サムライだけど淫魔なので無双します ~淫魔王の血を引く少年は、剣と淫力で美少女達を屈服させる~

夕凪カサネ

第12話 将軍とトリックスター

ナラーファとニンジャ達の勝負は、早くも決着が着いた。

「ぐ、え」

二人のニンジャが、鉄仮面を被った魔人ヴォルコに、頭を掴まれて持ち上げられている。凄まじい握力で頭蓋を圧迫され、ミシミシと音を立てている。

「さーて」

ナラーファは残忍な笑みをニィと浮かべた。

「無謀にも私達の命を狙ったのだから、相応の覚悟はしているんでしょうね」
「こ……殺せ……」
「言われなくても、そうするわ。ヴォルコ!」

ナラーファが頭から垂れ下がっている宝石をピンと弾くと、ヴォルコは有無を言わせず、右手に掴んだニンジャの頭を、グシャッと握り潰した。

「ひっ」

左手に捕まっているニンジャが、覆面から覗かせている眼を、恐怖で真ん丸に剥いた。頬に、仲間の脳漿が飛び散る。

「ところで後学のために教えてちょうだい。あなた達を率いている隊長は誰? いつかそのうち『挨拶』に行きたいから」
「お、お館様だ……」
「オヤカタサマ?」
「ニンジャとクノイチ、双方の首座に位置する、最強のクノイチだ」
「へえ、最強」
「お、お前なぞ、お館様の前では、手も足も出ぬわ」
「あら、忠告ありがとう。ま、とりあえず聞きたいことも聞けたから、これで用済みね」
「ま、待ってくれぇ!!」

命乞いをするニンジャに、ヘイユンは胸が痛んだ。

「ナラーファさん。許してあげても、いいのでは?」

自らも助命を嘆願したが、直に攻撃を受けたナラーファの怒りは、仲間の頼みで抑えられるようなものではない。

「トップが女なんて、面白いじゃない……たっぷり調教してあげないとねー……」

そして、ナラーファは「ヴォルコ!」と叫んだ。

たちまち、残るもう一人のニンジャの頭もグシャリと握り潰されてしまった。


※ ※ ※


洞窟の外。

蒼麟とエイミは、早くも洞窟から出るところだった。

眩しそうに片手をかざし、蒼麟は空を見上げた。太陽の位置からして、時刻は真昼時。

天気は快晴。薄い雲が、風に流されて、広がっていく。青空が透けて見える。やや風が強く、森の木々が、ガサガサと葉を揺れ動かした。

砂漠地帯にあるアズラックは、普段は気温が高いため、雨が降って冷え込んだ直後は、気温差が原因で風が起こりやすくなる。洞窟前の森は、強風に煽られて、まるで生き物のように蠢いていた。

突然、前方を睨んだまま、エイミが動かなくなった。

「ぐるる……」
「どうした、エイミ?」

猫のように座って唸りながら、両手は地面を強く掴み、いつでも飛び出せるように膝を立てて、半身に構える。

「?」

蒼麟は首を傾げたが、こういう時はエイミの野生の勘を信じることにしている。サムライの戦いの勘も、エイミの天才には及ばない。

腰の刀に手を当て、いつでも抜刀出来るように身構える。

前方は鬱蒼とした森のため、遠くの様子がよく解らない。それに加えて、上空を吹きすさぶ風がうるさい。視覚、聴覚には頼れず、第六感に命運を託すしか方法が無かった。

「何人いると思う?」
「ぐるる……」

今まで聞いたことも無いような、エイミの唸り声。殺意と不安が入り混じった、珍しい唸り声だ。凄まじい形相で、敵意を剥き出しにしている。

「ん、いや……待て。私も感じる」

森の中から、何十もの殺意が……。

「三十人、いや、四十人? ――違う。この感覚は、せいぜい数名……」

敵の数は四、五名だと、蒼麟は判断した。

それにしては、一人一人の放つ「気」が、戦士が十数人集まっても足りないほど、尋常でない圧迫感を持っている。森の木々が気の圧力で弾け飛びそうになっているのが、外から見ていてもよく解る。

