【コミカライズ】無職だけど転移先の異世界で加護付与スキルを駆使して30年後の世界滅亡の危機に立ち向かう ~目指せ! 俺だけの最強ハーレムパーティ~
246話 ありし日の記憶 ディカルとシトニ
今から10年以上前。
ディルム子爵領のディルム邸にて。
とある親子が部屋で話していた。
「息子よ。いい加減、放蕩生活をやめるのだ」
そう言うのは、ディルム子爵だ。
タカシたちからすると、先代のディルム子爵となる。
現ディルム子爵の父親だ。
「へっ。オレはやりたいようにやるんだよ! 貴族の責任など知ったことか!」
ディルム子爵の息子ーーディカル=ディルムはそう口答えをする。
そして、屋敷から出ていった。
何も家出というわけではない。
彼は成人してからも放蕩生活を続けていた。
今日もまた、適当なところで遊ぶのだろう。
「やれやれ……。バカ息子が……」
先代のディルム子爵は、そう言って頭を抱えた。
●●●
「へっ。勉強や統治なんて、やってられっかよ! なあ? シエスタ」
「ははっ! ディカル様の望むようにされるのがよいでしょう」
ディカルは、シエスタとともに歩みを進めていく。
シエスタは、将来のディカルの側近となるべく、幼少の頃より苦楽をともにしてきた男である。
「へっ。今日は、趣向を変えてみよう。あの森を探索するぜ!」
ディカルはそう言って、どんどん歩みを進めていく。
ディルム子爵の近隣に位置する、広大な森にやってきた。
「ちょっとお待ちを……。この森は危険では? ディルム子爵領どころか、ウェンティア王国領でもありませんよ。魔物や盗賊が出るかもしれません」
「へっ。ビビってんのか? 留守番しているか?」
シエスタがそう懸念の声をあげるが、ディカルは意に介さない。
1人でも行くつもりだ。
「ご冗談を。もちろん付いていきますとも」
ディカルとシエスタ。
2人で、森の中を歩んでいく。
2人とも、戦闘能力はそこそこある。
ディカルは貴族として、シエスタは将来の側近として、幼少の頃からある程度の訓練を積んできたからだ。
低級の魔物ぐらいであれば、襲われても問題ない。
しばらく歩みを進めていく。
ディカルが、1匹の魔物を発見した。
「……お、レッドウルフじゃねえか。一度狩ってみたいと思っていたんだよ」
「めずらしい魔物ですね。私も見るのは始めてです」
ディカルとシエスタがそう言う。
それぞれ剣を抜き、戦闘態勢を整える。
レッドウルフを狩るつもりだ。
「おらあっ!」
ディカルがさっそくレッドウルフに斬りかかる。
レッドウルフがひらりと躱す。
そして、森の奥へと逃げ去ろうとする。
「へっ。待てや! 逃げてんじゃねえよ」
ディカルとシエスタがそれを追う。
狩りに夢中で、周りが見えていない。
森の奥へとどんどん進んでいく。
そして。
レッドウルフが、とうとう足を止める。
逃げることを諦めたのではない。
庇護者のもとへたどり着いたのだ。
もはや逃げる必要などない。
ディカルとシエスタの前には、大きな紅い狼がいた。
「なっ! ク、クリムゾンウルフだと……」
「マ、マズイですよこれは!」
ディカルとシエスタが、驚きに目をみはる。
クリムゾンウルフは、上級の魔物だ。
彼らのなんちゃって剣術では、もちろん歯が立たないだろう。
「「う、うわあああああ!」」
2人は恐慌状態に陥る。
必死で森の外へと逃げ始める。
「「はあ、はあ……」」
森の中を全力で駆けていく。
このまま逃げ切れるかと油断した、そのとき。
「あっ!?」
ディカルが転ぶ。
木の根に足を取られたのだ。
その間にも、クリムゾンウルフはどんどん距離を縮めてくる。
「ディカル様!」
シエスタがディカルのもとへ駆け寄ろうとするが、間に合わない。
「うわあああああ!」
もうダメだ。
ディカルが恐怖に目をつむり、叫び声をあげる。
俺は、ここで食われて死ぬのか。
彼が諦めかけた、そのとき。
「おにーさん。こんなところで、なにをしているのですか?」
子どもの声が聞こえた。
ディカルが目を開く。
ディカルとクリムゾンウルフの間に、女の子が立っていた。
10歳にもなっていないような子どもだ。
赤い髪。
狼のような耳。
不思議な雰囲気を持つ女の子だ。
「ガ、ガキ!? ここは危ねえぞ! オレが食い止める。ガキは逃げろ!」
ディカルは強がってそう言う。
しかし、体は正直だ。
震えて動こうとしない。
「く、くそっ! 動け、動けえええ!」
