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僕の心臓が動いていることと、心があついこと

月影そら

クラスメイトの殆どが殺された…僕は頷くしかなかった

僕は教室の扉に近い席だった。つまり、水瀬さくらは僕のすぐ近くにいた。そこへ怪物がめがけて来た。水瀬さくらに向けてだ。状況を呑み込めていない水瀬さくらと、恐怖で固まった教室。
 僕の脳裏に一瞬、水瀬さくらが僕に向けてくれた笑顔が過った。その笑顔は、遠い昔の誰かに似ていた。誰だったかも思い出せない。でも、きっと僕はその人が好きだった気がする。大切だった気がする。
 僕は、その過った笑顔のせいで、水瀬さくらの前に飛び出て、腕を怪物に噛まれた。
 千切れるかと思った。あんなに痛い思いは生まれて初めてだった。他の奴らはそれを見ると、奇声を上げて一目散に逃げようとした。
 水瀬さくらを好きだと言っていた奴も、親友だと豪語していた女子も、無理もないのかもしれないが、どいつも我が身が一番可愛いのだ。
 だけど、不思議と扉から出ることはできなかった。窓から飛び降りようとした奴もいたが、それも叶わなかった。一瞬出たと思ったのに、次の瞬間には出口に踏み込もうとした状態に戻っている。
 怪物は、僕の腕をすぐに離した。そして僕に向けてうなると、向きを変えて他の奴らを襲いだした。僕は動けないまま、教室が悲鳴と赤い色に染められていくのを見ていた。
「いやー」
僕のすぐ背後で悲鳴が聞こえた。その悲鳴の主は、自分の仲のいい友達が倒れたのを見て、走ってそこへ駆け寄った。そしてしゃがみ込むと、傷口を両手で押さえている。
肩から腕がほとんどもげそうな状態だった。そうならないように、必死に押さえているのだ。僕は彼女の元へフラフラと行って、一緒にその腕を押さえた。思考も回っていない今、自分の行動も読むことができない。
 そこへ、怪物が水瀬さくら目掛けて突進してきた。僕は、再び彼女の前に立ち、怪物に飛ばされて、机に脚がぶち当たって止まった。
その時に鈍い音がして、足が変な方向へ曲がった。それでも僕は、何故か水瀬さくらの方を見た。水瀬さくらは僕の方を見て、こちらへ向って数歩歩きだしたところで、意識を失ったようにその場に崩れ落ちた。この、あまりに僕らの日常からかけ離れた状態に、精神がついていけるはずもない。
 次の瞬間に、天井がなくなり、大きな空間が開けた。そして妙な気配を感じて、僕は真っ青な空と、太陽がむき出しになっている、斜め前の頭上を見上げた。と、そこには、全身白い服で包まれている者がいた。
やたらと長い髪の毛は、金髪より黄金といった方がいいような髪の色をしていた。肌が雪の様に白く、眼の色は緑なのか青なのか、黒なのか又はほかの色なのか、見え方が変わってよく分からない。顔立ちは恐ろしく整っているが、それが逆に怖く感じた。
そんな人間らしき者が、床から二メートルくらいの場所に浮いていたのだ。
「なかなかに勇敢ですね」
そいつは僕に笑いかけた。
「おまえは誰だ」
僕は消えてしまいそうなか細い声を出した。
「まさか、こうもあっさり見つかるとは思いませんでした。あなたには感謝しなければ」
 不思議と、僕の思考が働きだしていくのを感じた。こいつが、この状況を作った奴だと僕は思った。こいつが現れた途端に、怪物が姿を消している。
「あなたが、その身を挺して守ってくださった娘は、とても重要な役割を持っているのです。私は、彼女を守ってくれるナイトを探していました。まさか、あなたがそうなるとは思いませんでしたがね」
笑顔を崩さずにそいつは続ける。
「これから、彼女を狙う輩が出てきます。そういったものから彼女を守ってほしいのです。彼女はこの世界では美しく、可愛らしい姿をしているので、悪い話ではないでしょう?」
[おまえが守ればいいじゃないか]
「残念ながら、私は事情があって彼女を守ることはできないのですよ。これでも、今まで彼女をずっと守ってきたのは私です。でも、十六の歳を迎えると、私は守ることができなくなるのです」
[こいつ、今俺の思考を読んだ?]
