１００６話　フルボッコ

　俺はサーニャちゃんの借金を肩代わりした。
　金貨１００枚だ。
　一般的には大金だが、俺にとってはポケットマネーで払える額である。
　これでサーニャちゃんから俺への好感度も爆上がりするだろうことを考えれば、安いものだ。
　俺はそう思ったのだが――

「へへっ！　数え間違いは仕方ねぇよなぁ！　間違いは誰にだってある！！」

「……」

「さぁ、さっさと追加の金貨１００枚を払いな！　それが無理なら、そっちの嬢ちゃんに体で支払ってもらうことにするぜ！」

　チンピラたちが調子に乗ってきた。
　金貨１００枚を得るだけでは飽き足らず、さらに同額を請求してきたのである。

（正直なところ、まだ支払いの余裕はあるが……）

　俺のポケットマネーはまだ残っている。
　それが尽きても、男爵家の運営金やパーティ資金の存在もある。
　金で解決できるなら、それも悪くない。

　だが、奴ら『ダダダ団』は簡単には引き下がらないだろう。
　支払う度に、追加で請求されそうである。
　やはりコイツらはサーニャちゃんから搾り取れるだけ絞り取るつもりだ。

「……ああん？　なんだよ、その目は？」

「あ、いえ……」

「ザコのくせに生意気なんだよ！　くたばれオラァッ！！」

「ぷごっ！！」

　チンピラの拳が俺の顔面に直撃した。
　地面に倒れ込む。
　そして、他のチンピラもここぞとばかりに追撃してくる。

「てめぇ……ふざけんなよ！！」

「どうしてお前みたいなザコがモテるんだ！！」

「何がハーレムだ！　ふざけやがってよぉ！！」

　チンピラたちが怒りの形相を浮かべながら、俺を踏みつけてきた。
　これぞフルボッコというやつだ。
　痛いし苦しいが、我慢するしかない。
　下手に闘気や治療魔法を使えば、目立ってしまうからな。

「ぐぅ……！」

「へへっ！　お前、金貨１００枚を出せば嬢ちゃんをものにできると思っていたんだろ？」

「……」

「残念だったなぁ？　ザコのくせに金は持っているようだが、オルフェスじゃ通じねぇ！　この街じゃ強さが全てなのさ！！」

　チンピラが勝ち誇っている。
　まぁ、確かにその通りかもしれない。
　この世界は弱肉強食だ。
　王都近郊や優れた領主のいる地方は治安良好だが、辺境にあるオルフェスのような街は違う。
　特に『ダダダ団』の勢力圏内はその傾向が強いようだ。

「オラオラぁ！　二度と俺たちに歯向かおうなんて思わねぇように、徹底的にやってやるぜ！！」

「ぐふっ！！」

　チンピラたちの暴力がエスカレートしていく。
　俺はひたすら耐え続けるしかなかった。

「にゃぁ……。お客様……。にゃぁのせいで……。うにゃぁぁ……」

　サーニャちゃんが泣きそうな顔で見ている。
　どうやら俺を助けたいと思っているようだが、怖くて動けないようだ。

（いっそ、騒ぎになること覚悟で全員ぶちのめすか？）

　別に、オルフェスで騒ぎになったところでヤマト連邦に情報が伝わるとも限らないような気も……。
　いやしかし……。
　ネルエラ陛下の肝いりである作戦の成功率は、少しでも下げたくない……。
　どうするべきか、俺が悩んでいるときだった。

「そこまでよ！　悪党ども！！」

　突然、凛とした声が響いた。
　声の主は、美しい女性だ。
　年齢は２０歳手前くらいだろうか？
　ややスレンダーだがスタイルが良く、背も高い。
　かなりの美人さんだ。

　その女性は俺の方に駆け寄ってくると、チンピラたちから守るように俺の前に立った。
　迫力溢れるその行動に、チンピラたちが少しばかり怯む。

「あなた、大丈夫？　――って、あれ？　タケシじゃない！？」

「え？　あ、そういうお前は……エレノ！？」

「エレナよ！　いい加減にしないとぶっ殺すわよ！！」

　怒られてしまった。
　しかし、彼女も俺の名前を間違えているので、おあいこだ。

「悪い……。それで、エレナは何をしているんだ？」

「それはこっちのセリフ！　私は、この街のゴミである『ダダダ団』を潰すために動いているの。Ｃランクパーティ『三日月の舞』としてね！」

「あー、なるほど……」

　そういえば、秘密造船所の責任者であるゴードンが言っていた気もするな。
　正義感の強いＣランクパーティに協力を要請したって。
　彼女たちがそうだったのか。
　思わぬところから助けが入った。
　このまま無事に場が収まるのか、それとも――