面倒くさがり屋の異世界転生

自由人

第119話 息子が絡むと見境ない

――時は遡り

 ケンが保養地への旅を満喫している頃、カロトバウン家本宅では、サラがソファでくつろぎつつも暇を持て余していた。

(コンコン)

「入っていいわよ」

 ドアが開いて中へと入室したのは、メイド長であるカレンだった。

「奥様、別宅のマイケルから連絡が届きました」

「そう。何か進展があったのかしら?」

「王都内での聞き込みと捜索の結果、保護されている可能性が低くなりました。それとアイン様からの情報で、ケビン様はもしかしたら隠蔽のスキルを持っているのではないか? とのことです」

「それなら持っているわよ。恐らくかなりの練度だから常時使っていたら、たとえあなたたちでも、見つけられないかもしれないわ」

「知っておられたのですか?」

 カレンは、ケビンがそのスキルを持っているのを、サラが知っていたのなら、事前に教えて欲しかったこともあり、つい聞き返してしまった。

「そうね。それを知ったのは誘拐事件があった時よ。ケビンの口から聞いたから確実な情報ね。それに、シーラも知っているはずよ。一緒に行動してたから。あとは探知系スキルも持っているわよ。こっちもかなりの練度ね。」

 さらに明かされる事実に、カレンは驚愕した。気配を隠蔽されながら探知を使われたら、自分たちにはもう打つ手がないからだ。

「そんなに気にしなくてもいいわ。私だって近くまで行かないと、わからないぐらいだから。それに、探知系は使わないんじゃないかしら。別に私たちから、逃げているわけではないのだから」

「わかりました。マイケルにはそのように伝えておきます」

「報告はそれだけかしら?」

「もう1点。これは聞き込みをしていく内に、わかったことなんですが……ケビン様らしき人物を見たとの情報がありました」

「それは僥倖ね」

 ここにきて、ようやく手がかりが掴めたかもしれないことに、サラは安堵するのであった。

「しかし、私たちが姿を確認したわけではなく、その姿を見た者によれば、あくまでも“そのような子供であった気がする”とのことで、未だ確証を持てず、推測の域を出ませんが……今までで1番の有力情報だと思います」

「どういった情報なのか、聞かせてちょうだい」

 カレンは居住まいを正し、語りだした。

「聞き込みをした者のうち、冒険者からの情報で、“ここ最近は見かけてないが2、3回くらいは、ギルドにスラム育ちじゃない子供がいた”とのことです」

「冒険者ギルドに?」

「はい。それから他の冒険者にも聞き込みをしたところ、その子供は、子供らしからぬ強さで、初日でDランク、その後Cランクへ上がったそうです」

「その子供は、ほぼ間違いなくケビンのような気もするわね。あの子の強さならそのくらい楽勝でしょうから」

「私たちも最初はそう思いましたが、現段階でケビン様は記憶をなくしておられ、果たしてそのような状態で、以前ほどの強さを発揮できているのか? という点で、未だ確信には至っておりません」

「確かにそうね」

 サラは、ケビンが記憶のない状態で、戦闘を行えるかどうか黙考するが、記憶をどこまでなくしているのかわからない以上、考えても答えは出ないと思い、頭を切り替えることにした。

「その子供の情報は、他にないのかしら?」

「その子供が使っていたとされる宿屋へ赴きましたが、既に引き払ったあとで、現在は、冒険者たちに行き先を知らないか、あたっているところです」

「困ったわねぇ。そうなると、もう王都にはいない可能性が高いわね」

「私もそのように感じております」

「問題はその子供がケビンであるのか? もしケビンであるのなら、何処へ向かったのか? この2点に絞られてくるわね」

「では、そこに焦点を絞り捜索を続けるよう、マイケルに伝えたいと思います」

 カレンの言葉に、サラが意を決したように伝える。

「待ちなさい。私自ら冒険者ギルドに向かうわ」

「奥様自らですか?」

「貴女たちでは使用人の域を出ないから、接触できる人も限られてくるわ。こと冒険者ギルドに関しては、私の方がいいでしょう。短期間でランクアップしているのなら、必ずと言っていいほど、ギルドマスターが関与しているのだし。急いで馬車の準備をしてちょうだい」

