サムライだけど淫魔なので無双します ~淫魔王の血を引く少年は、剣と淫力で美少女達を屈服させる~

夕凪カサネ

第3話 ウェアライオンの少女

パニックになった住人達が、口々に喚きながら、大通りを逃げ去っていく。通りは広いから、さすがに道を埋め尽くすことはないが、物凄い勢いで前方から突っ込んでくる人間を避けるのは、一苦労だ。

東の守備隊の分隊長は、前から走ってくる人々と、何度も正面衝突しそうになった。

「うわ、すみません!……あいてて、ごめんなさい!」

罵声を浴びせかける人々に、頭を下げ下げ、分隊長は現場へと駆けてゆく。

「スリード、着いてきているか――おおっ!?」

部下の様子が気になって後ろを振り返ろうとした時、その部下であるスリードが、猛然と自分の横を駆け抜けていった。しかも、巧みに人の流れを避けている。

「す、すげえ……」

あっという間に追い抜かれた分隊長は、呆けたようにスリードの後ろ姿を見守っていた。



レンガ造りの建物の間を駆け抜け、スリードは湖の岸辺に出た。砂漠の中に広がる、広大なオアシス。よく晴れた青空を水面に映し、どこまでも清らかなブルーを湛えている。

「……あそこか!」

湖の岸辺には交易商館が建ち並んでおり、商館通りを奥に行った方角に、アズラック名物の時計台がそびえ立っている。百年の歴史を持つ、由緒正しい時計台だ。その下は図書館になっており、図書館内部から時計台までは、螺旋階段で繋がっている。

大時計は、遅れた時刻を示している。10時30分。今から30分前だ。どうやら、事件が起こった時から、時計の針は少しも進んでいないらしい。

短針上で、何かが動いた。目を凝らしてみると、人影だと分かる。短針の上に三人。一人が動いて、もう二人に近付いた。接近された二人は、短針の上からこぼれ落ちた。遠くから見ると、まるで蟻の格闘のようだが、現実には二人の人間が高所から叩き落されたのだ。

「何てことを!」

スリードは毒づき、逃げ惑う人々の間を縫い、図書館に向かって全力で走った。

その時。

グンッと、スリードの超人的な速さに、後から追いついてきた影がある。

「誰だ!?」

驚いて横を向くと、酒場で出会った自警団の三人娘の一人、オリガである。彼女はニッコリと微笑みかけると、

「戦いの年季が違うわよ、坊や」

と余裕たっぷりに言って、スリードと並走し始めた。

「……びっくりしたぁ」
「そんなに驚いた?」
「あのソフィアという人だけかと思っていた……強いのは」
「あら、見くびられたものね」
「全然、強そうな気配がしなかったから」
「大人の女は、常に余裕でいるものよ」

二人が図書館前に着くと、上の時計台から絶叫が聞こえた。きっと守備隊が戦っている中で、新な犠牲者が出たのだろう。ここからでは角度の関係で見えないが、どうやら図書館の屋根の上に落下したようだ。

「葬儀屋が儲かるわね。さすが、守備隊」

皮肉たっぷりにオリガが呟く。温厚なスリードの顔に、珍しく憤怒の相が浮かんでいる。なまじ美しい顔をしているだけに、鬼気迫るものがある。

「奴を止めないと!!」
「でも、かなり高い所にいるわよ」

オリガが上方を指差すと、図書館の屋根の陰から、また別の悲鳴が聞こえてきた。

「あそこに行ったら、相手の思う壺ね……獣人は身体能力が高いから、私達人間じゃ勝ち目は無いわ」
「でも、行くしかない」
「取り囲んで、相手が降りてくるのを待ったら?」
「夜になったら、夜目の利く獣人が有利になる。そうなったら完全に逃げられてしまうし、新しい犠牲者が出るかもしれない」
「でも、結局は新しい死人を出してるじゃない。無謀にも突っ込んでいって」
「そうだね――それでも、僕は行く」

スリードは、図書館を取り巻く守備隊を掻き分け、どんどん先へ進んでいった。背後でオリガが何か言っているが、無視することにした。

守備隊の最前列に抜け出て、図書館の大門へと歩み寄ろうとした時、どこかの分隊長らしき髭面の男が、スリードの肩を押さえ込んだ。

「止まれ、命令も無しに中へ入ることは許さん」
「許してくれないかな。これ以上、犠牲者を出したくないんだ」

スリードは強引に髭面の男の手を振り払う。相手の顔が怒りで赤くなる。

「貴様ッ!私の命令を聞かないのか!!」

腰のブロードソードを抜こうと男が身構えた瞬間、柄を持った右手を、スリードは片手で押さえてしまった。

「ぬっ、ぐっ」

抜こうにも抜けない。大してスリードの手には力が入っているわけでもないのに、不思議と柄を持つ右手が動かない。

スリードは冷ややかに言った。

「駄目だよ、乱暴は」

冷や汗を垂らす男を尻目に、スリードは図書館の前に立った。そして門を開くと、すぐに中へと飛び込んだ。

図書館の三階に上がり、薄暗い室内を、何十条もの本棚の列を横目に、時計台へと通じる螺旋階段まで、一気に駆け寄っていく。

時計台の内部は、想像以上に広かった。大時計を動かしている大量の機械が、空間一杯にゴチャゴチャと充満している。しかし、それら無数の歯車やベルトは、すっかり静まり返っていた。一部が破壊されていることから推測すると、戦闘の巻き添えを食らって、全機能が停止してしまったようだ。