そうこうしている間にも、クリムゾンウルフが女の子を襲おうとしている。
ダメだ。
間に合わない。
「うふふ。ダメじゃないですか。クリムさん。村の外の人をおどろかせては」
「がうっ!」
「……え?」
ディカルは目の前の信じがたい光景に、目を白黒させる。
クリムゾンウルフが女の子を襲う様子はない。
それどころか、頭をなでられてうれしそうにしている。
遅れてやってきたシエスタも、同じく呆気にとられている。
「おにーさん。オオカミさんはすきですか?」
「え?」
女の子からの突然の問いに、ディカルは答えられない。
「あっ。いけません。村の外の人には、私たちのことはひみつでした」
女の子はそう言って、困った顔をする。
「おにーさん、今のことはわすれてください。これからは、オオカミさんをきずつけないようにしてくださいね。いこう、クリムさん」
女の子はそう言って、クリムゾンウルフとレッドウルフとともに立ち去ろうとする。
「ま、待ってくれ! 教えてくれ。君の名前だけでも!」
ディカルはそう言って、女の子に追いすがる。
「わたしの名前はシトニです。おにーさんのなまえは?」
「オ、オレはディカル。ディカル=ディルムだ」
「ディカルさん。おぼえておきましょう。またおあいできるといいですね」
女の子はそう行って、今度こそ去って行った。
「シ、シトニか……。可憐な少女だった」
「…………。ディカル様が童女趣味でしたとは……」
惚けるディカルに対して、シエスタがそう言う。
「うるせえ。そんなんじゃねえよ。……しかし、このあたりに村はなかったはず」
「そうですね。ずいぶんと森の奥にまでやってきてしまいましたが……。このあたりはウェンティア王国領でもなければ、サザリアナ王国領でもありません。人は住んでいないと聞いています」
「気になるな。親父に聞いてみるか。シエスタ、帰るぞ」
「ははっ! 気をつけて帰ることにしましょう」
ディカルとシエスタ。
2人で、ディルム領へと戻り始めた。
●●●
ディカルとシエスタは、無事にディルム領まで戻ることができた。
ディカルはさっそく父親に、森の住民の件を聞くことにした。
「親父! 聞きてえことがある」
「なんだ?」
「この街の南東に森があるだろう? あそこに人は住んでいるのか?」
「ふむ? どうしてそんなことを聞く?」
「あの森を探索していたら、見慣れない種族のガキがいたんだ」
赤い髪。
狼のような耳。
犬獣人のようにも見えるが、少し違う。
「そうか……。お前にもそろそろ教えておいてもいいかもしれんな」
ディカルの父親はそう言う。
彼が言葉を続ける。
「あそこには、赤狼族という少数種族が住む隠れ里がある。ウォルフ村だ。村人たちは高い戦闘能力を持つ」
「へっ。少数部族か。それなら、このディルム子爵領に併合しちまえばいいじゃねえか」
「それはならん。先々代より続く、友好関係があるのだ。こちらから村では得られないような物資を提供する代わりに、村の特産品をもらっておる。それに、いざというときには武力を貸してもらう約束もある」
ディカルの父親がそう言う。
最近はこちらからの物資の提供が超過傾向だ。
一応は名目上、こちらからの超過分をウォルフ村の借金として記録しているが……。
些細な額だ。
こちらから返済を催促するようなものではない。
「息子よ。お前が爵位を継いだ後も、決してあの村に手を出してはならんぞ」
「へいへい。わかったよ」
父親からの注意に、ディカルは適当にそう答える。
「(しかし、あのガキは気になる。目に焼き付いて離れない。……いやいや、オレはどうしちまったんだ。オレは童女趣味じゃねえ!)」
ディカルは頭から女の子のことを振り払おうとするが、頭から離れない。
それからしばらく、彼は女の子のことばかりを考えるようになる。
「それでよ。親父。その村に行ってみたいんだが」
「ならぬ。赤狼族のことが広まれば、彼らに悪影響が及ぶかもしれん。我がディルム子爵領の民たちの中には、赤狼族に苦手意識を持っておる者も多い。赤狼族は善良だが、とにかく強いからな。畏怖の対象なのだ」
「へっ。そうかよ。だったら、まずは……」
ディカル自身がディルム子爵家の次期当主として、しっかり評判を高めていけばいいのだ。
そうすれば、彼の発言力や信用も高まっていく。
頃合いを見て、この街と赤狼族の交友を少しずつ広げていけばいい。
「待っててくれ。シトニ。いつかまた会いにいく。お前にふさわしい領主になってな」
