面倒くさがり屋の異世界転生

自由人

第120話 やっと掴んだ手がかり

 ギルド長室では、サーシャがいつものように、慣れた手つきで紅茶を配り終えると、ギルドマスターの背後に立った。

「とりあえず、俺がここのギルドマスターをしているカーバインだ。改めてよろしく頼む。で、何が知りたい?」

「そうね、男の子が冒険者登録に来た日はいつかしら?」

「王都を巻き込んだ、事件のあった当日だ」

「そうなのね。時間帯は?」

 その質問にはサーシャが答えた。

「その時は確か……お昼頃だったと思います。私が担当致しましたので」

 それを聞いたサラは、暫し考え込んだ。

「それがどうかしたのか?」

「その質問に答える前に、サーシャさん。もう1度聞くけど、男の子を守るために、動いててくれたのよね?」

「はい。ギルドマスターに言われたのもありますが、個人的に好感の持てる子供でしたので」

「そう……守ってくれたのね。ありがとう……そうとは知らず、威圧を当ててしまってごめんなさいね」

 サラからの思いもよらぬ言葉に、サーシャはたじろいだ。

「あの、お礼を言われる意味が、わからないのですが」

「その子ね、私の息子なの」

 サラの言葉に、2人は度肝を抜かれた。

「えっ!? 息子!?」

 カーバインが驚きのあまり尋ねると、サラは静かに語りだした。

「カーバインは、あの時に会ったから知っているでしょうけど、王都を巻き込んだ威圧は、あの子が放ったものだったの」

「えっ? ケン君がですか?」

「ケン君?」

「はい、男の子の名前です。冒険者登録の時に、そう書いてありましたので。違うんですか?」

 冒険者がギルドカードを作る際に、偽名や愛称を使うことはよくあるので、サーシャも特に驚きはしなかったが、本名ではないのかと聞き返してしまった。

「あの子の本当の名前は、ケビン・カロトバウンよ。カロトバウン男爵家の第4子で三男よ」

「所作に礼儀正しいところがあったが、貴族の子息だったのか……」

 カーバインは、どこか納得したような顔をして顎をさする。

「それで、その事件の時に、ケビンは気を失ったの」

 ここにあの時の状況を知る者がいないので、自分のせいでケビンの呼吸が止まっていたことを、しれっと隠すサラであった。

「その後は、家に連れて帰ってベッドで休ませていたのだけれど、目を覚ました時には、記憶を失っていたのよ」

「記憶をですか?」

「そうよ」

「どこか世間知らずな面があったのは、そのせいですか……」

「それで、目を覚ましたあとにいなくなっていたから、何かしらの手がかりがないか、使用人に指示してずっと探し回っていたのよ」

「そうだったんですか。では、嗅ぎまわっていた人たちは、関係者だったんですね」

「そしたら今日の報告で、ケビンらしき人を見たって情報が、冒険者から聞けていたみたいで、ギルドにお邪魔したのよ」

「まぁ、大体の話はわかった。サラ殿の子供ならあの強さも納得だな」

 この親にしてあの子ありといった感じで、子供にしては、有り得ないほどの強さの原因が特定できて、カーバインは、謎が解けたことに納得する。

「ケビンが、Cランクになったのは知っているけど、そんなにクエストを、こなしていたのかしら?」

「あれはありえませんね。初日はFランク冒険者の駆け出しであるにもかかわらず、3時間くらいでゴブリン20体、ホーンラビット30体、フォレストウルフ10体を狩ってきて、その日のうちにDランクへ昇格。翌日は日帰りでキラーアント、オーク、ゴブリンキングの集落だけだったはずが、好奇心に負けたと言って、しれっとキラーアントの巣の駆除をこなしたあまり、全体的に討伐数が多すぎて、処理するのに数日を要しましたから。それで、買取報酬を受け取りに来ていた際に、Cランクへ昇格したのです」

「あらあら、元気にやっていたのね。記憶を失ってたから、上手く戦えているか心配だったのだけれど、それを聞いて安心したわ」

 ケビンが、記憶を失ってても元気にしていた一端が聞けて、サラは笑顔を浮かべた。

「元気ってもんじゃありませんよ! ゴブリンキングの集落は、パーティー推奨クエストだから、危なくなったら逃げるように言ってたのに、蓋を開けてみれば壊滅させちゃうし。更には、キラーアントの討伐だけだったはずが、クエスト説明の時に、巣の駆除はBランクの複数パーティー推奨クエストで、危険だから巣の中に入っちゃダメって言ったにも関わらず、その上で、巣の規模もまだ調査が終わっていないから、クエストすら発行されていない状態だったのに、いざ討伐になるとしれっと巣に入って駆除してくるしで、心配でたまりませんでしたよ」

