サムライだけど淫魔なので無双します ~淫魔王の血を引く少年は、剣と淫力で美少女達を屈服させる~

夕凪カサネ

第18話 大怪盗アルマ

 造船所の奥にある、秘密のアジトで、ブランゾワは部下達に怒鳴り散らしていた。

「この腰抜けどもが!!俺が倒れているときに、どうしてやり返そうとしなかった!それでもブランゾワ一味としての自覚はあるのか!」

 薄暗い工場内に、ブランゾワの怒号がこだまする。部下達は黙ってうつむき、ひたすら説教に耐えていた。

「いいか、俺達のような稼業ってのはな、一度でもなめられたら、お終いなんだよ。この町の住人は、これから俺達に服従しなくなる。解るか? 俺達の誰一人として、あの小娘達に勝てなかったからだ! しかも、たった一人の女に睨まれただけで、お前らは全員逃げ帰ったそうじゃないか!! 恥知らずがっ」

 部下達は、ブランゾワが情けない敗北をしたことは、あえて触れないようにしていた。その点を追及すれば、必ず一人は見せしめのために処刑される。

 当然、ブランゾワの一方的な罵倒に、部下達の何割かは不満を抱いている。しかし、言い出す勇気が無かったし、言ったところで事態が好転する気もしない。結局、ブランゾワに言いたいだけ言わせるしかなかった。

(くそっ、アルマめ)

 完璧な部下として、彼女が初めて自分のところへ来た11歳の時から、三年間仕込み続けてきた。どんな任務でも、喜んで遂行するように鍛え上げたはずだった。その彼女が、三年前、自由意志を持ってブランゾワの檻から抜け出していった。

 今でも、彼女が自我を取り戻した原因がよく判らない。ある日を境に、突然姿をくらましてしまったのだ。

「このままでは済ませねえぞ……」

 喉の奥から、憎しみの声を絞り出す。

「あの女どもは、俺達ブランゾワ一味のペットにしてやる! アルマは、ペットすら生ぬるい地獄の思いをさせてやる!! そして、あの小僧は今度こそバラす!!」

 ブランゾワは腰かけていた木箱から立ち上がり、天に向かって吼えた。

「必ず、復讐してやる!」

 部下達が同調して、「ブランゾワ」コールを連呼しようとしたとき、何かが床に転がった音がした。ブランゾワの部下達は、足元を確認する。隊列を組んでいる中央から、白い煙が湧き起こり出した。

「うわあ、これは何だ⁉」
「スモーク弾だっ!」

 たちまち、ブランゾワ達がいる場所は、白い煙で何もかも覆い尽くされてしまった。混乱した部下達は右往左往しているため、仲間同士でぶつかって、余計に状況を悪化させている。

「み、見えない」
「どこだ、みんなどこにいるんだ!」

(カスがっ!)

 情けないくらいにうろたえる部下達に苛立ちを感じ、ブランゾワは喚き出した。

「てめえら、ガタガタさわぐんじゃねえ! 敵の策にどんどんハマっていってどうするんだ、馬鹿野郎!!」

 効果は無く、混乱を収拾することは出来なかった。

 ふと、ブランゾワは、自分の腰が軽くなっていることに気が付いた。

「……ん?」

 ベルトに結んでおいた、大金の入っている袋を探した。だが、腰には何も無かった。ブランゾワの頭から血の気が引く。

(ふ、袋ごと無くなっている!?)

 腰に帯びていた金は、額は大したことない。問題は、金庫の中に入れてある、ブランゾワ一味の運営資金だ。

「くそっ」

 毒づきながら、ブランゾワは白煙の中を手探りで、金庫の所まで歩いていく。自分しか開け方の知らないダイアルキーを回し、急いで扉を開いた。そして、中身が空になっていることを目にすると、

「ああーーーーーーー!!」

 と悲痛な叫び声を上げた。自分の財布だけでなく、盗賊団の金まで全部奪われたのだ。あとで知ったことだが、部下の財布もいくつか盗まれたらしい。

 ブランゾワ一味は、ほとんど無一文の状態へと成り下がってしまったのである。守備隊の連中が金を貸してくれるにしても、何かしら利子を付けて借金を返さねばならなくなるし、ブランゾワとしては面白くない。

「……?」

 金庫の中に、一枚の紙が入っている。表には何も書かれていないので、裏をめくってみると、

『お金は全部いただいていくね。バイバイ、ご・しゅ・じ・ん・さ・ま アルマ』

 ブランゾワのこめかみに、血管が浮き出る。飼い犬に逃げられただけでなく、喉笛を噛み千切られた。許しがたい侮辱だ。

「アルマぁぁぁああぁ!!」

 
 ※ ※ ※
 

「お待たせー」

 アルマが酒場にやって来たのは、待ち合わせ時刻より十五分過ぎてからのことだった。ザリタは不機嫌な様子でカウンター席から立った。

「いったいどこへ行っていたのだ。あと一時間で船は出港するぞ」
「えへへ、ちょっとね」
「まったく……」

 ザリタは呆れたようにかぶりを振ると、そのままアルマに一瞥もくれず、早足で外に出ていった。

 アルマもザリタを無視して、オリガに金の入った袋を渡した。

「ちょ、ちょっと。こんな大金、どこから手に入れたのよ!?」

 仰天するオリガに、アルマは片目をつむって、ペロッと舌を出した。

「ひ・み・つ♪」

 別に秘密にするようなことでもなく、「ブランゾワから拝借してきた」と言えば終わる話だが、アルマは、あまりブランゾワの名前は出したくなかった。

「……」

 オリガも、これ以上は詮索しないことにした。

(誰だって、言いたくない話の一つや二つはあるものね)