シトニはオレのことなど、覚えてくれているだろうか。
たった数分、森の中で話しただけの男など、忘れられているかもしれない。
だが、それでもいい。
ディカルの目には、決意の炎が燃えていた。
●●●
その後のディカル=ディルムは、心を入れ替えたように精力的に勉学に励んだ。
また、父親から子爵位を継ぐべく、父親の補佐として政務にも手を出すようになった。
それにつられるように、シエスタもディカルの将来の側近としての仕事に励むようになった。
その後、駆け出し冒険者のウィリアムとともにいくつかの難題に立ち向かった。
ウィリアムが名を挙げて他の街に拠点を移した頃、入れ替わるようにやってきたのがジャンベスだ。
彼は違法奴隷として虐げられていた。
それを見兼ねたディカルが、自身の護衛として拾い上げたのだ。
ディカル、シエスタ、ジャンベス。
次期当主、側近、護衛。
息の合ったトリオであった。
この3人がいれば、ディルム子爵家の将来は安泰である。
ディカルの父親、それに領民たち。
だれもがそう思って疑わなかった。
歯車が狂いだしたのはいつ頃だったか。
まず、ディカルの父親が病に倒れた。
しかし、跡継ぎのディカルは最近がんばっていたし、大きな心配はなかった。
実際、しばらくの間は新領主として領民から好評を得ていた。
新体制に移行して数年が経過した頃、子爵家に出入りするようになった謎の女がいた。
センと名乗る女だ。
この女がディルム子爵家に出入りするようになった頃から、ディカルの様子がおかしくなっていった。
領民に対して横暴になり。
政務が適当になり。
そして極めつけに、父親から不可侵と厳命されていたウォルフ村に手を出し、暴走状態のキメラを街に解き放った。
ディカルーー今代のディルム子爵は、キメラに殴り飛ばされて混沌とする意識の中、シトニのことを考える。
「(……シトニちゃんはオレの女だ。オレの……)」
闇の瘴気により正気を失ったディルム子爵だが、それでも忘れない想いはあった。
あの日見た可憐な少女。
シトニへの想いだ。
「(……邪魔する者は、だれであろうと許さん……)」
闇の瘴気によって歪められてしまったあの日の想い。
ディルム子爵の小さな声は、半壊している地下室の中に虚しく消えていった。
ディルム子爵領のディルム邸にて。
とある親子が部屋で話していた。
「息子よ。いい加減、放蕩生活をやめるのだ」
そう言うのは、ディルム子爵だ。
タカシたちからすると、先代のディルム子爵となる。
現ディルム子爵の父親だ。
「へっ。オレはやりたいようにやるんだよ! 貴族の責任など知ったことか!」
ディルム子爵の息子ーーディカル=ディルムはそう口答えをする。
そして、屋敷から出ていった。
何も家出というわけではない。
彼は成人してからも放蕩生活を続けていた。
今日もまた、適当なところで遊ぶのだろう。
「やれやれ……。バカ息子が……」
先代のディルム子爵は、そう言って頭を抱えた。
●●●
「へっ。勉強や統治なんて、やってられっかよ! なあ? シエスタ」
「ははっ! ディカル様の望むようにされるのがよいでしょう」
ディカルは、シエスタとともに歩みを進めていく。
シエスタは、将来のディカルの側近となるべく、幼少の頃より苦楽をともにしてきた男である。
「へっ。今日は、趣向を変えてみよう。あの森を探索するぜ!」
ディカルはそう言って、どんどん歩みを進めていく。
ディルム子爵の近隣に位置する、広大な森にやってきた。
「ちょっとお待ちを……。この森は危険では? ディルム子爵領どころか、ウェンティア王国領でもありませんよ。魔物や盗賊が出るかもしれません」
「へっ。ビビってんのか? 留守番しているか?」
シエスタがそう懸念の声をあげるが、ディカルは意に介さない。
1人でも行くつもりだ。
「ご冗談を。もちろん付いていきますとも」
ディカルとシエスタ。
2人で、森の中を歩んでいく。
2人とも、戦闘能力はそこそこある。
ディカルは貴族として、シエスタは将来の側近として、幼少の頃からある程度の訓練を積んできたからだ。
低級の魔物ぐらいであれば、襲われても問題ない。
しばらく歩みを進めていく。
ディカルが、1匹の魔物を発見した。
「……お、レッドウルフじゃねえか。一度狩ってみたいと思っていたんだよ」
「めずらしい魔物ですね。私も見るのは始めてです」
ディカルとシエスタがそう言う。
それぞれ剣を抜き、戦闘態勢を整える。
