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僕の心臓が動いていることと、心があついこと

月影そら

誰も覚えていない誰も昨日のことを知らない?

 今日はいつもと気持ちが違った。教室へ入る際には、少し緊張が走った。でも、教室の中は何も変わっていなかった。
 滅茶苦茶に倒れて、方々へ散らばっていた机や椅子も、あちこちが赤く染まった壁や床も、そんな形跡は何もなかった。クラスのやつらも、何事もなかったかのように過ごしている。
 僕も何事もなかったかの様に、扉近くの自分の席に着いた。僕が一呼吸おくと、そのすぐ後ろで、僕が閉めた扉が再び開いた。
「おはよう」
 大きな声が背後で響いた。身体も大きければ声まで大きい。毎朝、教室へ入る時に挨拶をして入ってくるのは、昨日僕を保健室まで運んだ柔道部の後藤悟だ。
 一学期のときは、扉から僕の席は離れていたから問題もなかったが、新学期に入って席替えをしてからの数回は、背後で響くその声の大きさに驚いた。最も、その後すぐに自分の席に行き、他のクラスメイトと話したりじゃれ合ったりしているから、僕には全く関係ない人種だ。
 ところが、昨日のせいで、今朝は違っていた。後藤は、事もあろうか、僕の前へ回ってきた。
「よお、おはよう」
 さっきよりはだいぶ声の大きさは抑えられている。僕は軽く頭を下げた。
「おまえ、大丈夫か? 」
「あ、はい」
 昨日の事だと思って、僕はとっさに答えた。
「神崎、おまえの昨日の眠り方は、半端じゃなかったぞ! 息をしていなかったら、死んでるかと思った」
こう言って、後藤は豪快にアハハと笑った。
「すみませんでした」
 僕は軽く頭を下げた。あまり関わり合いになりたくない。早くこの時間が過ぎればいいと思った。
「ハハハ、別に謝ることはないだろ。おまえは腰が低いな」
 後藤は、僕の背中をバンと叩いてきた。その分厚い手で叩かれるのだから、結構痛い。
「でも、ただ寝ているだけで良かったよ。死人を運んでいく趣味は無いからな」
「後藤―、そんな奴おまえの怪力で叩いたら本当に死んじまうぞ! 」
 少し離れた場所から、よく後藤とじゃれ合っている奴の一人が、からかうような口調で叫んできた。
「そんな奴いうな」
 後藤が一喝する。
 後藤はそういう奴だった。曲がったことが嫌いらしいし、一学期に僕が二つ後ろの席の奴から、ゴミらしきものをしつこく投げられていたときも、一喝していた。
 後藤はこのクラスの誰とも、特別にはつるんでいなかった。だが、皆と仲良く、独りでいることはなかった。昼は席替えをする前も、した後も、近場の奴らと自然に食べていた。たまに独りでいても、誰かが必ず声を掛けていた。
 後藤のクラスでの地位は明らかに高く、他クラスの奴らとも楽し気にしているのを何度か見かけた。明らかに僕とは違う人種だった。
 こういう奴に、こんな風に話しかけられても、僕はただただ困るだけだった。はっきり言って迷惑だった。目立ちたくないのに、後藤といるだけで目立ってしまうし。
 そう言えば、昨日の昼休みに、後藤は教室にいなかった気がする。もしかしたら、後藤がいたら僕でなくて、後藤が選ばれていたかもしれないのにと、僕は思った。少し悔しくて、少しホッとした気がした。
その時、ホームルームが始まるチャイムが鳴った。
「じゃあな」
 後藤はそう言うと、自分の席に戻って行った。それと引き換えに、水瀬さくらが教室に飛び込んできた。かなり息を切らしている。いつも、余裕を持って登校してくる彼女にとって、これは珍しいことだった。
 水瀬さくらは、そのまま自分の窓際の席に着いた。それと同時に、担任の鈴木先生が教室に入ってきた。気怠い一日の始まりだと僕は思った。
 午前中の授業の間、僕はずっと今後のことに考えを巡らしていた。すぐに負った怪我が治るのは分かった。これは、あの白い奴が勝手に仕組んだ鍛錬のはずだ。だから、怪我がすぐに治るのかもしれない。
[こんなことが、これから一か月以上も続くのか? かなりうんざりする。だが、一か月後は? ]
本当に重苦しくて仕方がないし、怖くもあった。
 毎回、あんな風に怪我をするのも、嫌で堪らない。
[怪物かなんだか知らないけど、殺したくない…]
 殺したときの感触が生々しく残っていた。気分が悪くなってくる。
[だけど、そんなことも言っていられない…僕が殺される。それに…]
 どうせ逃げることもできないし、怪物も逃げない。
[水瀬もあんな怪物に襲われるんだな…]
 彼女の運命を思っても、辛い気持ちになった。
 しかし、最初は一匹だったのに、二回目は急に三匹になっていた。今度は何匹になるか? もしくはもっと強い奴が出てくる可能性だってある。これは合気道だけでは足りないと僕は思った。体力も、技術や技も、身につけた方が、僕自身の為だと思ったのだ。
 僕は、ずっとこんなことを考えながら今後の対策を練り始めた。たった一か月しくらいかないから、少しも無駄にはできない。
 ふと、水瀬の方を見ると、彼女と目が合った。目が合うのは、初めてではなかった。敢えて、誰のことも見ない様にしない限り、これだけ人が狭いところにいるのだから、何かの拍子に目があったりするものだ。僕はそれを避けるようにしていたけど、うっかり目が合うこともあった。
 水瀬以外の奴は、皆一瞬、不愉快な顔をしてすぐに目を反らしてしまう。休み時間だったりすると、
「げえー、きもい奴と目があった」
 とかなんとか、言われたりもする。
 だけど、水瀬は一瞬笑顔を向けてから目を反らすのだ。誰に対してもそうなんだろう。最も、今までに二回くらいしか目が合ったことなんかなかった。
 しかし、今回は目があった瞬間に、サッと反らされてしまった。そのことに僕は少し傷ついた。
そもそも、彼女が昨日のことを覚えているはずなんてないから…いや? もしかしたら覚えていて、でもなんだかよく分からなくて、目を反らしたのか?
 僕は、自分だけが覚えていることが少し辛かったので、それに逆に希望を持つことにした。
 

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