サムライだけど淫魔なので無双します ~淫魔王の血を引く少年は、剣と淫力で美少女達を屈服させる~
第5話 暗躍する乙女達
「起きろ、馬鹿」
「ん……」
気を失っていたエイミは、仲間の呼び声で目を覚ました。
「あ、蒼麟……」
目をゴシゴシとこすり、エイミはあくびをした。その額に、天井からしたたり落ちた水滴が、ピチャンとかかる。気絶するほど頭を殴られていたにもかかわらず、大してダメージが残っていない。
ポニーテールの女サムライ――蒼麟は、険しい顔をしている。
「全く、人の弟子に手を出すとは、いい度胸をしているな」
「ん……?」
「寝ぼけているのか? お前はあろうことか、倒したはずの相手にまたがって、あと少しでHを始めるところだったんだぞ!」
「な、何言ってるの?私はそんな――」
そこまで言いかけて、エイミの顔が赤くなった。確かに、自分は敵にまたがって、とんでもないことをしようとしていた。
「や、やだ、私――」
エイミは恥ずかしさで頬を押さえながら、ようやく周りを見渡した。ここは、彼女やその仲間達が本拠地としている、洞窟の中だ。気を失った後、仲間に運ばれてきたのだろう。
「ご、ごめんなさい、蒼麟。急に、何だか妙に気持ちが良くなってきて」
「本来なら、お前を斬って捨てたいところだ。私が大事に育てた弟子に対して、よくも――」
「知らなかったんだもん!」
「だが手を出そうとしたことに変わりはない! 私が刀の峰で殴って無理やり昏倒させたから良かったものの、そうでなければ、とんでもないことになっていた!」
「わかった! 私が悪かったから、刀から手を離して!」
ふう、と蒼麟はため息をつき、無意識のうちに握っていた刀の柄から、手を離した。
「まあ、今はそんなことを言っている場合ではないな。このアズラックでの仕事を早く終えて、早々に立ち去らなければならないのだから」
「私だってわかってるよ、それくらい」
「なら、無駄なことに時間を費やさないでほしい。今回だって、お前が勝手に暴れるから、私達がそのフォローにどれだけ苦労したと思っているんだ」
「……」
「大体、お前は私が助けに行かなかったら、スリードの腰の上で不埒なことをしたまま、助けに来た他の仲間に捕まっていたんだ。私が直前に助け出したから、何とかなったが……今後は喧嘩を売られたからと言って、無闇に暴れないように。いいな」
「うん、わかった……でも、蒼麟。一応は役に立つことをしたよ」
「どんなことだ」
「酒場で、あなたのことを嗅ぎ回っている情報屋がいたから、ドサクサついでに始末してやったの」
「ふむ……確かに、余計な邪魔が入っては困るな。礼を言う」
「ううん、全体的に見れば、私の完全なミス。今後、あんな真似はしないよ……」
エイミが誓いを立てた、まさにその時。
派手な服飾品に身を包んだゴージャスな金髪の美女が、悠然と歩み寄ってきた。
「ナラーファ」
蒼麟がその名を呼ぶ。
ナラーファと呼ばれた、魔術師風の女は、洞窟の奥の方を差して、口を開いた。
「二人とも、お客さんよ。とびっきり可愛らしい」
「どんな客だ?」
「ツインテールの可愛い女の子よ。シーフみたいね。無防備な女の子。でもそこがまたそそられるわ」
ふう、と蒼麟は溜め息をついた。
ナラーファは淫らな女だ。同性の奴隷を増やすことが大好きと、あんまり感心できない趣味を持っている。しかし、その能力は、この大陸でも有数のものだけに、蒼麟としても実力を認めざるを得なかった。
「ふふふ、見てて。また一人、淫らなペットに調教してみせるわ……うふふふ」
妖艶な笑みを浮かべて、洞窟の奥へと去っていくナラーファを見送り、蒼麟は舌打ちした。
「まったく、どいつもこいつも。真面目に計画を実行する気があるのか?」
※ ※ ※
