サムライだけど淫魔なので無双します ~淫魔王の血を引く少年は、剣と淫力で美少女達を屈服させる~

夕凪カサネ

第20話 エイミ再び現る

 馬車の旅で体が疲れていた一行は、夕食の時間になるまで、それぞれの部屋でベッドに横たわっていた。町を出れば、常に危険が付きまとう――そんな大陸旅行の常識を考慮に入れれば、休めるときに休んでいた方がいい。

 夕刻になり、窓の外に赤く焼けた空が広がる頃、廊下からガンガンと金物を叩く音が聞こえ始めた。

「夕食が出来ましたので、食堂の方へお越しください!」

 船の外にまで突き抜けそうな大声で、船員が廊下を過ぎ去っていく。

 スリードは、寝ぼけ眼をこすり、ベッドから起き上がった。

「ふにゃ……もうご飯なの?」
「どうやら、そうみたいだ。実にやかましい」

 同じく叩き起こされたのか、ザリタは不機嫌そうにかぶりを振りながら、ベッドから身を起こした。

「もう、最悪だよ……うー、頭痛いなあ」
「男のくせに泣き言を言うな」
「そう言われても、痛いものは痛いから」
「まったく、その体たらくで、お嬢様を守れるのか?」

 ザリタが呆れたように言うのと同時に、部屋の扉が叩かれた。廊下からソフィアの声が聞こえる。

「二人とも早く出てきて」

 スリードが扉を開けた。廊下に立っているソフィアは、食堂のあるほうを顎でしゃくった。

「オリガ様達は先に食堂行った。早く私達も行くよ」

 食堂は、廊下を船尾の方に進んだ、突き当たりにある。一等客フロア、二等客フロア……と、それぞれに食堂が設けられている。もちろん、等級に応じて、内部の格調も違ってくる。二等食堂は、普通に清潔さが保たれている、広めの食事スペースだ。

 中には、すでに多くの客が食事をしており、ほとんどのテーブルが埋まっていた。話し声で満ち満ちている。

 窓の近くの席に、オリガ達は座っていた。スリードの姿に気が付いたニーザが、ブンブンと激しく手を振る。

「お兄さん、こっち、こっち!」

 勢いのいい呼びかけに、スリードは思わず破顔した。

「おなか空いたね、ニーザ。ここの席に座っていい?」
「うん!」
「それじゃ、ニーザの隣に……」

 スリード達が座るのに合わせて、オリガは頷き、グラスを掲げた。

「それじゃあ、この船の航海が無事に終わることを祈念して――乾杯!!」
「乾杯!!」

 ザリタ以外のメンバーは、ニコニコ笑いながら、互いのグラスを鳴らし合った。

 その時であった。

 バキッ!!

 突然、食堂の向こうから板の割れる大きな音がし、賑やかだった食堂内が、水を打ったように一気に静まり返った。

「どういうことよ!」

 どこかで聞いたことのある少女の声が、野獣のような唸り声と共に、周囲に響き渡った。

「お金は食べた分だけ払う、その代わりに肉を追加で三人前ちょうだい、って言っているだけじゃない! なんで出来ないの!」

 食堂の中央で、一人の少女が船員の胸倉を掴んでいる。足元に、テーブルの残骸が転がっていることから察すると、先の板の割れる音は、このテーブルが壊れた音だったのだろう。

「あ、あいつ!」

 オリガが驚きの声を上げた。

 その暴れている少女は、まさかのトリックスター一味の一人、ウェアライオンのエイミだった。

「な、なんだ、あの娘は……」
「恐いわ、モンスターかしら」
「関わらないようにしよう」

 食堂の客達は、見て見ぬ振りをし、それぞれの食事に集中し始めた。誰も助けに入ろうとはしない。

「どういうこと? なんで私達と同じ船に乗っているわけ⁉」
「僕達を追ってきたのかな」
「その割には、随分と不用心に、自分の存在を目立たせちゃっているわね」
「あるいは別の任務でも与えられて、一人だけ別行動しているとか」
「もしかしたら彼女だけとは限らないわね。他の仲間もいるのかも……」

 こちらも迂闊に動くわけにいかず、どうしようかと様子を窺っていると、エイミの近くで、別の客が席を立った。

 大柄な体格の、スキンヘッドの男だった。

(あの格好は、サムライ⁉)

 スリードが驚いている間に、スキンヘッドの男は、エイミの近くに寄る。緊張で静まり返っている食堂内に、スキンヘッドの男の厳粛な声が響き渡った。

「やめたまえ」
「何よ、あなたは」

 しばらく両者は睨み合っていたが、やがて、エイミは肩から力を抜き、掴んでいた船員を床に落とした。解放された船員は、アフアフと叫びながら、食堂の外へと逃げていく。

 エイミは、ふん、と鼻を鳴らした。

「いいわ、これ以上はやめとく。あなたはサムライ――それも相当の使い手みたいだからな。戦えば、どちらかが無事では済まないもの」
「賢明な判断だな」
「私はエイミ。ウェアライオンよ。よかったら、あなたの名前も教えて」
「うむ、私は無白と言う。ある女サムライを追って、この船に乗っている」