「まさか!!」

蒼麟は過去の自分の体験を振り返り、かつて自分を完膚なきまでに叩きのめした男が、その時も同様の「気」を放っていたことを、鮮明に思い出した。

「ば、馬鹿な、あの男がここへ来るはず……」

風の音に混じって、草を踏み分ける音が聞こえてきた。正面から押し寄せる、強大な「気」の前に、蒼麟の体は押され気味だ。

やがて、敵が姿を現した。

その顔を見て、蒼麟の血の気が引いた。

「む、無白将軍――」



「引導を渡しに来た、蒼麟」



ズン。

ただの足音が、何十倍にも増幅されて聞こえる。

サムライの中でも、武術の限界を超えて、悟りの境地まで達した者――百年に一度現れるか、現れないかの大天才を、東方諸国の一国、蒼麟が暮らしていた国では、「ショーグン」と呼んで、サムライ達の頭領としている。その権威は、時として王を凌ぎ、国政を左右するほどの力を持つ。

そのショーグンが、自ら国を出て、討伐にやって来た。

(まさか、そんな、ありえない!)

それだけ確実に蒼麟を仕留めたい、ということなのだろう。国から逃げているという自身の立場がなければ、そこまでショーグンに実力を認められている、ということは、かなりの栄誉であり、喜ばしいことだ。

しかし、今このタイミングでショーグンと戦うことになるのは、困る。ほぼ勝ち目はない。

それでも、僅かな勝ちの可能性を捨てず、蒼麟は戦意を奮い立たせた。

(私には無間活殺時限斬がある。この技のカラクリを見破れるのは、奴でも不可能だろう。そこに懸けるしかない!)

覚悟は決まった。相手の発する気に負けないよう、一歩一歩、ゆっくりと前へ進んでいく。無間活殺時限斬を仕掛けるには、まだまだ十分な間合いに入っていない。

(覚悟しろ、将軍。間合いに入った瞬間が、お前の最期だ)

一方で、エイミはどうすることも出来ず、固唾を飲んで見守っている。それでいい、と蒼麟は逆にありがたく思っている。

敵は五人。ショーグン以外は、直属の部下である四人の男女で構成されている。そのどれもが蒼麟と同等か、蒼麟よりも高い戦闘力を誇る。

ショーグンは、東国の民にしては、彫りの深い顔立ちである。厳めしい顔つきに、鋭い眼。髭の無い顔や、知的な瞳から、スマートな印象を受けるが、その実190cm以上の巨躯を誇っており、東国風の服の上からも判るほど鍛え抜かれた肉体が、堂々とした貫禄を備えている。

無白むはく

蒼麟は、ショーグンのことを本名で呼んだ。

「お前は私を殺しに来たのか? 暇な奴だな。私一人を殺すのに、直々に出てくるとは……過去の清算か? 私を殺して、お前の罪を憶えている者を消そうという魂胆か?」

そう言いながら、蒼麟は少しずつ相手に近付いていく。

「やはり邪道に落ちたようだな……」

無白の、臓腑に染み渡るような、心地良い重低音の声音――それでいて、こちらの浅はかな考えを全て読まれているかのような、大悟を得た者の凄みがある。

「お前を斬る。その前に、好きなだけ撃ち込むがよい」

そう言った後、無白は予想外の行動に出た。

両手をダランと左右に垂らし、完全に無防備な状態となったのだ。

「――!!」

蒼麟の眼に憤怒の炎がともる。相手の侮辱的な態度に、サムライとしての尊厳が傷付けられた。

「私を侮辱するのか!!許せない!!」
「ならば、来るがよい」

蒼麟の中で、何かが弾け飛んだ。

「うおおおおおお!!」

怒号一声、蒼麟は勢い良く前方へ飛び込み、渾身の力を込めて、神速の抜刀術を放った。

――手応えは無い。

「なっ!?」

当たったと思ったら、無白はほんの紙切れ一枚の差で、蒼麟の刀をかわしていた。斬撃が当たる瞬間、僅かに体を後退させていたのだ。

「こいつ!」

蒼麟は、抜刀術で振り上げた刀を、左下へと袈裟斬りに斬り下げる。さらに一歩踏み込んでの攻撃――それを、無白は再び体を後退させて避けた。

その時、蒼麟の双眼が狂暴な光で輝いた。

今度は蒼麟が、後ろへ飛び退く。

「……?」

無白は腕組みをし、蒼麟の様子をジッと見守った。

「将軍、負けを認めるなら今の内だ」
「ほう」
「お前は私の無間活殺時限斬から、逃れることは出来ない」
「それは楽しみだ。お手並み拝見といこうか」
「馬鹿にするな。喰らってからでは、遅いぞ」