医者はしばらく様子を見ていたが、やがて安堵の溜め息をついた。
「これでもう大丈夫じゃ。安静にさせておきなさい」
「ありがとうございます、先生」
「それでは、わしは他の患者を見るのでな、失礼するぞ」
部屋を出ていく医者に、酒場の女主人セリナは深々と頭を下げた。
ここは、知人が経営している宿屋。その一室に、スリードを泊まらせてもらっている。
最初、血まみれのスリードが、ソフィアとイリーナに抱えられて戻ってきた時は、死んでしまうのではないかと気が気でなかった。けれども、怪我の深さは尋常ではなかったはずなのに、スリードの容態はあっという間に回復していった。驚異の生命力、と医者は驚いていた。
「この町のために、ありがとう。ゆっくり休んでちょうだい」
セリナはスリードの頬にキスをし、部屋を出ていった。
※ ※ ※
真夜中になって、スリードは目を覚ました。
「……」
負けた。
最後には不思議な力が働き、相手の状態をおかしくすることが出来たが、それでも手も足も出せない状態であったことにはかわりない。
後で、助けに来てくれたソフィアやイリーナに聞いたところ、気を失っている自分とウェアライオンのエイミのそばに、一人の女サムライが立っていたという。そのサムライは、無駄な戦闘は避けたかったのか、エイミを担ぐとその場をすぐに立ち去っていったそうだ。
その女サムライは間違いなく、師匠の蒼麟だと、スリードは確信していた。
「僕は何をやっているんだ……」
すぐ近くに蒼麟がいた。探している人と会えたかもしれない状況で、何も出来なかった。こんな調子では、いつまたチャンスが巡ってくるというのか。
パチャパチャと水音が聞こえたので、ベッドから上半身を起こして、窓の外を見た。雨が降っている。水音は、屋根から流れ落ちる数条の水が、ベランダに当たっている音だった。
街灯が朧気に光っており、薄暗い路地を浮浪者や酔っ払いが、雨に打たれながら歩いていく。薄暗く、しっとりとした光景が、戦いの後の疲れを癒してくれる。
気が付くと、ベッド脇の机の上に、置き手紙があった。セリナ、というサインがある。
ソッと手に取り、開いてみる。
『スリードさん 今日は私の友人オリガを救ってくださり、ありがとうございます。私に出来ることは、医者を呼び、休養場所を提供することぐらいですが、もしも何か必要なことがありましたら、気軽に店の方まで来てください セリナ』
最後まで読んで、自分が生きているのは、彼女が医者を呼んでくれたからだとわかった。それに、守備隊の宿舎の固いベッドでは、傷ついた身には、少々耐えがたいから、宿屋の柔らかなベッドを与えられたのはとても助かる。スリードは手紙に向かって深々と黙礼した。
(さてと。今はゆっくり休もう)
起こした上半身を、またベッドに横たえる。ただ、昼間から寝続けていたせいか、すぐには眠れなかった。ベッド横の窓を伝う雨水を、ぼんやりと目で追う。
「……ん?」
何かが外で動いた。
雨の振る路地を、疾走するいくつかの影。浮浪者が怯えた眼で、道の端に寄る。
「ついに来たのか!」
動体視力のいいスリードは、影の正体がわかった。
ニンジャだ。
かつて蒼麟から教えてもらった、そのままの外見をしている。夜の闇を駆け抜け、恐らくは、蒼麟を探し回っているのだろう。
何かの罪を犯し、この大陸まで逃げてきたという蒼麟。その追っ手がついにこの町までやって来たのだ。
五人、六人。次から次へと、新しいニンジャが走っていく。この分だと、数十人単位でアズラックに乗り込んできたようだ。それだけの異能集団に襲われたら、たとえ蒼麟といえども、生き延びることは出来ないだろう。
ニンジャ部隊に先回りして、蒼麟の居場所を突き止める必要があった。
※ ※ ※
次の日、セリナの酒場に向かった。
