有名野球エリートが甲子園常連校に入学し、血の滲む努力で仲間を引っ張る話

かじ

1

太陽を背に受け、桜吹雪の道を行く。
花の都に今、彼は高校生活の第一歩踏み出そうとしている。



「あ、あれ、金串じゃない?」



「きゃーっ、金串さーん!」




自分の名前を呼ぶ声がする。それも1人ではない。高校までの通学路を堂々と闊歩する金串の、あまりに大きな体格。つい1ヶ月前まで中学生だったとは思えないほど高校生離れした大きな身体に、気づかない者などいなかった。


中学時代、全国優勝を成し遂げたクラブチームの主砲は、いくら自分が注目を浴びようと、全く動じる事は無く、勿論、いちいち名前を呼ばれて振り返るなどということはしない。
その異様なまでに落ち着いた金串の放つ只ならぬ風格に、道行く生徒は、戦慄さえ覚えるのだった。





「金串巌」





学校の門の前まで辿り着いた所で、1人の、金串程ではないが、大柄な男に呼び止められる。制服を見るに、彼も同高校の生徒である。





「なんでしょうか」




何故、この男が自分の事を知っているかなどという事は全く気にも留めない、といった様子で、金串は自分の極端に短い軍人のような坊主頭をぽりぽりとかきながら答える。その太々しい態度が少しだけ気にいらなかったのだろうか、男は眉をひそめた。彼もまた、頭を丸く刈っている。






「中学全国大会での活躍を見たよ。まさかウチに来てくれるとは思わなかった。期待している」






男は不躾にそれだけを言い残して、スタスタと校舎の方へ走って行った。金串は、遠ざかる男の後ろ姿に向かってはあ、と気のない返事をするしかなかった。一体全体彼は何者だったのか、分からずじまいであったが、金串は全く気にしなかった。

そんな事より金串の頭の中は、これから始まる高校生活に対する、並々ならぬ気概でいっぱいであった。




校門をくぐり抜けるといよいよ高校生活が始まる。中学時代から野球選手としての力量が評価されていた金串は、スポーツ推薦組として独立したクラスへの入学が許可されていた、
いざ指定の教室に足を踏み入れると、心なしか教室の空気が一変したような気がする。

自分が新しいクラスメイト達の注目をいっぺんに集めている事を一切気にする事なく、金串は指定された自分の席に着いた。





「金串くん...だね?」





「ん?うんよろしくね」



恐る恐る話しかけて来た、これまたガタイの良い坊主頭に丁寧に挨拶をしてやると、それを見ていた他のクラスメイト達も安心したのか、一斉に金串の周りに集まった。





「金串くん、よろしく!俺も野球部だ」





「金串くん、俺は陸上やってて...」




「サッカーで」 「バスケで」





「すっげーホンモノの金串だ!」






「俺、サインもらおうかな」





「もらっとけもらっとけ」





無理もない。金串は中学時代から全国的に有名だった、いわばスターである。みんな金串に顔を売ろうと必死になっている。

それを決して煩わしいと思う事無く、金串は笑顔で丁寧に対応していた。




やがて教室は担任らしき人物の登場によって一気に緊張感を帯びる。さっきまで人だかりができていた金串の近辺も、一転して誰も居なくなっていた。流石にスポーツ推薦クラスにもなると中学時代に何らかの競技で好成績を収めた事のある強者揃いではあるが、こういった様子を見ると、やはり未だ子供らしい一面もあると言わざるを得ない。しかし、金串という男は例外と言って良い。
金串は自分の周りから人が消えた原因を探るでも無く、深く椅子の背もたれに腰掛け、窓の外を眺めるばかりだ。







「1年生の諸君、おはよう。安室高校へようこそ。私が今日からこのクラスを担当するすることとなった。よろしく。
今日はホームルームの後、各部活にて集会があるようなので速やかに移動するように。以上」







あまりに短い、あまりにぶっきらぼうな担任の挨拶と態度に不満を覚えたクラスメイトもいたかも知れない。しかし担任のその淡々とした雰囲気こそが、この学校において部活に勤しもうとするスポーツ推薦にいくらか刺激を与えられたであろう。そう、うかうかしている時間は彼らにはないのだ。そしてそれは、金串の心にもひしひしと伝わった。

担任の一見冷淡に見える言葉は、金串の心の内に燃えたぎる野球への情熱にかちっと油をそそいだことは間違いなかった。

金串はホームルームが終わると、お互いに自己紹介し合う呑気なクラスメイトを尻目に、野球部への部室へと直行した。

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