 二人とも声が大きいため、スリードの耳に、サムライの言葉が鮮明に飛び込んできた。

 無白。その名前は、いつか師匠から聞いたもので、『私の抹殺を命じている、親玉の名前だ』と彼女は説明していた。

 その『親玉』までもが、この船に乗り込んでいる。

「ムハッ――」

 驚愕のあまり、食べかけの肉がのどに詰まり、窒息しそうになる。誰一人言葉を発していない食堂内で、スリードの短い叫びは、よく響き渡った。

「?」

 無白とエイミは、揃ってスリードの方を向いた。無白がカッと眼を見開き、エイミは「あっ」と驚きの声を上げた。

「お前はまさか」

 意外そうな声を上げる無白だが、これはスリードにとっても予想外の事態である。師匠の命を狙っている人間に出会うとは。しかも、御大自らの登場である。

(エイミだけでなく、無白ショーグンと同じ船に乗るなんて、どれだけ不運なんだよ!)

 無白の反応からして、気が付かない内に、スリードの面は割れてしまっているらしい。蒼麟の弟子として、マークされているのだろう。蒼麟は、国を抜け出した罪で抹殺されようとしている。その弟子となった自分もまた、無白達の抹殺対象に入っているに違いない。

 スリードの額から、脂汗が滲み出た。

「……」

 無白はしばしスリードのことを睨んでいたが、

「まあいい」

 と呟いて、自分の席に戻った。そのまま、何事も無かったかのように酒を飲み始める。

「何があったのか、よくわからないけど、もう行ってもいい?」

 エイミは無白に声をかけて、反応が無いのを肯定の意味に受け取るや、ツカツカとスリードのもとへやって来た。

「何か用⁉」

 オリガは鞭を取り、身構えた。

「そんなに警戒しないで。今この場でやり合うつもりは無いから」
「他の機会があれば、襲うってこと?」
「かもね。でも、それはこの船の中じゃないかも」
「よくわからないわね。あなたは私達の敵じゃないの?」
「逆でしょ。私達がしようとしていることを、あなた達が邪魔してるだけ。私は正直どうでもいいもの。戦えば勝てるのはわかってるし」

 そこでエイミはスリードの顔を見た。

 たちまち、顔をボッと赤らめる。

 あの時のことを思い出したのだろう。

「ま、まあ、またあんなことにさえならなければ……の話だけどね」

 スリードもまた気まずい。エイミのあの時の痴態を思い出すと、正直下半身が妙に熱くなってくる。

「とにかく、私は『今は』船旅を楽しんでるだけだから。お互いのんびりやってましょ。『今は』ね」

 そう言いながら、エイミは「バイバイ」と手をヒラヒラ振り、食堂から出ていった。

 緊張から静まりかえっていた食堂も、少しずつ話し声が復活し、やがて元の状態に戻った。たった今騒動があっただけに、一層うるさくなっている。

「ねえ、ウェアライオンのほうはわかるけど、あのハゲ頭はなんなの? スリードの知り合い?」

 アルマに無白のことを問われても、いまだ緊張の続いているスリードは、何も答えられない。

「もう、ちゃんと答えてよ」

 そう言われても、スリードは相手にしなかった。

(今は生かされた……)

 だが、次は無い。蒼麟の外道の剣を受け継いだ自分は、純血を好むサムライの思想に照らし合わせれば、確実に天誅の対象となるからである。

 気の抜けない船旅となった。ニンジャと違って、闇討ちすることは無いだろうが、それでも起きている間は常に気を引き締めねばならない。

(まいったな……)

 スリードは困り果てたが、表では内心の怖れを微塵も見せず、ただ髪の毛をカリカリと掻いているだけだった。


 ※ ※ ※
 

 同刻、サンドフォートでは、一つの事件が発生していた。

 路地裏に、十数人分の死体が、重なって捨てられていたのを、巡邏の者が発見したのだ。

「これは……」

 呼ばれて駆けつけた守備隊長は、死体を調べて、眉をひそめた。お忍びで国外視察に出かけていて、今度ヴェストリアに帰国することとなっている、ヴェストリア第三皇女ベルシア姫のボディーガード達だからだ。一度だけ、サンドフォートの町を案内したことがあるから、一目で判った。

「嫌な予感がする。もしかしたら、このボディーガード達は……」

 以前にも、今回と同じ死に様の死体を見た。外傷はほとんど無く、内部の臓器がグチャグチャに破壊されている。こんな芸当が出来るのは、後にも先にも、一人しか思い当たらない。

「ブランゾワ――」

 絶句する警備隊長の側へ、若い守備隊員が駆け寄ってきた。

「隊長、大変なことが判りました!!」
「どうした、落ち着いて話せ」
「は、はい。実は、それがその……ベルシア姫は、今日の昼出航の、ヴェストリア行き定期船に乗って帰国する予定だったそうです」
「それでどうした。まさか、ボディーガードがいないのに、船に乗るわけがないだろう。現在の居場所は判っているのか?もしも誰かに誘拐されたままだと、大変な事態だぞ。それこそ、ヴェストリアがこの地へ武力行使を――」
「違うんです、隊長。ベルシア姫は、船にお乗りになったそうです」
「なんだと!?」
「迂闊でした。チケット確認の船員は、護衛の顔など知るわけがありません。目撃者に話を聞きますと、ベルシア姫の護衛は、まさに……ブランゾワそっくりの風貌をしていたそうです!」

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