「あら、いらっしゃい」
無事な様子のスリードを見て、セリナはニッコリと微笑んだ。
客が大勢いる。珍しく、大繁盛しているようだ。
「今日はたくさん客がいますね」
どうやら、昨日の獣人騒ぎで、町中の人々が情報を集めようと躍起になっているらしい。邪教徒の祭壇跡にサムライが現れる噂があった上に、今度は獣人が白昼堂々大暴れをしたのだから、また何か新しい大事件が起こるのではないかと、皆が不安に思っているのだ。
わざわざ押さえておいたのか、セリナは、カウンターに置いていた「予約席」という札を取り、そこの席にスリードを座らせた。
「怪我は大丈夫?」
「お陰様で、ありがとうございます。すっかり回復しましたよ」
「うふふ、良かった」
心の底から嬉しい、といった喜色の表情を浮かべ、鼻歌を歌いながら、セリナは牛乳を取り出した。よく冷えていて、見るからに美味しそうだ。
「はい、どうぞ。牛乳でいいのよね」
客に関することは、性格から好みまで、一度聞いたことは忘れない。ここが、セリナの優れた点である。しかもスリードの場合、実際に注文をしたのは別の子に対してであり、セリナは自分が牛乳を飲んでいるところを見ていないはずなのに、ちゃんと牛乳が好みであることをわかっていた。
目を丸くして、目の前の牛乳を見つめる。
(すごいや。そりゃ、繁盛もするわけだ)
牛乳に口をつける。半分ほど飲んだところで、スリードは口を開いた。
「セリナさん、頼みがあるんです」
「あら、何かしら?」
「ただ、知っているかどうか、によりますけど……」
「話してちょうだい」
「はい」
そこで、一口だけ牛乳を飲んだ。
「僕は、失踪した師匠がこの町にいると聞きました。その師匠を見付けるために、情報屋を探しているんです。腕のいい人が一人いたんですが、セリナさんも知っている通り、昨日の騒ぎに巻き込まれて殺されてしまいました」
「ええ」
「それで、酒場を経営しているセリナさんなら、他にも腕のいい情報屋を知っているのではないかな、と思ったんですけど」
そう聞いて、セリナは意地悪な笑みを浮かべた。
「情報屋ではないけど、一人、心当たりがいるわ」
「誰ですか?」
「あなたも昨日会ってるわ。アルマちゃんよ」
「えっと、アルマって……」
「ほら、ツインテールの可愛い、あの子のこと」
「あ、彼女か」
すっかり忘れていた。印象には残っていたが、獣人騒ぎのせいで、記憶が薄れていたのだ。
「あの子、腕はいいんですか?」
「そうねえ。お金さえ払えば、危険な場所にも平気で突っ込む子だから。普通の情報屋は知らない情報を持って来たりするわ」
「なるほど」
それなら、そのアルマに頼んでみてもいいかな、とスリードは考え込んだ。相手が相手だけに、生半可な情報屋では役に立たない。この場合、危険を顧みない人間の方が、重要になってくる。
「今はどこに?」
「この時間なら、オリガの屋敷にいると思うわ」
「オリガさんの屋敷?」
「あの子は家がないし、宿代を払うのも嫌だからって、オリガの家に居候しているのよ」
セリナが言い終わると、酒場のドアが勢いよく開け放たれた。カララン、と鐘の音が鳴り響く。
オリガの部下、イリーナが、息を切らせて立っていた。カウンターにぶつかりそうな勢いで、駆け寄ってくる。
「セリナさん、アルマを知らない⁉」
「あら、どうしたの」
「今朝になっても帰ってこないの! いつもは、夜になったら戻ってくるのに」
「また洞窟に行ったの?」
「昨日、酒場に行く前に道で会った時は、そう言ってた。もしかしたら、お宝を見つけて、運び出すのに苦労してるのかもしれないけど、でも、昨日の騒ぎがあるから、何か大変なことが起きたんじゃないか、って」
「確かに、不安ね……」