「かしこまりました」

 それから数時間後、本宅を出発したサラは別宅へと到着していた。それから華美なドレスではなく、動きやすい軽装に着替え、そこからは歩いて冒険者ギルドに向かっていた。

 スイングドアに手をかけ中へと入ると、冒険者たちから注目を集める。ギルドに不釣り合いな女性が入ってきたことで、冒険者たちの関心を引いてしまったのだ。

「ここも変わってないわねぇ」

 独りごちるサラに対し、声をかける冒険者がいた。

「よう、姉ちゃん。ここはあんたが来るような場所じゃないぜ。悪いこと言わねぇから、さっさと帰んな」

「あらあらあら。私をお姉さん扱いしてくれるの? 貴方は見かけによらずいい人なのね」

 何を隠そう声をかけたのは、ケンが初日に声をかけられた大柄で、いかにもな感じの冒険者だった。

 見た目は凄く悪そうだが、中身は真逆なとてもいい人ではあるが、見た目のせいで損をしているのだった。

「褒め言葉は受け取っておくが、帰った方がいいぞ」

「ご親切にありがとう。でもギルドに用事があるから、帰るわけにはいかないわ」

「用事があるなら仕方ねぇが、せいぜい気をつけるんだな」

 そう言い残し、冒険者は手を引いた。最初の1回は注意するが、あとは自己責任であると割り切っているのだ。

 サラはそのまま階段を上がり、2階へと足を運んだ。受付へ行こうとすると、後ろからまたもや声をかけられる。

「よう、ここはあんたが来るような場所じゃないぜ。それともワイルドな男でも漁りに来たのか? なんなら俺たちが相手をするぜ」

 サラが振り返ると、そこには、ニヤニヤといやらしい顔をした3人組がいた。

「男は結構よ。間に合っているもの」

「まぁ、そう言わずに俺たちと遊ぼうや。一晩中可愛がってやるからよ。なんなら一晩と言わずに、これからずっと飽きるまで相手してやってもいいんだぜ」

「そうそう、俺たちが優しく相手してやるからよ」

「気持ちいいことしようや」

 三者三様で卑猥な言葉を並べる男たちに対して、サラは溜息をつきつつも答える。

「相変わらず、貴方たちみたいなゲスがいるのね。三下臭が半端ないわよ?」

「人が下手に出てりゃあ、つけ上がりやがって。いいからこっち来いよ!」

 男がサラの腕をつかもうとしたら、サラが身をかわしたため、空を切って掴めなかった。

「貴方みたいなゲスの汚れた手で、私を触らないでくださる? せっかくのお洋服が腐るわ」

 周りの冒険者たちはいつものことなのか、そのうち誰か止めるだろうと大して気にもしなかった。

「なんだと、クソアマ! お前ら取り囲んで捕まえるぞ!」

 3人組がサラを取り囲んで捕まえようとして、さすがにマズいと思ったのか、周りの冒険者たちが動こうとしたとき、サラはどこから取り出したのか、右手に持つ扇子で男の鳩尾を突いた。

