心霊便利屋

皐月 秋也

第11章 絶望と狂気

「まさか…あんたが本当の黒幕だったのか?」
「黒幕?まぁそうですね。成り行きでそうなってしまったのですが。」
…そんな馬鹿な。

 クレアと林さんは呆然と立ち尽くしており、徹は状況すら飲み込めていない様子だ。
 無理もない、俺もわけがわからないのだから。

 「な、なんで?ずっと私たちを助けてくれてたのに。」
 「そうね。特にあなたにはこの日まで死んでもらったら困りますから。」
 「…え?それってどういう…」
 「あなたはご自分の力が、使いようによっては生きた人間すらも容易く命を奪えることはご存知?」
 「そ、そんなこと出来るわけないじゃないですか!」
 「黒衣さんはご存知ね?」
 「…怪我は負わせても命を奪えるようなものではなかったと思うが。」
 「そう、今はね。」
 「…何が言いたい?」
 「彼女は怒りや絶望で力が増幅します。それともう一つ、あなたの危機でもね。」
 「…だからなんだ。」

 バキュンッ!

 ?!
 「ぐっ…」
 気付くと瀬戸さんの手には武装グループが落とした物のであろうピストルが握られていた。
 くそ、イキナリ撃ってきやがった。
 『晃!』
 「黒衣さん!!」
 「だ、大丈夫、防弾ベストを着てる…」
 「それはそれは。では、頭を撃ち抜けばどうかしら?」
 瀬戸さんは銃口を俺の額に向けた。

 『やめて!』
 ブォン!!!
 ガンッ
 カタンッカンッ
 
 瀬戸さんの手に握られていた筈のピストルが吹き飛ばされていた。

 「素晴らしい!彼氏の危機でここまで力を出せるなら、彼が死ねばどうなるのかしらね?」
 さも楽しそうに手を合わせてやがる。
 「瀬戸様、お止めください!…こんな…あなたはこんな事をする方ではない筈です!!」
 「あら、林。なぜあなたは私ではなく彼らの方にいるの?私を守りなさい。」
 「何を仰ってるんです!今ならまだ間に合います、警察にいきましょう!」
 「一体何に間に合うと言うのかしら?私の目的はまだ果たせてないのですよ。」
 「では一体、あなたは何をするつもりなのです?!」
 「この国を生きている人間もろとも吹き飛ばします。」

 …………は?
 「えっあっ…何故?!」
 「救う価値もなければ、守る理由もない。この国が終われば次は隣国です。」
 「それじゃ質問の答えになってねぇよ!」
 俺が叫ぶと、瀬戸さんは穏やかに話し出した。
 「私の身内は全て怪異によって命を奪われました。私の仕事のせいです。ご存知のように弟夫婦や姪、甥までも。」
 確かに悲惨ではあるが、それでも…
 「それがこんな事をしようとした理由か?」
 「…いえ、それだけではありません。」
 「じゃあなんだよ!」
 「守って何になるのです?人間は自分のことばかりを考えて、殺して奪って、国は自国の反映の為罵り合ったり、果ては宗教戦争…」
 …瀬戸さんは泣いていた。
 「これだけ命が軽んじられ、女子供が死んでも見向きもしなくなった世界でも私は必死に人を守り、救ってきました。」
 瀬戸さんの顔が次第に怒りへ染まっていく。
 「疲れ果て振り返ってみたら、私の家族は?…全員死んだんです!それなのに日本の支配階層の人間は、驚異だからと隣国の要人を暗殺するために、力を貸せと言ってきました。」
 …なるほど、救いがないな。だが!!
 「あんたの言ってることは、そいつらと変わらないくらい、身勝手で残酷だ!」
 瀬戸さんは俺の目を睨んだ。
 「わかっています!
 あなた方には悪いと思っていますよ。でも、こんな腐った世界で生きるくらいならいっそこの私が…」
 「それを決めるのはあんたじゃない!今を生きてる俺達だろ!
 あんたは自分の絶望に理由をつけてるだけじゃねぇか!!」
 「晃…そうよ!瀬戸さんだって家族を送る時涙を流してたじゃない!それは冥福を祈るあなたの優しさだった筈でしょ!」
 「…黙りなさい!!」
あまりの勢いに俺達は絶句してしまった。
 「正論などもうなんの意味も持ちません!」

 瀬戸さんは俺達は4人の周囲に障壁を張った。
 「…これであなた方はここから出られません。」
 「俺達をどうするつもりだ!」
 「高橋、来なさい。」
 …何?!
 瀬戸さんの隣に高橋の姿が浮かび上がった。
 「なんだよぉ、人使いわりぃなぁ…」
 「おぃ!これはどういう事だ?!」
 思わず俺が叫ぶ。
 「彼の力は複製です。」
 「は?」
 「黒衣さん、あなたが死んで絶望したクレアさんを装置に入れて魂と身体を引き離せば、最強の霊体兵器となります。」
 「なっ、なんだと!」
 「それを高橋の力で複製を続ければどうです?並みの核兵器よりも高い破壊力を持つでしょうね。」

 完全にイカれてる…。
 「…高橋をそのために殺した?
 いや、だがそのときのあんたはまだ正気だったはずだ!」
 「ふふ、今の方がよっぽど正気ですよ。
 …でも確かにあの時はそんな計画すら知りませんでした。
 驚きましたよ、こんなものを作れること自体が。
 ですから高橋は愚か者達から零れた偶然の産物だったのです。」

 (人体実験の挙げ句に生まれた悲劇が偶然の産物だと?)

