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僕の心臓が動いていることと、心があついこと

月影そら

教室の中での惨事

一章     
 なんで僕が、こんな目に合わなければいけないんだ。僕が何をしたって言うんだ。ただ目立たないように、息を潜めて過ごしていただけなのに、こんなのはあんまりだと思う。
 でも、どんなに嘆いても状況は変わるはずもない。目の前の天使のような悪魔のような…女のような男のような、そう、中性的とでもいえばいいのだろうか?全てにおいて中性的でいて、全くの違う要素を持つ、それは僕の返答を待っている。
 ここから逃げられればいいのだけど、足は折れ曲がっているし、腕も、噛まれた後から絶えず赤血球で赤く染められている液体が流れている。
 このまま死ねたら、一層のこと楽だろう。最後が制服で終わるといることと、学校ということ(既に相当に破壊されているが)が、堪らなく嫌だということ以外はどうでもいい。
 こんなインドでもないのに、カースト制度のようなものが当たり前のようにはびこる、この四角い異様な建物は心底嫌いだ。ああ、本当になんで身体が動いてしまったのだろう。ほうっておけば良かったのに。
「私は、とても優しいから教えてあげますが、あなたは簡単には死ねません。そもそも人はすごく脆くて、私は楽に壊せるし、人は死んでしまうけれど、それでも簡単には死ねないのですよ。人が思っているよりは、簡単に死ぬことはできないのです」
 こいつはやっぱり変だ。見た目と同じように、正反対のことをわざわざ言ってくる。そもそも身体の痛みと、この暑さとでだんだんと目も霞んできた。頭がボーっとしていて、焦点が合わないようだ。
 これは死に近づいていることなんじゃないか?この町が壊されようが、この国が壊されようが、知ったこっちゃない。それなのに、何故、身体が動いてしまったのだろうか?
 周りは、既に死んでいると思われる奴らの身体が、ボロボロになって倒れている。ある者は腕を無くし、また別の者は足を無くし、顔がグチャグチャになって、見分けがつかなくなっている者もいる。
 自分が可愛いと思っていて、他を見下しているような、それでいて、周囲を固めるのは上手い女子も、ああなっては完全にお終いだ。
 僕と、たまたま同じシャーペンを使っていただけで、これ見よがしにそれを僕の前で捨てた女子も、僕の背面を、的あてがわりの様に使って、ゴミをよく投げては、仲間と笑っていた奴もお終いだ。
 顔がよくてスポーツもできて、女子にもてることを誇らしげにしていた奴も、自分も下位の方にいるくせに、僕より上に位置すると思い込んで、憐みの目で見てきた奴も、こうなっては全てお終いだ。
 この異様な建物の二階に位置する、この教室という名のごみ溜めも、四階まであるはずの頭上は、まだ夏を辞められない太陽が、直接攻撃してくる。
「さあ、答えを聞かせてください。さっきも言った通り、あなたの返答で、あなたの周りの屍が、夢でも見ていたかのように全て復活する。あなたは鍛錬も必要だが、その身で彼女を守っていけばいいのです。単純明快ですよね。この中で、彼女を守るために体が動いたのは、あなただけなのですから。あなたには、彼女を守りたいという気持ちがあるはずです」
 僕にそんな気持ちが存在するのだろうか?
 彼女、水瀬さくらは、桜の時期に生まれたわけでもないのに、桜が好きだという理由だけで、親が「さくら」と名をつけたらしい。と、少し恥ずかしそうに、入学当初に他の誰かに話をしていた。
 水瀬さくらは、誰にでも優しい女の子だった。名前のとおり、桜の花のようにふわりと笑う。満開の桜というのではなく、その小さな一つの花のように笑う。水瀬さくらは、僕にも唯一挨拶をしてきたり、変な目で見たりしないクラスメイトだった。
 僕は目が悪くもないのに、大きな黒縁眼鏡をかけていた。中学のときから、何度女子にダサイと陰で笑われたことか。今は、その眼鏡もどこかに飛んでしまっているが。
背も決して高くない。すごい低いというわけでもない。遺伝子的には背は高いはずなのに、そういうものは遺伝しなかったに違いない。
 だけど勉強は、大した努力をしなくてもできた。ただ目立つのが嫌だったから、適度にテストの点を取っておいた。今もそうしている。スポーツは真剣にやっていいものと思っていない。
 そもそも、運動神経がいいか悪いかも分からないが、目立つことを恐れた。友達もいなくて、いつも独りでいた。僕が何もしなくても、敵は簡単にできていくが、味方なんてどこにもいない。
 毎日、何で生きているのか分からなくなる。唯一、自宅からも学校からも離れたところにある、合気道の道場だけは楽しめたかな。幼い頃からやっていたから、先生がよくしてくれる。周りの目も、気にしなくていい唯一の場所だった。
[そうか…あそこが壊れるのはちょっと嫌だな]
僕は小さくそう思った。
 水瀬さくらは、教室の真ん中辺りで倒れている。他の奴らは、重なって倒れていたりしているのに、彼女の周りは少し空間があった。水瀬さくらは、傷一つ負っていない。彼女は傷をつけられるはずがないのだろう。そうと分かっていたら、何もしなかったのに…。
 あの恐ろしい怪物は、突然現れたわけではなかった。馬鹿な女子が、子犬が捨てられていたと連れてきたのだ。新学期早々に僕は呆れた。だいたい、学校に動物を連れてくるなんて。
 中学の時も、そんな感じのことがあった。捨て猫だかなんだかを、馬鹿な女子が拾ってきた。
 あれは、文化祭の準備で残されていた時だった。学校に、動物なんて連れてきても、どうすることもできない。それなのに、連れてきたんだ。そもそも、何故学校の外に一度出たんだと、僕は訝しんだものだった。その子猫は、飼い主も見つけられないまま、元の場所に戻された。
 その翌日は、雨が激しく降ったというのに、誰も心配する様子は見せなかった。いや、誰かが口にしたけど、事もあろうに拾ってきた本人が、「この雨で死んでも、それもあの子猫の運命だったんだよ」と言ってのけた。
 僕はその言葉を聞いて、無性に腹が立って、学校を仮病を使って早退した。
 ビショビショに濡れた子猫は、今にも死んでしまうのではないかと思った。濡れた身体を拭いてやり、温めてやると少しずつ回復した。ああ、そうだミャアが死ぬのだけは、避けたいのかもしれない。
 馬鹿な女子が連れてきた子犬は、茶色の可愛い犬だった。それが、床に置かれた途端に、クマぐらいの大きさに変わり、もはや、犬と呼べるような姿もしていなかった。毛の色は黒く変色し、目は朱く染まり、手足は短くなり、胴体が異様に大きかった。
 爪はとても鋭くて、唇が捲れ上がって、その牙を顕わにした。その姿を見たものは皆竦みあがるだろうと思う。僕もかなり驚いたのと同時に、恐怖に包まれた。
 学校の外に出て子犬を拾ってきた女子のせいで、全てが恐怖に飲み込まれたのだ。悲鳴をあげるものもいたが、皆金縛りにあったかのように動けなくなった。
 そこへ、水瀬さくらが教室へ戻ってきたのだ。すると、その怪物は水瀬さくらへ向かって吠えた。皆が耳を押さえた。


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