心霊便利屋

皐月 秋也

第9章 国の暗部②

 「高橋!てめぇ!!」
 高橋は隊長に突き刺さっている右手を振るうと、その体が真っ二つに裂けた。

 …ゴミみたいに扱いやがって。
 {うるせぇよ、人の女奪っておいてなんのつもりだぁ?あぁ?}
 高橋は自分の腕を元の長さに戻した。
 {あーあ、汚ねぇ。}
 「悪霊風情が人間に話しかけんなよボケが!」
 {はっ!俺は霊じゃねぇよ。兵器だ。ほら、俺が望めば実態にもなるんだよ。}

 そう言うと、半透明だった姿がはっきりとしたものに変わる。
 …どうなってんだ?
 
 「大体、私はあんたの所有物じゃないんだけど…!」
 高橋はクレアを見て目を細める。
 「冷たいねぇ…あんなに愛し合った中じゃねぇか。」
 実体化の影響なのかヤツは自分の口で話している。
 …こいつクレアが一番苦しむ言葉だとわかってて!
 「やめて!気持ち悪い!!」
 クレアが震えていた。
 「やめとけ、お前は死んでもキモいんだな。そんなんだから捨てられるんだよ。」   
 「…バカにしやがって。まぁいい、お前から殺してやるよ!」
 「クレア、俺のライフル預かってくれ。」
 「あ、うん…どうするの?」
 カチャッ
 俺はクレアにライフルを渡した。
 「死んだ人間は死んだままにしておかなきゃな。」

 俺は高橋の前に立ち、全身に力を流した。
 「いつでもかかってこいよ、ザコが。」
 「へへへ、殺してやるよぉ…」
 ブン!!
 突然腕を伸ばしてきた。
 …左から来るか。
 パシンッ
 俺はヤツの拳をガードして、そのしなった腕を掴んだ。
 グイッ
 「?!」
 俺はヤツの腕を思い切り引いた。
 ヤツの顔が目の前に迫る。
 バゴォ!!
 俺は渾身の拳を叩き込んだ。
 「あがぁぁぁぁ!」
 地面に叩きつけられた高橋はフラフラと立ち上がる。

 「…やるじゃねぇかぁ。」
 「うるせぇ、来いよ。それとももう終わりか?」
 こんなクソ野郎に、髪の毛ひとつも残してやる気はない!
 高橋は息を大きく吸うと、体が再び半透明になった。

 「その姿の方が似合ってるぞ。存在感が薄いところが特にな。」
 {う、うるせぇ!!!!}
 …声もテレパシーに戻ったな。
 瞬間、ヤツの手に現れた黒い玉をこちらに何発も投げつけて来る。
 …遅い。
 俺が避けようとした瞬間…その玉の行き先は…
 …狙いは俺の後ろにいるクレアか!
 くそ!!
 『晃ぁ!!!』
 な、なんだ!クレアの声が木霊して…!
 ヤツの攻撃が俺に届くことはなかった。
 …そういうことか。
 俺の前には半透明の"壁"が出来ていたからだ。
 これはクレアの"声の障壁"だ。
 {なんだよこれ!ズルいだろ!}
 クレアは障壁を解いた。
 「あんたは絶対晃には勝てないよ!」
 {これぇ、おまえがやったのかぁ…へへ}
 ………!!

 俺は形容しがたい寒気を感じた。
 「クレア!!」
 俺が叫んだ瞬間、ヤツは手を刃物に変えて、地面を蹴った。
 前傾姿勢でクレアに突っ込む。
 ダメだ!間に合わない!!
 っ!!
 クレアの前に篤が立ちはだかっていた。
 グサッ!!
 「ぐっ…」
 高橋の腕は篤の腹に深々と刺さっていた。
 『篤!!!』
 俺と徹の声が重なる。
 「へへ…大丈夫だっ。」
 「篤さん!」
 クレアの悲痛な声が響く…
 「俺もこいつを一発ぶん殴ってみたくてな…」
 「ごはぁ…」
 篤が吐血した。

 ガシィッ!!
 篤は自分に刺さった腕を思い切り掴んだ。
 「…おい、ストーカー野郎…これで逃げられねぇよな?」
 {は、離せよぉ!何で抜けねぇんだ!}
 「俺の手袋にはな、晃の力が乗ってるんだよ!」
 篤はそう言うと、高橋の顔に何度も拳を叩き込んだ。
 バギィ!ガン!ドゴッ
 {アガッお゙ぃ、ヤメ…}
 「……!」
 篤は腹に刺さった腕を抜いた。
 「おらぁぁぁぁ!」
 篤渾身の拳がヤツの顔面にめり込んだ。
 {ぐぎゃぁぁぁ!!!!}
 ぶっ飛びながら高橋は消えた。