 「じゃああんたはどうやって高橋を操ってんだ?」
 「それを言うと、あなたにも出来てしまうといけませんから秘密です。」
 「そんな気持ちわりぃことするか。じゃぁクレアに対する高橋の妄執をあんたは利用したのか。とんだ役者だな。」
 「ふふ…」
 瀬戸さんは小さく笑い左手を上に挙げた。
 瞬間クレアの体が中に浮く。
 なに?!
 「え?」
 ドンッ
 「…うぅっ」
 クレアは壁に叩きつけられ地面に突っ伏した。
 「クレア!!」
 「だ、だいじょぶ…」
 何とか身を起こした。
 …無事なようだ。
 「クレアをどうするつもりだ!!」
 瀬戸さんはこちらを見て笑みを浮かべた。
 「高橋。」
 ?!
 すると、クレアの近くに高橋が現れた。
 「よぅクレアァ…。」
 「こ、来ないで…」
 (くそ、これじゃ危険すぎる!)
 「おい、高橋!俺が相手になってやる。こっちに来いよ!」
 「そう慌てんな。俺はクレアを殺しに来たわけじゃ…」
 ビュン!
 なんだ?!
 「ねぇよっとっ!」
 サンッ!
 「!!つっ…」
 クレアの上腕部が服ごと薄く割けていた。
 高橋は腕を刃物状にし、クレアの腕を切り裂いたのだろう。
 癇に障る表情を浮かべながら手に付いた クレアの血を舐めた。

 「てめぇ、気分の悪い野郎だな…」
 高橋は爬虫類のような目を俺に向けた。
 「安心しな、もう俺はクレアを殺したりはしねぇよ。」
 「…何?」
 「キャハハ!てめぇ気付いてなかったのかよ!俺はクレアを殺そうなんて思ってねぇよぉ!」
 「ど、どういうこと?!」
 高橋はクレアに向き直った。
 「お前を追い詰めて、力を引き出すのが目的だったんだよ!」
 「高橋、余計なことを言うのはやめなさい。」
 「うるせぇよぉ!ババアは黙ってろ!」
 瀬戸さんは左手を高橋に向けた。
 「ひぎぃぃぃぃ!
 わ、わかった!わかったよぉ!」
 高橋は操られているんじゃなくて瀬戸さんの力でねじ伏せられているのか。

 「高橋、試してみなさい。」
 「おうよ!」
 高橋は実体化し、俺達の方を向いた。
 …試す?

 高橋には複製の能力があって、さっきはクレアの血を舐めた。
 そして試す…
 ……!
 そういうことか!
 「みんな屈め!」
 『おらぁぁぁぁ!!!』
 俺達4人は同時に屈むと障壁が消え、すぐ上を高橋が放った衝撃波が過ぎていった。
 「な、どういうことだよ!」
 徹は状況を飲み込めていないようだ。
 「あいつはクレアの血を舐めたことで能力をコピーしたんだよ!」
 「そ、そんなことが…」
 林さんも信じられない様子だ。

 では、次はこっちの番だな。
 俺は足元のガラス片を拾い、力を通した。
 (もう、こんな馬鹿げた復讐終わらせてやる。)
 「高橋!!!」
 俺は叫ぶと、高橋ではなく瀬戸さんに向かってガラス片を投げた。
 「…?!」
 (…なんだ?)
 ズンッ
 「うぅ…」
 俺の力が込められたガラス片は、瀬戸さんの腹部に深々と刺さっていた。
 「瀬戸様!」
 林さんは瀬戸さんに駆け寄っていく。
 「くっ、ここまでですか…」
 「へへ…」
 高橋は不適な笑みを浮かべ、消えてしまった。
 「瀬戸様!まだ間に合います!
 黒衣さん、お願いです!ガラスから力を抜いてください!!」
 「…林、もう良いのです。黒衣さんが仰ったことで、本当は自分が間違っていたと気付いていました。」
 「だったらなぜ!」
 「…引き返せませんよ、私は自分の復讐のために多くの命を犠牲にしました。」
 やっぱりそうだったか。

 「…あんた、俺の攻撃をわざと食らっただろ?」
 「ゴホッゴホッ…はて、なんのことでしょう?」
 「瀬戸様!今病院に連れていきますから!」
 「…林、もうよいのです。
 黒衣さん、ありがとうございました。
 あなたが止めてくれなかったら、私は世界を滅ぼそうとしていたでしょう。」
 「あぁ、でもあんたは本当にそんなことがしたかったのか?」
 「も、もう今となってはわかりま…せん。」
 「ただ、私…と、同様、あなた方は…人とは違う力を…持っています…正しいことに使って…ください。」
 「ああ、わかってる。」
 「瀬戸様!もう良いです!しゃべらないで!」
 「林、あなたも、私のようには…絶対に…」
 「瀬戸様!」
 「瀬戸さん!!」
 林と、クレアの声が建物の中に木霊した。
 「俺達は一体何と戦ってたんだ…。」
 徹は独り言のように呟いた。

 「…闇だよ。絶望が生む狂気だ。」
 「こんなの、悲しすぎるよ…」
 俺は一人立ち上がった。
 「みんな、高橋を葬り去るまで終わってないぞ。」

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