有名野球エリートが甲子園常連校に入学し、血の滲む努力で仲間を引っ張る話

かじ

2

野球部の部室の前は、ガタイのいい坊主頭の男たちで溢れかえっていた。どう見ても野球部の新入部員であろうその集団は、ざっと7、80人はいるようだ。






「あれ、あ、あ、金串......!」







「金串じゃね?」






「本当だ、す、すげえ、金串だ!!」







さっきクラス内で受けた時と全く同じ反応に少しの動揺も見せなければ、少しの苛立ちも見せる事なく、金串は、誰に対してでもなく、集団そのものに対して丁寧に挨拶した。








「あ、そうです。1年の金串です。どうぞよろしく!」





気持ちの良い挨拶を聞いて安心したのか、すぐにそのうちの1人が金串の元へ駆け寄ってきた。







「金串くん、勿論君の事は知っているよ!
僕は肘井。同じく1年。投手だ!よろしく!」







「おっす!」




1人との挨拶が交わされると、それを見ていた他の部員達も金串に挨拶を交わそうと集まってきた。これも又、クラスでの状況と全く似ている。







「金串くん、全国大会でのホームランはすごかったね!」






「よろしく!僕も全国大会出たんだぜ!知ってる?」






「俺も俺も」



流石、安室高校の野球部に入部するだけの事はあって、皆地方大会や全国大会で好成績を収めた者ばかりであるようだ。もっとも、そんな事は金串にとっては気にするに値しなかった。
金串は、ただ純粋に野球を突き詰めるという事にしか関心が無い。そんな胸の内とは裏腹に、気の良い金串は一人一人の話を真剣に聞いてやり、真剣に挨拶を交わした。真面目な金串はざっと50人近くの部員と話した事だろう。

暫く色んな新入部員と談笑していると、金串を除く新入部員のいずれよりガタイのいい、さらに一際目立つ集団がスタスタと部室前に現れた。彼らもまた、坊主頭であるので、恐らく上級生であろう。
新入部員の集団は一気に静まり返る。金串はとある事に気づいた。上級生の集団の先頭に立っているのは、登校時間に校門の前で会った謎の男だったのだ。

これには流石の金串も少し衝撃を受けた。しかしこの後その男の言葉により更なる衝撃を受けることになる。


金串をはじめとする新入部員たちはこの後鍵を持つ上級生部員により部室の中に入る。

狭苦しい部室にはモワッと熱気の渦が巻き、ぬるっとした空気に混じる汗やカビの匂いが、強豪校の狂熱を感じさせる。


新入部員たちが部室内の雰囲気に気を取られていると、急に例の男が喋り出した。






「新入部員はこれで全部か。ようし、それでは監督が来る前に少し挨拶をしようと思う。
俺はキャプテンの御木本だ。どうぞよろしく」







「えっ」







つい声をあげた金串は、周りの反応を見て直ぐに口をつぐむ。当然である。野球で名の通った安室高校における主将の顔と名前を知らない者は、いくら新入部員といえど金串をおいて他にいる訳が無い。金串は一気に全員の視線を浴びることになった。







「ん、なんだ?ほう金串じゃないか。なんだ、まさかお前、俺がキャプテンだって知らないのか?」








「はい。僕、近所だから安室高校にしただけなんですよ」








新入部員だけでなく、上級生の中からもざわめきの声があがる。皆を制すように御木本は話を始める。









「そうか。ははは、安室高校もなめられたもんだな。だけどいいか。最初だからこれだけは言っておく。」








御木本はここで一呼吸おいて、続けた。










「ナメた事を抜かすな!!!俺は主将だ!!」








あまりの剣幕に、一同は静まり返る。戦慄を覚えた者も少なくないだろう。しかし、怒鳴られた本人である金串は、何が何だか分からずにけろっとしている。









「???はい、すいません」






金串を無視し、御木本は続ける。









「これは金串だけに言える事ではないが、君たち1年生は中学時代に優秀な成績を収めたやつが大勢いる事は知っている。そんな事は百も承知だ。だがな、そんな実績はここでは何の役にも立たん。高校野球を甘く見るな!!!
いいか、君たちは安室高校野球部の中では一端の一年坊主に過ぎないって事を自覚しとけ!」







..............
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「返事は!!!」







「はい!!!!!」







「声が小さい!!!」








「はい!!!!!!!!!!」






100人に近い新入部員の全身全霊の返事は、狭くて低い部室の天井にわしゃんっ、と打ち上がった。









「よし、もうすぐ監督が来るからそれまでグラウンドを走るぞ、ついてこい!」








「ウッス!!!」






「はい!!!」







上級生たちにつられて新入部員たちも声を張り上げ、ランニングに参加した。

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