蒼麟の体から、どす黒い邪悪な気が発散され始める。放出された気が、周囲の木々の葉をザザザザザと騒がせた。

胸の奥に、力が溜まってくる。やがて、蒼麟は一気にその力を爆発させた。

「チェストオオオオオ!!」

刀を振り下ろしての、大喝一声――

それに対して、突然、無白もまた怒鳴った。

「愚か者がァァァァァ!!」
「!!」

自分の気合いを上回る大喝に、蒼麟は気圧された。そして、その口から絶望の声がこぼれた。

「あっ、ああっ……」

無白は無傷だった。

まさかの大喝ひとつで、時限斬が完全に無効化されてしまった。

「お前の技の『カラクリ』は見破った。二度目も通用しないぞ」

今度こそ、無白は自分の腰の刀に手を当て、攻撃の体勢に移った。構えからして、抜刀術を仕掛ける気だ。

「至高の剣技、身を持って知るがいい」

ドンッ。

大地を揺るがす踏み込み音。気が付けば、すでに鞘から刀を抜き、振り終わっている。距離が開いており、抜刀術がどう見ても当たっていないのに、無白は刀を鞘に入れた。

「……」

チン、と刃が鞘に収まった瞬間、

「がっ!?」

蒼麟の口から短い叫び声が漏れた。

左肩から、右の腰にかけて、蒼麟の胴から大量の血が噴き出た。地面や、蒼麟の顔を真っ赤に汚していく。

「蒼麟!!」

エイミは駆け寄り、倒れそうになる蒼麟の体を支えてやった。

そこへ、さらに容赦なく第二撃を叩き込もうと、無白はまたも抜刀術の体勢を取った。

その時だった。

「む?」

無白は何かを感じて、上空を見上げた。


「ひゃああああああはははははははははははは!!」


常軌を逸した、甲高い笑い声。

声の主は、不気味な道化師の仮面を着けて、洞窟の上の岩肌を背景に、空中に浮かんでいる。鍛え抜かれた肉体に、ボロボロの衣服を纏い、磨き込まれた道化師の仮面がアンバランスに目立っている。

常に笑い顔の、所有者の狂気を体現したかのような仮面……。

この男こそ、トリックスター――かつて淫魔王に仕えていた、狂える家臣の末裔である。

「邪悪な奴……」

無白は刀を抜いて、上方を睨んだが、トリックスターは少しも動じず、肩をすくめた。

「君が無白君か。我々の計画を邪魔するなら、命を落とすよ。そうなる前に帰ったほうが身のためだ。いくら君でも、俺の部下が三、四人束になってかかれば、太刀打ち出来ないだろうからね」

ふっ、と無白は口の端で笑う。

「言われずとも、目的は果たした。あの深手だ、蒼麟は間もなく死ぬだろう」
「いやいやいや」

間髪入れず、トリックスターが首を振った。

「それが、君はまだ国に帰れないんだな」

空中にいるトリックスターの下方、洞窟の中から、ヘイユン、ナラーファ、クロウの三人が、姿を現した。

「な⁉ 蒼麟さん!」
「早く治してやれー」

驚きの声を上げるヘイユンに対して、トリックスターはのんびりと声をかける。

ヘイユンは急いで蒼麟のもとへ駆け寄り、両手を蒼麟の体にかざして、呪文を詠唱し始めた。たちまち、蒼麟の切り裂かれた肉体に変化が起きた。傷口は光に包まれ、修復されてゆき、あっという間に元通り傷を負う前に戻ったのだ。