ふと床を見ると――外へ出る前に、螺旋階段の最上段から叩き落されたのだろう。円筒状の時計台内部の底に、手足や首が異様に捻れている死体が二つ転がっていた。遥か上方の通用口から差し込む光が、大時計のグチャグチャした部品の間から漏れ出て、物言わぬ死者達を照らしている。スリードは数秒ほど黙祷を捧げ、螺旋階段の一段目に足をかけた。

「待って」

聞き覚えのある声が、後ろから自分を呼んだ。オリガだった。

「ここから先は危ないよ」
「あら、それはお互い様ね」

そう言って、オリガは腰の鞭を取り外し、ピシッと床に叩き付けた。

「それに、私は自警団の団長よ。この町を荒らす奴は許さないわ」
「わかった。でも、死なないでね」

スリードとオリガは、互いに見つめあい、力強くうなずいた。直後、二人は疾風の如く螺旋階段を上り始めた。

時計台内部の円周が長いため、なかなか上りきるのに時間がかかる。それでも、上部の通用口が、次第に近付いてきた。

二人の心臓は緊張で激しく脈打っていた。この先に、敵がいる。

突如、視界が開けた。

アズラックの町並みが眼下に広がる。大小、色とりどりの屋根が、遠方まで続いている。左手には雄大な湖。透明感のあるブルーが、陽光を反射して、家々を照らし出す。涼しい風が吹いた。これだけ高いと、風が強く、また下界の物音が遥か遠くに聞こえる。

「気持ちいい……けど、高いや」

風で銀髪をなびかせながら、スリードは外に出た。時計修理用の足場を、一歩一歩確かめるように歩いていく。幸いなことに手すりが付いているため、それを頼りに、大時計の中心まで進んでいった。

時計の真ん中、短針と長針の付け根まで来たところで、スリードは後ろを振り返り、斜め上方を睨んだ。

スリードの視線の先、10時を差している短針の先端――。

「背後を襲わなかったのは、賢明だね」

その言葉を聞いて、敵が口の端で笑った。

女の獣人だった。

雲一つない青空に向かって、短針は伸びている。一足分の幅しかない、薄い針――その上に、獣人は座っていた。

年の頃は、十代後半。

小麦色の焼けた肌に、やや黒っぽい茶髪。純白のビキニを身に着けており、他の服飾品は、フサフサの毛皮で出来た白のブーツを足に履いているだけだけ。柔らかな褐色の肢体を、惜しげもなく露わにしている。

両の膝を曲げて猫のように座り、両腕をダランと前に垂らし、胸の谷間が強調され、これが敵でなかったなら、思わず貪りたくなるような、悩ましげな女体であった。

セミロングの髪が、風に吹かれてフワッと膨らむ。白いビキニの女獣人は、髪の毛をそっと撫でつけ、幼さのある可愛らしい眼で、スリードを見つめた。

「猫型……ウェアキャットか」

茶色い髪の毛の間から、三角形の大きな耳が飛び出ており、尻からは、ビキニパンツを貫いて、長い尻尾が垂れ下がっている。また、両手指を見れば、鋭い爪が伸びている。それらは、彼女が獣人であることを、何よりも証明していた。

「あなた、隙がないわね」

初めて獣人が口を開いた。知能レベルの低い獣人には珍しく、知性を帯びた、冷たい声だった。

「ようやく、まともに戦える相手が出てきた」

その言葉が終わらない内に、獣人の姿が消えた。スリードの耳元で、轟音に近い風切り音が鳴る。次の瞬間、スリードの肩肉が鎖骨ごと裂けた。激痛が走る。

「ぐっ!?」

吹き出る血を押さえ、スリードは背後を向いた。

修理用の足場は、スリードがいる大時計の中心で途切れている。時計の右半分には、何も足場がない。それなのに、獣人の少女は、落下せずに済んでいた。

「ば、化け物……」

一部始終を見守っていたオリガが呟く。なるほど、情報屋の男が、この獣人を化け物呼ばわりしたのも無理はない。

獣人は、片手だけで、大時計にくっついている数字、「3」の下部にぶら下がっていた。人間では考えられない握力である。

「まずは、自己紹介しない?」

平然とした顔で、獣人は呼びかけてきた。

「私はエイミ。あなたはウェアキャットと言ったけれど、全然違うわ。獣人の中でも最強の種族……私は、ウェアライオンよ」

「ウェアライオン!」

スリードとオリガ、二人同時に叫んだ。伝説に近い獣、ライオン……実在はするが、絶滅寸前のため、ほとんどの人間が姿を見たことがない。ライオンは、かつて多く存在した時は、品性卑しい動物だったそうだが、数が少なくなって血統が濃くなってきてからは、気品と強さに溢れる、最強の動物となった……。

人間と、伝説の獣ライオンの血が半々に混じっている、ウェアライオンのエイミ。

守備隊が大敗を喫するのも当然だ。

「じょ、冗談じゃないわ。ライオンですら絶滅種になろうとしているのに、ライオンタイプの獣人だなんて……」

そう言いつつも、オリガは鞭を身構えた。

「でも、自警団団長のこのオリガ!! 百倍強い敵が相手であろうと、引く気は毛頭ないわ!」

「同じく」

スリードは腰の鞘から刀を抜いた。

「このスリード、敵に背を向けはしない。特に、多くの人を殺した君を、決して許しはしない!」

二人の名乗りに対し、エイミは凄絶な笑みを浮かべた。殺意と侮辱が入り混じった、見る者の心胆を寒からしめる微笑である。

「殺す気でいくから、覚悟してね」

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