心霊便利屋

皐月 秋也

第1章 追憶に隠された謎

 …朝か。俺は額の汗を拭ってから時計を見た。

 午前9時を過ぎているのを確認して、コーヒーを淹れてから加熱式タバコの電源を入れた。

 ふぅ…うまいな。

 俺は幼い頃の交通事故で両親と引き換えに、霊が見えるようになった。
 事故の直前に霊に取り憑かれたのが原因だと俺を助けてくれた祓い師が言っていた。
 それから見えるようになっただけじゃなく、霊次第では襲われるようにもなった。
 そんな体験を繰り返していくうちに対処方法や反撃方法なども、どういうわけか我流でできるようにもなった。
 その類いの専門家からすると、とても珍しいことらしい。

 今日は土曜だが休みなどではなく、仕事のパートナーである相良徹が心霊絡みの仕事で依頼人を連れてくるからと待ち合わせの場所を教えられている。

 プルプルプル…

 あぁ、電話か。
 スマホを手に取り通話ボタンを押した。

 「晃、昨日話した依頼人と合流したぞ。今から三丁目のカフェに行くからお前も早く来いよ。」

 大分約束の時間より早い気がするが、まぁいい。

 「わかった、すぐ行く。」

 俺は電話を切るなり、急いで身支度を整え、待ち合わせのカフェに向かった。

 実は徹も霊が見える類いだ。
 俺とは違い、興味本意で心霊スポットに出掛けた先で霊に取り憑かれた。
 無理矢理連れてこられた俺がその霊を祓ったのだが、取り憑かれたことがきっかけで徹も霊を見えるようになってしまったようだ。
 待ち合わせのカフェが近所だってこともあり歩いて向かっているんだが、もう9月だってのにめちゃくちゃ暑い。
 アスファルトを照り返す光で気分まで悪くなりそうだ。

 プルプルプル…

 徹からだ。

 「晃まだか?クライアントを待たせるなんて失礼だろ!」

 「今もう目の前だよ。失礼って言うけど、聞いてた待ち合わせの時間より大分前じゃねぇか。」

 徹の勝手な言いぐさにムッとしていると、

 「目の前なら早く入ってこいよ。」

 言いたいことだけ言われて電話を切られてしまった。

 ったく、、、勝手なやつだ。

 そもそもこの仕事も俺の力に目を付けた徹が小遣い稼ぎで巻き込まれたようなものだ。
 全く、ロクなもんじゃない。

 ヴィーン…
 
 店内に入るとほとんどの席は既に埋まっていた。
 ランチには早いこの時間でも、客は十分に入ってるようだ。
 奥の席で依頼人と思われる明るい髪色の女性と向い合わせの席でこちらに手招きをしている徹が見えたので、コーヒーだけ注文をして席に向かった。

 「お待たせしました。黒衣と言います。」

 軽く頭を下げ、名刺を渡した。

 「いえ、お約束より大分早くなってしまってすみませんでした。」

 依頼人はその場に立って頭を下げた。

 「あー、気にしないでください。それより早速話を伺えますか?」

 俺はそう答えると、メモ帳を取り出した。
こんな時代でも手書のメモの方がそのときの状況や、相手の雰囲気が記憶に残りやすいことから俺は好きだ。
 依頼人が顔を上げると、ハーフなんだろうか?西洋系の端正で意思の強そうな目をした女性の顔がそこにあった。

 「まずお名前からよろしいですか?」
 
 「楠本です、楠本クレアと言います。」

 俺がメモを取りながら、

 「楠本さん、何があったのか時系列で教えてもらえますか?」

 30分くらいだろうか?ひとしきり楠本氏から話を聞いた。
 内容は、半年前に付き合っていた彼氏(高橋浩一というらしい)が首吊り自殺をした。警察によると遺書は無く、自殺する前日には友人数人と飲み会に行っていたこともわかった。

 依頼人は高橋氏の性格上、自殺なんてあり得ないと警察に訴えたが、現場には誰も侵入した形跡もなかったことから突発的な自殺と断定されたようだ。

 ここまでなら、うちが関わるような事件ではないのだが、依頼人が言うにはそれから現在に至るまで毎晩のように自殺した彼氏が刃物を片手に自分を襲いにくるという夢を見続けており、夢で傷付けられた箇所は、目が覚めるとアザになっていると言い、腕を捲って見せてきた。

「うっ、、、」

 徹はアザを見ると目を背けた。
確かに両腕に複数のアザができている。

 …ん?