 「篤!」
 俺は篤に駆け寄って肩を支えた。
 「馬鹿やろう、無茶しやがって…」
 「ハァハァ…大丈夫だ。」
 「どこが大丈夫なの?!」
 クレアが篤に抱き着く。
 「晃には悪いけどよ、こんな思いが出来るなら盾になってよかったぜ…」
 「ばか!!」
 「怪我人なんだ、怒んなよ…」

 林さんが瀬戸さんを連れてきた。
 篤の傷口を見たあと、瀬戸さんは立ち上がった。
 「傷は深いけど、大丈夫よ。篤さんなら助かります。」
 徹は篤の前に座ったまま瀬戸さんを睨んだ。
 「何言ってんだ、あんた?」
 「彼の体の中にある魂はまだ強い光を放っています。」
 …魂の光?何かの揶揄か?
 「すぐに病院に運べば助かります。あなた達、すぐ彼を連れていきなさい!」
 捜査官の二人は意識の薄れ始めた篤を外に連れていった。

 「ヤツを倒したんですか?」
 林さんだ。
 「恐らく逃げただけです。」
 「そうですか…」
 林さんは肩を落とす。
 「もう護符を使いきりました…」
 「なら、無理しないで一旦車に戻ってください。」

 林さんは篤が倒れていた場所に向かうと、床に落ちていたショットガンを拾った。
 「このモデルガンの弾にはあなたの力が込められているんですよね?」
 「はい。」
 …この人まさか。
 彼は立ち上がるとショットガンを肩に掛けた。

 「では行きましょうか。」
 「いいんですか?」
 「もちろん。」
 「私も行く。守られてばかりなんてもう沢山!」
 「俺も行く、高橋をぶっ殺す。」
 徹の目が明らかにキレている。無理もないな。

 俺は周囲を確認する。
 この場に残った捜査官は二人か。
 「俺等は行きますけど、あんた達はどうします?」
 「行くさ、もちろん。」
 「ああ。」
 捜査官達は立ち上がった。
 「あんなヤツを作った人間を捕まえなきゃな。」

 俺達は研究所内部へと進んだ。

 中には数人の見張りと、化け物がチョロチョロいただけで問題なく対処していく。
 突き当たりには電子ロックの付いた大きな扉があった。

 「…くそ、開かないな。」
 中には病院のような透明のビニールシートが垂れ下がっている。
 「どいてくれ。」
 武装した捜査官は、何かを取り出し電子ロックの近くに貼り付けて操作し始めた。

 ピピ…ガチャッ
 「開いたぞ、注意しろ」
 す、すげー!ドラマで見るような光景だ。
 俺達は慎重に歩みを進めていく。

 俺は大量の血が付着した扉を見付けた。
 「みんな、ここを見てくれ。」
 全員が俺の元に駆けつけてきた。
 「ぅわ!キモ…」
 「明らかにこの中が怪しいな。」
 徹が呟く。

 捜査官二人が扉の前で左右にわかれて、合図した。
バンッ!
「警視庁公安部だ!」
「手を上げろ!」
…誰もいないな。

 中に入ると大分開けた空間に出た。
 すると部屋を囲うようにガラス張りの装置がいくつも置かれており、そう装置から伸びた一つ一つの太いケーブルが、中央の装置に繋がっている。

 ガラス張りの装置は中が見えなくなっており、操作盤を見るとひときわ目立つ赤いボタンがあった。

 押してみるか。
 俺は赤いボタンを押した。
 カチッ
 プシュゥゥ…
 中の蒸気が外に排出されていく。

 中が見えてきた。
 ?!
 「こ、これは…」
 「どうした?」
 徹が近寄ってきた。
 装置の中には女性とおぼしき腐乱死体が入っていた。

 「…この装置の中には全部死体が入ってるのか?」
 「どうしたの?」
 クレアが駆け寄ってきた。
 「クレア!ダメだ、来るな!」
 「え?…ゔっ」
 間に合わなかった。
 クレアは口を押さえて装置から離れた。
 「どうした?!」
 捜査官達はそれを見るなり、他の装置のボタンも押した。

 中には年齢も性別もバラバラの死体が入っていた。…子供もいた。
 「許せない、絶対に…」
 クレアがギュッと下唇を噛んだ。
 プシュゥゥ…
 どこからか空気圧を抜く音が聞こえた。
 ん?どこだ?