スリードは刀を掴んで立ち上がった。ちょうどアルマに会って、蒼麟探しを手伝ってもらおうと思っていた矢先に、この出来事だ。なんという運命のいたずらか。
「その洞窟って、どこにあるの?」
イリーナは、スリードの助力を認めるように、力強くうなずいた。
「西。前に、邪教徒の連中が根城としていた所」
「わかった。すぐに行こう!!」
その言葉を聞いて、イリーナは酒場の外に飛び出す。スリードも、すぐに後を追いかけた。
※ ※ ※
このオアシスの町アズラックでテロを起こした邪教徒達は、「淫魔王」と呼ばれる伝説の魔王マディアスを信奉していた。
この大陸には、二大宗教と呼ばれる、創造神クーリアを崇拝するクーリア教と、破壊神デストラを信仰するデストラ教の二つが存在する。これらとは別に、異端視されている宗教があり、それがマディアスを信仰するマディアス教である。
マディアス教徒は、淫魔王を崇拝する邪教のため、表立って活動をすることがない。そのため、その存在は伝説や噂に近いものがあった。そのマディアス教徒達が、突如ここアズラックに現れ、淫魔王復活の計画を実行しようとしたのである。
その際、彼らが根城としていたのが、アズラックの郊外、西にある洞窟なのである。
「験が悪いわね」
ポッカリと大きな口を開けている洞窟を見て、オリガは身震いした。それは、部下であるソフィアやイリーナも同感だった。この洞窟でもマディアス教徒達との戦いは繰り広げられ、自警団でも犠牲者が何人も出た。いい思い出など、一つも無い。
「出来れば、二度と入りたくなかったんだけど」
心底ウンザリした表情で、ソフィアが首を振る。その後ろからイリーナが、以前マディアス教徒達と戦った時に作った地図に目を通しつつ、声をかけてきた。
「でも、アルマが酷い目に遭ってるかもしれないでしょ」
「わかってる」
仕方がないか、とソフィアは呟き、鞘から剣を抜いた。
「入るわよ。何も悪いことが起きていない、と願って」
「ん……」
気を失っていたエイミは、仲間の呼び声で目を覚ました。
「あ、蒼麟……」
目をゴシゴシとこすり、エイミはあくびをした。その額に、天井からしたたり落ちた水滴が、ピチャンとかかる。気絶するほど頭を殴られていたにもかかわらず、大してダメージが残っていない。
ポニーテールの女サムライ――蒼麟は、険しい顔をしている。
「全く、人の弟子に手を出すとは、いい度胸をしているな」
「ん……?」
「寝ぼけているのか? お前はあろうことか、倒したはずの相手にまたがって、あと少しでHを始めるところだったんだぞ!」
「な、何言ってるの?私はそんな――」
そこまで言いかけて、エイミの顔が赤くなった。確かに、自分は敵にまたがって、とんでもないことをしようとしていた。
「や、やだ、私――」
エイミは恥ずかしさで頬を押さえながら、ようやく周りを見渡した。ここは、彼女やその仲間達が本拠地としている、洞窟の中だ。気を失った後、仲間に運ばれてきたのだろう。
「ご、ごめんなさい、蒼麟。急に、何だか妙に気持ちが良くなってきて」
「本来なら、お前を斬って捨てたいところだ。私が大事に育てた弟子に対して、よくも――」
「知らなかったんだもん!」
「だが手を出そうとしたことに変わりはない! 私が刀の峰で殴って無理やり昏倒させたから良かったものの、そうでなければ、とんでもないことになっていた!」
「わかった! 私が悪かったから、刀から手を離して!」
ふう、と蒼麟はため息をつき、無意識のうちに握っていた刀の柄から、手を離した。
「まあ、今はそんなことを言っている場合ではないな。このアズラックでの仕事を早く終えて、早々に立ち去らなければならないのだから」
「私だってわかってるよ、それくらい」
「なら、無駄なことに時間を費やさないでほしい。今回だって、お前が勝手に暴れるから、私達がそのフォローにどれだけ苦労したと思っているんだ」