「まさか、ファンロンの道士か……⁉」

無白は驚愕の表情で呟き、それでもなお、抜刀術の体勢を崩さない。

「かくなる上は、全員まとめて、斬る! 恨みはないが覚悟せよ!」
「ひゃはははは! やなこった!」

トリックスターは呪文を唱えながら両腕を大きく回すと、指をパチンと鳴らした。

蒼麟を始めとし、部下の者達全員のところに、黒い空間の歪みが出現する。

「いかん! 奴らをあの中に入れさせるな!」

無白は、自分の四人の部下達に命令したが、時すでに遅かった。

「それじゃあいつかまた会おう! チャオ!」

黒い空間の歪みの中へと、トリックスターは入っていく。続けて、蒼麟を抱えたエイミが入り、ヘイユン、ナラーファ、クロウもまた各自の前に現れた空間の歪みへと身を飛び込ませた。

無白の部下達はあと少しで手が届く、というところまで迫ったが、眼前で空間の歪みは元に戻り、トリックスター一味は全員どこかへ姿を消してしまった。

「追うぞ! そう遠くまでは逃げられないはずだ! 森の中を探せ!」

無白の怒号が、洞窟前に響き渡った。


※ ※ ※


「さて」

空間魔法で無事に森の別の場所へと逃げることが出来た後、トリックスターは手近にある切り株へと腰掛けた。

その前に、五人の部下達が一斉にひざまずき、主への礼を見せた。

傷が治った蒼麟はすでに目を覚まして、同様にひざまずいているが、その顔色は青ざめている。

「さて、時間もない。結果を報告しろ」

トリックスターに問われ、ナラーファが代表して前に進み出た。

「この地にて、太古の秘術を発見いたしました」

銀板の発見者であるナラーファが、報告をする。トリックスターは満足そうにうなずいた。

「それは何よりだな。早く見つけなければ、お前達全員、俺のペットになってもらうところだったからなぁ」
「……何とか、期日までに見つけられて、幸いです」

トリックスターのペットとなった者の末路を、五人とも知っている。ナラーファは下を向きながら、冷や汗を垂らした。

「ま、俺の望みとしては、お前達みたいないい女をモノに出来るなら、あえて任務に失敗してもらいたいところだったが……仕方がない。さっさとサンドフォート定期船に乗り、ヴェストリアに向かうぞ」
「はい」

ようやく話が済んだことにホッとし、ナラーファ達は立ち上がって、先に歩き出したトリックスターの後を追い始めた。

突然、トリックスターが振り返った。

「そうだ、一部始終を水晶球で遠隔地から見ささせてもらっていたけどよぉ……ナラーファと蒼麟、お前達は今晩お仕置きだ♪」
「な⁉」
「ど、どうしてですか⁉」
「どうしても何も、ナラーファ。お前がクノイチに手を出したせいで、俺達も目を付けられるようになっただろうが。蒼麟、お前は、俺の命令に逆らって、スリードを殺そうとしたな?」
「……わ、私は」
「言い訳は無用だぜ、蒼麟。俺が再三に渡って忠告していたはずなのに、殺そうとしちまうんだもんなぁ。ヘイユンがいなかったら、どうなっていたかなぁ?」
「……」
「言うこと聞かない奴には、たっぷり罰を与えてやらないとな」

それだけ言って、トリックスターは再び歩き始めた。

エイミは、心なしか不服そうな表情をしている。

ナラーファは、トリックスターのお仕置きがどんなものかをよく知っているから、青い顔になっている。

クロウは、二人の仲間がお仕置きされている様を想像し、一人笑っている。

ヘイユンは痛ましそうな表情を浮かべている。

それぞれの思惑が交錯する中、お仕置きを喰らうことになった当の本人――蒼麟は、別のことで頭がいっぱいになっていた。

それはスリードのことだ。

(頼む、追ってこないでくれ)

自分たちを追ってくれば、トリックスターの計画通りに事が運んでしまう。トリックスターの計画自体は反対するつもりはないが、そのためにスリードが酷い目に遭うのだけは我慢ならなかった。

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