 当時のことを、サーシャが一気に捲し立てるのだが、サラはケビンのことが聞けて、ニコニコとご機嫌になるのだった。

「よほどケビンの事を、気にかけてくれていたのね」

「だって子供ですよ! 子供なのにあの強さは反則ですよ! 結果としてゴブリンキングの集落は、クエスト内容の不備が発覚して、複数パーティー向けのクエストだったことがわかったし、クイーンアントなんか過去最高の大きさだったんですよ! しかも、2日目は何をどうしたのかわからないですけど、討伐した魔物に一切の傷がなかったんですよ!? 更には、アントの卵やら幼虫やら蛹やらまで持って帰ってきて、今でも解体場に記念として飾ってあるんですから!」

 サーシャは、語っている最中にヒートアップでもしたのか、両手を握りしめ上下に振りながら力説した。

「ま、まぁ、落ち着け。お前が心配してたのはわかったから」

「はぁ……はぁ……」

 あまりのサーシャの興奮ぶりに、カーバインはかなり引いていた。サーシャはサーシャで、一気に喋り尽くしたせいか、息切れを起こしていた。

「ふふっ。サーシャさんとは、今度ゆっくりお茶でもしながら話したいわね」

「ほえ?」

 サーシャの力説ぶりにケビンへの思いを感じとって、サラはお茶へ誘うのだが、思わぬところで伝説の冒険者からお茶のお誘いを受け、サーシャは目が点となり、間抜けな返しをしてしまった。

「とりあえず、ケンがこなしたクエストは、サーシャの言った通りだ。アントの巣の駆除を達成している時点で、Bランクにすることも考えたが、どこか突っ走ってる感じがしてな、危なそうだったからCランクで止めた」

「そうなのね。その気遣いは感謝するわ。記憶をなくす前だったら、特に気にはしないのだけれど、記憶がないから今までの鍛錬の成果も充分に発揮出来ないでしょうし、私としては助かるわ」

「その言い方だと、記憶をなくしていなければ、問題ないように聞こえるんだが?」

「その通りよ。私の自慢の息子だもの。記憶をなくす前だったらAランク冒険者の実力よ。実戦経験が少ないから、Sランクにはまだ遠いでしょうけど」

「やはり規格外か……」

 カーバインは、サラからケビンの実際の実力を聞いて、自分が予想していた規格外の印象は、間違っていなかったのだと再認識した。

「それで……ケビンは、もう王都にはいないと思うのだけれど、どこへ行ったかわかるかしら?」

「あぁ、それなら保養地タミアだ」

「保養地?……なぜ保養地に行ったのかしら?」

「それは頭痛持ちって言ってたから、俺がオススメしたんだよ。今思えば、記憶がなくなってたから頭痛がしていたのかもな。ちょうど、サラ殿の名前を出した時に、頭が痛み出したみたいだったしな」

「私の名前を?」

「あぁ、俺がケンに対して規格外って言ったもんだから、その話の中で、自分と同じSランク以外での規格外を教えてくれってなってな、その時に【瞬光のサラ】の話をして、名前を教えたのさ」

「そう……私の名前に反応したのね……」

 サラは、頭痛を起こしたケビンの身を案じた傍ら、自分の名前に反応を示してくれたことを嬉しく思った。

「報酬を渡した後に、旅支度をしてから出発してると思うが、まだ保養地に到着はしていないだろう。ここからじゃ結構な距離があるからな」

「そうね。貴重な情報に感謝するわ」

「連れ戻すのか?」

「そこは悩んでいるわ。今は記憶がなくても、楽しく過ごしているんでしょうし、それを取り上げてまで、連れて帰りたいとは思わないのよ」

 サラは、ケビンが元気であれば、あとはケビンの思うままに生きさせようと思っているので、無理に連れて帰るよりかは、そのまま冒険者を楽しんで欲しいと思っているが、記憶がないという部分では、やはり心配になってくるのだった。

「心配じゃないのか?」

「それは当然心配よ。だって親ですもの。だから、使用人を使って安否確認させた上で、寂しい思いをしているのなら、連れ戻すことにするわ」

「そうだな、それがいいかもな。少なくともここで冒険者やっていた頃は、楽しそうにしていたみたいだぞ。解体場責任者のライアットとも仲良くなってたみたいだしな」

 そこですかさずサーシャが割って入る。

「私とも仲良くしてましたよ!」

「わかった、わかった。お前は何故かケンの担当受付嬢だからな」

「あら? 冒険者はいつの間にか、担当がつくようになったのかしら?」

「別についてはいないんですが、ケン君が何故か私のところにばかり来ますので。私の業務にないクエスト達成の手続きだったり、ランクアップの手続きだったり、解体場への同行だったりと、ギルドでやることを全てをやっていましたから」