 俺は違和感を覚えた。
 このアザは、半年前から幾度と無く付けられてきたと聞いたが、アザがなおった形跡もなければ、どれも同時期に負ったアザにしか見えないんだが。
 俺は率直に聞いてみることにした。

 「確かに。楠本さん、このアザは全部半年前から増えていったってことですか?アザを見る限り、最近負ったように見えるんですが…」

 彼女は、そう聞かれるのがわかっていたかのように、彼女の青い目は俺の目を真っ直ぐ見据えた。

 「そう見えるのはわかります。私も不思議なんです!このアザ、増えるばかりで全く治らないんです!」

 「く、楠本さん、一旦落ち着きましょうっ!ね?」

 徹が慌てて声をかける。
 彼女の声に驚いた店内の客の視線がこちらに向いた。

 「あ、すみません。」

 それに気づいたのか依頼人は顔を伏せた。

 「話はわかりました。その夢のことで質問なんですが、いつも襲われる場所は同じなんですか?」

 依頼人は少し考えた後、
 「あまり覚えてないですけど、屋外のときもあるし、部屋の中のときもあります。」

 ふむ、、、

 「では、屋外というのはあなたの知った場所ですか?」

 「いえ、知らない場所だと思います。」

 「お部屋の方も?」

 「はい、私の家でも彼の家でもないも思います。」

 「見覚えもありませんか?」


 「はい…あの、それが関係あるんですか?」

 まぁ、当然の疑問だな。

 「まだわかりません。参考に聞いたまでです。」

 「そう、ですか…」

 彼女は伏せた顔を上げ前のめりになると

 「これは幽霊の仕業なんですか?彼の!」

 「ですから、今の段階では何とも言えません。一度あなたのお部屋を見せてもらえますか?」

 「はい、もちろん。今からですか?」

 「ええ、できれば。ご都合はよろしいですか?」

 「はい、では行きましょう。」

 各々カップの飲み物を全部飲み干し、俺たちは店を出た。

 徒歩で向かったが、彼女の家まではそれほど時間はかからないようだ。

 「晃、ぶっちゃけ相手は霊か?」

 「あぁ、たぶんな…」

 「だとしたらヤバいやつかな?」

 「まずは様子を見てみないとな。」

 「今回は儲かる相手だといいなぁ。」
…だとしたら俺達は相当危険なやつを相手にすることになるって、コイツはわかってんのか?
 徹と俺がそんなことを小声で話していると彼女の住むマンションに着いたようだ。
エレベータに乗り込むと、彼女が口を開いた。

 「あの、玄関で少し待ってもらえますか?」

 「あ、はい。もちろん。どうかしましたか?」

 「あー!わかりました、待ってますよ。」

 徹がそう答えると、俺の脇腹に肘をいれてきた。

 「ってぇな!なんだよっ」

 徹は小声で耳打ちしてきた。

 「…相手は女だぞ。部屋が散らかってるなら、そんなとこ見せたくねぇだろっ」

 なるほど。さすがはプレイボーイだな。
 彼女の住む4階につくとエレベーターを出て玄関の前まで来た。

 「すぐ戻りますねっ」

 「ごゆっくり。」

 俺はそう答えると彼女を見送った後、徹に声をかける。

 「徹、もしお前が女なら、例え夢でも彼氏に襲われるってどうよ?」

 「うーん、腹が立つより悲しいかな?」

 「うん、それが普通だと思うんだが、彼女は冷静すぎないか?」

 「半年も経ってるし、毎日襲われる夢ばかり見てたら無理もねぇだろ」

 確かに、、、
 でも、何か違和感があるんだよな。まだその根拠がわからないが…

 「お待たせしました!散らかった部屋ですけど、どうぞ。」

 掃除をすませたのか、彼女が玄関を開けた。

 『お邪魔します。』

 俺と徹は同時に言い、部屋の中へ入った。
 部屋の中は散らかっているという言葉とは裏腹に、女性の部屋といわんばかりの薄いピンクの壁紙で、清潔感のある部屋だった。

 「お茶しかなくてすみません。」

 俺と徹は部屋に座り、出されたお茶を受け取った。

 「どうも、お気遣いなく。」

 俺はそう答えると部屋を見渡してみた。
 
 …霊的な反応はないようだ。だが、

 {…ワタ…ノ……セ?}

 残留思念とも言うべきだろうか。自責の念というか、後悔の念がこの部屋に漂っている。

 …この出所は…

 間違いない、これは死んだ人間からのものではない、彼女の思いだ。
 だがおかしい。
 いくらなんでも生きた人間の気持ちを受信することなんて俺にできるわけがない。
 一体どういうことなんだ。