「はとぅー!」

 男は発した言葉と共にくの字に曲がり、2階フロアからギルド入口側の壁へと一直線に飛んでいった。そして壁に激突後、2階の高さから1階のフロアへと落下する。

「へぶんっ!」

 残りの2人組は目が点になり、飛んで行った仲間の方を見ていた。

 ギルド内はシンと静寂に包み込まれた。1階はいきなり落ちてきた冒険者に呆然となり、2階は見事に飛んで行った冒険者に呆然として。

 少しすると、飛んでいった男に駆け寄る1階フロアの冒険者たち。2階フロアに至っては、未だ静まり返ってる。

「まだやるのかしら? 一晩中相手してくれるのよね?」

 その呼びかけに対し残りの2人組は、『ギギギ』と壊れかけの機械のような音が聞こえてきそうな感じで、ゆっくりとサラに顔を向ける。

「確か……飽きるまで、とも言っていたわね」

 その言葉に命の危険を感じ取り、勢いよく首を横に振る2人組。

「なら、もう行っていいかしら?」

 今度は勢いよく縦に首を振る。見後なシンクロ率を見せる2人組は、サラが立ち去ると、慌てて1階の仲間のところへと駆けつけた。

 サラはそのまま受付へと向かうと、受付嬢から声をかけられる。

「ようこそ、冒険者ギルド王都支部へ。どの様なご要件ですか?」

「あら、意外と冷静ね。慣れてるのかしら?」

「あの3人組は、前にも同じ問題を起こしましたので」

 そう言った受付嬢は、当時を思い出したのか笑みをこぼした。

「何か楽しいことでも思い出したのかしら?」

「すみません、失礼しました。あの時も同じように撃退されたんです。あまりにも似すぎていて、思い出してしまいました」

「前にも女性から倒されたの? 学習能力がないわねぇ」

「いえ、その時は小さな男の子でした。それで、ご要件は何でしょうか?」

「――!」

 サラは、受付嬢のその言葉を聞き逃さなかった。もしかしたら、カレンの報告した子供かもしれないからだ。

「その小さな男の子に関することよ。ギルドマスターに、取り次いで頂けるかしら」

 受付嬢はここ最近、ケンのことを嗅ぎまわっている者たちがいると、冒険者伝いに聞いており、目の前の女性のことを怪しんだ。

「すみませんが、素性の知れない方を、ギルドマスターに会わせるわけにはいきません」

「そういえばまだ名乗ってなかったわね。私はサラ・カロトバウン、カロトバウン男爵家の者よ。それで、ギルドマスターに、取り次いで頂けるのかしら?」

「大変失礼だとは思いますが、何か証明するものをお持ちでしょうか?」

「思いのほか、教育が行き届いているのね。それにしても困ったわねぇ……証明するものなんて持ち歩いていないわ」

 特に困っているふうでもない女性を見て、受付嬢はさらに訝しむのであった。

 ギルドマスターに取り次ぐだけなら、名前を聞いた時点で窺いを立てるぐらいのことは可能なのだが、女性の要件がケンに関することだったので、折れるわけにもいかなかった。

「それではお取り次ぎできません。お引き取りを」

「意外と融通が効かないのねぇ。実力行使をしてもいいかしら? 取り次げないのであれば、出てきてもらうしかないのよね」

 サラから不穏当な発言が漏れ出たことに、ギルド嬢は注意を促す。周りにいるものたちも、ただならぬ雰囲気に状況を見守っている。

「先程のを拝見して、それなりの実力がおありなのはわかりますが、ここはギルド内ですので、控えた方が身のためと思いますよ? ここにいる冒険者たちを敵に回すことになりますので」

 段々と雲行きが怪しくなりつつある中、冒険者たちはいつでも動けるようにと身構えていた。

「ふふっ。仕方ないわね」

 サラが発した言葉に諦めてくれたと思い、受付嬢たちと冒険者たちは安堵した。冒険者たちも寄って集って、女性を取り押さえたくはなかったのだ。

 しかし、その考えが間違いであったと、すぐに気づかされることとなった。

「さぁ、何人耐えられるかしら?」

 その言葉と同時に、絶対零度の威圧が解き放たれた。ギルド建物内を覆い尽くす威圧に、辺りは騒然とした。

「な……何を……」

「実力行使に出ると言ったでしょ? それにしても、貴女は中々耐えているわね。もう少し強めにいきましょうか?」

 サラから言われた言葉に、周りのものが、今よりも威圧が強くなるのかと戦慄する。

「いくわよ?」

 更に強くなった威圧があたりを覆い尽くし、冒険者たちは、立つことができずに膝をついた。

「貴女の頼みの綱である冒険者たちは、誰も動けないみたいよ? これでは、敵にすらなりえないわね。どうするの?」

「……くっ……」

「こうなるんだったら、最初からギルドマスターに取り次いだ方が、良かったんじゃないかしら? 貴女の対応で、周りの者たちは迷惑を被っているのよ? 途中までは、受付としての対応は立派だったけれど、取り付く島もなくなるのはいただけないわ。名乗ったのだし、ギルドマスターに会うかどうかくらいは、聞きに行った方が良かったのじゃないかしら」

 淡々と述べていくサラに、受付嬢はなすすべがなかった。サラの言った通り、冒険者たちは誰も動ける状態にない。

「さて、取り次ぐの? 次がないの? 今となっては、どちらでもいいのだけれど。このまま奥まで行けばいいだけですから」

 そこに1人の男が、奥の通路から壁伝いにやってくる。

「……そこまでに……してくれ」

 サラが視線を向けると、額から汗を流しつつも、こちらへやってくる男に気づいた。

「あら? 貴方は確か……あの時いた冒険者かしら?」

「い……威圧を……解いてくれ。俺が……ギルド……マスターだ」

「あの時の再現でもしようかしら? 男に二言はないのよね?」

「ない……」

 その瞬間、威圧が解かれた。周りの者は安堵の息を漏らし、みな思い思いに腰を落ち着かせて、状況を見守ることにした。

「それで、【瞬光のサラ】が一体何の用で来たんだ?」

 周りの者たちがホッとしたのも束の間、ギルドマスターが発した言葉に、またもや騒然とする。

 目の前にいる女性が、知る人ぞ知る伝説の冒険者だと言うのだ。先程まで対応していたギルド嬢も、驚愕に目を見開いた。

「聞きたいことがあって来たのだけれど、そこの受付嬢に拒否されたのよ」

「聞きたいこと?」

「ここ最近で、特に目立っている、小さな男の子のことよ」

「あぁ、それなら申し訳ない。俺がサーシャに、気にかけるよう言ったからな。守るために拒否したんだろ、許してやってくれ」

「そうなの?」

 サラからの突然の言葉に、ビクッと体を震わせたが、サーシャは心を落ち着かせて答えた。

「はい、その通りです。ギルドマスターから気にかけるように言われ、ここ最近、嗅ぎまわっている人たちがいるとの情報を手に入れましたので、あのような態度を取ってしまいました。【瞬光のサラ】様とは知らず、大変失礼を致しました」

「わかったわ。では、静かに話せるところはないかしら?」

「ギルド長室があるから、そこで話そう。ついてきてくれ」

「サーシャさんだっけ? 貴女もいらっしゃい」

「私もですか?」

「そうよ」

 サーシャは視線で、ギルドマスターに窺う。

「サラ殿が言っているんだ。同席して構わない。それに、あの子と関わりが深かっただろ? 無関係ってわけでもないしな」

 それから3人はギルド長室に向かうと、3人が立ち去った現場では、伝説の冒険者に出会えたことを、みんな喜んでいた。

 威圧されて被害を被ったことなど、既に頭の中にはないようであった。

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