そう考えた僕に応えるように、そいつはにっこり笑った。
「このクラスの中で、あなただけが彼女を守る為に、動くことができたのです」
 僕とそいつ以外は、このクラスの中で意識があるものなんていなかった。このクラスの外が、どうなっているかも分からない。
「私はあなたに力を与えます。あなた自身の鍛錬も必要になってきますが、鍛錬しだいではどんなものも、あなたに敵わなくなっていくことでしょう。ここまではいいでしょうか?」
 僕は微かに頷いた。
「素直なのはいいことです」
クスリと微かに笑われた。
「あなたの中の、水瀬さくらを守りたいという思いで、あなたには剣をいつでも作り出すことができるようになります。その威力や性能も、あなたの思いの強さで変わっていきます。形は変わりませんがね。それと、あなた方が、魔法や超能力といった言葉で使われている能力も、使えるようになります。これはあなたの鍛錬や経験しだいになりますね。あなたは、既に武術を長いことやっておいでだ。それはとても好ましいことですよ」
 合気道のことを言っているのだと僕は思った。やっているといっても、そこまで強いわけでもない。
「水瀬さくらが、十六になるまで一か月と少しだけあります。あなたはその間、毎日こことは別の空間で、鍛錬をしていただきます。私はとても優しいので、あなたがこの学校へ通う間は、その時間をずらしておきますね」
[どうせ、こんな状態じゃ当分は休講になる]
「いいえ、あなたが引き受けていただけたら、全て元に戻ります」
また思考を読まれたと僕は思った。
「さあ、もちろん引き受けていただけますね」
 正直意味が分からなかった。何で僕が、そんなことをしなければいけないのか分からない。
「あなたが引き受けていただけないのなら、この状態はこのままです。これからは水瀬さくらが行くところに、さっきの獣がよく現れるようになることでしょう。そのうち町はなくなってしまうかもしれませんね。いや、この国もなくなるかもしれません」
[その前に自衛隊が動くだろ]
「いいえ、銃も爆弾も、センサーでの攻撃も、細菌兵器と言われているようなものも、もちろんあの獣にはききませんよ」
「でも、僕でなくて…他の誰かが水瀬さんを守ろうと出てくるかもしれない」
言葉を発しても発しなくても同じ気がしたが、僕は敢えて口から言葉をやっと出した。
「それはいいですが、あなたの怪我も治りませんよ。あなたが頷けば、あなたの怪我ももちろんすぐに治ります」
「それから、自己防衛の為に動いてもらっても意味がありません。さっきのあなたのように、純粋に彼女を守る為に身体が動かないと意味がないのです。もちろん、あなたが引き受けてくれたとして、今後あなたが、全て純粋に彼女を守る為だけに動けなくとも構いませんがね。とにかく、テストではそうでなくては困ります。そうでないと、彼女を守っていくことができないのでね」
 こいつは、どうしてこうも笑みを崩さないのだろうと僕は思った。それが凄く怖かったから。僕は、確かに水瀬さくらを守るように身体を動かしてしまった。でも、それが僕の意志だったのかなんなのか、僕にもよく分からなかった。
「さあ、どうするかの返事をお願いします」
 もう何もかも嫌になってきた。このまま意識を手放したくて仕方がなかった。何をどう言われても、このまま死んでしまいたい。きっとその方が楽だ。全身が痛くて仕方がないし…。
僕は瞼を閉じて、身体から力を抜こうとした。
「だめよ!死なないで」
 このまま死んでしまいたかったのに、微かに誰かの声が脳裏を駆け巡った。僅かしか聞こえないのに、妙にそこには力がこもっている気がする。必死な思いがある気がする…。その声が響いてくると、僕の閉じている瞼の裏側が、熱く湿っていくのだった。
「…分かった…僕は引き受ける」
 僕は倒れたままだったが、それでも、できるだけ声を出して答えた。僕自身がそう答えたことに少し驚いた。まるで今日は自分ではない自分に、何度も行動や言動を支配されているみたいだ。

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