階からボウガンを向けられている。

「……ムカつく。 だけどまぁ、あの場でタイガ兄ちゃんが暴れたとしても、ボウガンで攻撃されたらどうなるかわからないしなぁ。……それに、武器を持った男が何人もいるって言ってたし。」

 リクトは、教会の様な場所が見えなくなるくらいの場所まで歩くと、立ち止まって再び振り返って考えた。

「だけど、あの場所にはたくさんの食料やお金、武器もあるってことだよね……?」

 そしてリクトは、腕組みをしながら、何やら企む表情をする。

「やっぱり、このまま立ち去るのは、ちょっと勿体ないかも……? しばらく様子を伺ってから、また出直すとしようかな。 ……ねぇ? タイガ兄ちゃん!」

 そういうとリクトは、実に不敵な笑みを浮かべて、今夜の宿を探すために、また歩き始めるのだった。

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