１４０２話　タカシ＝ハティア『バトラー・スタイル』

「ぐっ……！　こ、これしきの剣で……俺は死なんぞ……！！」

　俺はかろうじて立ち上がる。
　幻影の攻撃により、俺の腹には剣が貫通している。
　不幸中の幸いというか、敵の詰めが甘かったというか……。
　幻影の剣は、何の変哲もない一般的な剣だったのだ。
　おかげで、即死級のダメージは免れた。

「ほう……。私の『月牙』を喰らって立ち上がりますか……。今の攻撃で始末するつもりでしたのに……」

　幻影が意外そうな顔をする。
　俺はそんな奴を睨み付けた。

「ふん……。こんなもの、俺にとっては蚊に刺された程度のダメージだ……！」

「強がりは見苦しいですな。空間転移の制約により、一級品の剣を転移させることはできませんが……。それでも、大きなダメージは与えられたはずです。そして、今の貴方では私に勝つことはできない」

　幻影が断言する。
　俺は笑みを浮かべた。

「ふっ……。それはどうかな？　確かに空間魔法による攻撃は厄介だ。しかし――そもそもお前のスキル構成は戦闘向きではない！　特に近接戦闘は苦手としていると見た！！」

　特化型の弱点だ。
　この幻影は空間魔法に特化しているため、近接戦闘が苦手である。
　近接戦闘なら、こちらに分があるはずだ！
　俺は駆け出す。
　そして、剣を振りかぶった。

「甘いですな。【ワープ】」

「なにっ！？」

　幻影の体がかき消える。
　そして、俺の背後に現れた。
　俺は咄嗟に体をひねるが……遅い！

「ぐあっ……！」

　再び腹に剣が突き刺さった。
　しかし、やはり普通の剣だ。
　即死級のダメージではない。
　俺は歯を食いしばりながら耐えた。

「私はタカシ＝ハティア『バトラー・スタイル』。空間魔法を十全に使いこなし、優雅に勝利します。正面から戦うつもりなどありませんよ」

　幻影が誇らしげに語る。
　俺は舌打ちをした。

「ちっ……！　小賢しい真似を……！」

「さて……。そろそろ終わりにしましょうか……」

　幻影が剣を振り上げる。
　まだだ！
　俺にはまだ、とっておきの魔法が残っている！

「――火、水、風、土、雷。それぞれの元素を司りし、気まぐれなる精霊たちよ！　我の求めに応じ、顕現せよ！！　【五精・オーバーエレメンツ】！！！」

　俺は魔法を唱える。
　すると、俺の体から五つの光の球が現れた。
　それらは俺の周りをぐるぐると回り始める。

「これは……」

「なんだ！？　こんな武技、俺の記憶にはないぞ！」

　幻影たちが目を見開く。
　特定の分野ばかりのスキルを強化した彼らは、確かに強力だ。
　一人の女性のみを真摯に愛する姿勢も、素晴らしいと言える。
　だが……いろんな女性に鼻の下を伸ばした俺だからこそ習得できた武技や得られた縁がある！
　それを見くびっていたのが、お前たちの敗因だ！！

「まだあるぞ！　――偉大なる神霊よ。聖女リッカとの盟約に基づき、我に力の一端を貸し与え給え。【神霊纏装・アーティルドラ・未完成】！！」

　俺はさらに魔法を唱えた。
　すると、俺の体に光の鎧がまとわりつく。

「あれは……！？　まさか聖女の秘技では！？　俺でさえ教えてもらっていないのに……」

　幻影が驚きの声を上げた。
　彼は……『セイント・スタイル』の幻影だな。
　俺が見た『存在しないはずの記憶』の中でも、聖女リッカとの交流は最低限のものに留まっていた。
　やはり、この武技は教えてもらっていないらしい。

「仕上げだ！　はあああぁ……！！　っあああぁっ！！！　――【英霊纏装・ベテルギウス・不完全】！！」

　俺はさらに武技を行使する。
　すると、俺の体に闘気の鎧がまとわりつく。

「これは……別世界の秘技のようだぞ！？」

「あ、有り得ぬ……！　半端な浮気者では、その境地には至れないはず……！！」

　幻影たちが驚愕する。
　やはり、この武技も知らないか。
　彼らは一人の女性を真摯に愛し、特定のスキルを伸ばして概ね定住していた。
　例の『権限者』から与えられる各種のミッションも、途中からはほぼ無視している者ばかり……。
　古都オルフェスで龍神ベテルギウスと戦う機会なども、なかっただろう。

「くっ……。だが、俺たち幻影は他にもまだいる！」

「お前が選択しなかった数多の『あり得たかもしれない世界』……。すべての力を結集して、浮気者のお前を打ち倒す！」

　幻影たちが身構える。
　俺も剣を構え直し、彼らを見据えたのだった。