 「楠本さん、彼とのことでまだ僕等に話してないことはありませんか?」

 「…」

 彼女は目を伏せ肩を落とした。

 「実は…彼の態度が最近おかしくて、デートもドタキャンされてばかりだったんで、彼の飲み会の日、共通の友達に彼が浮気してないか見張ってもらうように頼んでおいたんです。」

 「浮気を疑ってた?」

 俺が質問をすると、

 「疑うだけじゃすみませんでした。彼は飲み会が終わったあと、その中にいた女とホテルに入って行ったと聞かされて、その後彼と女がホテルに入っていくところが写った写真まで送られてきました。」

 決定的な証拠だな。

 「ですから、すぐ彼に電話したんです。」

 「なるほど。」

 俺がそう答えると、彼女は俺の目を睨み付け、

 「彼は友達と成り行きでそうなったと。私のことだけ愛してるから許してくれって、その女と一緒にいながら言うんですよ?だから!」

 「だから?」

  徹が聞くと、彼女は悲しげに目を伏せ

 「そのまま死ねと言ってやりました。」

 「そしたら次の日彼は自宅で自殺体として発見されたと?」

 そう俺が聞くと彼女は頷いた。
 …なるほど。それじゃ後悔しても無理はないが、彼女の思念が一人歩きする答えにはなってないな。どうしたもんか…

 キィィィン…

 『?!』

 突然甲高い音が鳴り響くと同時に部屋の明かりが全て消えた。

 「キャッ」

 まだ外が明るい事に救われたが、何が起きたんだ?
 俺の目の前にゆっくりと白いもやが集まり人の形をとっていく。

 …女?

 今ここに現れたのは、彼の霊ではないようだ。

 「何者だ!」

 俺が叫ぶとそのシルエットは靄状から少しずつ姿がはっきりとしたものに変わっていく。

 「え?嘘っ?!」

 彼女(クレア)は声を上げた。
 …彼女にも見えている?
 さすがに急な出来事でビックリはしたが、今はこちらに危害を与えるつもりはないようだ。
 霊は俺たちを見渡すとその場で消えてしまった。

 「な、なんなんだよアイツ…」

 徹が面食らっている。

 「楠本さん、さっき霊が見えたんですか?」

 彼女は俺の方を向いた。

 「はい。あんなにはっきり見えるものなんですね…」

 「時と場合と、霊がどうしたいかにもよりますね。それより、霊を見たのは今回が初めてですか?」

 「はい、生まれて初めての体験ですっ」

 心なしか彼女の顔が高揚しているようだ。
 俺は気になったことを彼女にぶつけた。

 「さっきの霊に見覚えがあったんですか?」

 「はい、知り合いというか、彼とホテルに入っていった浮気相手にそっくりでした…」

 「そうなると彼女はもう亡くなってることになりますね。」

 彼女は少し考えた後、

 「確かに彼女にも死ねばいいのにと思ったことがありましたけど、本当に死ぬなんて。…彼といい、彼女といい、私がそう思ったから死んだんですか?」

 それは考えすぎだろうけど、そう思いたくなる気持ちはわかる。

 「そんなことありませんよ。」

 徹は不安がる彼女の手を両手で包み、優しく囁いていた。
 相手が美女となると、すぐこれである。

 「あ、はい。ありがとうございます…」

 ほら、やっぱり困ってる。
 俺は徹の頭を軽くはたいた後、

 「とにかく明日、彼女に何があったのか調べることにしよう。楠本さんもいいですか?」

 「ええ、もちろん。」

 俺は彼女と連絡先を交換して帰途についた。
 彼女はさすがに怖いからと近くのシティホテルに泊まるそうだ。

 その日は早めに就寝することにした。

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