「……」
「大体、お前は私が助けに行かなかったら、スリードの腰の上で不埒なことをしたまま、助けに来た他の仲間に捕まっていたんだ。私が直前に助け出したから、何とかなったが……今後は喧嘩を売られたからと言って、無闇に暴れないように。いいな」
「うん、わかった……でも、蒼麟。一応は役に立つことをしたよ」
「どんなことだ」
「酒場で、あなたのことを嗅ぎ回っている情報屋がいたから、ドサクサついでに始末してやったの」
「ふむ……確かに、余計な邪魔が入っては困るな。礼を言う」
「ううん、全体的に見れば、私の完全なミス。今後、あんな真似はしないよ……」
エイミが誓いを立てた、まさにその時。
派手な服飾品に身を包んだゴージャスな金髪の美女が、悠然と歩み寄ってきた。
「ナラーファ」
蒼麟がその名を呼ぶ。
ナラーファと呼ばれた、魔術師風の女は、洞窟の奥の方を差して、口を開いた。
「二人とも、お客さんよ。とびっきり可愛らしい」
「どんな客だ?」
「ツインテールの可愛い女の子よ。シーフみたいね。無防備な女の子。でもそこがまたそそられるわ」
ふう、と蒼麟は溜め息をついた。
ナラーファは淫らな女だ。同性の奴隷を増やすことが大好きと、あんまり感心できない趣味を持っている。しかし、その能力は、この大陸でも有数のものだけに、蒼麟としても実力を認めざるを得なかった。
「ふふふ、見てて。また一人、淫らなペットに調教してみせるわ……うふふふ」
妖艶な笑みを浮かべて、洞窟の奥へと去っていくナラーファを見送り、蒼麟は舌打ちした。
「まったく、どいつもこいつも。真面目に計画を実行する気があるのか?」
※ ※ ※
医者はしばらく様子を見ていたが、やがて安堵の溜め息をついた。
「これでもう大丈夫じゃ。安静にさせておきなさい」
「ありがとうございます、先生」
「それでは、わしは他の患者を見るのでな、失礼するぞ」
部屋を出ていく医者に、酒場の女主人セリナは深々と頭を下げた。
ここは、知人が経営している宿屋。その一室に、スリードを泊まらせてもらっている。
最初、血まみれのスリードが、ソフィアとイリーナに抱えられて戻ってきた時は、死んでしまうのではないかと気が気でなかった。けれども、怪我の深さは尋常ではなかったはずなのに、スリードの容態はあっという間に回復していった。驚異の生命力、と医者は驚いていた。
「この町のために、ありがとう。ゆっくり休んでちょうだい」
セリナはスリードの頬にキスをし、部屋を出ていった。
※ ※ ※
真夜中になって、スリードは目を覚ました。
「……」
負けた。
最後には不思議な力が働き、相手の状態をおかしくすることが出来たが、それでも手も足も出せない状態であったことにはかわりない。
後で、助けに来てくれたソフィアやイリーナに聞いたところ、気を失っている自分とウェアライオンのエイミのそばに、一人の女サムライが立っていたという。そのサムライは、無駄な戦闘は避けたかったのか、エイミを担ぐとその場をすぐに立ち去っていったそうだ。
その女サムライは間違いなく、師匠の蒼麟だと、スリードは確信していた。
「僕は何をやっているんだ……」
すぐ近くに蒼麟がいた。探している人と会えたかもしれない状況で、何も出来なかった。こんな調子では、いつまたチャンスが巡ってくるというのか。
パチャパチャと水音が聞こえたので、ベッドから上半身を起こして、窓の外を見た。雨が降っている。水音は、屋根から流れ落ちる数条の水が、ベランダに当たっている音だった。
街灯が朧気に光っており、薄暗い路地を浮浪者や酔っ払いが、雨に打たれながら歩いていく。薄暗く、しっとりとした光景が、戦いの後の疲れを癒してくれる。
