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僕の心臓が動いていることと、心があついこと

月影そら

柔道部の見学

僕は更衣室で、後藤と一緒に道着に着替えた。メガネはロッカーの中に入れた。一応、今日はほとんど見学をするつもりだ。先輩たちが集まってくると、後藤は僕を紹介した。
「俺の友達の神崎です。今日、ちょっと見学させてやってください」
 先輩は、僕を少し見てから口を開いた。
「いいけど、柔道部はそんなに甘くない。見学より、どうせ道着も着ていることだし、体験すればいいだろう。きつかったら、途中で抜け出すのは構わないから」
 その先輩は、はっきりとした口調でそう言った。背丈は僕より少し高いくらいだけど、骨太って感じで、その周りを筋肉で固められている感が凄い人だった。敵に回したくないタイプだ。
「わかりました」
「まずは軽く走り込みだ」
「はい」
 ボソボソ答えたり、下を向いていたりしたら、逆に怒られそうな雰囲気だったので、僕はできるだけはっきりと答えた。
 僕たちは、予め格技棟の扉からすぐに外に出られるように、靴を持ってきていた。先輩たちも、もちろんそうだったので、格技棟からすぐに出て走り始めた。
 後藤が、他の柔道部部員と走っている姿は、何度か見かけていた。大抵、僕が帰ろうとして、校庭の隅を歩いているところで、走っている姿をみかけた。運動部なんて、入ったことは今まで一度もない。体験さえ、することになるとは思ってもみなかった。
 僕は、後藤と一緒に一番後ろからついていった。後藤は、いつもは一年生の前の方を走っていたと思うが、今日は僕に合わせてくれているのだろう。
「どれくらい走るんだ?」
「まあ、校庭を十周ってとこだ」
[あ、そんなもんか]
 僕は内心ホッとした。最も、数日前の僕だったら、帰りたくなっていたところだろう。でも、今朝走った感じでは、それぐらいは大丈夫だと思えた。
 校庭と言っても、かなり外側の隅の方を走る。だから、三キロ以上はあるだろうけど、今朝の僕は、それ以上を確実に走っても平気だったし、今朝の僕のペースの方が、ずっと早かった。
 走り終えると、さっきの先輩が僕の方をチラッと見て来た。僕がついてこられたか、気になったのだろう。
「翔平は意外と体力あるな。全然息もあがらずについてきてたじゃないか」
 後藤は、何故か嬉しそうだ。
 次は、受け身の稽古だった。
「俺がやってみせるから、真似してみてくれ。分からなければ教えるから」
[後藤は面倒見がいいな]
 後藤は、その体重を畳の上に響かせて、受け身を取った。中学の体育の授業でも、やったことあるし、合気道で受け身は身についているから、僕は問題なくできた。
「綺麗な受け身ができるな」
 後藤は少し驚きの声を漏らした。
 それから、経験のないようなものも、多々行っていった。後藤が丁寧に教えてくれるせいもあってか、僕は難なくこなすことができた。
稽古が終わって、全員で正座をして挨拶をしてから部活は終わった。
 部活が終わると、先輩が僕のところへやってきた。
「神崎だったっけ?思っていたよりもずっとやるな。すぐに疲れて、ついてこれなくなると思っていたよ」
 先輩は、少し嬉しそうに思えた。
「君なら途中入部でも歓迎するよ。ただ、その、長くてもっさりした髪の毛は、さっぱりしてこい。前髪で、目が見えにくいのもダメだ」
 先輩はそう言うと、着替えに行ってしまった。一年生は、このあと掃除をしてから帰らなくてはいけないらしかった。後藤は、やらなくていいと言ってくれたが、僕は一緒に手伝った。
 柔道部の一年生は五人いた。そのうちの一人は小柄で結構細く、頼りない感じで、稽古にもついていくのがやっとに思えた。
「すごいね、神崎君は」
「おう、すごいだろ」
 何故か後藤が答える。
「こいつはA組の小池龍真だ。柔道は全くの初心者で、一学期から始めたんだよな」
「うん。神崎君よろしくね」
 小池はニコニコしながら僕に握手を求めてきた。僕は一瞬躊躇ったが、それに応じた。人の良さそう眼差しを眼鏡の奥から僕に向けてくる。僕は、A組にこんな奴がいたかどうかさえ知らなかった。他クラスのことなんて全く知らないから。
 僕らは、畳を乾拭きしながら話を続けた。
「僕、神崎君のこと知ってたよ。誰とも話をしないで、いつも独りでいるから、なんだか気になって」
[そんな風に気にされても困る]
 僕は苦笑いをした。
「勝手に僕みたいに、運動が苦手だとばかり思っていたけど、違ったんだね」
「あ、うん。僕は小さいときから、合気道を習っていたんだ。だから、武道という点でやりやすかったんだと思う」
「僕、高校入試のときに、君を見かけたんだ。君は学校の近くで、泣いている小さな女の子に話しかけていたでしょ」
「そう言えば…そんなこともあったな。迷子になった子だったかな? 」
 学校から駅までの間で、小さな女の子が、目に涙をいっぱい溜めて、不安な面持ちでいた。僕が声をかけると、泣きだしたのだった。僕はその子をおんぶして、交番を探したのだった。
後でお巡りさんが、電話でわざわざ教えてきてくれたことによると、女の子は、お母さんが出産で入院している間、おばあさんの家に泊まっていた。だけど、お母さんが恋しくなって、朝早くにそって家を抜け出したらしい。そこで迷子になって、僕と会ったということだ。
「まさか、同じ受験生とは思わなかったけど、高校に入学して、神崎君の姿を見かけて凄く驚いたよ。受かったってことは、テストに間に合ったってことでしょ」
「近くの交番まで連れていって、すぐに高校にいったよ。一教科目は殆ど時間がなかったけど、なんとかなったみたいで、入学できたよ。運がよかったんだよ」
 あのときは流石に少し焦った。一教科目は、問題をざっと読みながら、勘も交えて回答を埋めていった。自己採点では、一教科目は六割しか採れていなかったけど、合格することができた。もっとレベルの高い高校を受験していたら、無理だったと思う。
「翔はすげえな!他の教科は全部満点とかか?」
[そのとおり。でも、本当のことは面倒だから言わない]
「そんなことはないよ」
 僕は笑ってみせた。
「僕、あれには感動していたんだ。入試のときなのに、小さな子を放っておかないなんて優しい人だなって。だから、話してみたかったんだ」
 なんだか小池はキラキラした目で僕を見ている。僕は目を反らした。
「別に僕はそんないい奴じゃないよ」
「いやーいい奴だよ」
 後藤がそう言って、僕の背中をバンバン叩きながらワハハと笑った。小池も一緒に笑っている。
「おーい、もう閉めるぞ」
 他の一年生が僕らに声を掛けた。もう後片付けは終わっていた。僕らは急いで更衣室へ向かった。

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