 自分自身、自警団を築き上げるまでに至った経緯を、親しい友人にすら話していない。思い出すだけで、うんざりするような人生だったからだ。

(だからこそ、今は充実しているんだけどね)

 オリガはスリードを見た。

 彼の瞳の奥には、強い意志を感じる。これまでは一つの町の自警団として細々と活動していたけれども、今はこの少年を助けることで、日陰の人生から抜け出そうとしている。

(そうか、そうだったのね)

 オリガは、少しだけ自分の行動に納得した。

 実のところ、何で自分がスリードを追いかけようと思ったのか、オリガ自身がよくわかっていなかった。それが、今になって、一つの答えを見た気がした。

 スリードを助けることで、これまで何事においても脇役だった自分が、今度は主役の一人に成り上がる――それが自分にとっての最大の目的なのだと、オリガは思った。

 
 ※ ※ ※
 

 船着場は、スリード達がサンドフォートに入ったのとは正反対、西側の城壁上にある。定期船はサンドフォートの巨大な城壁と同じ高さであり、城壁の上から張り出した足場の上を通って、甲板に直接乗り込まなければならない。

 サンドフォートの西門付近は、城壁から八個の足場が張り出している。足場は木造であり、安定を良くするために、遥か下の砂上まで木々を様々に組み合わせて、まるで横長の高見櫓のようになっている。それらの、城壁から伸びている木組み足場の間に、巨大な定期船が三、四隻停泊している。

「わあ、すっごーい!!」

 普段は空を飛んでいるニーザにとって、定期船を間近で見るのは、これが初めてであった。

 地平線までブルーの空が広がる下、砂上の町に巨大船が何隻も泊まっている光景は、圧巻としか言いようがない。スリードはシルエットすら見たことがなかったので、予想外の大きさに感動し、言葉を失っていた。

 ニーザは、ザリタの腕を引っ張った。

「ねえねえ、ザリタさん、早く乗ろうよ!」
「お嬢様、お待ちください。先に、船室の割り振りを決めてしまいましょう」
「えっ、一人一部屋じゃないの?」
「申し訳ありませんが、それはヴェストリアの王侯貴族が利用する一等室のみです。私達は、二等室ですので、一部屋に二人ですね」
「ふーん、そうなんだ。じゃあ、ボク、お兄さんと一緒の部屋ね♪」

 ニーザはスリードの腕に絡みつく。

「だ、ダメだよ! もし本当に、僕が淫魔王とかの血を引いてたら――」
「引いてたら、なんだ」

 ザリタが殺気とともにツカツカと歩み寄り、スリードのことを掴むと、荒々しくニーザから引き剥がした。

「ちょっと、ザリタさん! 邪魔しないでよ!!」
「お嬢様に万が一のことがあっては、ダハーク族長に合わせる顔がありません」
「これまで、お兄さん、別に変なことしてこなかったじゃん! ボク、お兄さんともっと仲良くなりたいんだよ!」
「しかしアウスティア王家は淫魔王の血を引いているという話があります。彼がもしスリード・アウスティアであるのなら、同じく淫魔王の力を備えていることになる。危険です」
「違うかもしれないでしょ!」
「お嬢様、その議論は後日にしましょう。今は、部屋の割り振りを決めるのが先決です」

 そこで、ザリタは一度言葉を切り、自分の考えを述べ始めた。

「オリガ殿とアルマ殿、ソフィア殿とイリーナ殿、私とお嬢様で一つの部屋とし、スリードは隔離する形にしましょう」
「反対」

 オリガが手を上げた。

「あなた、ニーザちゃんに万が一のことがあるのを恐れているのなら、ニーザちゃんは女の子と一緒の部屋にすべきじゃないの? あなたがニーザちゃんにHなことしない、なんて保証はないじゃない」
「な、何を言う!私はお嬢様にそのようなこと、絶対に――!!」
「そう誓ってもね、これから目的地まで、七日近くかかるのよ。男女がそれだけの長い間、一つの部屋で一緒に寝泊りしていたら、何かあってもおかしくないわねー」
「私は――!!」
「少なくとも、私達は疑うわよ。族長さんにも告げ口しちゃうかも。ね♪」

 オリガの呼びかけに、ソフィアとイリーナもうなずいた。

「なら、どのようにするのだ」

 仏頂面のザリタが、投げやりに聞いてきた。

「あなたはスリード君と同じ部屋。で、私がニーザちゃんと同じ部屋にするわ。責任もって守るから安心して。あと、アルマちゃんは申し訳ないけど、一人だけで入ってもらう。どう、これなら完璧でしょう?」

 ザリタは、しばらく沈思黙考していたが、やがて諦めたように首を振った。

「わかった、それが最善の策のようだ。この淫魔と相部屋なのは不本意だが、甘んじて受け入れよう。部屋の割り振りは、オリガ殿の指示通りにする」
「ボクも、それならいいや」

 ニーザも、ザリタと一緒の部屋だと窮屈だと思っていたので、オリガ案はまだマシな部屋割りだった。

「よし決まりっ。そうしたら、船に乗りましょ」

 オリガは陽気に音頭を取り、一行の先頭に立って、自分たちが乗る砂上船へと向かっていった。

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