気が付くと、ベッド脇の机の上に、置き手紙があった。セリナ、というサインがある。
ソッと手に取り、開いてみる。
『スリードさん 今日は私の友人オリガを救ってくださり、ありがとうございます。私に出来ることは、医者を呼び、休養場所を提供することぐらいですが、もしも何か必要なことがありましたら、気軽に店の方まで来てください セリナ』
最後まで読んで、自分が生きているのは、彼女が医者を呼んでくれたからだとわかった。それに、守備隊の宿舎の固いベッドでは、傷ついた身には、少々耐えがたいから、宿屋の柔らかなベッドを与えられたのはとても助かる。スリードは手紙に向かって深々と黙礼した。
(さてと。今はゆっくり休もう)
起こした上半身を、またベッドに横たえる。ただ、昼間から寝続けていたせいか、すぐには眠れなかった。ベッド横の窓を伝う雨水を、ぼんやりと目で追う。
「……ん?」
何かが外で動いた。
雨の振る路地を、疾走するいくつかの影。浮浪者が怯えた眼で、道の端に寄る。
「ついに来たのか!」
動体視力のいいスリードは、影の正体がわかった。
ニンジャだ。
かつて蒼麟から教えてもらった、そのままの外見をしている。夜の闇を駆け抜け、恐らくは、蒼麟を探し回っているのだろう。
何かの罪を犯し、この大陸まで逃げてきたという蒼麟。その追っ手がついにこの町までやって来たのだ。
五人、六人。次から次へと、新しいニンジャが走っていく。この分だと、数十人単位でアズラックに乗り込んできたようだ。それだけの異能集団に襲われたら、たとえ蒼麟といえども、生き延びることは出来ないだろう。
ニンジャ部隊に先回りして、蒼麟の居場所を突き止める必要があった。
※ ※ ※
次の日、セリナの酒場に向かった。
「あら、いらっしゃい」
無事な様子のスリードを見て、セリナはニッコリと微笑んだ。
客が大勢いる。珍しく、大繁盛しているようだ。
「今日はたくさん客がいますね」
どうやら、昨日の獣人騒ぎで、町中の人々が情報を集めようと躍起になっているらしい。邪教徒の祭壇跡にサムライが現れる噂があった上に、今度は獣人が白昼堂々大暴れをしたのだから、また何か新しい大事件が起こるのではないかと、皆が不安に思っているのだ。
わざわざ押さえておいたのか、セリナは、カウンターに置いていた「予約席」という札を取り、そこの席にスリードを座らせた。
「怪我は大丈夫?」
「お陰様で、ありがとうございます。すっかり回復しましたよ」
「うふふ、良かった」
心の底から嬉しい、といった喜色の表情を浮かべ、鼻歌を歌いながら、セリナは牛乳を取り出した。よく冷えていて、見るからに美味しそうだ。
「はい、どうぞ。牛乳でいいのよね」
客に関することは、性格から好みまで、一度聞いたことは忘れない。ここが、セリナの優れた点である。しかもスリードの場合、実際に注文をしたのは別の子に対してであり、セリナは自分が牛乳を飲んでいるところを見ていないはずなのに、ちゃんと牛乳が好みであることをわかっていた。
目を丸くして、目の前の牛乳を見つめる。
(すごいや。そりゃ、繁盛もするわけだ)
牛乳に口をつける。半分ほど飲んだところで、スリードは口を開いた。
「セリナさん、頼みがあるんです」
「あら、何かしら?」
「ただ、知っているかどうか、によりますけど……」
「話してちょうだい」
「はい」
そこで、一口だけ牛乳を飲んだ。
「僕は、失踪した師匠がこの町にいると聞きました。その師匠を見付けるために、情報屋を探しているんです。腕のいい人が一人いたんですが、セリナさんも知っている通り、昨日の騒ぎに巻き込まれて殺されてしまいました」
「ええ」
「それで、酒場を経営しているセリナさんなら、他にも腕のいい情報屋を知っているのではないかな、と思ったんですけど」
