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僕の心臓が動いていることと、心があついこと

月影そら

自分のときと同じに思われても……

更衣室に先輩たちは、とっくにいなかった。
「おまえ、神崎だっけ?柔道部に入るのか? 」
 背はまあまあ高いが、どちらかというとヒョロッとした奴が、着替えながら訊いてきた。
「どうかな? 毎日部活に出なきゃいけなくなるんだよね」
「そうだな。じゃないと先輩にも叱られる」
「まだ考え中かな」
「そっか」
「もしかして、髪の毛切るのが嫌とか? 」
 もう一人の一年生が訊いてきた。
「面倒臭いけど、別に嫌ってわけじゃ…」
 正直、この髪型には既に安心感があった。顔が(特に目の辺りが)隠れているし、いつも自分で適当に切っていたから。もっと短くするには、床屋に行かなければダメな気がしていたけど、そのハードルは高かった。でも、怪物との戦いのときに、特に前髪が邪魔だと思うようになっていた。
「別に好きにすればいいじゃないか」
 後藤が言った。その後に僕の顔を覗き込んで
「でも、切ったら、男前になるかもしれないぞ」
後藤はワハハと笑った。
 今まで、僕の髪型を気にする奴なんて誰もいなかったから戸惑った。僕の存在自体を煩わしそうにする奴はいたけど。
「そんなに切った方がいいかな? 」
「まあ、好きにすればいいけど、そっちの方がいいんじゃないかな」
 僕に入部するのか質問してきた奴はそう言うと、他の二人と一緒に更衣室を出ていった。
「僕、神崎君の気持ちが少しわかるかもしれない」
 小池がボソッと言った。
「えっ、それってどういうことだ? 」
 後藤は不思議そうだ。
「顔が隠れていると、安心するんだよね。僕、中学二年生の途中まで、いじめられていたんだ。その時は、周りが怖くて自分のことをどんどん隠したくなっていったよ」
[小池君もいじめられていたんだ]
 僕らは鞄を持って更衣室を出た。
「神崎君、僕は中学二年の二学期に、家の引っ越しで神奈川県から東京に来たんだ。その時にお父さんが、いつまでも下を向いていたらダメだって。転校するんだから、もう一度頑張ってみなさいって。何かあったらまた家族みんなで支えるからって言ってくれて、僕は頑張ってみたよ」
「そしたら、今度は楽しく過ごせたんだな」
 後藤が訊いた。
「最初は大変だったけど、新しい学校で、少しずつ友達ができていったよ。自分自身も前向きになっていけた」
[でも、僕にはそんな風に支えてくれる家族なんていない]
「小池も苦労してきたんだな…よし、今日はもう、一緒にご飯食べて行くか」
[急にどうして? ]
 後藤が急にそう言いだしたから、僕は驚いた。
「滅茶苦茶腹減った」
 僕への返答の様に、後藤の腹がグウーと鳴った。それを聞いて小池が笑った。確かに僕もお腹が空いていた。今夜は九時から鍛錬は始まる。それまでには家に帰れるだろうと僕は考えた。
「じゃあ、何か食べていこうか」
「ま、待って、僕、家に電話してみる」
 小池は、僕らから少し離れて家に電話をしだした。すると、後藤がヒソヒソ声で話しかけてきた。
「小池には悪気はないんだ。だから許してやってくれ」
「いい父親の話? 」
「まあ、そうだな。小池は翔の家のこと何も知らないからさ」
「大丈夫だよ。気にしてない」
「それに、なんだ、そういうのは自分のペースでいけばいいんじゃないか?みんないろいろだろ。たかが、髪の毛で判断されてもな」
 僕は、後藤が細かい所まで気にかけていたことが少し意外だった。もしかして、話題を反らそうとしてくれたのかもしれない。だけど、髪の毛のことだけで判断されたんじゃないことは、後藤だって分かっていただろう。
「大丈夫だって。僕も一緒に食べていけるよ」
 小池は嬉しそうに、僕らのところに戻ってきた。その笑顔を見るとなんだか憎めない。
「悟は家に連絡しなくていいの? 」
「あ、そうだな。一応連絡入れておくか」
 後藤はその場で家に電話した。
「あ、母さん。俺だけど、今日は友達と飯食ってく」
「あんた、そう言うことはもっと早く言いなさい。今夜のあんたのおかずは明日のお弁当に全部入れるからね」
 少し怒ったような口調が、電話の向こうから聞こえてきた。

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