レッドウルフを狩るつもりだ。
「おらあっ!」
ディカルがさっそくレッドウルフに斬りかかる。
レッドウルフがひらりと躱す。
そして、森の奥へと逃げ去ろうとする。
「へっ。待てや! 逃げてんじゃねえよ」
ディカルとシエスタがそれを追う。
狩りに夢中で、周りが見えていない。
森の奥へとどんどん進んでいく。
そして。
レッドウルフが、とうとう足を止める。
逃げることを諦めたのではない。
庇護者のもとへたどり着いたのだ。
もはや逃げる必要などない。
ディカルとシエスタの前には、大きな紅い狼がいた。
「なっ! ク、クリムゾンウルフだと……」
「マ、マズイですよこれは!」
ディカルとシエスタが、驚きに目をみはる。
クリムゾンウルフは、上級の魔物だ。
彼らのなんちゃって剣術では、もちろん歯が立たないだろう。
「「う、うわあああああ!」」
2人は恐慌状態に陥る。
必死で森の外へと逃げ始める。
「「はあ、はあ……」」
森の中を全力で駆けていく。
このまま逃げ切れるかと油断した、そのとき。
「あっ!?」
ディカルが転ぶ。
木の根に足を取られたのだ。
その間にも、クリムゾンウルフはどんどん距離を縮めてくる。
「ディカル様!」
シエスタがディカルのもとへ駆け寄ろうとするが、間に合わない。
「うわあああああ!」
もうダメだ。
ディカルが恐怖に目をつむり、叫び声をあげる。
俺は、ここで食われて死ぬのか。
彼が諦めかけた、そのとき。
「おにーさん。こんなところで、なにをしているのですか?」
子どもの声が聞こえた。
ディカルが目を開く。
ディカルとクリムゾンウルフの間に、女の子が立っていた。
10歳にもなっていないような子どもだ。
赤い髪。
狼のような耳。
不思議な雰囲気を持つ女の子だ。
「ガ、ガキ!? ここは危ねえぞ! オレが食い止める。ガキは逃げろ!」
ディカルは強がってそう言う。
しかし、体は正直だ。
震えて動こうとしない。
「く、くそっ! 動け、動けえええ!」
そうこうしている間にも、クリムゾンウルフが女の子を襲おうとしている。
ダメだ。
間に合わない。
「うふふ。ダメじゃないですか。クリムさん。村の外の人をおどろかせては」
「がうっ!」
「……え?」
ディカルは目の前の信じがたい光景に、目を白黒させる。
クリムゾンウルフが女の子を襲う様子はない。
それどころか、頭をなでられてうれしそうにしている。
遅れてやってきたシエスタも、同じく呆気にとられている。
「おにーさん。オオカミさんはすきですか?」
「え?」
女の子からの突然の問いに、ディカルは答えられない。
「あっ。いけません。村の外の人には、私たちのことはひみつでした」
女の子はそう言って、困った顔をする。
「おにーさん、今のことはわすれてください。これからは、オオカミさんをきずつけないようにしてくださいね。いこう、クリムさん」
女の子はそう言って、クリムゾンウルフとレッドウルフとともに立ち去ろうとする。
「ま、待ってくれ! 教えてくれ。君の名前だけでも!」
ディカルはそう言って、女の子に追いすがる。
「わたしの名前はシトニです。おにーさんのなまえは?」
「オ、オレはディカル。ディカル=ディルムだ」
「ディカルさん。おぼえておきましょう。またおあいできるといいですね」
女の子はそう行って、今度こそ去って行った。
「シ、シトニか……。可憐な少女だった」
「…………。ディカル様が童女趣味でしたとは……」
惚けるディカルに対して、シエスタがそう言う。
「うるせえ。そんなんじゃねえよ。……しかし、このあたりに村はなかったはず」
「そうですね。ずいぶんと森の奥にまでやってきてしまいましたが……。このあたりはウェンティア王国領でもなければ、サザリアナ王国領でもありません。人は住んでいないと聞いています」
「気になるな。親父に聞いてみるか。シエスタ、帰るぞ」
「ははっ! 気をつけて帰ることにしましょう」
ディカルとシエスタ。
2人で、ディルム領へと戻り始めた。
●●●
ディカルとシエスタは、無事にディルム領まで戻ることができた。
ディカルはさっそく父親に、森の住民の件を聞くことにした。
「親父! 聞きてえことがある」
「なんだ?」
「この街の南東に森があるだろう? あそこに人は住んでいるのか?」
「ふむ? どうしてそんなことを聞く?」
「あの森を探索していたら、見慣れない種族のガキがいたんだ」
赤い髪。