そう聞いて、セリナは意地悪な笑みを浮かべた。
「情報屋ではないけど、一人、心当たりがいるわ」
「誰ですか?」
「あなたも昨日会ってるわ。アルマちゃんよ」
「えっと、アルマって……」
「ほら、ツインテールの可愛い、あの子のこと」
「あ、彼女か」
すっかり忘れていた。印象には残っていたが、獣人騒ぎのせいで、記憶が薄れていたのだ。
「あの子、腕はいいんですか?」
「そうねえ。お金さえ払えば、危険な場所にも平気で突っ込む子だから。普通の情報屋は知らない情報を持って来たりするわ」
「なるほど」
それなら、そのアルマに頼んでみてもいいかな、とスリードは考え込んだ。相手が相手だけに、生半可な情報屋では役に立たない。この場合、危険を顧みない人間の方が、重要になってくる。
「今はどこに?」
「この時間なら、オリガの屋敷にいると思うわ」
「オリガさんの屋敷?」
「あの子は家がないし、宿代を払うのも嫌だからって、オリガの家に居候しているのよ」
セリナが言い終わると、酒場のドアが勢いよく開け放たれた。カララン、と鐘の音が鳴り響く。
オリガの部下、イリーナが、息を切らせて立っていた。カウンターにぶつかりそうな勢いで、駆け寄ってくる。
「セリナさん、アルマを知らない⁉」
「あら、どうしたの」
「今朝になっても帰ってこないの! いつもは、夜になったら戻ってくるのに」
「また洞窟に行ったの?」
「昨日、酒場に行く前に道で会った時は、そう言ってた。もしかしたら、お宝を見つけて、運び出すのに苦労してるのかもしれないけど、でも、昨日の騒ぎがあるから、何か大変なことが起きたんじゃないか、って」
「確かに、不安ね……」
スリードは刀を掴んで立ち上がった。ちょうどアルマに会って、蒼麟探しを手伝ってもらおうと思っていた矢先に、この出来事だ。なんという運命のいたずらか。
「その洞窟って、どこにあるの?」
イリーナは、スリードの助力を認めるように、力強くうなずいた。
「西。前に、邪教徒の連中が根城としていた所」
「わかった。すぐに行こう!!」
その言葉を聞いて、イリーナは酒場の外に飛び出す。スリードも、すぐに後を追いかけた。
※ ※ ※
このオアシスの町アズラックでテロを起こした邪教徒達は、「淫魔王」と呼ばれる伝説の魔王マディアスを信奉していた。
この大陸には、二大宗教と呼ばれる、創造神クーリアを崇拝するクーリア教と、破壊神デストラを信仰するデストラ教の二つが存在する。これらとは別に、異端視されている宗教があり、それがマディアスを信仰するマディアス教である。
マディアス教徒は、淫魔王を崇拝する邪教のため、表立って活動をすることがない。そのため、その存在は伝説や噂に近いものがあった。そのマディアス教徒達が、突如ここアズラックに現れ、淫魔王復活の計画を実行しようとしたのである。
その際、彼らが根城としていたのが、アズラックの郊外、西にある洞窟なのである。
「験が悪いわね」
ポッカリと大きな口を開けている洞窟を見て、オリガは身震いした。それは、部下であるソフィアやイリーナも同感だった。この洞窟でもマディアス教徒達との戦いは繰り広げられ、自警団でも犠牲者が何人も出た。いい思い出など、一つも無い。
「出来れば、二度と入りたくなかったんだけど」
心底ウンザリした表情で、ソフィアが首を振る。その後ろからイリーナが、以前マディアス教徒達と戦った時に作った地図に目を通しつつ、声をかけてきた。
「でも、アルマが酷い目に遭ってるかもしれないでしょ」
「わかってる」
仕方がないか、とソフィアは呟き、鞘から剣を抜いた。
「入るわよ。何も悪いことが起きていない、と願って」
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