「ケビンは、貴女のことを気に入っていたのかしら? あの子は気に入った相手じゃないと、近くに寄らせないから」

「そうなんでしょうか?」

 サーシャはふと思い出すと、サラの言っていた通り、他の人と交流をしているケンの姿を見たことがなかった。

「今思い返せば、確かに他の冒険者と交流したり、他の受付嬢に話しかけている姿は見ませんでしたね」

「そうなのか? 人当たりが良さそうな雰囲気だったんだが……」

 カーバインは、ケンとの交流はランクアップ時の面談のみで、日頃から接しているわけではないせいか、そんな印象は持たなかった。

「とにかく、今日の情報はとても役に立ったわ。また何か情報が入ったら教えてくれるかしら?」

「あぁ、それは別に構わんぞ」

「それじゃあ、今日はお暇するわね。サーシャさん、今度お茶に誘うから来てちょうだいね」

「えっ? あれって社交辞令とかじゃないんですか?」

「違うわよ。ケビンの話とか、もっと聞きたいから」

「わかりました。その時は拙いながらもぜひ」

「ふふっ。それと、今日ここで話した内容は、秘密にしていただけるかしら? よからぬ輩が、記憶のないケビンを利用するとも限らないから」

「わかった。秘密は守ろう。サーシャもそれでいいな?」

「はい。私は特に話して回るつもりはありませんので」

「よかったわ。それじゃあ、またね」

 サラがギルド長室から退室すると、2人とも大きな溜息をつくのだった。

「それにしても、ケンが【瞬光のサラ】の息子とはねぇ……とんでもないことになっちまったな」

「ケン君の強さの秘密がわかりましたね」

「記憶をなくした状態でアレだからな。Aランク冒険者並というのも、あながち間違いではないのだろう」

「将来が末恐ろしいですね。確実にSランクまで上り詰めますよ」

「本人は規格外になるのを嫌がっていたけどな」

 カーバインが笑いだすと、サーシャも釣られて笑みをこぼした。2人ともあの時のケンが、規格外にならないように目立たず行動すると言っていたのに対して、多分無理であることを同時に思っていた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ところ変わってサラが別宅へと到着すると、リビングにてマイケルを呼び出した。

「マイケル?」

「はっ、ここに」

「ギルドで有益な情報が得られたわ」

「真に力足らずで申し訳ありません」

 執事然とした姿勢で頭を垂れると、サラが続きを話す。

「そんな事はないわ。貴方たちが聞き込みを続けていた結果、冒険者ギルドに行きついたのですから」

「勿体なきお言葉」

「それから、ギルドでケビンのことがわかったわ。聞き込み通り男の子はケビンだったわね。今は冒険者で、名前は【ケン】として過ごしているみたいよ。現在地はわからないけれど、目的地は保養地タミアだそうよ」

「保養地? お怪我をなされておいでですか?」

 マイケルは、ケビンがクエスト中に怪我でもしたのかと心配したが、すぐに杞憂であったことを知らされる。

「違うわ。ギルドマスターがケビンとの会話中に、私の名前を出した時、ケビンが頭痛を起こしたそうよ。本人は記憶喪失を隠して、頭痛持ちで済ませたから、その時にギルドマスターが保養地を薦めたみたい」

「では、人を手配してタミアに向かわせます」

「その時に、安否確認は当然のこと、ケビンが1人で寂しくしていないか、確認してくれるかしら? もし寂しくしていたら連れて帰ってきてもらえる?」

「寂しくしていなかった場合は、如何すればよろしいでしょうか?」

「その時は3人をケビンに張り付けて、行方知れずにならないようにしてもらえるかしら? その内の1人は報告のために戻って来てもらうけど。その後の采配はマイケルに任せるわ」

「よろしいので?」

「ギルドで聞いたんだけど、王都にいたときは、楽しく冒険者として過ごしていたそうよ。大切な息子から、おもちゃを取り上げるわけにはいかないでしょ? それに、記憶が戻る算段もついていないのだし」

「かしこまりました。そのように手配致します」

「それと学院にいる子供たちにも、今日の情報を伝えておいて。あの子たちも心配しているだろうから」

「はっ、直ちに取り掛かりたいと思います」

 マイケルが去った後、サラは独りごちる。

「何にせよ、元気でいてくれて良かったわ。これで後は、記憶の問題だけね。それにしても……ふふっ。ケビンは年上の女性に好かれやすいのかしら? ターニャちゃんといい、サーシャさんといい、保養地でも誰かに好かれていそうだわ。将来はケビン争奪戦で凄いことになりそうね」

 ケビンの失踪後の生活や無自覚ハーレムにより、サラは今までの落ちていた気持ちを、回復させることができたのだった。

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