狼のような耳。
犬獣人のようにも見えるが、少し違う。
「そうか……。お前にもそろそろ教えておいてもいいかもしれんな」
ディカルの父親はそう言う。
彼が言葉を続ける。
「あそこには、赤狼族という少数種族が住む隠れ里がある。ウォルフ村だ。村人たちは高い戦闘能力を持つ」
「へっ。少数部族か。それなら、このディルム子爵領に併合しちまえばいいじゃねえか」
「それはならん。先々代より続く、友好関係があるのだ。こちらから村では得られないような物資を提供する代わりに、村の特産品をもらっておる。それに、いざというときには武力を貸してもらう約束もある」
ディカルの父親がそう言う。
最近はこちらからの物資の提供が超過傾向だ。
一応は名目上、こちらからの超過分をウォルフ村の借金として記録しているが……。
些細な額だ。
こちらから返済を催促するようなものではない。
「息子よ。お前が爵位を継いだ後も、決してあの村に手を出してはならんぞ」
「へいへい。わかったよ」
父親からの注意に、ディカルは適当にそう答える。
「(しかし、あのガキは気になる。目に焼き付いて離れない。……いやいや、オレはどうしちまったんだ。オレは童女趣味じゃねえ!)」
ディカルは頭から女の子のことを振り払おうとするが、頭から離れない。
それからしばらく、彼は女の子のことばかりを考えるようになる。
「それでよ。親父。その村に行ってみたいんだが」
「ならぬ。赤狼族のことが広まれば、彼らに悪影響が及ぶかもしれん。我がディルム子爵領の民たちの中には、赤狼族に苦手意識を持っておる者も多い。赤狼族は善良だが、とにかく強いからな。畏怖の対象なのだ」
「へっ。そうかよ。だったら、まずは……」
ディカル自身がディルム子爵家の次期当主として、しっかり評判を高めていけばいいのだ。
そうすれば、彼の発言力や信用も高まっていく。
頃合いを見て、この街と赤狼族の交友を少しずつ広げていけばいい。
「待っててくれ。シトニ。いつかまた会いにいく。お前にふさわしい領主になってな」
シトニはオレのことなど、覚えてくれているだろうか。
たった数分、森の中で話しただけの男など、忘れられているかもしれない。
だが、それでもいい。
ディカルの目には、決意の炎が燃えていた。
●●●
その後のディカル=ディルムは、心を入れ替えたように精力的に勉学に励んだ。
また、父親から子爵位を継ぐべく、父親の補佐として政務にも手を出すようになった。
それにつられるように、シエスタもディカルの将来の側近としての仕事に励むようになった。
その後、駆け出し冒険者のウィリアムとともにいくつかの難題に立ち向かった。
ウィリアムが名を挙げて他の街に拠点を移した頃、入れ替わるようにやってきたのがジャンベスだ。
彼は違法奴隷として虐げられていた。
それを見兼ねたディカルが、自身の護衛として拾い上げたのだ。
ディカル、シエスタ、ジャンベス。
次期当主、側近、護衛。
息の合ったトリオであった。
この3人がいれば、ディルム子爵家の将来は安泰である。
ディカルの父親、それに領民たち。
だれもがそう思って疑わなかった。
歯車が狂いだしたのはいつ頃だったか。
まず、ディカルの父親が病に倒れた。
しかし、跡継ぎのディカルは最近がんばっていたし、大きな心配はなかった。
実際、しばらくの間は新領主として領民から好評を得ていた。
新体制に移行して数年が経過した頃、子爵家に出入りするようになった謎の女がいた。
センと名乗る女だ。
この女がディルム子爵家に出入りするようになった頃から、ディカルの様子がおかしくなっていった。
領民に対して横暴になり。
政務が適当になり。
そして極めつけに、父親から不可侵と厳命されていたウォルフ村に手を出し、暴走状態のキメラを街に解き放った。
ディカルーー今代のディルム子爵は、キメラに殴り飛ばされて混沌とする意識の中、シトニのことを考える。
「(……シトニちゃんはオレの女だ。オレの……)」
闇の瘴気により正気を失ったディルム子爵だが、それでも忘れない想いはあった。
あの日見た可憐な少女。
シトニへの想いだ。
「(……邪魔する者は、だれであろうと許さん……)」
闇の瘴気によって歪められてしまったあの日の想い。
ディルム子爵の小さな声は、半壊している地下室の中に虚しく消えていった。
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