 …中央の装置からだ!
 すると中から2体の化け物が出てきた。
 こいつ等は死んだ人のなれの果てだったのか…
  大体わかってはいたが、いざ死体を見てしまうと…

 バンッバンッバンッ!
 バババ…!
 ?!
 クレアと徹が銃で2体共倒したようだ。

 「晃、犯人捕まえよ!」
 「みんな行くぞ!!」
 二人が駆け出していった。

 「お、おい!ちょっと待てって!」
 二人とも完全にキレてるな。
 「待ちなさい!」
 「もうなんなんだよ!」
 捜査官達もついてきた。

 扉を開けると10畳分くらいの部屋の中に、出入口がついている全面ガラス張りの空間があった。中には白衣を着た初老の男が立っている。
 というか、閉じ込められているようにも見えるか。

『わ、私は悪くない!』
 ガラスの向こう側にマイクがあるのか、
 俺達がいる外側に声が響いている。
 男は月並みな台詞を並べて続けた。
 『…あいつ等に脅されたんだ!』
 「おい!お前があの化け物を作ったのか?!」
 俺が男に怒鳴ると、
 『私は悪くない!悪くないんだ!!』
 この流れだと、この男が化け物を作ったってことで間違いなさそうだ。
 「おい、扉を開けるぞ!」
 先程と同じように扉の横にある機械に装置を取り付けた。
 『だ、だめだ!やめろ!!』
 この期に及んで命乞いか。
 捜査官達も無視をして操作していく。
 
 プシュゥゥ…
 白い煙のようなものがどこからかガラス張りの部屋の中に充満し始める。
 『やめろ、助けてくれ!!ガスだ!』
 「急げ!早くしろ!!」
 ピッピッ…
 「くそ、だめだ。外部からシャットダウンされた!」
 なんだって?!
 「おい、急げよ!証人が死んじまう!」
 「もう手遅れだ!ネットワークが遮断された、もう出来ることはない。」
 なんてこった…また振り出しじゃないか。
 「あの人死んじゃうよ!!」
 「わかってる!やれることはやったんだ!」
 「ぐっあ、あ…」
 中は見えないが男の呻き声が聞こえてくる。
 しばらくすると中が見えてきた。

 中には見開いた目から血を流した男が横たわっていた。
 くそ!!
 証拠隠滅かよ!

 『諸君、残念だったな。』
 変声機で声を変えた誰かがしゃべっている。
 「誰だ!」
 『誰と言われても答える義務はないのだがね。』
 「なんだとこの野郎!!」
 『おー、怖い怖い。』
 「てめぇが高橋をあんな姿にしたのか!」
 『あれはダメだった。完全な失敗作だよ。何度調整しても昔の女を殺すことしか頭になかった。』
 クレアを執拗に狙っていたのはあいつの執念だったのか。
 『殺処分が決定してもここの貴重な職員を殺して逃げ回っていた。困ったものだ。あ、彼はまだ半分は生きているぞ。』
 やはり逃げただけだったか。
 「お前はどこにいる!今から会いに行ってやるよ!」
 『いやいや、残念ながら私はここにはいないのだよ。それより、今回の実験は失敗だったが喜ばしいことに実りも多かった。』
 「これだけの人を殺しておいて何が失敗で、実りよ!」
 『お嬢さん、我々は日本を守るためにやるべき事をやっているのだとわからんのかね?』
 「わかるわけねぇだろ!日本を守るって言いながら日本人を何人も殺してんじゃねぇか!」
 徹が監視カメラに向かって叫んだ。
 『これだから程度の低い若者は困る。本国を守る為、必要な犠牲だとなぜわからんのだ。』
 「だったら、てめぇが犠牲になればいいだろ!」
 『私がいなくなったら誰がこの崇高なプロジェクトを進めると言うのだ。』
 「黙れ!自分の手は汚さず、命令するだけでてめぇが一体何を成し遂げたんだ!」
 俺もカメラに向かって叫ぶ。
 『はっはっは。それをできるのが選ばれた人間というものなんだよ。』
 「ダメだ、あんな馬鹿と何を話しても無駄だ。」
 『全く、こちらも同意見だよ。しかし、良いのかね?ここは間もなく爆発するんだが。』
 
 なんだと?!
 「皆逃げるぞ!」
 俺達は急いで研究所を出ようと走る。

 ドガーン!
 ズコォォォン!!

 くそっ、あちこちから爆発音がする!

 ドォォォォン!!!
 パキパキ…パキ…
 ゴンッ…バキッ!

 しまった!出口が消える!
 出口付近の天井が崩れてくる。
 俺達は滑り込んで間一髪助かった。

 ズーーーン!!

 砂ぼこりを上げて完全に地下に研究所に続く入り口は塞がった。
 …これで証拠も地の底か。
 「皆、無事か?!」
 隣にいたクレアが起き上がった。
 「う、痛い…」
 「…俺も無事だ」
 徹も無事のようだ。
 「我々もだ…」
 捜査官達も無事だったようだ。

 瀬戸さんが車を降り走ってきた。
 「皆さん、早くここから離れましょう!」
 「あぁ、これは極秘作戦だから地元警察はなにも知らない。
 …すぐ警官が来るぞ!」
 捜査官は警察無線を傍受してるようだ。

 俺達は慌てて事務所へと戻った。

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